第39話「偵察任務続行困難ノ報セ―2」
「いくぞ、全機交戦開始!」
リーグはフットペダルの踏み込みを一気に緩め、片脚側の推力を完全に停止。またも推力の均衡を失う二号機だったが、今度はより顕著な不安定性に晒される結果となった。数秒と経たずに激しいスピンを引き起こし始めた機体は、そう容易に立て直せるような状態では無くなってしまう。
しかし、リーグは微塵も焦らずに脚部射出式大型杭を操作すると、高速で移動中にも関わらずそれを作動させた。グラインダーのように流れていく地表目掛けて、深々と大型杭が突き立てられる。途端に引っ掛かるような衝撃がリーグを襲い、詰めていた息が強制的に吐き出される。急制動による激しい慣性力が、二号機の機体フレームを、そしてリーグの骨をも軋ませていた。
予備減速も無しに大型杭を射出した結果、二号機は激震に晒されながらも急激に減速しつつある。地面を引き裂かんばかりの溝を残しながらも、二号機は制動に成功しつつあったのだ。しかし、そこで動きが止まるような事は無く、停止させられていたホバーユニットが再起動する。
再び高圧流を噴き出し始めた推進器によって、杭を収めた二号機は瞬く間に押し出されつつあった。重量が嵩む200mm対施設砲を装備しているにも関わらず、その軌道変更の迅速さは他に劣るものでは無い。外装式ロケットモーターを装備しているオルカ1、オルカ3、そして三号機も含めて、偵察部隊は全機、アインドに向けての反転突撃を開始していた。
身体がシートへ押さえ付けられる中、リーグはなんとか声を絞り出す。
「コード2からコード3へ。奴の行動に関して詳細な解析を頼む」
『コード3、了解。奴の特性を確かめるんなら、この通りに攻撃して下さいよ』
高性能な観測機材を満載する三号機には、直接交戦するよりも重要な仕事がある。ルーカスは自らの立場を理解している様子で、偵察部隊の中では唯一、アインドから適切な距離を取れる配置に就いた。データリンクを介して、三号機が捉えた情報は各機に共有されるのだ。
それと同時に、三号機から全機に向けて暗号化ファイルが送信されていた。
「了解、この詳細の通りに弾頭を撃ち込めという事か。全機に送信したな?」
『当然。ばっちりでありますよ、中尉殿』
リーグは続けて、外装式ロケットモーターから噴射炎を伸ばすオルカ1にも通信を繋いだ。
「コード2からオルカ1へ。連携して、奴の動きを!」
『オルカ1、了解。オルカ3、指示通りに挟撃に入れそうか?』
『オルカ3、いけます!』
『なら、このまま突っ込む!』
リーグがちらりと横のメインモニターを見ると、オルカ1が大きく弧を描きながらアインドへと向かっていく光景が見えた。同機は第二世代型らしからぬ高い機動性を以て、距離を詰めつつ敵機を攪乱する構えだ。脚部を中心に配されたノズルからは、パッ、パッと不規則に瞬く噴射光が噴き出し、その度に急激な軌道変更が行われている。そうして接近しつつあるオルカ1はアサルトライフルを構え、90mm徹甲弾の雨をアインドに向けて撃ち込んで行った。
オルカ1から走る火線はアインドに散らされて行き、徹甲弾が次々に関係ない場所で土煙を上げる。すると、敵機はそれを鬱陶しく思ったのか、まるで不快な虫を払わんとする獣のように機体全体を震わせた。あるいは駆動系の動作チェックだったのかも知れない動作を皮切りにして、敵機はオルカ1に向けて一直線に接近していく。
だが、それとほぼ同時に、アインドを横合いから殴り付けるような爆炎が上がった。メタルジェットを撒き散らして拡散して行く一撃は、オルカ3が肩に担ぐ携行式対トールロケットランチャーからの攻撃だ。ロケット弾頭には誘導装置が搭載されていない為、ミサイルに比べれば命中精度は著しく劣る。しかし、オルカ3はたったの一射目でアインドに直撃弾を与えていた。
オルカ3は長い筒状の発射機本体を投げ捨てると、新たに構えた筒から再び大口径成形炸薬弾〈HEAT〉を発射する。派手なバックブラストを背景に飛翔する成形炸薬弾〈HEAT〉は、瞬く間に加速しつつアインドへ向けて迫っていった。
しかし、アインドは避けるようとする素振りを見せない。敵機は殆ど弾頭に興味を示さぬまま、着弾寸前にまで迫っていた弾頭を無造作に叩き潰した。目にも留まらぬ一瞬で突き出されていた左腕からは、既に展開されていた射出式徹甲杭が伸びている。無骨な黒い衝角は、成形炸薬弾〈HEAT〉の爆薬内蔵部まで深々と突き刺さっている。この期に及んで思い出したように爆発を引き起こす弾頭は、直径10mにも及ぶ派手な爆炎で黒い装甲を包み込んだ。
