表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
2章:演習
5/123

第3話「荒野、たった二機の演習戦―1」

 試験先行運用部隊の運用母艦――――ホエールの第二格納庫内部には、殺気とも緊張とも付かない独特の空気が流れていた。それは多くの人間がある目的の為に動き、各々が失敗を許さない状況にあってはよく見られるものである。互いを縛る連帯といった意識が、自然と個人間のコミュニケーションを最低限且つ簡素なものへと押し留めているのだ。その結果として生み出される殺伐とした雰囲気こそが、現在の第二格納庫を満たしている空気の正体であった。しかし、それはあくまで目的の遂行には無駄な事を避けるという姿勢であって、悪影響ばかりを生み出すものでは無いと言える。

 そしてこの場合においての目的とは、二機の第二世代型トールを無事起動させる事に他ならなかった。その為に多くの整備員たちが奔走し、最大限の安全を図るべき職務を遂行しているのだ。彼らにとっては出撃前の格納庫こそが戦場であり、握るべき銃は無くとも兵士として戦いに身を投じている点に変わりは無かった。

 全ては目前に迫った演習の為に行われている事である。

 演習用武装への換装や、戦闘支援システムによる被弾判定の動作チェックなど、下手をすれば実戦前以上にやるべき事は多い。だが演習は必要性があるからこそ実施されるのであって、その点に関して実施を計画したバルトに譲るべきところは無かった。ただ、そういった整備員の尽力に感謝すべきである事は理解していたからこそ、直接彼らに言葉を掛けたくもなるのである。

「こんなタイミングで悪かった。第三世代型トール四号機が搬入されたばかりだというのに」

「いえ、バルト大尉はお気になさらず。演習用トールの一機や二機を動かしたところで、あれの調整作業にさほど支障は出ませんので。それよりもナオト少尉、と言いましたかね? あのパイロットの力量を計るほうが重要なのでしょう?」

「ああ、たしかにそう言ったな」

 バルトの身は既にトールのコックピットシートへと収められている。その全身を覆うのは全体的にゴツゴツとした外観を誇る、戦闘服の如きパイロットスーツだった。ところどころに設けられた厚みは、耐衝撃性に優れるセラミックプレートが封入された箇所である。特に負傷が予期される箇所については、そうした厚い保護が為されているのだ。しかし、それだけが全身を覆っていたのでは装着者の動作に支障を来すため、比較的負傷の可能性が低いと判断された部位には、急激な衝撃に対し硬化する性質を持つゲル状物質が封入されていた。これによって普段の機能性を保ちつつ、非常時にはパイロットを保護する仕組みが整えられているのである。しかし、それらの保護装備故に機能性は決して高く無く、ただの作業指定着に身を包んだ整備班長――――クイスト=コリンド軍曹と比べても作業性の差は明らかだった。

 その彼が手に取る端末には、コックピット内部のコンソールパネルから伸びる平たい通信用ケーブルが接続されている。彼は機体制御系からフィードバックされたパラメータと、実際に設定されたパラメータを照合しているのだ。つまり、機体の調整作業は最終段階へと差し掛かっていたのである。

「……場合によっては、稼働試験の結果を反映した改修が必要になるかもしれん」

「でしょうなぁ……そもそも四号機は相当にピーキーな設定が施されているのですよ。素体が共通とはいえ、大尉の一号機やリーグ中尉の二号機、ルーカス少尉の三号機とも違う特性が持たされています。そう、斬り込み役……とでも言いましょうか」

 それもまだはっきりと固まった役割では無いでしょうが、とコリンドは付け足す事を忘れなかった。その言葉の正しさにバルトも同意を見せる。

 現状、運用ドクトリンが完成されたと言えるのは第二世代型に限った話であって、未だ第三世代型の運用に関しては手探りの状態が続いている。開発の歴史が浅いことは即ち、掘り下げるべき部分が多いということでもあったのだ。そして第三世代型トールでいうそれは、戦場における立ち回り・戦術的役割の配分を意味している。平たく言えば、第三世代型トールという強力な存在に何をさせるべきかが空白のままだったのだ。それは一見単純にも思える問題だが、将来における装備更新を見据えればそう簡単に決められる問題では無かった。だからこそ試験先行運用部隊が実戦を通して、大きく特性の異なる第三世代型トールの有用性を確かめねばならないのだ。新しく搬入された四号機もまた、白兵戦や近接戦闘といった戦術的役割を担うべく特化された機体である。となればやはり、それを試すべきは試験先行運用部隊に他ならない。当然、そのパイロットたるナオトもまた試すべき立場にあり、同時にこれからバルトによって見極められる立場でもあった。彼の新米パイロットとしての実力を――――である。

「ナオト=オウレン、果たしてパイロットに相応しい男かどうか。俺が確かめなければな」

「大尉ほどのパイロットであれば、私は何の問題も感じませんよ」

 コリンドが端末からケーブルを引き抜き、代わりにヘッドセットを介した通信に耳を傾ける。同時に格納庫内に居た整備員の多くも作業を引き上げ、機体周囲からの退避を始めた。

