第41話「疵無き刃は薄く、鋭く―1」
アインドとの遭遇戦が生み出した惨状は、戦場に散らばるトールの残骸が物語っている。出会い頭に爆発を引き起こしたオルカ2、コックピットを杭で貫かれたオルカ3、200mm対施設砲の砲身爆裂に巻き込まれたコード2、そしてオルカ1。偵察隊として組織されていた一個小隊は、もはや三号機を除いて誰も動く事すらままならない。悠々と歩みを進めるアインドだけが、揺るぎない勝者としてその光景の中に君臨していた。
『いいねぇ。さ、ささ、さっきは、勝てるとか思ったんだろう?』
アインドは、既に半壊しているホウベル機の前で立ち止まった。その頭部には薄緑の輝きが宿り、まるでうっすらと目を細めるように両脇のセンサーシャッターが下りていく。早く止めを刺したくてたまらない、この行動が楽しくてたまらない、と言いたげな様子のアインドには、ある種の狂気が宿っているようだった。
あるいは酷薄な笑みを浮かべつつ、アインドがゆっくりと左腕を振り上げる。異様に長い肘部へと収められた射出式徹甲杭は、その数m先にホウベル機のコックピットを捉えている筈だった。
そんな絶望的な映像が、|激震するメインモニター上には《・・・・・・・・・・・・・・》映し出されていた。そして映像に彩りを添えるように、踏み込んだフットペダルが微かに擦れる音、レバースイッチが押し込まれる小気味よい音、ジェネレーターに起因する振動音といったものが、コックピットという狭い空間には充満している。更にそこへ荒いパイロットの息遣いも加わったなら、そこはまさしく巨神の心臓として成立する空間となっていた。パイロットは機体出力を引き上げつつも、焦りを隠し通せていない様子だった。
そこへ、僅かな雑音と共に音声が流れ始める。三号機が傍受していた音声通信、アインドの操縦者と思しき声がデータリンクシステムを通じてコックピット内に届いたのだ。そこに含まれた死刑宣告にも等しい意味合いが、一瞬で彼の肌を粟立たせる。
『――――潰してやるよ』
たったそれだけ、どこまでも薄っぺらい歓喜を滲ませる声が耳朶を打つ。もう、我慢の限界だった。遠方から|その光景を見ていたナオト《・・・・・・・・・・・・》は、もはや堪えきれずに叫び声を上げる。
「やらせるかああッ!!」
液体燃料式ロケットエンジンの噴射炎を曳く四号機は更に加速を強め、さながら地上を駆ける流星と化して突っ込んでいく。
相手にすべきはアインド、ただ一点のみ。他に敵機は見当たらなかった。ナオトは舌を噛み切らないように歯を食いしばりつつ、右手でリミッター解除コマンドを打ち込む。途端に、視界が周りからホワイトアウトしていくような感覚に襲われるも、次に認識を取り戻した時には例の感覚が戻って来ていた。通常の想定を大きく超えた対気速度によって激震するコックピットの中、ナオトは引き延ばされた時間感覚へと放り込まれる。彼の視線が向けられる先には、既に近距離交戦帯にまで飛び込みつつあるアインドの機影があった。
四号機は一切減速する素振りを見せず、コンバットナイフを右手に斬り込んでいった。トール同士の激突事故、と言っても差し支えないような勢いで突っ込んだ四号機。急激な減速によって、ナオトの身体には固定用ベルトが深く食い込む。押し潰された肺からは一気に空気が絞り出され、耳元では、まるで機体フレームが軋むかのような異音まで聞こえて来る。実際、そうなのかも知れなかったが、これまで聞いた事も無いような軋み音の正体など、ナオトには分からない。
しかし、それでも彼は満足げに口元を歪めていた。ほんの微かに歪めた口元が意味するものは、安堵に近い思いだ。今やメインモニターの前面に大写しとなっているアインドは、四号機との間に火花を散らしていた。つまり、ホウベル機に射出式徹甲杭が突き立てられる前に、敵機を引き離す事に成功していたのだった。
「……間に合った!」
