第36話「無形の置き土産―1」
ゲルバニアン軍・オルテン前線基地の攻略作戦は、基地司令部及び動力施設の占拠を以て完了を宣言された。敵残存勢力の抵抗も予想されたが、確認はされず。トラップの類が設置された形跡も見受けられない。それだけ撤退が慌ただしく行われたのだろう、という見方が艦隊側には広がっていた。
唯一、工作が行われていたものと言えば、基地データバンクくらいのものだ。しかし、それさえも、技術チームが破棄データの一部を復旧し終えたという報告が上げられていた。それも全ては、エークス軍が物資の補給を受けてから、僅か十日と経たない内の出来事。試験先行運用部隊と攻城砲の参入を機に、好転した戦況がもたらした戦果だった。
そして現在――――
占拠後に仮復旧された作戦室において、艦隊司令官たるシーグより新たな命令が伝えられようとしていた。集められているのは佐官クラスから各部隊の隊長クラスまで、責任者の殆ど全てだ。作戦室が数百人規模の人員を収められる程に広かった事もあり、各人とも余裕を持って整列する事が出来ている。
その列の前方、左端には隊長として呼び出されていたバルトの姿があった。背筋を正す彼の視線は、並み居る責任者達の前に立つシーグへと向けられている。部屋に集められた者全ての視線を受けて、シーグはその口を開こうとしていた。
「諸君らの活躍により、ここオルテン前線基地の攻略作戦は成功した。これからの我が軍の戦略において、本作戦の成功は大きな意味を持つ快挙だ。まずはその功を労うとしよう、皆ご苦労だった」
このような場において、上官が部下を労うのは決して珍しい事では無い。時に扇動に近い形で行われる事さえあるほどに、士気の維持にとって重要な意味を持つ儀式だ。
しかし、車長時代からの上官を知るバルトは、シーグが自分のやり方を突き通しているだけなのだという事を知っていた。本当に変わらないのだ。昔からこうだった、とバルトは過去を懐かしく思い返す。シーグ中佐は戦車兵だった頃から、自分やロズエルといった部下を気に掛けてくれていた。バルトはそう思えばこそ、自らの目指す上官像が、多分に彼に影響されたものである事を否定出来なかった。
シーグは残響が消え去るのを待ち、再び声を張った。さてここから本題だ、と話は続く。
「だが、更なる北方に、大規模な航空戦力を擁した基地が存在する。我々はこれをかねてより〈デルタ20〉と呼称。先日の作戦において、爆撃隊が出撃したのもここからだと推測されている。そして、我が軍が国境地帯奪還作戦を展開する上で、航空戦力が非常に大きな脅威となっている事実は皆も知っての通りだ」
シーグはここで一呼吸を置き、ことさら大きな声で宣言した。
「そこで我々は三日後を目途に、各地で北方進出に向かっている艦隊戦力との合流を図る。その上で、〈デルタ20〉基地への北方進攻を本格的に開始する! 各隊とも装備の編成に関しては、明日までに報告するように。以上、解散!」
「ハッ!」
作戦室に居た全ての軍人が、敬礼でシーグに応える。その様子は、正に規律ある軍隊を象徴するような光景だ。数分後、皆が退室し始めた時でさえも、その秩序はなかなか崩れる事が無い。
だが、たった一人だけ、その列をかき分けて進んでくる男が居た。バルトはその男の存在に気付いていたが、それは偏に男が長身だったからに他ならない。平均から頭一つ抜けている為に、短髪に刈り揃えられた頭が遠くからでも確認できたのだ。
誰かに急ぎの用でもあるのだろうか、バルトはそう考え、部屋を後にしようとする。しかし、廊下に出た辺りで不意に呼び掛けられたので、彼は足を止めて振り返った。男が探していたのは自分だった、という事実に気付いたのはその時になってからだ。
「失礼、試験先行運用部隊のバルト=イワンド大尉ですね?」
振り返ってみれば、そこには例の男が立っていた。近くに立つとその長身が更に目立って見える。顔面に刻まれた鋭い目も相まって、彼は、精悍という印象を与える男だった。しかし、呼び掛けて来た声には、どこか芯の通った思慮深さが感じられる。
「ああ、そうだ。失礼を承知で聞くが、貴官は?」
「申し遅れました。自分は、第一中隊隊長のカレンバ=ホウベル中尉であります。先日の基地攻略戦での活躍、聞き及んでおります。一個小隊のみで渓谷を突破したとか」
「そんな事は無い、あれはお膳立てがあったから出来た事だ。第一中隊こそ、基地守備隊を相手にし続けていたと聞いている」
バルトは男の所属を聞いて、ようやく素性に思い当る節を見出していた。
