第38話「偵察任務続行困難ノ報セ―1」
敵基地の存在は確認されず。そう報告しさえすれば、偵察任務は何事も無く終わるはずだった。だが、コールサイン〈オルカ2〉の搭乗する機体が突如として爆発した事により、状況は大きく一変していた。彼らが立てていた予測は、戦友一人の命を以て唐突に裏切られてしまったのだ。
しかし、それを彼らの責とするのも合理的では無い。示された座標に軍事基地など存在せず、ゲルバニアン軍の伏兵も居はしなかった。その点において予測はほぼ正しかったのだし、置き土産たるダミー情報を正しく解釈出来ていたのも確かだ。
そんな彼らがただ一つ、予測できていなかった事があるとすれば、それは|たった一機のトールが潜んでいたこと《・・・・・・・・・・・・・・・・・》に他ならない。本来ならミスの内にも入らないような失態――――ただ、それだけの事を見抜けなかったが故に、彼らは窮地に立たされているのだった。
「各機、散開!」
オルカ2が爆発した直後、リーグは相手の正体を見極める間もなく叫んでいた。彼らはそれぞれに動揺を滲ませながらも、即座に命令に反応。コード3、オルカ1、オルカ3がパッと編隊を解いて、敵襲に備える散開隊形へと移行してみせた。彼らが機動をこなす素早さは、並の操縦兵にこなせるようなレベルでは無い。
リーグもまた、考える余裕すら無いままに二号機を機動させている。水平方向のGに耐える最中、彼は後方に流れていくオルカ2機に視線を向けたが、そのコックピットブロックからは向こう側の景色がのぞいていた。爆発で抉り取られたような被弾痕は、背後を見通す為の穴と化していたのだ。それは、パイロットが生きているかもしれないという望みを、完膚無きまでに叩き潰す光景でもあった。
思わず悲痛な声を上げたホウベル、オルカ3の胸中を察し、リーグは苦い気持ちを感じながら前方に視線を向ける。リーグはそこでようやく、唐突に現れた敵機の姿を見て取った。僅かに光を弾く黒い装甲、滴る血筋のような赤いライン、淡い薄緑色に彩られた三つ眼、その全てに当てはまる機体は一つしか思い当らない。突如として割り込んで来た音声と併せ、リーグはまるで背筋が凍るような思いを味わう。
「あれは、B1……!」
なるほど、確かにこれは、敵が大部隊で待ち構えているような戦況では無い。だが、偵察部隊の前方に現れた機体はそれにも勝る脅威なのだ。
そう確信するリーグの脳裏には、かつてデルタ3攻略戦で会敵したB1の威容が浮かべられる。陽電子砲を撃ち込んでも、ガトリング砲の連射を浴びせても、コンバットナイフで斬り付けても、決して触れることの出来なかったB1の様子が、彼の中でこれ以上無いくらい鮮明に蘇っていた。
自らを〈アインド〉と名乗った機体は、間違いなくB1と同じものだ。敵の正体を見極めた時点で、リーグは偵察部隊の面々に後退を命じている。果たしてそれが成功するかどうかも、リーグには分からない。しかし、今は考えている余裕も無い。偵察部隊はそうせざるを得ない程に、アインドに抗する術を持ち合わせていなかった。
『オルカ1からコード2へ、敵は一機だけだろう! どうして包囲して撃破に持ち込まない?』
アインドからの後退を始めた偵察部隊、その最左方に位置するオルカ1からは、静かな激情を湛えた疑問がぶつけられる。部下を失ったばかりだというのに反撃すら許されず、ただ逃げる為に後退を始めた事に対して、ホウベルは少なからぬ不満を持っているのだ。元々、感情を激するような人物では無いからこそ理性的に行動しているが、返答次第では独断で攻撃を始めかねない。リーグにそういった直感を抱かせる程に、それは気迫を滲ませる問い掛けだった。
現在、偵察部隊はたった一機のトールに対し、ひたすら距離をとるべく移動をしている。B1の性能を知らぬ者にとって、それがあまりに不自然な行動に映る事も確かだった。しかし、アインドはあらゆる攻撃を弾き返す未知の機体なのだ、と言ったところで信じて貰えるだろうか? リーグはそんな現実味の無い説明を並べ立てても、他人を納得させられる気がしなかった。なにしろB1と直接戦った経験がある彼自身でさえ、未だに半信半疑でいるような事柄なのだ。
やはり行動で示すしか無い。リーグは操縦桿の握り心地を確かめると、右足を思い切り踏み込んだ。
「コード2から各機へ、こういう事だ!」
リーグが宣言すると同時に、高速で移動し続けていた二号機はおもむろに体勢を崩した。右脚部に装備されたホバーユニットだけが前方を向き、偏向させられた大推力を真逆の方向へと向けているのだ。不意に乱された機体姿勢が乱流を生み出し、背中に携える200mm対施設砲ごと機体を押し戻そうとして来る。しかし、リーグは、機体を転倒させるヘマをするような男では無かった。
高速で流れていく地表の向きとは関係ない方向へと、二号機が機体方向を変えていく。先ほどまでホバーユニットを後方に向けて移動していたにも関わらず、片方だけ踏み込まれたフットペダルの操作によって、推力の均衡に著しい乱れが生じたのだ。ごく軽いスピンによって向きを変えつつある機体は、絶妙に調整された推力によって辛うじて安定を保っている。
