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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
5章:集団戦
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第32話「山岳基地〈デルタ14〉攻略戦、転変―1」

 オルテン前線基地の遥か上空、成層圏の薄い大気を切り裂いて飛ぶ五機の航空機。積乱雲すら眼下に据えて飛行する"彼ら"は、垂直尾翼付け根に一発、主翼に二発、計三発の水素燃焼式ジェットエンジンを搭載する高々度爆撃機だった。ほとんど後退角の無い、真っ直ぐでひ弱そうな翼で高々度を飛ぶ姿は、さながら羽虫のような印象を見る者に与える。

 しかし、その実態は違う。完璧なV字編隊は全てが無人機によって構成されており、"彼ら"は機首下部の眼で数十kmも下に広がる地上を見下ろしている。偵察用無人機から爆撃機に改造された"彼ら"の本質は、無慈悲なハンターに近いものだった。

 本土にある航空基地、〈デルタ20〉から出撃してより数時間。遂にゲルバニアン本土からの攻撃指令を受け取った"彼ら"は、まるで腹に繋がる大口を開けるように、機体胴体のハッチを開いていく。数tにも及ぶ爆薬を収める腹が開き切った時、その中身は遥か下方にある爆撃目標地点――――即ち、シーグ率いる艦隊周辺へと落とされるのだ。

 感情の一片も持ち合わせていない"彼ら"は、焦らないし、逸らない。ただ攻撃指令が下される瞬間を待って、後は爆撃の任を果たすだけの状態に差し掛かっている。慣性誘導爆弾が投下されるまであと僅か、固定ロックが解除されるまではあと一動作。

 この時、成層圏からの『掃除』が始まるまでには、もう僅かな猶予も残されていなかった。



 エークス軍陸上戦艦〈グランパスA-1〉のレーダーシステムが、遥か上空に接近する動体を捉えた。それが高々度爆撃機の五機編隊だと判明した時、一同は対応の速さに驚きを隠せなかった。

 艦隊所属戦力にはすぐさま本戦闘配備への移行が伝えられ、総勢百人以上のパイロット達が一斉にトールへと乗り込む。トールは次々に戦闘態勢へと入り、グランパス級のハッチから数十機単位で出撃し始める。一方、グランパス級は、防空システム、電子対抗手段〈ECM〉を起動させ、本格的な戦闘に備え始める。決して大きい規模とは言えないながらも、シーグ率いる艦隊はすぐに全戦力を展開させていった。

 彼らにとって幸いだったと言えるのは、既に基地攻略作戦の概要が伝えられていた事くらいなものだ。基地を攻略するはずの主力トール部隊は、殆どが地対地装備で準備を終えていただけに、すぐに対空ミサイルランチャーを手に取る事が出来た機体が少ない。殊に高々度爆撃機の編隊を狙うともなれば、装備の換装に少なくとも五分以上は掛かるという状況だった。

 しかし、その中にあって、既に迎撃準備を終えていた部隊があった。試験先行運用部隊だ。

 一号機を始めとする四機は、グランパス級の格納庫から艦外へと出ている。試験先行運用部隊の後から続々と出撃して来る機体群をよそに、一号機の長大な砲身は既に空へと向けられていた。肉眼では何を狙っているのかすら分からない程の高空目掛けて、迷いなく突き出された陽電子砲の砲身。だが、三号機とのデータリンクにより拡張された索敵システムは、遥か上空の目標を完全に捉えていた。

「こちらコード1(一号機)、爆撃機の編隊を捉えた! これより迎撃行動に入る」

 部隊規模が小さい分、他の部隊に比べて出撃までの時間が掛からなくて助かった。部隊の身軽さに感謝しつつ、バルトは一号機のコックピットでメインモニターを睨む。

 一見すると、そのモニターには、白い雲交じりの青空しか映し出されていない。しかし、ところどころに映る五つの警戒マーカーという形で、彼には高々度爆撃機編隊の位置が示されていた。コンソールパネルに指を滑らせると、黄色い合成表示に囲まれた機影が拡大される。まるで羽虫のようなフォルムが特徴的な機体、それらは悠々と成層圏付近を飛行している最中だった。

 その間にも、戦闘支援システムはすぐさま機種を特定。続いて、目標との相対速度、高度、風速、温度、湿度、大気密度……数えきれない程の射撃諸元が火器管制システム〈FCS〉に送り込まれ、ジェネレーターの駆動音は徐々に高まりを見せていく。バルトは無数の収集データを基に、繊細な手付きで以て操縦桿を微調整していた。