第一中隊といえば、基地への突撃を担った部隊の内の一つだ。西方面の渓谷には第一中隊、そして東方面の渓谷には試験先行運用部隊が割り振られ、それぞれの役割の下に任務を遂行した。その点、彼らが守備隊の大半を相手にしてくれなければ、作戦が成功する事は無かっただろう。バルトは本心からそう考えていたし、自分達の力だけで作戦を成功させたと思えるほど、傲慢になれるような若さは持ち合わせていなかった。
「中尉らの活躍があってこその成功だった、礼を言わなければな」
「いえ、我々も任務を果たしただけですから」
ホウベルはその言葉を素直に受け取ったようで、互いの緊張感は解けていく。だが、バルトはこの頃になって、まだ相手の用を聞いていなかった事に気付いた。
「ところで、何か用でもあったのか?」
すると、ホウベルは意外そうな表情を浮かべる。
「これから試験先行運用部隊と共同で偵察任務にあたるので、その挨拶をと思ったのですが」
「なに? シーグ中佐は俺に直接伝えるつもりだったのか……いや、忘れてくれ」
バルトは自身が聞かされてもいない任務を、思わぬところから聞かされる羽目になっていた。バルトはこれからシーグに顔を合わせる予定があったから、自分に伝えられていなかった理由については察しを付けている。少なくとも一号機に出撃の予定は無い、という事でもあった。
彼が更に話を聞き出したところによれば、試験先行運用部隊から偵察任務に駆り出されるのは二号機と三号機のみ。つまり、リーグとルーカスの二人だけだった。三号機が偵察任務の中核を担い、二号機はその護衛にあたるという形での選抜だ。そこへ更に、ホウベル率いる少数精鋭部隊が護衛に加わる事になっていた。急遽下された命令を受けて、計五機のトールによる偵察任務が行われようとしていたのだ。
ホウベルがバルトへの会話を終えた後、リーグとルーカスの姿は基地格納庫にあった。彼らは出撃に備えてパイロットスーツを身に着けており、二号機と三号機が格納されている場所に向かっているところだ。
接収した直後にも関わらず、こうしてオルテン基地の設備が使用出来るのは、ゲルバニアンのトールがエークスのそれを基にして設計されたからに他ならない。各種コネクタや細かな部品の規格は違えど、トールの格納ならば、改造をしなくとも可能なのだ。
そして広大な地下格納庫に数十機単位のトールが立ち並ぶ中、リーグとルーカスの視線は一機のトールへと向けられていた。
それは言うなれば、正規品の中に混じり込んだ改造品のような代物だ。彼らが見たところ、ベースに主力第二世代型トールを用いている事は間違いないものの、全身に亘って装甲が薄く削られているようだった。軽量化措置を施された影響でシルエットは引き締まっているが、その一方で脚部を中心に増設されたノズルが目立っている。その上、数々のノズルは、見慣れない規格で作られた特殊なものであるらしい。過剰なまでの耐熱性を誇るセラミック・耐熱合金材で成形された噴射口は、一つ一つが入念な調整の下に据え付けられていた。脚部そのものをワンオフで製作したのでもなければ、それが外装ロケットモーターの類である事だけは判別が付く。
「中尉殿、あれはなんでしょうかね。どれもロケットモーターみたいだけど、今までこんな形式のやつは見たことないし。そもそもこんなパッケージって制式化されてましたっけ?」
「いや、俺もこんな装備は知らないな。だが、これだけ推進系に手を加えると、機体の安定性を維持できるものかどうか……」
「まあ、正規の部品かどうか怪しいのもちらほら見えるし。一体誰の機体ですかね」
ルーカスが腕を組んで機体を見上げていると、その答えは搭乗者自身によってもたらされた。
「それは私の機体だ、特別仕様でね」
リーグとルーカスがそれぞれ振り返ると、整備通路上を歩いて来る三人組が見えた。彼らは既にパイロットスーツを身に着け、初対面にも関わらず二人に向けて友好的な表情を浮かべている。彼らはそれで相手の正体を察すると、まずがリーグが進んで距離を詰めていった。
「私はグランパス第一部隊所属カレンバ=ホウベル中尉。これから共同任務にあたる事になる」
三人組の先頭に居た男は、自らをホウベルと名乗る。リーグ達に聞かされていた話が正しければ、後ろの二人はコールサイン〈オルカ2〉〈オルカ3〉を与えられた彼の部下に違いなかった。艦隊きっての精鋭部隊、第一中隊から派遣されてくるパイロットは全部で3人が揃い、試験先行運用部隊から参加する二人もまた準備を整えている。
そして、ホウベルから屈託なく差し出された右手。リーグにそれを取らない理由は、無かった。




