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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
7章:参謀本部会議
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第45話「謀略は踊る、されど会議は進まず」

 参謀本部会議に出席している10名程度の高級将校達。彼らの注目は今、クローニン大佐へと向けられていた。並み居る面々の殆どは将官クラスの軍人であり、並の者なら委縮してもおかしく無い場面である。しかしクローニン大佐は臆する事無く、意外な言葉を放った。

「しかし、報告するというのなら私よりも相応しい者がいます。やはり戦場の事は、現場の人間がよく知っていますからな……入りたまえ」

 クローニンの発言と同時に、会議室のドアが開く。



 まさか自分が参謀本部会議に招聘されようとは。開いたドアを前に、エドモンドはそんな事を考えていた。

 クローニン大佐からの連絡があったのは凡そ五日前。大型陸上輸送艦ホエールを、オルテン前線基地へと移動させている時の事であった。普段ならば使用される事の無い専用回線から、命令書が送られてきたのである。内容は、参謀本部会議への召喚命令。

 その前に受け取っていたフェンリル襲撃の報と併せ、命令に何か政治的な気配を感じたのは、長い軍生活が育んだ勘によるものだった。

「ハッ! 第四機兵師団所属ルデア=エドモンド中佐であります」

 エドモンドが薄暗い会議室へと、足を踏み入れる。と同時に、座していた幹部から声が上がった。

「クローニン大佐、君が報告すれば済む話ではないか。わざわざ部隊の責任者まで呼び出す程、込み入った事情でもあるのかね? 

 それとも、君にとって報告とはそんなにも難しいものなのか?」

 ハッハッハと下品に身を揺らし、幹部は笑う。他の誰も制止しない辺り、参謀本部におけるクローニン大佐の立場が窺えると言うものだ。

 しかし、当のクローニン大佐は安い挑発には乗らず、冷静に言葉を紡ぐ。

「一部は認めざるを得ません、閣下。

 たしかにこれは厄介な問題です。私程度の立場では如何とすることも出来ませんな」

「先ほどからグダグダと。君は何が言いたい」

 大佐の言葉には幾ばくかの皮肉が込められている事だろう。エドモンドがそう邪推したのも束の間、会議室前方の大型スクリーンに投影された映像に、一同は驚愕した。

「こ、これは……!」

「大佐! いったいどういうつもりだ!」

 映し出されていたものは、戦闘記録映像であった。夜の闇を喰らうかの如く揺らめく、紅い炎の輝き。その只中に映るものは、紛うこと無き漆黒のトールの姿である。

 狼狽する幹部たちは口角泡を飛ばしながら、クローニンを問い質し始めた。当人を除けば、冷静であった者など数える程しかいない。

 可能な限り平静を装おうとも、エドモンドもまた驚愕の縁に立つ一人であった。彼は、クローニン大佐の意図を読めずにいたのである。しかし、それ以上に不可解であったのは、幹部たちの慌て振りであった。

 フェンリルが脅威である事、それ自体は上層部において周知の事実だろう。そもそもフェンリルによるレオーツ襲撃が開戦の発端なのだから、それは当然の事と言える。だが、その話題が出た途端にこれだ。彼らは一体何を恐れているというのだ

 そして会議室が少しばかりの静寂を取り戻した時、大佐は静かに話を始めた。

「これはデルタ3攻略戦の際、撮影された戦闘映像です。無論、撮影も試験・先行運用部隊のトールによるもの。映っているトールは紛れもなく、フェンリルのトールであるとわかりますな……と、私が報告申し上げられるのはここまでです。エドモンド中佐」

 クローニンの言葉は、エドモンドに報告の続きを促すものだった。

 正直、大佐が何を考えているかはわからない。だが、フェンリルのトールについて報告しろと命令するのであれば、自分に拒否する権限などは無い。自分は、責務を果たすだけだ。

「ハッ! ではこれを」

 手元の端末を操作し、モニター投影装置へ様々な運用データを取り込ませる。

 運用データ自体は、提出された戦闘報告や整備報告等をもとにしたものである。命令書には、運用データの仔細に至るまでを持参しろと記載してあったが、ようやくその意図がわかった。まさかフェンリルの事をメインに報告するとは思わなかったが。

