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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
6章:遭遇戦
46/123

第43話「毀れた刃は熱く、脆く―1」

「いきなり何なんだよッ!」

『クソッたれがああッ!!』

 何かに憑かれたかのような叫びは、どこか獣じみた感情に裏打ちされている。ナオトには、相手がこの期に及んで送信波を発した理由も、何の意味も無く喚き散らす意図も理解出来なかった。理解出来ないからこそ、背筋を冷やすには充分過ぎる代物だった。

 たとえそうでなくとも、恐るべき敏捷さで反撃を始めようとする敵機を前に、ナオトは冷や汗を滲ませる。実際、アインドを操るパイロットの技量は尋常では無かった。

 手足で這うような体勢から一転、四号機へと真っ直ぐに飛び掛かろうとしていたはずのアインドは、既に軌道を変更している。片脚を背後に勢い良く振り上げると同時に、脚部ホバーユニットを作動させ、空中で巧みに機体を縦回転させたのだ。それは崩れた体勢で加速する事をも厭わない、まさしくアクロバットじみた挙動とでも表現すべきものだった。大胆な跳躍は流れるような滑らかさで踵落としに繋がり、四号機の頭上に猛烈な速度で脚部を落とす。

 ナオトは敵機が見せた機動に翻弄され、トリガーボタンを押す余裕さえ無かった。

 優に戦車を超える質量の物体が落下する――――たったそれだけの行為で解放される位置エネルギーには、トールの装甲すら叩き割る破壊力が込められていた。辛うじて後退した四号機の眼前を、アインドの踵落としが空気を裂かんばかりの勢いで擦過していく。その脚部が減速もせずに大地へと突き刺さった途端、運動エネルギーに転化された位置エネルギーは小爆発(・・・)を引き起こした。まるで榴弾が爆発したかのような勢いで土砂が吹き飛び、四号機は薄茶の粉塵に視界を奪われる。

 それ故にナオトは、自分が攻撃を避け切れていなかった事実に気付くのが遅れた。蹴りが掠めていったハンドガンは、銃身を半ばから引き千切られていたのだ。火を噴く前に薬室も砕かれ、剥き出しとなった装薬は既に引火させられていた。アインド相手では大して役に立たないとはいえ、装備して来た貴重な火器が失われた痛手は大きい。誘爆した弾倉が無数の破片となって四号機を襲い、ナオトは思わず回避運動を実行させる。

「くそッ、なんて運動性だよ! 俺が動ける内にこいつを……!」

 大きな破片は避け切ったが、ナオトの中に生じ始めた焦りは消えない。それがマズかった。

 不用意な間合いに入った四号機が、着地したばかりのアインド目掛けて再び蹴りを入れようと動いた。しかし、今度は間合いの詰め方も悪ければ、単純な動作速度も遅い。四号機の致命的な隙を見つけたアインドが、まるで酷薄な笑みを浮かべるかのように三つ眼をギラつかせる。ナオトがマズいと思った時には、もう手遅れだった。

 大きく身をそらしたアインドに蹴りは届かず、掠りもしなかった右脚部が無防備なままに晒される。ナオトはすぐに脚部駆動系へと操作指示を送り込んだが、脚部を引き込もうとする応答はあまりに鈍かった。Level 2〈既定状態を維持困難〉の警告表示を発している駆動モーターに、既に伸び切った関節部を引き戻す動作はあまりにも酷だったのだ。腕を振りかぶったアインドの一撃は、もはや避けようが無かった。

 アインドの射出式大型杭が右脚に突き立てられ、装甲されていた筈のホバーユニットは易々と貫徹される。大穴を空けられた推進部からは、修復不能を告げる損壊報告が発せられ、自動で緊急閉鎖プロセスが走り出す。ナオトが幾つかのレバースイッチを押し込むと、二番ホバーユニットの分離プロセスが実行された。すると、右脚部内側に幾つかの小爆発が起こり、接続ジョイントを失ったホバーユニットは完全に切り離された。

