第34話「山岳基地〈デルタ14〉攻略戦、終止―1」
攻城砲群の一斉発射に伴う強烈な発光現象、突如として発生した光は、試験先行運用部隊の三機からも充分に確認する事が出来た。しかし、それも当然のことだった。|目の前の地雷原目掛けて《・・・・・・・・・・・》陽電子ビームが着弾したのだから、むしろ発射に気付かない方が難しい。
地面へと突き刺さった光矢は、一瞬の後に大きな爆発を引き起こした。陽電子流の収束率は低く設定されていたから、近くに居たトールまでもが損傷を負う事は無かった。地面をごっそり吹き飛ばすほどの規模といっても、まだ一本一本のエネルギーは小さい方だったのだ。
だが、地雷の誘爆を引き起こすには充分過ぎるエネルギーだった。光矢に貫かれた地雷は悉く誘爆し、派手に土塊を撒き散らしながら弾け飛んでいく。爆発が爆発を生み、東方面の渓谷は瞬く間に炎で包まれていった。試験先行運用部隊の三機はデルタ編隊を崩さぬまま、土と炎の嵐を全力で突き進む。
一号機のコックピットも激しく揺さぶられていたが、バルトは構わずにフットペダルを踏み込み続ける。その合間を縫ってサブモニターに目を向けると、東渓谷の地形図が視界に飛び込んで来た。本来、地雷原と目されていた地形の真っ只中には、現在、一本の『道』が記されている。一号機、二号機、そして四号機のデルタ編隊は、ちょうど『道』を辿るようにして進んでいるのだ。
そして、その『道』は、拡散モードで放たれた陽電子ビームの着弾地点と、ほぼ一致するものだった。無論、バルトらに与えられたこの状況が、偶然生まれたという冗談は無い。陽電子砲発射の影響で通信状況は悪くなっているはずだったが、バルトは各機にレーザー通信回線を開いた。
「コード1より各機へ、これより渓谷を突破する。くれぐれも作ってくれた『道』を外れるな!」
『コード2、了解』
『コード4、同じく了解!』
編隊の先頭を進むのは、陽電子砲の一部をパージして身軽になった一号機。その左右には、やや遅れる形で二号機と四号機が続く。
全機共にアサルトライフルを装備しており、一号機と四号機はそれ以外に目立つ射撃兵装を持っていない。どちらも可能な限り重量を抑えた仕様にまとめられているのだが、二号機だけは少し違っていた。二号機は右手でミサイルポッドを担ぎ、内部に収められた八連装レーザー誘導式短距離ミサイルで武装していたのだ。汎用重装型である二号機には、火力支援という重要な役割が課せられている。
『コード2からコード1へ。前方にトール一個小隊を発見』
「こちらコード1、対応しろ。敵守備隊との交戦開始」
『了解、交戦開始!』
二号機はおもむろにミサイルポッドを構えると、その発射機本体から赤外線レーザーの照射を開始。その直後、ミサイルポッドの正面を続々と噴射炎が焦がしていった。一斉に放たれたミサイルは瞬く間に二号機の手元を離れ、すっかり視界の悪くなった渓谷を駆け抜けていく。
『しかし攻城砲で道造りとは、無茶な事をやったものです』
二号機が全弾発射し終えた発射機本体を投棄すると、前方で着弾の炎が上がった。狭い渓谷を伝って爆風が押し寄せて来るが、その頃には既に四つの敵性マーカーが消え去っている。先ほどまで4機のトールだった残骸のすぐ脇を過ぎ去り、試験先行運用部隊は更に加速を強める。
「コード1から各機へ。陣形をデルタから逆デルタへ変更。この渓谷は手薄な方だが、少なくともまだ三個小隊程度は残っているはずだ。一点突破で行くぞ!」
了解の合図と共に、二号機と四号機が前方へと配置を変えていく。これは、白兵戦に特化した機体を前面に押し出す事で、より柔軟な対応を企図した編隊だ。たった三機で敵陣を突破しなければならない以上、第三世代型トールはそれぞれの特性を発揮する必要がある。砲撃に特化した仕様を持つ一号機は、二号機、四号機とは逆に後方へ下がる形となっていた。
