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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
5章:集団戦
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第33話「山岳基地〈デルタ14〉攻略戦、転変―2」

 無論、主戦場から離脱していく二つの部隊の動きは、ゲルバニアン軍にも筒抜けの状態だった。いかに部隊規模が小さいとはいえ、基地レーダーシステムが突出して来るトール部隊を見逃すはずも無い。基地司令部に多数並ぶオペレータ席からは、立て続けに鋭い報告の声が上がった。

「戦列を離脱したトール隊を発見、部隊数は2! 西方面からの部隊が12機、東方面からの部隊が3機編成との報告であります」

「以降、西方面から迫る部隊を(ゴルフ)1、東方面から接近する部隊を(ゴルフ)2と呼称。(ゴルフ)1、守備隊と交戦に入った模様」

(ゴルフ)1、現在ポイントW46で迎撃開始……(ゴルフ)2、既にポイントE19を通過! 早過ぎます!」

 基地周辺に張り巡らされた索敵網は、正確に敵部隊の概要を捉えている。にも関わらず、それを報告するオペレータ達の声に驚愕が混じるのは、偏に(ゴルフ)2と呼称される部隊の動きが早過ぎるからだ。報告内容を基に、改めて脳内に広がる戦場を組み立て直したオフドは、それだけでエークス軍の動きをありありと思い浮かべることが出来た。

 オフドは相変わらず机に脚を載せたまま、その不遜な態度を崩そうとしない。そんな彼の中にも、(ゴルフ)2の動きが妙だという見方はあった。しかし、それは小隊単位での意図が見えてこないという意味であって、艦隊という規模で戦場を俯瞰すれば、二つの部隊が突出して来た意味を推し量るのは決して難しい事では無い。

「攻城砲を潰される前に動かして来たか。あの爆撃で泡食ってやがるな」

 まあ、それは正しい判断だ。オフドは誰に聞かせるでも無く、静かに呟いた。だが、敵が当然採るべき手段を採ったからといって、オフドの中に驚きが生じる訳ではない。彼は、敵艦隊を率いる司令官が何を考えているかを、当然理解しているつもりだった。敵の司令官は不利な消耗戦を続けるよりも、短期戦で決着をつけようとしているのだ。

 敵地に進攻して来た艦隊の補給路は――当然、確保されていて然るべきだが――、どうしても不確実なものにならざるを得ない。それに対し、自軍の勢力内に基地を構えるオフド達には、ほぼ確実と言っても良い兵站上の利がある。実際、爆撃はあと数日間に亘って続ける用意があったし、その気になれば遠隔地からの更なる増援を要請する事も出来るのだ。長期戦を展開し得る側にとって、それもただ防御に回れば良い側にとって、この戦況がもたらす優位は初めから用意されているものだった。

 だからこそ、短期戦を挑もうとする判断は間違いなく正しい。そして当然の帰結でもある――――その筈だったが、オフドはどうしても違和感を拭い切る事が出来なかった。エークス軍の艦隊にはどこか妙な違和感が紛れ込んでいる。自軍の有利さを信じて疑わない彼にとって、それは無視出来ない痒みのようなものだった。

「〈オルテン基地〉を叩くにしては、数が少な過ぎる。たった15機のトールを突出させるだけで、奴らはこの基地を落とす気でいるのか?」

 口に出してはみたものの、あまりに馬鹿げた仮定だった。「まさかな」と、オフドはその可能性を一蹴する。しかし、胸に巣食う違和感は消えないどころか、ますます存在感を増していた。

 艦隊戦力の動きと、突出して来た二部隊の動きには、どこか大きな乖離が生じている。オフドがそう直感する程度には、両者の動きは噛み合っているように見えて、全く噛み合っていない。

 もしエークス軍が本気で決着を付けようというのなら、ここで主力部隊をぶつけてくれば良いのだ。そうでもしなければ、長期戦に陥って不利になるのはエークスの側になる。たとえ無策にも等しい全軍突撃を敢行するにしても、それは今の戦況がもたらす被害を考えれば、いくらかマシな選択肢であるはずだった。それにも関わらず、艦隊そのものは一向に仕掛けて来る気配が無い。

 一方で、少数のトール部隊だけ(・・・・・・・・・・)は突出させて来た。しかし、その二部隊に後続戦力は見当たらず、波状攻撃を意図している布陣では無い。だが、これでは逐次投入を行っているにも等しい判断だ。敵陣の只中へ、散逸した少数戦力をぶつけ続けるなど、愚策にも程がある。

