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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
5章:集団戦
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第35話「山岳基地〈デルタ14〉攻略戦、終止―2」

「トール部隊が撤退していく……?」

 東方面の渓谷から進軍していた一号機は、辺りを警戒しつつも減速。崖に寄り添うような位置で、ホバーユニットをアイドリング状態に入れた。後ろから続いていた二号機・四号機も、一号機と同様に、敵からの奇襲を防げる位置で機体を停止させる。

 コックピットから周囲を見渡すバルトは、既に辺りで交戦が収まっている事に気付いていた。サブモニター上のレーダー円に目を向ければ、もはや試験先行運用部隊の方へと向かって来ない敵部隊の様子が見える。バルトは、そこで三号機からの通信要請が届いていた事に気付くと、

「こちらコード1(一号機)、無事だったか」

『こちらコード3(三号機)、まああの程度でやられませんって。ともかく散乱現象による雑音(ノイズ)が収まったんで、そっちに通信が繋がったみたいですね』

「ところで、俺達以外の交戦状況はどうなっている?」

 それはバルト自身、最も気にしていた事だった。空爆に対応していたはずの主力部隊、そして西側方面へと進攻していたはずの第一中隊、それぞれの状況は未だに把握できていないままだった。少なくとも攻城砲を守りきれた事ははっきりしていたが、それ以上はただの推測でしか無い。

 そんなバルトの懸念をよそに、ルーカスは案外と明るい調子で答え始めた。

『えっと、第一中隊は大した被害も無いみたいですよ。艦隊についていた主力部隊は、主に砲撃でそれなりに被害が出てるみたいだけど。もう空爆も終わってるんで、これ以上の被害拡大は無い見通しです』

「空爆は終わったのか。なら、基地守備隊の動きも?」

『はい、こっちからも、基地守備隊が撤退している事は確認出来てます。撤退援護の為に守備隊が再集結してるみたいなんで、『これ以上の追撃は行わない』っていうのがシーグ中佐殿の方針らしいですよ。もうじき基地攻略戦は終わります』

「あとは基地制圧に入るんだろうが、俺たちは勝った、という事か」

 口に出してみて初めて、勝った、という実感が全身へと広がっていく。バルトは僅かに全身から力を抜くと、改めて引き締め直した。

 たとえ敵が撤退し始めていたとしても、周囲への警戒は怠らないし、気は抜かない。まだ戦闘の終了が確定した訳では無い以上、まだ撃たれる危険性は充分にあったからだ。仮に終了していたとしても、敗残兵が抵抗し続けるケースは考えられる。完全に敵地を制圧し終えるまで、戦場で気を抜く事は許されなかった。

 それでも、バルトは静かな感慨に浸っていた。それはこれまでの軍生活の中で、何度となく味わって来た勝利の味。しかし、いつまで経っても慣れる事は無く、むしろ敗北の苦さを知る度に味わいを変える不思議な味だった。それから約30分後、デルタ14基地攻略戦の終止を以て、試験先行運用部隊の面々には帰艦命令が下された。



 しかし、勝者の陰には――多くの場合――敗者が存在する。それは戦場にあって普遍の真理だった。

 エークス軍にとってのデルタ14基地攻略戦、そしてゲルバニアン軍にとってのオルテン前線基地防衛戦においても、それは当然当てはまっている。敗北の責を負うべきオフドは、撤退を続ける小型連絡艇の中で、ある人物と連絡を取っていた。

「……そうだ、負けたのは俺が無能だからだ。そこを否定するつもりは無い。だがな、あんたらもこっちの要請を断った理由くらいは、話してもらいたいもんだな」

 オフドは連絡艇に備え付けの簡素なモニターに向けて、噛みつくように言った。偵察任務用の高度な暗号回線を通してまで、彼にはどうしても話しておかなければならない相手がいる。しかし、その口調と表情は、友好的な者に向けるそれでは無い。

 尤も、音声通信のみで会話している今、モニターに映るのは相手の顔では無かった。画面には通信中である事を示す、まったく無愛想な表示が出ているに過ぎない。が、それでも相手のにやけたような顔が勝手に浮かんでくるのは、オフドの被害妄想に違いなかった。

『何の理由ですか? ああ、オルテン前線基地へ増援を送らなかった理由ですか』

 こちらの言いたい事を把握した上で、敢えてそれを言わせようとする。相変わらず人を馬鹿にするような話し方だと、オフドは思っていた。直接、声を聞いて通信するのは初めての相手だったが、オフドは以前からそのやり口を嫌っていた。たとえ顔が見えなくとも、声が聞こえなくとも、そういった陰湿なやり口というものは浮き出て来るものだ。彼は、自分が嫌いな人間の中でも、この相手こそが最上位に食い込む存在であることを再確認した。