しかし、編隊を変更し切らぬ内に、再び索敵システムが敵部隊の存在を捉えた。
「前方に敵一個小隊を確認、数は3。速やかに排除する」
バルトはホバーユニットの調整に手を伸ばすと、推力偏向角、出力共に設定値を引き下げる。当然、機体は徐々に速度を落としていったが、彼は二号機、四号機との距離が開いて行くに任せるだけだった。
そして、単射モードに設定したアサルトライフルを両手で構えさせると、自らは精密照準用スコープに視界を同期させ始める。初弾装填済み、火器管制システム〈FCS〉の作動正常、安定化装置の連動良好――――射撃精度を落としかねない振動は、速度を落とした事によって軽減されている。中距離狙撃を担う一号機が、無駄のない動作で銃口を上げた。
『コード2、了解』
バルトからの指示が発せられるや否や、他の二機も即座に動いていた。
二号機は連射モードのアサルトライフルを正面に構えつつ、後方に位置する一号機よりはむしろ、突出し始めた四号機との相対速度を合わせる。火力支援に徹する構えの二号機は、早速、前方に向けて徹甲弾を撃ち込み始めていた。断続的な火線が土煙を貫いて行き、敵に先んじて牽制射を浴びせ掛けた。試験先行運用部隊がまだ撃ち返されない内に、渓谷の向こうで小爆発が起こる。
『コード4、了解。いきます!』
四号機は右手でコンバットナイフを引き抜くと同時に、ホバーシステムを後方へと大きく偏向させた。二号機と一号機を引き離すように加速し始めた機体は、土煙を巻き上げて真っ先に飛び出していく。敵部隊もようやく撃ち返して来たが、四号機は軽快な運動性を以て回避する。右へ、左へ、装甲を掠めていく徹甲弾を回避し、四号機は傍目にも派手と分かる突撃を敢行していた。
進路上に控える敵機は三機。しかし、サブマシンガンで牽制射を行っている敵機は二機だけであり、全てでは無い。もう一機は140mm対物ライフル砲への装填を終え、その砲口を四号機に向けていた。それは本来なら、中距離帯へと距離を詰めた時点で、四号機にとってはさして脅威となるような武装でも無い。大口径且つ長砲身の砲は取り回しに難がある為、距離が詰まっていては真価を発揮しづらいのだ。運動性に優れる四号機ならば、その特性を封じる事も難しく無いはずだった。
しかし、急激に距離を詰めつつある四号機は、牽制射の影響でなかなか思うような進路を選べないでいる。火線に追い立てられる四号機からすれば、140mm対物ライフル砲がいつ火を噴いてもおかしくない状況だった。いかに第三世代型トールが耐弾性に優れているとは言っても、流石に近距離からの大口径砲弾を受け止め切れる保証など無い。上手く避けられなければ、装甲ごと貫かれる。
まさにその瞬間が訪れようとした時、敵トールが手にしていたライフルは砕け散った。後方に控えていた一号機が、140mm対物ライフル砲機関部への狙撃を成功させたのだ。
アサルトライフルから撃ち出された徹甲弾は残弾ごと貫き、ライフル砲を構えていた敵機を大きく仰け反らせている。更にそこへ追い打ちの中距離狙撃が加えられ、撃ち抜かれた敵機はそのまま後方へと倒れ込んでいった。そして、その誘爆の衝撃こそが、四号機に僅かな猶予を与えた。
四号機は爆炎を回り込むように距離を詰め、敵機にとっての死角から接近。すかさず突き出したコンバットナイフで、残る二機の内、一機の脇腹付近を刺し貫いた。動力伝達の要となる部位を抉られた敵機は、即座にただの鉄塊と化して動かなくなる。四号機はその場に止まる事無く、すぐにホバーユニットを全力噴射。その場から離脱した頃には、元居た空間に向けてサブマシンガンが掃射されているところだった。
残る一機も、すれ違いざま二号機によって脚部を切断。機動性を殺されたトールは的でしかなく、続く一号機の餌食となるより他に無い。最後の一機はそれ以上抵抗する間も無く、頭部に真正面からコンバットナイフを突き立てられていた。脚部と頭部を潰された敵機は、もはや去っていく試験先行運用部隊の三機を見送る事しか出来なかった。