 そして、端末のモニターに指を滑らせ、大型モニターにあるデータを投影させる。

「これは撮影映像から作成された、フェンリルが運用するトールのモデリング像であります。現在会敵したのはこの一機のみであり、我々はこれを『アインド』と呼称。

 交戦したパイロットの報告によれば、驚異的な……いえ、非現実的な防御性能を見せたとの事であり」

 説明の途中であるにも関わらず、会議室にひそひそとざわめきが広がる。説明への不満は、すぐにドーズ中将によって指摘された。

「エドモンド中佐。非現実的などと、報告になっていないでは無いか。何がどうなったのかくらい説明したまえ。え?」

「……失礼致しました。では具体的に述べさせて頂きます。

 アインドは一例を除き、90mmAP弾、至近からのHEAT弾、APFSDS、ロケット推進式弾頭、コンバットナイフによる斬撃、その全てを無効化しました。更に状況証拠から、陽電子砲の直撃に耐えきった可能性があります」

 そう語る中佐の表情は渋い。自分がいかに突拍子もない事を言っているのか。それがよくわかっていたからだ。

 直接報告を受けた自分でさえ、未だに信じられないと感じる。この会議に出席している将校達にとっては猶更であろう。直後に起こった笑いも無理からぬものだ、と中佐は受け入れた。

「中佐、君は何を言っているんだね」

「そんな事がある訳が無かろう」

「陽電子砲に耐えるだと? あれは我が軍でも最大級の破壊力を持っているのだぞ。有り得んよ」

 次々とぶつけられる言葉は、質問とすら呼べない代物だ。

 自身の理解の範疇に無い物は、存在しない。否定しさえすれば起こっていないのと同じである。そう信じて疑わない人間の、傲慢と呼ぶに相応しいものであった。

 彼らには何を言っても無駄だと、そう悟りつつも報告を続ける。

「なお、ミッションレコーダにはその際の映像も記録されており、パイロットの誤認とは考えられません」

「ふん、映像などいくらでも合成できるわ。

 聞けば、試験先行運用部隊は大損害を出したそうじゃないか。その言い訳にでもするつもりかね? 君は!」

 どこで聞き及んだか、試験・先行運用部隊の被害をちらつかせているのはコプレン中将だ。彼が司令官を務める第四機兵師団は、軍の特殊情報局を抱えている。比較的秘匿性が高い試験先行運用部隊といえども、補修の動きは彼に筒抜けであったようだ。

「コプレン中将。お言葉ですが、そのつもりならばそのまま被害報告を上にあげていますよ。むしろフェンリルの存在などを持ち出すほうが厄介ですからな。

 フェンリルは驚異的な性能を誇るトールを所持しているその事は承認願いたいものです」

 助け舟を出したのは、今まで静観を続けていたクローニン大佐である。将校達から反論の言葉が上がらないのは、ようやく話を理解したからだと、そう信じたい。

 信じているか否か、そこを詮索しても仕方がないと考えたのだろう。クローニン大佐の話は更に進んでいく。

「しかし、どちらにせよ厄介な事に違いは無い。それは認めましょう。何しろアインドに対して、有効な攻撃手段が見つからないのですから。ですが」

 クローニンの言葉の続きを、エドモンドが引き取る。

「対抗手段はあります」

 そう言い、モニター画面を切り替える。アインドに代わって映し出されたのは、第三世代型トール四号機の構造データであった。

「先のフェンリル会戦において、四号機による攻撃が、アインドに対し初の損傷を与えました」

「だが、『アインドは全て無効化した』のでは無かったのかね? 先ほど君が発言したことだぞ?」

「たしかにそうであります。ですが同時に『一例を除く』と申し上げました。その一例がこれです。

 具体的に申し上げると、コンバットナイフによる近接攻撃がアインドの表面装甲を切断したとの事であります。しかし不可解なのは、以前にも同様の攻撃を仕掛けたときには、直撃を与えられなかったという事実。

