第37話「無形の置き土産―2」
「地下軍事施設ですか。そんな情報が復旧されたデータバンクに?」
偵察部隊が出撃を済ませた頃、バルトの姿は基地司令室にあった。彼の目の前のテーブルに着いているのは、艦隊司令官シーグ=ハルデンその人だ。テーブル上には書類が積み上げられ、指揮官としての多忙さを窺わせていた。そんなシーグと談笑をしに来る程、バルトは無神経な人間では無い。ここへやって来たのは、予めシーグに呼び出されていたからであり、偵察任務の内容を聞く為でもある。
司令室に着くや否や、早速、彼はシーグから重要案件に関する話題を切り出されていた。それ復旧させた基地データバンクからサルベージしたとされる、とある情報についての件だった。多くのデータが電子的・物理的に破壊されていた中、唯一復旧に成功したデータがあった。その内容こそが、地下軍事施設の存在を示していると言うのだ。
これまで軍が全く把握していなかったような位置に存在するらしい、地下軍事施設。それはオルテン基地からさほど離れていない立地であり、もし実在するなら艦隊を迂闊に動かせないのは明白だった。もし、艦隊主力が引き揚げた隙を突かれようものなら、たまったものでは無い。そのような意味では、確かに実在するなら大きな脅威であるのは間違いない。しかし、バルトはあまりに都合良く組み立てられた状況に対して、ある種の違和感を覚えていた。
「罠……ですな」
にべも無く、バルトはそう言い放った。数々の機密情報を破棄していながら、何故これだけが残ったのか? その一点だけを考えてみても、撤退間際に敵が残した攪乱策としか思えなかったのだ。シーグにしても、当然分かっている、と言いたげな口調でそれに答えた。
「だろうな。俺もタリス中尉もそう考えている。だが、確認しないという訳にもいかん。その為に急遽偵察隊を派遣する事に決めたのだ。
連絡しなかったのは悪かった。どうせここに呼び出す予定で居たからな、こちらからの要請で試験先行運用部隊は動く事になっている」
「いえ、ただの攪乱が目的ならば、さほどの危険があるとは思えません。中佐の判断は理解できます」
偵察の目的は基地の有無を確かめることであり、三号機の索敵能力をもってすれば、安全圏からそれを行うことが出来る。その上、護衛として4機のトールが付くのであれば、さほど心配する必要も無い。バルトは第三世代型トールの能力を信じるのと同じくらいに、あるいはそれ以上に部下たちの実力を信じていた。だからこそ、彼はシーグに躊躇いなく言い切る事が出来た。
「彼らなら上手くやってくれる事でしょう」
俺の実力は、本当に試験先行運用部隊に見合うものなのか。
ナオトは一人、割り振られた部屋で考え続けていた。何か思い悩む事がある時、周囲を暗くしたくなるのは彼の癖のようなものだ。
ナオトはふと、前にもこんな事があったと思い至る。それはまだ四号機に触れてすらいなかった頃、訓練への不満を口にしたナオトがバルトと演習戦を行う事になった時の話だ。結局、手も足も出ずに敗北を喫した彼は、そのせいでひどく落ち込んでいたのだった。
今感じている無力感も、それに近い。
初陣となったデルタ3攻略戦の時にしてもそうだ。結局、黒いトール〈B1〉に対して何も出来なかった自分を省みれば、ナオトは自分の実力に疑問を抱かざるを得なかった。
既に、B1戦闘におけるデータはルーカスに渡し、解析を進めてもらっている。だが、敵機周辺で何が起こったのかは未だに不明。陽電子砲、HEAT弾、90mm徹甲弾、コンバットナイフ、その全てが効力を発揮しない状況など、彼は他に聞いた事も無かった。
――――ならば、次にB1と遭遇したらどうするか?