 重量バランスが変化した四号機を御しつつ、ナオトは今度こそ恐怖が目を覚ます兆候を感じ取っていた。咄嗟に機体本体への二次被害を避けたは良いものの、機動性を殺されてしまったのだ。致命的な失態を犯してしまった、という感触が急激に彼の胃を締め上げる。高い機動性を身上とする四号機にとって、ホバーユニットの一部を失うという事態はそれ程に致命的だった。

 一旦距離を取ったアインドは、分離済みのホバーユニットから無造作に杭を引きずり出す。何の躊躇いも無く投げ捨てられたユニットは、数tの自重を以て落下地点に土煙を巻き上げた。また一つ、戦場に散らばる残骸を増やしたアインドは、自身の行為に昂ぶっているかのようにメインカメラへ微光を宿した。

 そして四号機に止めを刺すべく、複雑なステップを踏むかのような軽やかさで接近して来る。風に揺られる木の葉のように掴み所が無く、且つ身を翻すように迫る動作は、回し蹴りの準備動作と一体化していた。アインドは左脚で地面を抉ると、その場で静止したかのような制動を掛けて飛び上がる。次の瞬間には、刃物のような鋭さを以て機体を回転させ、四号機目掛けて右脚を叩き込もうとしていた。

 ただの回し蹴りとはいえ、大質量且つ大出力を誇るトールが全力で放つそれには、下手な複合装甲すら叩き割る程の運動エネルギーが込められている。人間レベルにおける徒手空拳とはまるで異なる次元にある攻撃は、時にパイロットを直接殺傷する手段となり得るほどに強力なものだ。それがアインドから回し蹴りで放たれたのだから、直撃すれば四号機が耐えられる保証は無い。

 今にも装甲を叩き割らんとする蹴りが迫る。機動性を殺された四号機はまともに回避運動も取れないのに、空気を切り裂く音だけは正確にコックピット内で再現される。ナオトは必死に四号機を捌きつつも、もう避け切れないという直感が脳髄を埋め尽くしていた。

「……ッ!!」

 瞬きすら許されない一瞬の中、ナオトは急激に思考が断片化されていくような感覚に囚われていた。今や彼にとっては、極限まで削ぎ落された認識こそが状況を述懐する手段に他ならない。これまでは連続する要素で捉えていた視界が閉じて行き、まるで単語ごとに切り分けられた視界が広がっていくような感覚でもあった。苦しい、危ない、こんなところで死ねない――――避けなければ。

 どこまでも単純化された認識が、前頭葉運動野に意思を熾し(・・)、脳内に走ったパルスは瞬く間に思考深部を駆け巡る。それはまだ、彼自身でさえ自覚出来る領域には無い情報だったが、思考深度の制限を解除されたMNCSは見逃さなかった。瞬間、思考深部への介入を許可されていた推論エンジンまでもが高周波稼働を始め、秒間辺り数十回、数百回、数千回、更にそれを超えるような頻度で脳への干渉を開始する。MNCSは思考の奥へ、奥へと分け入り、未だ明確な意思と呼べないような兆候を捉えては、半ば強引に表面化させる。そのプロセスを無数に繰り返した後、MNCSは運動機能情報を抽出し終えた。その間、僅かコンマ一秒と経過していない。

 そして、全身から全ての枷を外された四号機が、矢のような速さで動いた。速度制限を解除された駆動モーターはその一動作に全出力を注ぎ込み、アインドに真っ向から機体を突っ込ませたのだ。痛烈な蹴りを浴びせようとしたアインド、そして機動性を殺されていたはずの四号機。両機の姿はその交錯を境にして離れ、それぞれに石像と化したかのように動かなくなっていた。

 この時点で、既に戦闘開始から90秒以上が経過している。

 アインドに突っ込んだきり沈黙を守る四号機は、しかし、全身の至る所から白煙を噴き出している所だった。緊急冷却システムの作動によって、廃熱で気化した冷却剤が絶え間なく放出されているのだ。循環経路を巡る圧力は異常な数値を示しており、四号機が尋常ならざる熱を帯びている事実を示している。既に全身の駆動系は焼き付きを引き起こし、専用にチューンされていた専用モーターですら動作不能となって沈黙。駆動系の速度制限を悉く解除したツケは、四号機の機能停止という形で表面化していた。