 現在、様々な視点からの解析を試みています。ですが、防御原理が不明である為、何が原因であるかも判然としていません」

 正確に言えば、これは事実では無い。

 実は召喚される直前、アインドの解析を担当していたルーカス少尉から、ある報告があったのだ。未だ書面にすらまとめられていないそれは、信じがたい事実を示すものであった。

 アインドは一定距離に入った弾頭を弾く。その事から機体周辺には、何かしらの障壁の存在が予想されていた。もし実現しているならば、それだけでも驚嘆に値する事ではある。何しろエークスの兵器開発局でさえ、未だ実証段階にある類のものなのだ。

 しかしアインドは更に上を行く。

 機体周辺の障壁の正体、それは――――



空間の湾曲(・・・・・)!?」

 自分でも思いがけない声量だったのだろう。ホウベル中尉は慌てて周囲を見渡し、他の誰かに聞かれていないかを確認した。

 幸いここ〈オルテン〉前線基地地下格納庫に3人以外の人影は無く、誰かに聞かれた様子は無い。あるのはただ、修復を終えたホウベル機、小破した二号機。そしてほぼ中破といってもいい四号機の巨大な影だ。

 それでも用心を心掛け、ホウベル中尉は先ほどよりも声を潜めて会話を続ける。

「空間が・・それは本当なのか? ルーカス少尉」

「ええ。俺も信じられなかったですけどね。弾頭を弾くときのアインドを詳しく解析したら、局所的に重力レンズ効果みたいなのが見つかったんですよ。

 つまり、弾頭の軌道が曲げられたんじゃなくて、進むべき空間が捻じ曲がったってことです。まあ、どうやったらそんなマネが出来るのかはわかりませんけどねぇ」

 確かに信じられない事だ、とバルトも会話に加わる。

「俺も最初は何かの間違いだろうと思ったんだが……俺たちはもう充分過ぎるくらいに信じられないものを見てしまったからな」

 何を撃っても弾かれるなどと、アインドが起こす現象は常識を超えている。

 だが、それを最も実感しているであろう二人はここには居ない。リーグ中尉は、こちらへ向かっている母艦ホエールとの連絡を付ける為に、一般兵のトールを借用して出撃していった。そして、戦闘の最中に昏睡状態に陥ったナオト少尉は医務室にいる。意識を回復した今も、大事をとって医務室での待機命令が出ているのだ。

 今ここにいる3人は、フェンリルに関わる当事者だけだ。ホウベル中尉も既に知ってしまった以上、緘口令を適用される立場となってしまった。だが知ったところでどうにかなる、という物でも無いのは確かである。

「でも」とルーカスが続ける。話には続きがあるようだ。

「リーグ中尉が200mm対施設砲を接射した時、それからナオトがコンバットナイフで斬りつけようとした時。この2例は、なんか違うみたいですね」

「違う? 別の理由で弾かれたということか?」

 それは、バルトも聞いていなかった事である。

「それがよくわからないんですよ。はっきりとは言えないんですけど、前者は強力な電磁相互作用。そう、例えば破甲榴弾を押し返すくらいのローレンツ力が働いたのかなぁ? とか、ハハハ……」

 ヘラヘラとしてはいるが、ルーカスの腕は確かだ。それを以てしても分からないというのだから、自分はルーカスを責める立場にはない。だが、事態をはっきりさせておく必要があった。バルトは更に質問を重ねる。

「どうしてそう判断した?」

 根拠の薄さを示すように、ルーカスは歯切れの悪い言葉で語り始めた。

「ああ、そうですね。二号機の持ってた大型ライフルありましたよね? アインドに撃ち込んだやつです。

 あれを増援部隊が回収してたみたいなんで、ちょっと調査資料を覗かせてもらいまして。そしたら熔け落ちた砲身から、残留磁気反応がビンビン出てきたんですよ。一部材質がスチール系合金だったから余計にです。だから――――」