あらゆる武器が効かないのであれば、逃げれば良い。ナオトはそう考えもしたが、撤退が許されないという状況からも目を逸らす訳にはいかなかった。諦めて投降するのも一つの手段かも知れなかったが、あの相手にそんなやり方が通用するとは思えない、と考える間もなく一蹴する。
「俺に何が出来るんだよ……俺には何があるんだ?」
彼にとっては、今やB1こそが自らの無力さを象徴する存在に他ならなかった。
薄暗い部屋の天井に、ナオトは自らの手を伸ばす。それで何かが思う浮かぶ事を期待していた訳では無かったが、唐突に気付かされたような感覚が走った。
そう、ナオトもとい四号機には、枷を嵌められた無形の武器が与えられている。それは諸刃の剣には違いなかったが、「自分に出来る事」を求めて止まないナオトにとっては、あまりに魅力的な武器である事も確かだった。彼は伸ばしていた手を握り締めると、ある覚悟を固めた。
オルテン前線基地から数十km地点、臨時に編成された偵察部隊は進軍を続けていた。指示された地点に向けて伸びる土煙は、ちょうど五本。つまり、五機のトールによる変則一個小隊が組まれている。敵が残していった置き土産の有無を確かめるべく、コード2、コード3、オルカ1、そして一番中隊から更にオルカ2、オルカ3が選出されたのだ。
第三世代型トールが二機に、第二世代型トールの改造機が三機。一個小隊規模に過ぎない規模とはいえ、これが強力な布陣である事は当人達も疑っていなかった。現に、オルカ2とオルカ3は背中に二本ずつ長筒を装備しており、携行式対トールロケットランチャーによる大火力を持たされている。そして二号機には他に類を見ない大口径砲〈200mm対施設砲〉が与えられ、偵察部隊における最大火力が配されていた。万が一軍事施設を見つけたとしても、火力面で不足は無い。
リーグは二号機に五機編隊の先陣を切らせつつ、改めて作戦計画に目を通している最中だった。しかし、二号機の背後で交わされている通信に、自然と耳を傾けてしまう。まるで子供のようにはしゃぐルーカスの声が、ホウベル機の特徴について並べ立てているのだ。
『ホウベル中尉殿、これは凄いですねえ! 外装式ロケットモーターが八基に、駆動系も総取っ替えですか!』
『ルーカス少尉、君も分かっているじゃないか。だが、それだけでは無いぞ。ホバーユニットのセッティングも少し弄ってあってな、短時間なら君たちの第三世代型についていく事も出来る。まあ、だからこの任務に選ばれた訳だ』
思い切り上機嫌なルーカスに応えてしまう、ホウベルもホウベルだった。あるいは、彼自身がルーカスと似たような人間なのだろう、とリーグは考えるとも無しに結論した。ホウベルの部下を務める二人にしても、ホウベルとルーカスの会話を止めようとはしていない。
未だに敵影が全く確認されていないからこそ、こうして気楽な私語が飛び交う事も許されている。しかし、念の為そろそろ警戒を始めるべきだと判断したリーグは、ルーカスとホウベルの間で繰り広げられている会話に割り込んだ。
「コード2から各機へ。周囲の状況を報告せよ」
『こちらコード3、それなら三号機とデータリンクで繋がってるんだから同じなんじゃ……まあ良いや、こっちは異常無しであります』
『こちらオルカ1、こちらも異常なし』
『こちらオルカ3、異常なし。敵影は確認されず』
『こちらオルカ2、警戒すべきものは――――』
リーグは、唐突に途絶えたオルカ2からの通信に警戒心を刺激される。ぶつりと途絶した通信は雑音を垂れ流すのみで復旧しそうには無かった。
通信装置の故障か何かだろうか。リーグはそう考えてコンソールパネルに手を伸ばし掛けるが、一拍置いて、突然の光と衝撃が偵察部隊全機を襲った。五機のトールの中で、左翼に位置していたはずのオルカ2。先ほどまで敵影も見当たらなかった地域の只中で、その機体が突如として爆発を引き起こしたのだった。胸部から炎を上げて脱落していくオルカ2の姿は、偵察部隊の全員を愕然とさせる程の衝撃を含んでいた。
「これはどういうことだ! 敵影はなんて無かったはずだぞ」
『こちらコード3、今も機影なんて見えな……いや、前だ! 前方3300に敵影一を確認。なんでさっきまでは映らなかったんだよ!』
混乱の只中に置かれつつも、リーグは敵の正体に薄々気が付き始めていた。どうやっているのかは知らないが、こんな事が出来る機体など一つしか無いと。だが、またしてもその答えは、搭乗者自身によってもたらされる事となった。
混乱がもたらす奇妙な沈黙を破り、各機に音声が届けられる。発信源は前方の黒いトールだ。壊れたスピーカーから漏れ出て来たかのような聖歌の旋律、そして今にも歌い出さんばかりの声が通信回線に乗せられる。
『こんにちは皆さん、せっかくですから会いに来ましたよ――――このアインドでね』
偵察部隊が目指していた地点には、牙を剥き出す黒狼が待ち構えていたのだった。




