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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
6章:遭遇戦
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第40話「偵察任務続行困難ノ報セ―3」

 リーグはコンソールパネルに指を滑らせると、全機の位置取りを再確認する。

コード2(二号機)より各機へ。状況は混乱しているが、既定プランA2で行動する」

 アインドが弾頭を弾く距離が一定だというのなら、それを確かめてみれば良い。リーグは、ここからが本番だという思いを胸に、操縦桿を徐々に押し込んでいく。

オルカ1(ホウベル機)からコード2(二号機)へ。アタッカーは君がやってくれ』

コード2(二号機)、了解」

 偵察部隊における最大火力として、二号機の200mm対施設砲に向けられる期待は大きい。二号機のホバーユニットは後方へと偏向させられ、機体を勢い良く前方へと押し出していった。

 身体を正面から抑え付けて来るGは、自らの腕すら鉛のように感じさせる。だが、リーグの機体捌きには些かの乱れも生じない。彼は、二号機の左右前方に集結したオルカ1(ホウベル機)、オルカ3に機体を追随させると、両機が張る弾幕の裏側で対施設砲の発射準備に入った。

 両機が構えるアサルトライフルからは断続的な牽制射、その背後からは破甲榴弾を発射。強烈な衝撃波が走ると共に、アインドの前方には巨大な土の柱が巻き上げられた。一気に悪化した視界を突っ切って来る敵機は、もはや三機との交戦距離に入り込んでいた。

『……今だ、来るぞ!』

 オルカ1(ホウベル機)から鋭い警告が届くと同時に、リーグは彼目掛けて突進するアインドの姿を見た。断続的な牽制射が続いてはいたが、敵機にしてみれば障害にすらなり得ないのだろう。何の苦も無く距離を詰め切っていたアインドは、既に大きく引いた右腕をオルカ1(ホウベル機)に突き立てようとしていた。次の瞬間、凶器を秘める右腕は思い切り突き出され、必殺の威力を誇る杭が展開された。

 オルカ1(ホウベル機)のコックピットは間違いなく潰される。そんな予感を以て目を逸らせなかったリーグは、しかし、不意に視界を覆い尽くした光に目を奪われた。外装式ロケットモーターから瞬く間に拡散した光がオルカ1(ホウベル機)を押し出し、あやまたずコックピットを潰すかに思われた一撃に空を切らせる。鮮やかな回避機動を見せたオルカ1(ホウベル機)は、強化された機動性が伊達では無い事を証明していた。

 だが、オルカ1(ホウベル機)はそれで動きを止めずに、身を捻るようにしてアインドの側面へと回り込む。アインドに右腕を引く暇さえ与えず、機体は完全に相手の懐へと飛び込んでいたのだ。些か過激な機動をこなすホウベルは、絶妙なタイミングで指示を飛ばした。

『オルカ3、行けるな!』

『今すぐに!』

 並の操縦兵ならば応えられないような指示にも関わらず、そこに躊躇いは存在しない。オルカ3はオルカ1(ホウベル機)とは真逆の方向へと展開し、怯む様子も見せずにアインドの側面へと回り込んでいた。アインドはまたも杭を打ち出してその接近を阻もうとするが、紙一重で避けたオルカ3を止めるには至らない。機体はそのまま黒い片腕を捕らえ、関節を締め上げるように両腕で抑え込む。オルカ1(ホウベル機)とオルカ3は、回避機動から一秒と経たない内に、その真っ黒な腕をがっちりと抱え込む事に成功していた。

 その接触点からは火花が散り、金属同士が擦れ合う甲高い音は大気を震わせる。二号機の機外マイクは、その不快な音すらも正確にスピーカーへと送り込んでいたが、それはリーグ達にとって、心から歓迎すべきものですらあった。ようやくアインドに接触出来た事を意味する音に加えて、二機掛かりで両腕を抑え込んでいるというこの状況――――今ならやれる。

 二号機は突進の勢いそのままに、200mm対施設砲の砲身をアインドへと突き立てた。無論、実際に貫通するはずは無かったが、そう思わせんばかりの鋭い衝撃がコックピットを揺さぶる。リーグはアインドの装甲へと接触した砲口を視界に捉えて、勝利を確信した。