動きを止めたアインドに対し、二号機はまた別の方角から長大な砲身を向けていた。既に装填を済ませていた200mm対施設砲が火を噴き、トールへ向けるにはあまりに威力の大きい破甲榴弾が撃ち出された。トール用兵装としては他に類を見ない程の大口径砲、そして分厚い基地隔壁すら撃ち抜く破甲榴弾の組み合わせは威力絶大だ。発射反動がビリビリとコックピットを震わせ、その威力の大きさを改めてリーグに思い知らせる。
だが、着弾寸前で弾かれた破甲榴弾は後方へとすっ飛んで行き、やがて着弾した地点に高々と土煙を巻き上げた。ほとんど艦砲が直撃したかのような爆発が大気を震わせ、千切れ飛んで来た破片はアインド周辺にまで降り掛かる。あくまで黒い機体への接触を避けて落ち行く破片たちは、まるで敵機周辺を囲うようにして次々と地面に突き刺さっていた。
アインド周辺に位置するオルカ1とオルカ3は、相変わらず牽制射を撃ち込んでいる。単射による中距離狙撃の要領で放たれる徹甲弾は、一発一発が慎重な狙いの下に発射されたものだ。弾かれさえしなければ、間違いなく着弾しているはずのものだった。結局は、三機掛かりの連携攻撃を以てしても、黒い装甲に疵一つ付ける事すら叶わない。
しかし、彼らは無意味に攻撃を繰り返していた訳では無かった。後方に位置する三号機から全機へ、さほど時間を置かずに繋がれた通信によって、待ち望んでいた報告内容が伝えられる。
『コード3から各機へ。やっとアインドの解析が完了、やっぱり初めからあいつに攻撃は届いてない。それに奴が攻撃を弾く距離は常に一定を保ってる!』
「こちらコード2、よくやった!」
リーグはメインモニター上にアインドを見据えつつ、200mm対施設砲への装填作業を済ませた。
今までの砲撃は、言うなれば実験の為に撃ち込んでいたマーカーだったのだ。弾種、弾速、侵入角、着弾位置、それらのパラメータをルーカスが指定した上で、他の三機はあらゆる弾頭を指示通りに撃っていた。設定された諸条件、そして弾かれた弾頭の軌跡を突き合せる事で、一体どの段階で弾頭が外力を加えられたのかが分かる。得られた観測情報を基に、ルーカスがシミュレーションを走らせる事で弾き出した結論こそが、「装甲表面から300mm地点で攻撃が弾かれる」という結果だったのだ。
そんな精密実験のような真似を非協力的な相手に対して行えたのは、偏に彼らが誇る技量の賜物と言う他無い。しかし、当のルーカスは、どこか引っ掛かる口調で不可解な点を匂わせる。
『でも、分っかんないなぁ。決まって装甲表面から同じ距離で弾かれるんだぜ』
『こちらオルカ1、どんな条件でも一定だったのか?』
『そうですよ、300mmっていう距離自体はどうでも良いんですけどね。破甲榴弾を撃ち込んでも、徹甲弾を撃ち込んでも、弾く距離が同じってのはおかしいでしょ』
『確かに君の言う通りだな、こいつは一体どうやって攻撃を弾いている?』
彼らの疑問は、無論リーグにも理解出来るものだった。
例えば、破甲榴弾の質量は徹甲弾のそれよりも遥かに大きいのだし、同じ速度で撃ち出されたとすれば運動エネルギーには大きな隔たりが生じる。実際には初速が異なっているから一概に比較は出来ないが、撃ち込まれた時点での運動エネルギーが全く違うのは確かだった。それと同様に、成形炸薬弾〈HEAT〉にしても、爆発で撒き散らされた破片にしても、アインドに防がれたありとあらゆるものが違う条件を持っていたのだ。にも関わらず、一定の距離で弾かれるという事はあまりに不自然な結果だった。
その結果を解釈しようとすれば、アインドの周囲には距離300mm地点において場が生じている事になる。それも緩やかに分布しているようなものでは無く、まるで崖のようにそそり立つポテンシャル壁のようなものだ。仮にアインドの周囲で何らかの力が加えられるのだとしたら、それはある一定の距離を踏み越えてしまった時に加えられる、ほぼ無限大の力である可能性であるのかも知れなかった。少なくとも徹甲弾や破甲榴弾の違いなど影響しないような、桁違いの力が機体外部へと向いているのだ――――いや、そんな事が本当に有り得るのか?
必死に思考を巡らせるリーグの背には、軽い悪寒のような感覚が走っていく。何が起こっているかも分からない敵機を相手取り、あまつさえ真正面から戦っているという無謀さを改めて実感したからだ。それでも彼は、せめて残りの機体だけでも帰還させる、という望みを捨ててはいなかった。