この間、僅か二分。瞬く間に二個小隊を壊滅させても尚、試験先行運用部隊の進攻は止まる事を知らない。僅か3機の第三世代型トールによって、東側渓谷は突破されようとしていた。
「G2、三次防衛線を突破! 被害が拡大していきます」
「ルトア小隊、続けてサーリア小隊からの通信途絶。撃破された模様であります。G2の進路上にこれ以上の友軍無し……突破されます」
オルテン基地司令部に飛び交うのは、思わずオフドが耳を疑いたくなるような報告ばかりだった。本命と見ていたG1の動きを抑えられたにも関わらず、あからさまな当て馬だったはずのG2が防衛ラインを突破するというのだ。
たしかに東側渓谷の守りは薄かったにせよ、一個小隊にも満たない部隊の突破を許すような布陣では無い。にも関わらず、G2のたった一機すら落とせないままに、基地守備隊所属の五個小隊が既に壊滅させられていた。既に西側渓谷の守備隊を回してはいたが、それが有効な策とは言い難いことをオフドも理解している。
「……防衛ラインをたった3機で突破するだと? そんな馬鹿な事があってたまるかってんだ!」
オフドは茫然としていた自分を奮い立たせるように、苛立ちを吐き出す。しかし、いくら「有り得ない」と言って現実を否定したところで、戦況が好転する訳でも無い。それは彼自身とて理解していることだったが、どうしても理不尽な思いを拭えなかった。こんな状況に陥った原因を、考えずにはいられなかった。
戦闘が始まった時には既に決着していたのか?――――それは違う。
あの攻城砲が配置されていた時点で決着していたのか?――――それも違う。
オフドは自問自答を繰り返し、徐々に一つの答えが浮かび上がって来るのを感じていた。
それはつまり、砲爆撃で攻城砲を潰し切れなかった事、そして、あの三機のトールの異常な突破性能を見抜けなかった事に他ならない。陽電子投射型攻城砲の砲撃で地雷原を吹き飛ばし、強引に作られた道をたった三機のトールが突破して来る……そんな奇策を見抜けなかった時点で、自分は負けていたという結論に至ったのだ。
いずれにしてもオフドは、敗北の事実そのものを否定する気は無かった。
「東側の防衛線が突破された以上、西側の守備隊も挟撃される危険性がある、か……クソッ!! 」
オフドは腹立たし気に、拳を机に叩き付ける。が、それ以上の事が出来る訳でも無い自分の無力さを、彼自身が一番よく分かっていた。
これ以上、戦闘を続ければ基地守備隊には致命的な被害が生じかねない。そうなれば、いずれ陥落させられる基地防衛任務のために、無用な犠牲を払う事にもなる。無論、オフドはオルテン前線基地を死守するよう命令出来る立場にあったが、もはや覆しようのない敗北にこれ以上の血を添えるような趣味は無かった。彼自身、基地と心中するつもりはさらさら無い。
「――――総員撤退だ!! 今すぐ脱出の戦力を整えて、オルテン前線基地を放棄する。守備隊にもそう伝えておけ、これ以上戦っても意味がねぇからな」
彼は座していた椅子から立ち上がり、ゆっくり、はっきりとその言葉を言い放つ。軍から任された基地を陥落させられるなど、軍人としてはこの上ない屈辱に違いなかった。基地要員ならば、その屈辱の一片も理解出来ない人間などいるはずが無い。基地司令室に居た者達は皆、顔を背けるか、あるいはオフドの方をただ見つめるようにして固まっていた。
他方、オフドもそれ以上の文句を継げないでいた。最低限の処置として、「機密情報の破棄を忘れるな」と口にするのが精一杯だった。
その後、オルテン前線基地所属戦力はすぐさま撤退作戦へと移行。脱出していく戦力を防衛する為に、基地守備隊はオルテン前線基地の大部分を放棄しつつあった。




