第44話「毀れた刃は熱く、脆く―2」
〈Unknown:所属不明機〉の表示と共に映し出されたのは、アインドの横に並ぶもう一機の黒いトール。しかし、戦闘で巻き上がられた粉塵や、未だ熱放射が止まない残骸によってあらゆる波長帯が阻害されている為に、映像から判別し得る機影は大まかなものでしか無い。元々、ノイズが反映されやすい最大望遠映像ともなれば、細部を把握し切れないのは道理だった。
しかし、それでも未知の機体が、アインドに近しいシルエットを持っている事は判別出来た。二機が並んでいるからこそ、その共通点ははっきりとしている。ただしルーカスには、未知の機体の背中に何本もの巨大な柱が突き刺さっているように見えて仕方が無かった。そもそも柱なのかどうかすらも分からなかったが、とにかく何かしらの構造物が背面に集中しているのだ。
「おいおい、まだ化け物みたいなのがいるってのか!?」
彼はそれ以上の軽口を叩く暇さえ惜しみ、各種センサーユニットを周辺部へと指向させた。三号機の鋭敏な観測機材は敵機の詳細を捉え、索敵システムがその情報を統合するはずだった。が、五秒経っても何の応答も返して来ないパネルを前に、ルーカスは自身の見込みが見事に外れていたことを思い知らされる。
「なんで何も映らないんだよ!」
あらゆるセンサーが揃いも揃って沈黙を守っている。いくら感度を上げようとも、それは変わらない。ルーカスは信じ難いという思いを抱きながらも、三号機が示す結果を受け容れざるを得なかった。それはつまり、センサーを向けた先には何も存在しない、という結果に他ならなかった。
……そんな馬鹿な、俺は確かに見たはずなのに!
ルーカスは索敵システムの表示を切り替えると、再び望遠映像を呼び出す。そこにきちんと機影が映ってさえいれば、問題があるのは三号機の方だと断定出来るのだ。どこか縋るような思いで望遠映像に目を走らせたルーカスは、しかし、再び自分の目を疑いたくなった。先程まで映り込んでいたはずの機体が、どこにも見当らなかったのだ。映っているのは、動作を停止したままのアインドだけで、何事も無かったかのように未知の機体だけが消え失せている。彼は更に直前までの映像記録を呼び出してみたが、そこにもやはり未知の機影は見つけられなかった。
『コード2からコード3へ。どうした、何かを見たのか』
報告を求めて来るリーグは、通信回線を介して異変を聞きつけていたようだった。相変わらず雑音混じりで聞き取り辛い音声ではあったが、そこに含まれた緊迫感は充分に感じ取れる。やや過敏な反応を見せたリーグもまた、アインドの追撃を最大限警戒している最中なのだ。だからこそ、ルーカスには確固たる報告を上げる義務があるはずだったが、歯切れの悪い返答しか用意できそうになかった。
それはそうだ、とルーカスは自分に言い聞かせる。新たな機体を見掛けたは良いものの、あらゆるセンサーが存在を認識しないままに見失ってしまった――――これを最も現実的な判断で解釈するなら、|初めから居もしない機体を誤認してしまった、という結論に達するのが自然だと思えたからだ。三号機の索敵網に影も残さないような隠匿性能を持つ機体が、もし本当にあの場に居たとしても、アインドに代わって追撃して来ないのはあまりに不自然というものだった。
あれは見間違いだったんだ、そう結論したルーカスは代わりに一つの報告を上げる。それは前方の地平線ギリギリから接近しつつある、一個中隊規模の友軍の存在だった。四号機と共に出撃していたはずの彼らだったが、第一陣に遅れてようやく偵察部隊の下へ辿り着こうとしていたのだ。それなら、ナオトはどれだけ飛ばして来たんだよ、とルーカスは思わず苦笑を浮かべる。
それから十分経過した頃には、交戦域からさほど遠くない地点で、偵察部隊は増援部隊との合流に成功していた。
彼らの帰還後、オルテン前線基地周辺の警戒体制が強化された事は言うに及ばず、艦隊の進攻スケジュールまでもが修正を余儀なくされた。それは偵察部隊の襲撃に連動し、ゲルバニアン軍による基地奪還作戦が行われる可能性を危惧しての措置だった。しかし、一週間が経過しても襲撃の動きは見られず、少なからぬ違和感を残しつつも、警戒体制は通常レベルまで落とされる運びとなる。
結局、偵察部隊の遭遇戦に関して、ほぼ全ての人間がその顛末を知る事は無かった。フェンリル襲撃という事態の特異性を認識していたのは、あくまで試験先行運用部隊とごく一部の関係者に留まる。
だが、そこから遠く離れた地に居るクローニン大佐もまた、その特異性を認識する一人だった。