「整備班の準備が全て整ったようです。退避が完了した後、発進許可が出るまでは待機なさっていて下さい」

「了解した。帰還後の整備には俺も加わる」

「そんな事は我々に任せて――――」

 しかしそんなコリンドの言葉は、速やかに閉鎖された内部ハッチの前に到達を阻まれた。彼がそう言うと分かっていたからこそ、バルトはヘルメットを被るよりも先にハッチを閉鎖したのである。続いて機体表面を覆う厚い複合装甲がスライドし、外部ハッチも完全に閉鎖された。更にそれらのハッチの間にも予備装甲板が展開されているはずだったが、それは内からも外からも視認することは叶わない。この時点で、たとえ携行式ロケットランチャーを受けたところでビクともしない防壁が、外界とバルトを三重に隔て終えたのである。

「……こればっかりは譲れなくてな。機体に命を預けるなんて事は、自分の手で触れておかなきゃ出来ない事だ」

 今度こそ彼はヘルメットを手に取り、頭部をすっぽりと覆うような形状のそれを被った。いわゆるジェットヘルメットに近しい形状ではあるが、側頭部分は比較的厚く、更に前頭部には幾らか突き出したパーツが存在する。それは顔全体を覆う半透明のシールド部分に、各種映像を投影する為の小型プロジェクターであった。これによって重要事項は直接シールド部分へ投影され、モニターと重ね合わせられた映像としてパイロットに届けられるのである。何より衝撃からの保護を重視したヘルメットに、ヘッドマウントディスプレイとしての機能を与える為の装備であった。

 視界の広さという構造上の利点を最大限活かし、バルトは様々に設けられた計器を直にチェックし始める。機体が演習用である為に確認すべき項目は多いが、それでも彼が普段乗っている第三世代型トールに比べればどうという事は無かった。特に完全な先行量産型、もしくは試作機と位置付けられる第三世代型トールが、制式採用型の比では無い数の調整すべき機能を搭載している為である。敢えて自動化しないことで、ある程度の冗長性を持たせているという意味合いもそこには含まれていた。だが、それ故にパイロットに求められる技能も並大抵のものでは無い。

 ふと、新米パイロットたるナオトが演習用トールの起動に手こずっているのでは無いかという懸念がバルトの胸に過った。第三世代型トールよりマシとはいえ、それに触れた事すら無い彼にとっては何の意味も持たない事である。何らかの操縦経験があるものと想定されるとはいえ、彼が苦戦している可能性は大いに存在した。

 コンソールパネルを操作し、同じく第二格納庫内に待機するナオト機へ通信回線を開く。

「こちらバルト=イワンド。ナオト少尉、聞こえるか」

『あ……はい! 通信状態は良好であります』

 急ぐ調子そのままに返って来たのは、少しばかり堅い調子の声だった。同時にコックピット内の映像もサブモニターに投影され、彼が起動作業を進めている様が見て取れる。だがその手付きはお世辞にも滑らかとはいえず、新米パイロットとしての印象を裏切らない様子であった。

 バルトが彼に初めて会った時にも感じた事だったが、彼を表すならば――――そう、『経験の無さを塊にしたような男』と言うのが相応しい。目に掛かる程度には長い黒髪も、青年にしては幼さが抜け切らない目付きも、彼に戦闘経験がある事を感じさせるものでは無かったのである。そこには人生経験の短さを反映したような、些かの屈折をも感じさせない色が宿ってもいた。経歴の一切が抹消されていた事など、彼の持つ雰囲気の前ではどうにも信じがたい事実である。バルト自身、過去について聞き出そうとする意志も却って潰えてしまったものだ。

 モニターの中では依然、慌ただしく計器類に視線を巡らせるナオトの姿が映し出されている。そんな彼を落ち着ける為に、バルトはやるべき項目を簡潔に伝えることとした。

「ナオト少尉、駆動系からのフィードバック設定はデフォルトにしておけば充分だ。それから制御系ではなく、むしろ外装との相互リンクを確認したほうが良い」

『了解しました……武装との接続問題無し。弾倉には演習用ペイント弾が装填されています』

「充分だ。それからコンバットナイフの高周波振動は切っておけ。あれは第三世代型トールの装甲厚でも防ぎきれない。こんなトールの装甲であればすぐに切断される」

『各種安全装置も順調に機能しているので、それは……大丈夫であります』

「ならば、発進シークエンスに移行できる旨を整備班と艦橋に伝えろ。これからホエールの外へ出る準備に掛かるぞ。指定座標は既に送った通りだ、そう遠くは無い」

『了解!』

 艦橋からの発進許可はすぐに下りた。既に整備班の退避が完了した以上、管制側はナオト機が起動し終えることを待っていたのである。許可の通達と時を同じくして、第二格納庫内にはハッチの解放・トールの発進を知らせる警告灯が灯った。定められた作業手順通りであれば、整備員たちはその光を退避所の中から見ている筈である。

