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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
1章:プロローグ
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第2話「何も語らない空白―2」

 艦長室から退出する際も、バルトの思考は人事報告書の存在で埋められていた。もしドアーが自動で閉まる方式でなければ、彼は艦長室を開けっ放しにしたまま廊下を進み始めていたかもしれない。それ程までに空白の経歴というものは奇妙なものであったのだ。有ってはならないもの、と言い換える事も出来る。軍人であればこそ、敵軍からのスパイである可能性や思想面の偏りに対し慎重であらねばならないのだ。仮に経歴の無い者を受け容れるようであれば、そういったリスクを軍内部に抱え込む事となりかねない。

 

「やはり、ふざけた話としか言いようがないな」


 ――――ナオト=オウレン少尉

 先程の報告書に記された名にして、試験先行運用部隊に配属されるパイロットの名である。それは同時にそんな正体の知れない男が、バルトの部下となる事をも意味していた。

 余りに不足している情報をかき集めるように、バルトは封筒へ収めた書類を再び手に取る。先程は見落としていた項目が無いか、という希薄な希望が彼の胸によぎった。

 だが、やはりと言うべきか。既に全ての項目には目を通し終えている。

 

「年齢は19……まだ若いな」


 あらゆる経歴が空白であった中、きちんと項目を埋めていた数少ない情報である。少なくともバルトよりは年下であるのだが、それは全く珍しくも無い事であった。それは彼の階級が大尉であるから、あるいは彼が部隊長であるからといった理由に起因するものでは無い。ただ、エークス軍トールパイロットの中に彼よりも戦闘経験を積んだ者が居ないのだ。となれば、新たに部隊へ配属される者が彼よりも年長である可能性は無かった。彼はこれまでも、これからも戦友を見送らねばならない立場にあるのである。

 半ば無意識に進めていた足は、いつの間にか彼を自室前へと導いていた。今度こそ意識的にドアーをくぐったバルトは、自室に設けられた無機質な椅子へと腰掛ける。それだけで身体が休まるかといえば怪しいものだが、今しがた心労の種を抱え込んだ彼にとって多少の安らぎには成り得た。お世辞にもクッション性が高いとは言えない椅子は、考え事をするには却って向いているのだ。

 

「G.K.companyから新しい第三世代型トールが届くのとほぼ同時期、か。いったいどちらが先に決まったというのだ……」


 だが、それは彼個人が知り得る事では無い。G.K.companyほどの巨大企業ともなれば、それを動かしているのが一つの思惑だとは限らないからだ。殊にバルト自身が試験先行運用部隊の隊長であれば、なおさら深入りしてはいけない部分でもある。

――――G.K.company

 それは財閥の中核を為す巨大民間企業であり、エークス軍の軍需を掌握する一大軍産複合体でもあった。今やMNCS搭載式機動歩兵トールの生産を一手に引き受ける存在として、軍内部に知らぬ者はいない。

 しかし――――だからこそと言うべきか、その事に対し少なからぬ反感を持つ者も少なくは無かった。その一人がドルテ=クローニン大佐。バルトにとって遥か上に控える上官だ。

 かつてクローニンは最大限の政治的手腕を以て、G.K.companyの新型トール実戦テスト部隊を作り上げた。当然、彼の下にある試験先行運用部隊もまた、他の機兵師団に異端扱いされる傾向があることは否めなかった。

 そしてバルトの立場とは、そんな部隊の運用責任者たる隊長であった。

 普通であれば、いくら実質的に専用母艦を与えられ、最新鋭機たる第三世代型トールを運用出来るとは言っても避けたくなるような役回りではある。だがバルト自身は心労を感じることはあれど、後悔するような事は微塵も無かった。それは彼が第三世代型トール――――最も強力とされるトールを駆るだけの理由を持ち合わせていたからである。

 彼は戦い続けていたのだ――――他ならぬ『過去』の為に。

 バルトはそれ以上の推測が無駄であることを察すると、今度は第三世代型トールの新型の資料へと目を通し始めた。ほぼ一週間後にロールアウトするとされた新型の性能を、隊長として把握しておく必要があったからである。

 

「第三世代型トール四号機……そしてパイロットであるナオト=オウレン。一度、力量を見極める必要があるな」


 そしてその言葉は一週間後、ナオト=オウレン少尉がホエールへと赴任した時に実行される運びとなった。パイロットの資質を見極める方法といえば、一つしか無い。実戦を重ねて来たバルトだからこそ、それ以外に選択肢が浮かぶことは無かった。

 一対一の演習である。


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