 しかし、私情を持ち込んで関係を悪化させるつもりは無い。かねてから非公式にゲルバニアン軍に協力して来た相手だと聞かされていただけに、オフドは自身の感情を抑えようと試みる。

「そうだ。こちらは事前に作戦行動への協力を要請していた。それでも音信不通になって消えちまった理由は何だって聞いてるんだ、トレイクさんよ」

『あなたは全く知らされていなかったのですか? いや、こういう言い方をしてくるという事は、そうに違いないのでしょう』

「何の事だ。俺が聞かされていなかった契約事項でもあるってのか?」

 つい、苛立ちを露わにしてしまったオフドは、直後に自らの浅慮を後悔した。それは、通信機越しに奇妙なノイズが混じり始めたからだった。一瞬、通信機が故障したのかとも考えたが、オフドは暫くしてそれが抑え切れない笑声である事に気付いた。こいつ、笑っていやがる――――しかし、それはオフドを苛立たせるよりも先に、体温を下げられたような不気味さを感じさせるものだ。

 十秒も経てば、トレイクは一通り笑い終えたようだった。オフドは頭に血が上っていた事を自覚できる程度の冷静さを取り戻して、その冷たい声音に耳を傾ける。

『それは、G.K.companyが関わって無いからですよ。我々がゲルバニアン軍に作戦協力する条件、本当に知らされていなかったのですね』

「生憎とそうだったらしいな。仮にG.K.companyが絡んでいたなら、お前たちは作戦に絡んで来ていたのか? そもそもお前たちは一体どんなトールを持っている?」

『さあ、我々は情報を提供して貰えれば、それで充分なのですよ。その実績をゲルバニアン軍の上層部が認めているからこそ、時には協力を仰がれているのです――――あなたも知っていた通りにね。正規軍では対処し切れない事もやってくれる、便利屋とでも聞かされていたようですが』

「確かに便利屋ですらねぇな。お前たちは、情報をくれてやればそいつに喰い付くハイエナみたいなもんだって事だ。しかも、肉の好みにはうるさいと来てやがる」

『なら、初めから、基地部隊の人員被害を抑えようとしなければ良かったのです。あなたは、出費を惜しんだからこそ、我々に協力を要請して来たのでしょう?』

 さも当然の事であるように、トレイクはそう言ってのける。出費されるモノというのは、つまるところ自らが動かせる部下達の命だ。オフドは、自分がお人好しでは無いし、善人でも無い事を重々承知していたが、少なくとも自分に付いて来る人間の命だけは尊重する主義だった。それだけは曲げられないし、理解しようともしない人間を心底嫌う。

「なら、もう話す事はねぇな」

 オフドは通信を終了させようと、手を挙げて部下に合図しようとしていた。しかし、その間際にスピーカーが再び震える。

『そうですか。これからも宜しくお願いしますよ、互いに大切なパートナーですからね』

 オフドは今度こそ部下に合図をした。即座に切断された通信は、もはやノイズを垂れ流すだけ。オフドはそのまま大きく息を吐き、両脚を小さいテーブルへと投げ出した。足を投げ出すスペースさえ限られていたから、これが精一杯のスペースでくつろげる体勢だったのだ。

 しかし、それにオフドは充分に満足していた。敗戦の将である自分の身を思えば、オフドにはこうして狭い空間に押し込められている事さえも贅沢と感じられるのだ。酷い敗北を喫したにも関わらず、基地守備隊の多くを撤退させる事に成功させ、自分もまたこうして生きている。考えてみても、やはり上々の出来に違いなかった。無論、初めから勝つに越したことは無かったが、G(ゴルフ)1、2の挟撃によって壊滅を免れただけマシというものだ。

「どんな処分食らうかも分からねぇが……最悪、国境パトロール部隊ってところか」

 エークス・ゲルバニアン間の国境地帯に配備される、国境機動警備隊――――通称、国境パトロール部隊はあまりに有名過ぎる左遷先の一つだった。軍内にはもっと酷い懲罰部隊もあったが、そこに飛ばされるには、銃殺刑一歩手前の罪を犯す必要がある。オフドは自らが飛ばされるであろう、最も酷い僻地を想像する事で、自らの処分を受け容れようとしていた。

 そう、自分は生きていて、部下も残っている。オフドは自分にどんな処分が下されるのかも分かっていなかったが、まだ再起の機会がある事を再確認した。敗戦の将は、既にその目に報復の色を宿している。戦争という果てない渦が生み出した因果を思い、彼はあの三機のトール部隊(・・・・・・・・・・)と再び相見(あいまみ)える事をひたすらに望んでいた。


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