 その先を察したホウベル中尉が、結論を引き取る。

「だから、強烈な電場が引き起こした力だと、そう君は判断した訳か。しかし、それだけの電流をどこから持ってきたんだ? いくら砲身内で加速中とはいっても、破甲榴弾を止める規模のものなんて私は聞いたことが無い」

「俺も聞いたことがありませんよ。結局、ナイフが逸らされたほうの原因は分からず仕舞い。はぁ……なんでナオトの攻撃が効いたのかってのも、さっぱりわかりませんね。

 一度四号機のミッションレコーダを洗いざらい調べてみたほうが良いかもしれないなぁ。時間はかかると思いますけど」

 ルーカスはそう言い、またしても大きなため息をついた。ここのところルーカスには負担ばかり掛けている。アインドの解析にしてもそうだ。他部隊へ不用意に機密を漏らす訳にもいかず、データの解析は全て任せているのが現状である。

 部下への負担ばかり強いる自分が情けなく思え、バルトは格納庫の天井へと視線を向けた。特に何かを見るでも無く、彼は考えに耽る

 先の戦闘で、ナオトの駆る四号機はアインドを退けた。話によれば、繰り広げられた戦闘は目で追う事すら難しかったという。それほどの戦いだったという事だ。

 自分で確認した訳では無い。だが状況から推測するに、その時リミッターが解除されていた事は間違いないだろう。でなければ、駆動系に深刻なダメージを負う程の機動を行えた説明が付かない。通常通りに制限機として運用されていれば、このような事態は起こり得ないのだ。

 機体が損傷する程の反応速度

 そしてパイロットの昏倒

 四号機に、いやナオトに一体何が起こっているというのだ――――。




「エドモンド中佐、君達の期待は理解できるがね。その肝心の四号機は動く状態にあるのか?」

 コプレン中将がいかにも深刻そうな表情で、エドモンドに問いかけた。しかし彼は試験先行運用部隊の被害を把握した上で、敢えてその事を聞いている。つまり、何らかの意図があって質問しているのだろう。

 情報局を抱える第四機兵師団らしく、一筋縄ではいかない軍人だ。

「いえ。先の戦闘において、四号機は駆動系に深刻な損傷を負いました。現場レベルの話ではありますが、再び運用するには全身のパーツ換装が必要との事です」

「他の機体はどうなのだ?」

「一号機、三号機に関しては目立った被害は報告されておりません。ですが、戦闘に参加した二号機については、腕部損傷・火器管制の破損有り。四号機ほどではありませんが、修復には相応の――――」

「つまりだ」と、ここでコプレン中将は一際大きな声で発言を始めた。

君の指揮下にあった(・・・・・・・・・)試験・先行運用部隊は、それだけの被害を出した訳だ。最新鋭機だけに補修費用もバカにならない」

「ですが!」

「なにか。デルタ13攻略戦が終了した時点で、部隊の指揮権はシーグ中佐から君に渡っていた筈だ。ここは、管理責任を問わねばならないだろう」

 会議の流れが誘導されている、エドモンドがそう気づいた時には遅かった。直後のアスドック大将の言葉が、会議の方向性を決定付けた。

「私も同意見だがね、皆の意見はどうか」


 コプレン中将の言葉を皮切りに、アスドック大将による採決の提案。まんまと、してやられた。尤もそう感じたのはエドモンド中佐とクローニン大佐の2人だけであって、その他の面々は最初から知っていたのだろう。

 参謀本部会議の採決では、軍の最新鋭機に大きな損害を与えたとして、試験先行運用部隊の運用継続は一時凍結が決議された。だが、同時に第四機兵師団への一部運用権限の譲渡が認められた為、実質的な内容は「試験先行運用部隊の第四機兵師団への所属移行」と言える。

 エドモンド中佐にとってみれば、本来あるべき体制へと戻った事になるのだが、その胸中は複雑であった。現場レベルの人員はそのまま引き継がれるとはいえ、上層部の思惑通りに動くコマとならざるを得ない事を、この時既に直感していたからである。

 参謀本部会議の後、試験先行運用部隊には早速一つの命令が下る事となった。


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