多少の減速を経ても殺し切れない速度のまま、四号機は渾身の推力で以てアインドを押し出し続けていた。一方、アインドは両脚部を地面に突き立て、真正面から踏ん張ろうと試みる。地面表層を削る衝撃は機体を砕かんとするばかりだったが、アインドの脚部に何らかの不調が生じる気配は無かった。アインドは真正面から張り合っているように見えて、その実、大した力を引き出そうともしていないのだ――――あるいは何か特殊な機能を使っているのかもしれなかったが、いずれにしても、四号機は確実に勢いを削がれつつあった。
それを目の当たりにしたナオトは、業を煮やして更に操縦桿を押し込んでいく。すると、四号機の背部に装備された外装式ロケットエンジンが、推進剤・酸化剤の供給圧力を設計限界まで高め始めた。赤熱するノズルからは長さ40mにも及ぶ噴射炎が吐き出され、うっすらと青みがかった炎の柱を形成。恐るべき高温を発する暴流は、四号機の後方にあった表土を瞬く間に吹き飛ばしていき、次々に膨れ上がる土煙が噴射炎の周りを覆っていく。すっかり裸にされた地面は高温で熔解し、その表面からもうもうと白煙を上げていた。
だが、四号機の速度は全く上がる気配を見せない。未だ全力噴射が続いているにも関わらず、四号機の突進は完全に押し止められていたのだ。それでもロケットエンジンの作動を止めない機体は、見えない万力によって前後から押し潰されつつあるようなものだった。膨大な推力がもたらす負荷に晒され、高い剛性を誇る接続パーツですら背部で悲鳴を上げている。
一方、踏ん張る体勢すら取らなくなったアインドは、仁王立ちのような姿勢のままビクともしなかった。数十t近い推力を得ている四号機が膨大な土煙を巻き上げる先で、アインドはただ悠々と機体を誇示するだけで動かない。四号機が必死に突き立てようとしている切っ先は、黒い装甲を前にして全く進まなくなっていた。
眼前のアインドと火花を交えながら、ナオトの手はコンソールパネルへと伸びる。腕部駆動系への出力が素早く再配分され、しばし四号機の刃は相手を抑え込む形となった。しかし、コンバットナイフを突き出していた右腕は徐々に力負けし、ガクンという衝撃と共に肘を折った。強引に曲げられた肘関節駆動モーターのジョイント部に負荷が掛かり、右腕を抑え付けていた左腕までもが押し返される。もはや両腕でコンバットナイフを押し込もうとしても、黒い装甲に刃が届く見込みは無い。
このままでは、ロケットエンジンごと機体が自壊させられかねない。これ以上の突進が無意味だと判断したナオトは、既に適正温度を超え始めていた燃焼室を強制閉鎖。同時に脚部ホバーユニットを前方に偏向させ、今度は前方への爆発的な推力を以て飛び退った。
メインモニター前面にパッと噴射炎が展開され、コックピットシートから放り出されそうなGがナオトを襲う。しかし、彼にとっては意外な事に、アインドはあっさりと四号機を見逃そうとしていた。アインドからの反撃を受ける事無く、四号機は推力に押されて後方へと跳躍、鈍い衝撃共に着地。一定の距離を取った四号機は、偵察部隊の残骸を背にアインドへ立ちはだかる。
そのコックピットでは、ナオトが荒い息で肩を上下させていた。激しい戦闘機動の連続で消耗したのもあるし、リミッターを切った結果としてひどく体感時間がずれていたせいもあった。彼はあまりに鮮明な感覚に却って脳内をかき回されつつも、どうにかまとまった思考を意識しようと試みる。
ナオトはメインモニターの右下方を見下ろし、機体が右手に握るコンバットナイフの破損具合を確かめる。まだ新品であるはずのナイフには激しい刃こぼれが生じており、既に歴戦を潜り抜けて来たような風合いを主張していた。それは、つい数秒前までアインドに突き立てようとしていた代物。四号機とアインドの間に、激しい火花を散らしていたコンバットナイフでもある。
しかし、その刃は半ば勝手に壊れていったようなものだった。
確かに火花が飛び散ってはいたものの、刀身に何かが接触していたという訳では無い。たとえ数十tにも及ぶ推力を込めようとも、一定時間に亘って攻撃を継続しようとも、コンバットナイフは何も無い空中で止められていたのだ。とはいえ、コンバットナイフに生じた刃こぼれを見る限り、何らかの物理的作用によって押し返されていた事実は確かなようだった。ナオトは自分自身が立てたそんな推測に、小さな違和感を覚える。
……でも、前回と何が違う?