「……これで撃ち抜く!」

 装甲面に対して垂直に撃ち込めば、弾を止められるにせよ、砕かれるにせよ、逸らされる事だけは無くなる。機体表面から300mmという境界を越えさえすれば、もはやアインドは先ほどまでのように弾頭を弾く事は出来なくなるはずだった。

 リーグはメインモニターに大写しになっているアインドへ向け、トリガーボタンを押し込む。ほぼ一瞬の間に長い砲身で加速され切った破甲榴弾は、黒い装甲目掛けて垂直に撃ち込まれる。直後には大穴を穿たれたアインドの姿が見えるはずだったが、彼は全く違う光景を目にしていた。

 半ばから裂けるようにして広がった砲身、弾け飛んでいく200mm対施設砲の薬室、そして二号機の右腕部。メインモニター上に三つ眼を薄く輝かせるアインドの姿を見て取ったなら、リーグもに遅ればせながら事態が呑み込めていた。事もあろうに、200mm対施設砲が爆裂したのだ。

 実際、それは端的且つ正しい理解だった。砲口の直前で止められた弾頭が蓋となり、砲身内の圧力を限界まで高めた結果、対施設砲の爆裂を引き起こしていたのだ。ただし、その詳細は後の分解調査で判明した事実であり、この時のリーグには何が起こったのかを完全に理解する術は無かった。

 一拍の間を置いて、今までとは質の違う衝撃がコックピットを貫く。手元で炸裂した破甲榴弾の爆炎に呑まれ、二号機は背面から容赦なく地面に叩き付けられていた。コックピットブロック周りの緩衝機構が衝撃を軽減するも、20m近い高さから解放された位置エネルギーを吸収し切れる筈は無い。脳震盪を起こし掛けたリーグの意識と共に、モニター表示も一時乱れを見せた。

「お、俺は……」

 意識を取り戻したリーグの口からは、喉の奥から漏れ出たような呻き声が上がる。束の間、一体どんな言葉を続けようとしていたのかも分からなくなっていた彼だが、薄暗いコックピット内に居るという事実がすぐに思考を明瞭にさせた。乱れたメインモニターに照らされるコックピット内には、未だに止めを刺されていない事を示す警告音が鳴り響いている。

 あれから何秒経ったのだ。半ば反射的に状況把握を始めたリーグは、原子時計に直結する時刻表示に目をやった。記憶に残っている時刻からは、およそ十秒程度が経過している。日常的な感覚であればさほどの時間でも無かったが、戦闘中においてはあまりにも致命的な十秒間。砲が爆裂を起こした後には、リーグの背筋を冷やす程に長過ぎる空白時間が生じていた。

『ぐぐァアアッ――――』

 まだ生きていたスピーカーからは、まるで意味を為さない音声通信が届けられる。どうした、と聞き返そうとした時、メインモニターに視界を向けたリーグは言葉を失った。

 目に飛び込んで来たのは、アインドに片腕で持ち上げられるオルカ3。リーグに背を向けるようにして持ち上げられている機体は、見るも無残に打ち砕かれた四肢を垂らしていた。上腕部から先を抉り飛ばされた右腕、駆動モーターの接続部を境に撃ち抜かれた右脚部、まるで血管のようなケーブルで繋がっているだけの左腕。全身の至るところに穿たれた穴はあまりに深く、声にならない悲鳴のような軋み音を辺りに響かせている。

 そして、リーグは気付いてしまった。オルカ3の背面部からは、確かに黒い突起(・・・・)のような物体が生えていたのだ。オルカ3の胸部を刺し貫いた射出式徹甲杭は、その先端から濁り切った液体を滴らせていた。か細い流れとなって機体背面を伝っていくそれは、漏れ出したオイルか、全身を巡っていた冷却剤か、それとも――――。

 オルカ3は出し抜けに爆発を引き起こし、その衝撃で左腕のケーブルを根元から引き千切った。辛うじて繋がっていた左腕が地面に突き刺さり、二号機の中に居るリーグにまで鈍い衝撃を伝える。落着した左腕部の先には、地に倒れ伏すオルカ1(ホウベル機)の姿も見えていた。