現在、エークス軍第二機兵師団・師団長クローニン大佐は、飛び交う砲火の只中に身を置いていた。とはいえ、それは鉛と鉄が飛び交う戦場を意味するものでは無い。そこは目に見えない爆弾がやり取りされる、スルヴァ陸軍基地・本会議室という名の戦場なのだ。その意味に於いて〈参謀本部会議〉とは、高級将校達にとっての戦闘であると言っても過言では無い。権謀術数の応酬に彩られた本会議室には、豪奢な内装を黒ずませてしまう程の毒が塗り込まれていた。
そして、そこに出席する者は皆、言葉の刃が持つ重みを重々理解しているような人種だ。言葉というものは、時に一発の鉛玉を撃ち込むよりも深い打撃を与える事が出来る。故に、ペンは剣よりも強し――――ジャーナリズムの文脈とはかけ離れた形でありながら、彼らの中にはその信念が活き活きと息づいている。軍上層部における『政治』に生きる彼らにとっては、エークス軍という身内へと向ける刃が重要視されていたのだ。今は、そんな高級将校の典型たる人物が、本会議室に大きなダミ声を張り上げているところだった。
「ああ、クローニン大佐、君は分かっているのかね? 第三世代型トールの導入計画に注ぎ込んだ金がどれだけ膨らんでいるか……まったく嘆かわしい」
禿げかけた頭頂部を撫でつけながら、ネチっこい口調で声を上げる一人の男。肥え切った身体を揺らす男の名は、ドーズ=ヘンデル中将だ。彼はエークス軍第三機兵師団を率いる高級将校の一人にして、軍主流派を占める親G.K.companyの立場を崩さない軍人の一人でもあった。
「今年度の予算割り当ては、既に昨年度分を超過しているのだぞ。国防予算とて無限では無いのだから、相応の戦果をねぇ?」
クローニンを非難する内容を並べ立てながらも、ドーズの表情はどこか嬉しそうに歪んでいく。片や、他に出席している将校たちは誰一人として、彼の粘着質な追及を止めようとはしない。
ただし、ドーズは機兵師団長という肩書に比して、大きな影響力を動かそうとしない小物に過ぎなかった。その実績を考えれば、参謀本部の人間としては無能の烙印を押されても仕方の無い男だ。だからこそ、そんな男が第三機兵師団を率いているのには、ある理由があった。
「待ちたまえ、ドーズ君。此度の論点をはき違えてはならんよ。今回取り上げるべきは、超過予算についてでは無かっただろう?」
本会議室の奥から、仮にも中将であるドーズを「君」と言って憚らない発言が上がった。それは老人から静かに発せられた言葉でしか無かったが、出席していた高級将校たちは、声が上がった方へと一斉に視線を向ける。中でもドーズは真っ先にその声に反応した一人で、即座に押し黙った挙句、老人の言葉を待つだけとなって固まっている。
それもそのはず、本会議室の奥に座している老人は、この場で最も高い階級を持つ軍人だった。エークス軍随一の実力者にして、第一機兵師団司令官を務める男――――ヘルト=アスドック大将というのが彼の肩書だった。元は地方軍司令だったとされる彼だが、今では揺るがぬ権力を手にエークス軍を牛耳っている。加えて、G.K.companyの台頭に伴って影響力を強めた一人、というのがアスドックの躍進を語る上で欠かせない噂だ。彼は軍需産業との関係をバックに、いわゆる国防族議員との繋がりも囁かれ始めてから久しい立場にあった。
そして、そんなアスドックの影響力を拡大する為にこそ、ドーズ中将は生かされているのだ。通常、エークス軍の高級将官が二つ以上の機兵師団を率いる事は無い。それはあくまで慣例によるものだったが、破れば不用意な反感を買う事は必至。そこでアスドックは、自身の配下たるドーズを第三機兵師団の師団長にまで押し上げてしまったのだ。
しかも、同じような手法を取ったのは一度や二度では無い。結果として、今や軍の重要ポストのほとんどが、アスドック大将の息のかかった将校達で占められているようなものだった。この参謀本部会議に並ぶ顔ぶれさえ、そのほとんどが同じようなものだ。誰も彼もがG.K.companyの影響力を背に、アスドックの犬としての立場に甘んじている。
クローニンはいい加減、そんな光景を目にするのにも飽き飽きしていた。この会議で自分に求められている役割が何であるか、それを嫌というほど理解しているからこそ軽蔑の度合いも増そうというものだ。参謀本部会議の中で唯一、G.K.companyに反抗する姿勢を示しているクローニンに、温かな視線は決して向けられない。彼に向けて吹く風は、どこまでも冷たいのが常だった。
「わざわざクローニン君にも御足労願ったのだから、聞かせてもらおうでは無いか。そろそろ報告を始めてくれたまえ」
第一機兵師団を率いるヘルト=アスドック大将が、発言を促す。
第三機兵師団を率いるドーズ=ヘンデル中将は、追随するような笑みを浮かべる。
そんな彼らが決して味方では無いことを理解しつつも――――否、理解しているからこそ、クローニンはようやくその口を開こうとしていた。
「では、これから、試験先行運用部隊の運用についての報告をさせて頂きます」