 オフドには、敵艦隊の真意がどこにあるのかが分からない。現実には、敵主力部隊は攻城砲を守るのに精一杯で、こちらを攻める気など無いように見えるのだ。突出した二部隊を掩護する訳でも無く、決め手にはなり得ない攻城砲を守るのみで動かない主力部隊。オフドの目には、それがどうしても非合理極まりない判断として映る。

「そこまで攻城砲に拘る理由は何だってんだ! あんなデカブツ、糞の役にも立ちゃしないってのに。指揮官がよほどの無能なのか? それとも命令系統に何か混乱でもあったのか……いや、止めだ」

 オフドは敢えてそこで思考を打ち切った。支離滅裂にも思える敵の意図を探るよりも、先に部下達へ指示しておかねばならない事があったからだ。オフドは机から脚を下すと、司令部全体に聞こえるよう声を張り上げた。

「よぅし、第一から第三守備隊は、西から突っ込んで来た(ゴルフ)1の迎撃を継続しろ。(ゴルフ)2に回す戦力は第四守備隊だけで良い、奴らの足を砕いてやれ!」

 現在、基地に向かって来ている二つの部隊――――一個中隊規模、12機のトールを抱える(ゴルフ)1に、変則一個小隊規模、3機のトールを抱える(ゴルフ)2。

 もし、そのどちらかに迎撃における優先順位を設けるなら、その基準は一見明白だ。実際、オフドは一個中隊規模の(ゴルフ)1に守備隊の大半を割き、たかが変則一個小隊規模でしかない(ゴルフ)2には残りの戦力しか配分していない。しかし、オフドはなにも、戦力配分の根拠をその数に求めた訳では無かった。

 むしろ、最大の根拠は、基地周辺の地理条件だ。基地周辺には多数のトーチカ群を仕込み、外周からの進攻を用意ならざるものとしている。それでも基地へ進んで来られるルートといえば、東西に広がる二つの渓谷しか有り得ない。

 しかし、東方面の渓谷には無数の対戦車地雷が埋設されており、それはエークス側も把握しているはずだとオフドは踏んでいた。仮に一個でも対戦車地雷を踏み抜いてしまえば、それでトールの足は止まりかねないのだ。そんな明白過ぎるリスクを冒してまで、東方面からの進攻を選ぶメリットはあまりにも薄い。

 そう判断したからこそ、オフドは、(ゴルフ)2に課せられた役割を『基地守備隊の分断』にあると睨んでいた。たった三機編成という数の少なさも、敢えて突破出来る見込みの薄い東方面を選んだ理由も、それで充分に説明が付く。言ってしまえば、(ゴルフ)2は、本命たる(ゴルフ)1を少しでも援護する為に用意された当て馬に過ぎないのだ。彼は当然の帰結(・・・・・)として導かれた結論を、微塵も疑おうとしていない。無論、するつもりも無い。

「こんなチグハグな動きをしやがって。これ以上、余計な手間を掛けさせるんじゃねぇぞ」

 オフドの指示の下、基地守備隊はそれぞれ本格的な迎撃を開始しようとしていた。



 〈グランパスA-1〉には、通常の航行・戦闘指揮を行う艦橋区画とは別に、艦隊指揮専用に設けられた戦闘指揮所〈CIC〉が組み込まれている。そこはまさしく艦隊の頭脳とでも呼ぶべき場所であり、〈グランパスA-1〉において一種の聖域として扱われる場所だ。

 現在、その薄暗い大部屋には何人ものオペレータが控えており、艦隊指揮に必要なデータは壁面の大型モニターに統合表示されていた。基地に設置されるコンピュータと同等以上の指揮システムが唸り、指揮に必要な膨大な情報が次々に処理されていく。

 ゲルバニアン軍守備隊の動きが変化してからというもの、戦闘指揮所〈CIC〉は更に温度を上げている。無論、その中枢には、艦隊司令官たるシーグ=ハルデンの存在があった。シーグは、基地攻略戦の戦況を報告するオペレータ達を見守るようにして、司令官専用の席で厳つい顔を晒していた。前線の何たるかを知り尽くしているだけに、戦闘が始まればその表情が緩む事は無い。

 シーグは手元にある通信端末を手に取ると、自動的に艦橋へと繋がる内線を繋ぐ。常に冷静なタリスの顔を思い浮かべつつ、彼は何の前置きも無しに「艦の状況は?」と問い掛けた。案の定、すぐに淀みないタリスの返答が返って来た。