ナオトが思い返すのは、デルタ3攻略戦において、アインドに斬りかかった時のこと。四号機の肘関節駆動モーターが突如として動作不良を引き起こし、ナイフが弾き飛ばされてしまった時の事だ。結局、戦闘後の調査でも誤動作の決定的原因は見つけられず、信じられないような不運が起こった結果として片付けられていた。だからこそ、ナオトは今回も同じような事が起きるかもしれないと考えていた。もしそうなら、アインドには動作不良を誘発するような仕掛けが施されている事になる。
しかし、今回はそんな事は起こらなかった。機体各部が動作不良を起こしたという報告も無く、コンバットナイフはただ押し返されていただけだ――――一体、何によって? ナオトにはその正体も理由も分からなかったが、はっきりとしている事が一つだけあった。
アインドにはやはり、|そもそも攻撃が届いていない《・・・・・・・・・・・・・》のだ。
ナオトはロケットエンジンを使い潰すような真似をしてまで、その再確認を行っていたのだった。装甲で攻撃を受け止めているのでは無い、という事が分かれば良い。単純な装甲厚による防御性能で無いのなら、アインドに攻撃を当てさえすれば貫けるかもしれない。俺にもやれる事はあるはず。ナオトはそう自分に言い聞かせつつ、機体のメインカメラを背後に振り向ける。
これまで倒れ込んでいた二号機は、四号機の後ろで立ち上がろうとしていた。しかし、満身創痍の機体はなんとか片膝をついたところで動作を止めた。ナオトの目から見ても、Level 2〈既定状態を維持困難〉は下らない損傷が機体内部で発生しているのだと分かる。
『コード4、どうしてここに……!』
驚きに満ちたリーグの声には、取り除き切れない雑音が混じっていた。衝撃で通信回路が損傷したのか、音を拾うはずのマイク部が破損したのか、ナオトに原因は分からなかったが、コックピット付近まで損傷が及んでいる可能性を捨て切れない。既に火力の要たる200mm対施設砲も失われており、二号機が戦闘に堪えられるような状態で無いのは確かだった。
「合流予定時刻を大幅に過ぎていたので、こっちに来るよう言われたんです。バルト大尉は本隊の防衛があるので来られません」
言いつつ、ナオトはモニター越しにアインドへ視線を向けた。第三世代型トールを含む小隊と交戦したにも関わらず、その装甲には一切陰りが生じていない。200mm破甲榴弾、徹甲弾、成形炸薬弾〈HEAT〉――――自身に降り掛かる、ありとあらゆる攻撃を弾き返したのであろう敵機には、記憶していた通りの禍々しさがあった。
そして、相変わらず絶対的な自信を漂わせる敵機には、どこかナオトを挑発しているような雰囲気があった。逃げるなら逃げてみろ、そうでないなら早くこっちに来い、そう言わんばかりの余裕を崩さないアインドの雰囲気に、彼は内心の動揺を隠さざるを得ない。動体という動体が悉く減速したような感覚の中、心臓の鼓動だけは普段通りなのが不思議だった。
だが、どれだけ本能が逃げるよう叫んでいたとしても、初めから逃げる算段など持ち合わせていないのだ。その事実を、ナオトは生唾と共に改めて飲み下す。
「今は撤退してください! こいつは、俺が抑えます」