 傍からすれば、一連の作業は些か慎重過ぎるようにも思える。だが、巨大な物体が閉鎖空間で動くという事は非常な危険を伴う事なのだ。ましてや20m級の頭頂高を誇るトールである。仮に転倒しようものなら、装甲車すらもスクラップに変える程の衝撃が発生する。その衝撃に生身の人間が巻き込まれれば、辿るべき結果は言うまでもない。だからこそ作業員の安全を確保する為には、こうした種々の警告を以て事故の発生を防ぐ必要があったのだ。

 バルト機が一歩、格納庫の床を構成する金属を踏みしめた。数十トンを数える金属塊が接地する衝撃は半端では無く、本来であれば脚部そのものが自壊してもおかしくは無い。だが衝撃の殆どは各関節部に設けられたショックアブソーバーによって吸収され、機体全体が三十センチごと沈み込むような形で歩みが進められていった。接地の度に軽くは無い筈の整備機材がガタガタと揺れ、さながら地震が発生しているかの如き光景が生み出される。

 十歩ほど進んだところで、バルト機は艦体に設けられた開放式ハッチの目前へと辿り着いた。今はハッチ自体が閉鎖下にあるものの、周囲数メートル四方の床には他と異なる構造を見ることが出来る。周囲が滑らかな金属面を晒しているのに対し、先述の部分だけはミリ単位のスリットが延々と彫り込まれていたのだ。細かな凹凸面を持つその床の正体は、発泡金属に冷媒を収めた吸熱層からなる耐熱処理区画であった。耐熱性を確保されたその直上でこそ、トールはホバーシステムを起動させることが出来る。もしそこ以外の場所で高温排気を噴出したなら、熱膨張によって床に歪みが発生する可能性があったからだ。

「メインジェネレータの出力上昇を確認。冷却材喪失率は想定範囲内につき、1番から4番ホバーユニットへの動力伝達を開始する」

 コンソールパネルを通じてジェネレータの出力配分が変更され、非戦闘モードでのホバーシステムが起動される。そして核融合炉の二次冷却を兼ねた高温排気が、左右脚部に二つずつ設けられたホバーユニットから噴出し始めた。メインエンジンも兼ねるそれらのユニットは、回転軸を中心に機体前後へ向ける事が可能である。さらに噴射口を形成する推力偏向板の働きによっては、ホバーだけでなく推進力の大半を担わせることも可能であった。それは第三世代型にも引き継がれる基本構造であり、トールに高い戦術・戦略機動性を与える装備だ。この装備の恩恵によって初めて、トールは戦車をも凌駕する戦闘力を十全に発揮する事が叶うのである。

 コックピット内部が不規則に振動した後、機体姿勢に僅かな不安定さが発生した。脚部の巨大なホバー機構から噴出した高圧ジェットが、機体全体を遂に浮かせたのである。それは核融合炉の出力があればこそ可能となる規模の推力であった。安定機構にもトラブルは見られず、機体システムの全ては正常に稼働し続けている。

「こちらバルト=イワンド、起動シークエンスは終了した。外部ハッチの解放を要請する」

『こちら管制、要請を受理しました。ハッチ解放許可を発効します』

 目の前で閉ざされていた内壁に一条の光が走る。ちょうど高さ20mを目安とした方形にそれは広がり、内壁がくり抜かれるような形で外へと吊り上げられていった。開け放たれた外には装甲ハッチの存在も視認でき、ちょうどスロープとなるような形で地上へと降ろされている。それはトールの重量にも充分耐え得る強度を持ち、実際に昇降用の足場として機能するものだった。そしてその緩やかな傾斜を遡るようにして、乾燥した埃っぽい空気が砂塵を伴って流れ込んで来る。巨大なハッチが開放された余波で、格納庫内に外界の空気が送り込まれてしまったのである。清掃作業を控える整備班の苦労を思えば気も重くなるが、バルトはそんな思考を頭から振り払った。

 彼の前には既に、荒野――――今回の演習の舞台が広がっていたからである。一歩遅れてナオト機もハッチ前へと辿り着き、同様に待機するバルト機の背後に付いた。ナオトも既にホバーシステムへの点火を終えたようだ、と大きな熱源反応を前にバルトは確認する。

「今回の演習内容は把握しているな? 発艦後互いに指定ポイントへ向かう。俺の合図があるまではそこで待機だ」

『了解です、バルト大尉』

「今回はお前の実力を計る事が目的だから、落とすつもりで来い。……それから小隊規模での行動時は基本的にコールサインで呼び合え。俺がコード1、お前はコード4と登録されている」

『コード4、了解しました』

 二機のトールはスロープを駆け下り、地上へ降りた時点で指定ポイントへの進行を始めた。

 幾分粒子の細かい表層土に、高い山脈の影響により雨とて降らない気候である。ホバー推進に煽られて舞う砂煙は、乾燥した空気の中でなかなか消え去る事が無かった。遠くからでもそうと分かる派手な航跡を残し、二機のトールは途中までほぼ同じ道程を進んで行く。演習場として設定された範囲がさほど広く無かった事もあり、それぞれが指定座標へ到着するのに時間は掛からなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