 しかし、決して軽く無い傷を負ったのは、四号機だけに留まらなかった。

 四号機と違い、アインドは駆動系に焼き付きを起こしていた訳では無い。が、今まで超然とした滑らかさに覆われていた装甲は、ちょうど左太腿の辺りで鋭利に切り裂かれていた。切り口は下部装甲をも切り裂いて、左脚部の機体フレームを露出させるに至っている。未だ赤熱する切断面は、漆黒の装甲の上で鮮やかな色彩を放っていた。傍から見ても小破と呼ぶべき損傷を負わされたアインドは、それを隠すでもなく、ただ動きを止めているのだった。

 三号機が捉えたその姿は、四号機のメインモニターを介してナオトの目にも入っている。しかし、彼が明確に認識していたのは、耳障りな警告音や、鼻孔をくすぐる異臭くらいなもので、見ている光景の意味を理解するには至らなかった。

 Level 3〈一部機体機能の喪失〉を告げる、コックピットに延々と響き渡る電子音。気密されているはずのコックピットにまで入り込んで来た、どこか金属的な焦げ臭さ。その一つ一つの現象が持つ意味を理解出来ない、理解までに手が届かない。思考深度制限が外れたMNCSとのリンクによって、彼は酷く混濁する認識の中へと落とされ掛けていたのだ。

 ……勝った、のか?

 それ以上何も考えられない。まるで脳髄が真綿か何かになってしまったかのように、普段なら連鎖していくはずの思考が打ち消されて行った。その時、ナオトの脳裏にはあったのは、時系列の判然としない記憶、その集合としての海だった。彼の自我はひたすらに沈滞し、混濁した意識を現実から唐突に切り離していく。パイロットの意識消失に伴い、MNCSの高周波稼働状態は停止していた。

 そして、機体各部から噴き出していた白煙も消え失せ、四号機は今度こそ動きという動きを止める。設計限界ギリギリの機動を強いられた四号機、そしてリミッターを解除したナオトは、両者共に限界を迎えようとしていたのだった。



「ナオト、あいつマジかよ……」

 唖然とするルーカスの口を突いて出たのは、その一言だった。すっかり画面に見入っていた彼は、そんな下らない表現でしか驚きを表現できない自分に失望する。もっと他に言うべき事があるはずだと分かっていたのに、傷付いたアインドを見た時の驚きを表すにはどれも足りない。それは驚きというよりはむしろ、頭を何か大きなもので殴り付けられた時の感覚に近かった。

 二号機からの通信要請が届く頃になって、ルーカスはようやく我に返った。

コード2(二号機)からコード3(三号機)へ、今の内に撤退するぞ!』

コード3(三号機)、了解! 四号機は動かせると思います?」

『いや、あの様子だと二号機以外では無理だろう。俺は四号機を回収していくから、お前はホウベル中尉を機体ごと頼む』

 その命令は、言外にも、他に生存を期待出来るパイロットは居ないという事実を示している。ルーカスは四号機から視線を転じると、胸部に風穴を開けたまま横たわる機体に目を向けた。

 オルカ3、そのコールサインを与えられていたパイロットは、コックピットブロックごと原形を留めない姿になっているはずだった。オルカ2と呼ばれていたパイロットもまた、戦闘開始と同時に脱落してから生存を絶望視されている。アインドを前にしては、彼らを回収する余裕さえ与えられない。

 迷いなく四号機に近付いて行った二号機は、肩を貸すようにして四号機の腕部を固定する。自身もまた少なからぬ損傷を負う身でありながら、二号機は難なく四号機の牽引を始めた。それは汎用重装型としての馬力があればこそ、易々とこなせる芸当だ。二号機は未だ戦闘に堪える状態には無いものの、アインドの傍から順調に四号機を引き離していく。

コード3(三号機)、回収に移ります。お願いだから、アインドは動くなよ!」

 一方、やや情けない声を上げながらも、ルーカスは三号機をホウベル機の下へと向かわせていた。四号機が大地に刻んだ長さ数kmに亘る跡を越えつつ、機体は破片が散乱する地点へと足を踏み込む。