しかし、その繊細な均衡を嘲笑うかのように、二号機は背部固定ラックから200mm対施設砲を展開させていった。初弾装填――――基地隔壁すら撃ち抜く破甲榴弾を飲み込んだ大口径砲が、両腕で持ち上げられ行き、鈍い衝撃と共に発射体勢で固定される。
メインモニターを見据えるリーグは、不安定な機動で暴れ出そうとする機体を抑え付けていた。そして、精密照準用スコープに視界を同期させたリーグは、徐々に後方へと向けられていく照準に意識を集中させる。二号機自体がスピンを引き起こしている為、偵察部隊を追って来ているアインドを捉えられる筈だった。約二秒後、彼は機体正面にアインドを捉えた瞬間に、躊躇いなくトリガーボタンを押し込んだ。
対トール戦においては威力過剰な大口径砲が作動し、トール携行兵装としては最大級の発射炎を砲口から噴き出させる。途端に榴弾の直撃を食らったような衝撃が二号機を襲い、強過ぎる反動によって機体が突き飛ばされかけた。更に、艦砲発射時に匹敵する強烈な衝撃波が発生した為、ただでさえ不安定な体勢にあった二号機は容赦なく揺さぶられる。しかし、コックピットごと衝撃に晒されつつも、リーグはマニュアル操作の内に機体の動揺を抑え込んでみせた。
不安定な体勢での射撃に関わらず、破甲榴弾はアインドに向けて真っ直ぐに飛んでいった。分厚い隔壁すら撃ち抜くとされる貫徹力、対施設を主眼とする高性能炸薬、その両者を持ち合わせる弾頭が直撃すればトールなど一撃で吹き飛ばせる。アインドといえども例外では無いはずだったが、リーグとルーカスだけはその結果を予期していた。
間違いなく着弾するかに思われた軌道は、アインドへの着弾寸前で大きく捻じ曲げられる。破甲榴弾はあまりに不自然な弧を描いて、本来の着弾点から大きく外れた地点で炸裂。自由落下爆弾が落ちたかのような土砂を巻き上げつつ、まるで見当違いの場所に大穴を空けていった。そして、200mm対施設砲から排莢された薬莢は、高熱を纏いながら落ちて行く。
その光景は、ホウベル達にもアインドの特異性を理解させるに足るものだった。
『なんだあれは! 何故当たらない! ……しかし、コード2、君の言っていることは分かった。たしかにあの機体から距離を取るほうが賢明だろう』
その時、遠方で炸裂した破甲榴弾の爆発音が追い付き、ちょうど生じた沈黙を埋めていく。ホウベルはその残響が消え去るか消え去らないかの内に、意を決したような口調で言葉を続けた。
『だからコード2とコード3、君たちはこのまま行ってくれ』
ともすれば聞き逃しそうな通信の中に、事態の切迫を示す言葉が紛れ込んでいる。ルーカスと自分だけとはどういう事だ、とリーグは咄嗟に聞き返そうとするが、その疑問を口にしたのはルーカスの方が先だった。
『コード3からオルカ1へ。俺達だけは逃がすって、何を言ってるんですか!』
すると、その返答代わりに、オルカ3からデータリンクを介して暗号化済みデータが送付されて来た。彼はホウベルの意思を代弁せんとして、改造機の性能諸元を送付したのだ。そこに示されている数値は様々あったが、オルカ3が示していたのは特に継戦能力に関係して来る部分だった。リーグもルーカスも、その数値を基に彼が何を言わんとしてるかを理解した。
『オルカ3から各機へ。そこに書いてある通りです、我々のトールの継戦能力は第三世代型には及びません。いずれ足並みを乱すのはわかっています』
『オルカ1から各機へ。そういう事だ、私のトールも推進剤の搭載量がさほど多く無くてね。可能な限り足止めはしておくから、せめて君たちだけでも先に行ってくれ』
彼はさも当然の事であるかのように、自分たちを置いて行け、と言っている。リーグは意味を理解すると共に、その考えに一定の合理性がある事をも認めざるを得なかった。
もし、提案通りに彼らを置いて行けばどうなるか。
第三世代型トールの走破性ならば逃げ切れるだろう、というのがリーグの予想だった。しかし、置いて行かれたホウベル達がどうなるかは火を見るより明らかだ。いかに改造機とはいえ、試験先行運用部隊で敵わなかったアインドに勝てるとは考え辛い。それどころか、逃げ切れる可能性すら極めて薄いというのが現実だった。そもそも、ホウベル達は初めから残ることを前提として話しているのだから、提案に乗るという事は、つまり彼らを見殺しにする事と同義だった。
ならば、二手に分かれて撤退を継続すればどうなるか。
仮にアインドが一方に食い付いたなら、もう一方が逃げ切れる可能性は格段に高まる。しかし、その策の成功が意味するものは、どちらかのグループの犠牲だ。結局は提案に乗った場合と大差ない未来が待っているという事に、リーグは既に気付いていた。たとえどちらを選ぶにしても、アインドが手頃な得物から始末しようとするのなら、リーグ達が助かる可能性の方が大きいのだ。この場合でも、ホウベル達が犠牲になる可能性は依然として高い。
しかし、結局は大して悩む様子も無かったリーグの中で、一つの決意が固まった。
「コード2より各機へ。これより我々は敵性目標〈アインド〉に対し、戦闘行動を開始する。……今は俺の指示を聞いて欲しい。全機で帰還する為に」
ややあって、『分かった』というホウベルの返答がスピーカーを震わせる。