『くそッ! とっとと放せよおッ!』

 必死さを滲ませるルーカスの声だけが、通信回線を通じて流れ込んで来る。まだ生きているかも知れないオルカ3を掲げるアインドに対して、三号機は手を出せずにいるようだった。しかし、三号機以外に戦闘を継続できる機体は残っていないのだから、反撃が成功する見込みは極めて薄い。もはや誰が勝者であるかは言うまでも無かった。

 そして今や、二号機のコックピット内は、場違いなまでに流麗な旋律で満たされようとしていた。リーグの耳元には微かな合唱の歌声が流れ始め、畏れ多き主を讃えるはずの(ことば)が、どこかツギハギのような違和感を伴って鼓膜を震わせる。勝者たるアインド操縦者の声が、その(いびつ)な聖歌の中へと混じり始める。

『いいねぇ。さ、ささ、さっきは、勝てるとか思ったんだろう?』

 戦場に悠然と佇むアインドは、どこに視線を合わせるでもなく動作を止めていた。パイロットが自ら話しかけて来ているにも関わらず、そこに対話の意思は無い。ただ、敗者を踏みにじる為だけに発せられている言葉には、勝者のみに許された愉悦の情が色濃く混じっていた。

『なあ、僕はそういうのが見たかったからさ、触らせてあげたんだよ。あああッ……俺に触るなああッ!!』

 直後、アインドは無造作に腕を振るうと、何の躊躇も無くオルカ3を投げ捨てた。抵抗する事も無く投げ飛ばされた機体は、主力戦車よりも大きい自重で以て地面に叩き付けられる。落下の衝撃が更に機体を分解していったが、もはやそれ以上の事は起こらなかった。荒野に散らばる残骸の一つと化したオルカ3は、敵機の足元を飾るオブジェにまで貶められたのだ。

 大きく巻き上げられた砂埃を払うように、片脚を踏み出すアインド。頭部に煌く双眸をゆっくりと細めつつ、敵機はその歩みをオルカ1(ホウベル機)へと向けている。一歩、また一歩と大地が揺さぶられる度に、ホウベルの命は着実に削られていく。

『こいつ、止まれよ!』

 アインドの周辺を、遠方から撃ち込まれた徹甲弾が切り裂いていく。ルーカスは機体に牽制射を始めさせていたが、三号機に一切の興味を示さないアインドを止める事は叶わない。

「こいつ正気じゃないのか……オルカ1(ホウベル機)ッ、聞こえているなら動くんだ!」

 生きているかどうかも分からないホウベルに向けて、リーグは必死に呼びかけを行う。二号機を無理に動かそうとも試みたが、衝撃で破損したらしい駆動モーターは上手く動作する気配が無かった。本来なら既にダメージコントロールが走っているはずだったが、それが上手く作動していない。リーグが判断する限り、破損状況の把握に手間取っているようだった。

 戦闘支援システムが示す警告は、既にLevel 3〈一部機体機能の喪失〉にまで達している。予備系統への切り替えが済めばLevel 2〈既定状態を維持困難〉にまで回復する兆しはあったが、少なくとも見積もっても三分程度は掛かってしまう。二号機を取り巻くあらゆる状況が、彼に動く事を許そうとしなかった。

 三号機の方向から熱源反応が迫る。だが、もはやアインドを止められるはずが無い。

 思わず息を詰めたリーグの前で、アインドは手を差し伸べるようにオルカ1(ホウベル機)へと左腕を向ける。どこまでも繊細な手付きで伸ばされた腕は、しかし、揺るぎない殺意と蹂躙の意思を隠し切れていない。微かに聞こえる聖歌の旋律は、その行動を祝福するかの如く流れ続けていた。

『お前も、潰してやるよ』

「逃げろおおッ!」

 目の前で仲間が殺される、再びその現実が訪れようとした時だった。乱れたモニター表示の只中に、一瞬で通り過ぎて行く物体が映り込む。それはリーグの錯覚でも無ければ、二号機側の誤表示でも無い。

 それはまるで虚空を飛ぶ流星のように、ロケットエンジンの噴射炎を背に現れた。識別システムが即座に機体を特定、リーグは思わず目を見開く。

 その機体は――――


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