 周囲に無数に散らばる破片の殆どは、アインドと偵察部隊の激しい戦闘を物語る証言者だ。アインドに砕かれた複合装甲の断片、過熱と衝撃で割れたセラミックス製ノズルの一部、200mm破甲榴弾の薬莢、そしてオルカ3機から剝がされた多くの内装部品。それらの中に埋もれるようにして、比較的原型を留めた状態のホウベル機が擱座していた。しかし、明らかに無事な様子では無い。

「これは……どうすっかな、マズいかもしれないぞ」

 機体胸部でぽっかりと口を開ける穿孔を前に、ルーカスは思わず手を止める。

 穿孔の深さは少なく見積もっても4m以上、直径はアインドが放つ杭のそれにほぼ一致。その断面には、今やコックピットブロック側面の隔壁が剥き出しとなっている。つまりコックピットは潰されていなかった。その事実を確かめたルーカスはひとまず安堵するが、もっと深刻な不安材料があった。

 それは、射出式徹甲杭に貫かれた位置の問題だ。ルーカスが判断するに、今のホウベル機は動力系の重要区画を抉られていて、下手に触れようものなら事故を引き起こしかねない危険な状況だ。動力炉に直結された電源系統には大電流が通っており、勿論、破損時には自動で電源供給システムを閉鎖する機構が組み込まれているはずだったが、こうも的確に要所を潰されていては確実とは言えない。

 そして、穿孔の内部は今も、チリチリと咲いては消えていく火花に照らされている。機体各部のVHITバッテリーがまだ閉鎖され切っていないのか、あるいはそれ以外の補助電源が燻っているのか、そのどちらにしても、まだ動力系が完全に死んでいない事を示す証だった。

 ルーカスは、こういった場合に起こる事故が悲惨だという話を聞いたことがあった。時には、破損した機体からパイロットを救出しようと試みて、電源系統の死んでいなかった機体ごと吹き飛ばしてしまうという事故が起こっているくらいだ。彼は生きているかどうかも分からないホウベルを、ここで確実に死なせてしまうような真似だけはしたくなかった。通常、この時点で通信を繋いで安否を確かめるのがセオリーだったが、ルーカスは敢えて止めておく事にする。

 三号機は慎重にホウベル機の腕部を抱え上げると、二号機と同じような体勢で固定した。そのコックピットではルーカスが慎重にフットペダルを踏み込み、徐々に機体を加速させ始める光景があった。彼はちらとサブモニターに視線を向けるが、索敵システムが検知する動体反応は無い。つまり、友軍機を抱えて撤退し始めた彼らを、アインドが追撃して来る様子は見られない。

「前は逃がそうとしなかったくせに、今回は見逃してくれんのかよ。どういうことだっての」

 どこか理不尽な思いを堪え切れずに、ルーカスは苛立たし気な呟きを零した。仮にアインドがここで追撃を仕掛けて来ようものなら、対応できる状態で無い事は確かだ。その点ではルーカスにとっても有り難い状況であるはずだったが、追って来ない理由がどうにも分からなかったのだ。

 もし、偵察部隊がわざわざ追撃するに値しない存在だというのなら、積極的に交戦を仕掛けて来た意味が無い。予め偽情報を流した上でこの地に誘い込むという、待ち伏せ行為の意味自体が破綻してしまう。

 もしくは、偵察部隊と交戦する最中に、アインドが何らかの目的を達したという可能性もあった。しかし、アインドが偵察部隊を引き付けておく役割だとは考えられなかったし、もしそうだとしても別働部隊が居なければ意味は薄い。勿論、三号機に搭載された索敵システムを以てしても、アインド以外の敵機を見付ける事は出来ていなかった。

 だからこそルーカスは、動こうと思えば動けるはずのアインドが追撃して来ない理由が引っ掛かる。自分が何か重要な見落としをしているような気がして来て、どうにも落ち着かなくなる。そんなルーカスは、改めてメインモニター上に展開された望遠映像に目を凝らした。すると、何か有り得ない変化を見つけてしまったような気がして、不吉に高鳴る心臓が小さな不安を加速させていく。

 彼は突き動かされるようにコンソールパネルを操作し、望遠映像の倍率を切り替える。操作に応えてすぐさま投影され直した映像は、たったそれだけでルーカスを戦慄させた。

 ――――もう一機いる。


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