『主力部隊は対空迎撃と、散発的な対トール戦闘を継続しています』

「それでいい、敵守備隊は東西方面へと分断されつつあるところだ。俺達の予想通り、東側は比較的薄い布陣になっている。試験先行運用部隊の動きに遅れは無いな?」

『はい、試験先行運用部隊は間も無く予定ポイントに到着します。間違いありません』

 重大な局面を迎えているにも関わらず、タリスの報告は冷静さを欠くことが無い。しかし、シーグにとっては、それが却って事態の重要性を示しているようでならなかった。

「そうか。ようやく来たか」

 先ほどまでとは別種の緊張が、歴戦の軍人たるシーグにさえ襲い掛かる。前線を離れたからといっても、心が軽くなる訳でも無ければ、緊張を忘れられる訳でも無い。司令官としての重圧に晒されるシーグは、改めてそんな感慨が胸を過っていくのを感じ取っていた。

 巨大な壁面モニターに目を向ければ、被害を被りつつある艦隊の様子が見えて来る。

 艦外を映す映像の中には、爆撃に巻き込まれて損傷した装甲輸送艇、濃密な白煙を伸ばすグランパス級、足を失って擱座したトールの数々が含まれていた。爆発の煙と砂塵に覆われ切った空は、うっすらと赤みがかった夕焼け色を呈している。

 ゲルバニアン本土から飛来する無人爆撃機は第十波以上に亘って押し寄せ、今も足を止めた艦隊目掛けて爆弾を落としている。たとえ電子対抗手段〈ECM〉や複合スモークを作動させようとも、簡素な慣性誘導方式の爆弾には効き目が薄い。結局のところ撃ち落とすしか無かった。空にはパッと爆炎が花開き、時折地面へと到達したものが地面を抉り取っていく。

 無論、攻城砲の守備にあたっていた主力隊も、無事で済むはずは無い。対空迎撃によって航空戦力の動きを封じたとはいえ、未だに続けられている高々度爆撃。そして、敵基地方面から飛んで来る砲撃が、艦隊への被害を拡大させ続けているのだ。

 だからこそ、初めから不利な立場に立たされていた基地攻略戦において、この機を逸してはならない。試験先行運用部隊と陽電子砲の投入によって実現されたこの状況こそが、不利要因を振り切れる最大のチャンスなのだ。作戦の要たる攻城砲(・・・・・・・・・)を必ず活かし切ってみせる、とシーグは心中に呟いた。オペレータ達は続々と攻城砲の稼働状況を伝えている。

「攻城砲群は、いずれも円形粒子加速器(シンクロトロン)稼働率80%以上。作動状態は良好であります」

「測距システム誤差修正開始、加速器とのライン接続完了!」

「コネクタの閉鎖を確認しました。稼働中の攻城砲、全て発射可能です!」

 上がってくる報告は、全て攻城砲が稼働状態にある事を伝えるものだ。シーグは激しい攻撃を耐え切った攻城砲群と、それを守ってみせたトール部隊の働きに感嘆する。

 基地攻略の切り札たる攻城砲に与えられたチャンスは、たったの一度。発射時の軌跡があまりに目立つ上に、離脱能力も低い陽電子投射型攻城砲は、次弾発射まで無事でいられる確率が極めて低い。精々、再充填が完了する前に、集中的な砲爆撃で破壊されるのがオチだ。シーグはその事実を理解していたからこそ、改めて覚悟を決めた。撃たねば、負ける。

 大きく息を吸い込む。そして、高揚と緊張が混じり合う胸中を吐き出すように、シーグは叫んだ。

「全攻城砲、目標にぶち込めええッ!!」

 その声が響き渡ると同時に、爆発的な光が戦場を照らし出した。デルタ14基地を見据えるように配置されていた攻城砲から、陽光すらかき消さんとする光が溢れ出したのだ。激しい逆光が艦隊の全てを呑み込むように広がり、中型陸上戦艦たるグランパス級の姿すら押し込める。

 攻城砲群から一斉に放たれた陽電子は、一号機単体とは比較にならないほどの規模となっていた。空気中の原子との間で引き起こされた対消滅反応、そのエネルギーは発光現象だけに留まらず、膨大な熱量と化して辺り一帯の大気を熱する。それはつまり、ほんの一秒にも満たない時間で生まれた複数の火球によって、デルタ14周辺が煉獄と化す事を意味していた。

 熱線に焼かれた木々は一瞬で燃え上がり、直後、見えない壁が出来たかのように一気になぎ倒されて行く。大気を伝播した衝撃波は、トールや艦艇すら砕かんとする勢いで拡散していった。粉塵に覆われていた夕焼け空は瞬く間に晴れ上がり、今度は炎の赤で照らされようとしていた。

 そして、攻城砲の砲口から噴き出した光は収束しきる事無く、数多の矢へと分裂した状態で大気を貫いている。一直線に伸びた数多の矢は、既に基地東側の渓谷へと突き刺さっていたのだ。


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