 ごく僅かな調整に応える形で、天に砲を向けた一号機は射撃姿勢を変えていく。砲身の仰角調整用シリンダーを数mmだけ伸展させると同時に、肩幅大に広げられた両脚が微かに屈められる。その間、膝部駆動モーターの出力は絞られていたが、一号機はおもむろに右脚を持ち上げていった。そして、傍目には殆ど同じ場所に脚部を接地させると、「この足場では安定しない」と言わんばかりに、射出式大型杭を地面に撃ち込んだ。巻き込まれた小石が装甲表面を打ったが、鉄の巨神は意にも介さぬ様子でただ空を見つめている。

 展開中の友軍機から距離をとった事を確認すると、バルトは通信用マイクに指示を吹き込んだ。

「よし、これより迎撃行動に入る。コード3(三号機)、今の内に艦隊守備隊とのデータリンクを確立しておけ」

コード3(三号機)、了解』

 今まで一号機に観測データを提供していた三号機が、180機にも及ぶトール部隊とのデータリンクも開始する。ルーカスの駆る三号機には相当な負荷が掛かるはずだったが、飛び抜けたマシンスペックはそれすら可能とする程の代物だ。手に手に、対空ミサイルランチャーを装備し始めた三個大隊規模のトールは、極めて精細な観測データを受け取っているところだった。

 艦守備隊にとっての主要な"目"と化した三号機を背に、一号機はほぼ完全に射撃体勢を整えている。音も無く滲み出して来る燐光が、砲身内部の闇を払っていく。

「……当たれよ!」

 静かな宣言と共に、トリガーボタンが引き込まれる。と同時に、一本の光矢が空へと放たれた。

 昼間という時間帯にも関わらず、眩しい程に輝く一本の軌跡。人間には認識できないほどの速度を得て放たれた矢、つまり円形粒子加速器(シンクロトロン)によって亜光速にまで加速された陽電子流は、まるで初めからそこにあったかのようにそびえ立つ光矢となっていた。対消滅反応によって生じた膨大な熱量は、辺り一帯を叩き付ける衝撃波と共に拡散していく。

 その直後、上空にひときわ大きな光が生まれた。光矢の半ばで膨らんだ光球は、地上と成層圏を隔てる距離を以てしても視認できる程に眩しい。爆撃機に着弾した陽電子流が対消滅反応を引き起こし、次いで満載していた爆弾が誘爆を起こしたのだ。異なる破壊過程によって引き裂かれた爆撃機は、誘爆の衝撃波で千々の金属片へと変わっていった。大気中を飛翔する内に減衰した陽電子ビームであっても、脆い高々度爆撃機を撃墜するだけの破壊力は備わっている。

 バルトは第一の戦果を確認すると、更に引き金を引いた。爆発の光景に遅れて衝撃波が届いた頃には、既に四本の矢が空へ向けて放たれていた。合わせて五本の矢が高空を貫き、それと同じだけの戦果が眩しい光球として高空を彩る。ようやくバルトが肩の力を抜けたのは、上空の爆撃機が一機残らず破片と化してからの事だ。灰褐色の破片へ姿を変えた爆撃機編隊は、もはや地上への落着を待つだけの鉄屑に過ぎなかった。

 だが、戦闘支援システムの自己診断機能を走らせたバルトは、表情を曇らせる。綿密な調整を経て修復されていた陽電子砲だったが、流石に限界が来ていたのだ。陽電子砲は、デルタ3攻略戦の時よりは遥かにマシな稼働状態を維持していたが、流石にこれ以上の連射は控えなければならない。遥か上空の敵機を撃墜する為に高出力を維持していた事から、これ以上の過熱は非常に危険な状態だった。モニター上で明滅する警告表示も、そう教えてくれている。

「……これ以上は無理だな」

 コックピットシートに伝わる振動には、内臓を不規則に揺らすような周波数も含まれていた。冷却材を必死に回している循環系から、機体フレームや装甲を介して振動が伝えられているのだ。その振動を感じるバルトには、機体背部で赤熱しているラジエーターフィンの様子が見えて来るようだった。

 彼はレバースイッチを切り替えて、背部にある加速器の稼働を止めさせる。大電流が発する膨大なジュール熱を鎮める為だったが、果たしてその試みは成功したようだった。循環系から発せられていた振動は、徐々に勢いを失って軽減されていく。

 だが、まだ戦闘そのものが終わった訳では無い。メインモニターに新たな警戒マーカーが現れた事に気付くと、バルトは再びジェネレータ出力を戦闘出力へと戻していった。

「ゲルバニアンはまだ航空戦力をぶつけて来るつもりか」

 索敵システムは、更なる爆撃部隊の襲来を感知している。今度は、10機以上の編隊を組んで飛来する爆撃機が、一号機のメインモニターに警戒マーカー付きで表示されていた。本番はこれからだ、と言わんばかりの警告音で以て、パイロットたるバルトに戦闘再開を促しているのだ。しかし、もう一号機で対応する事は出来ない、と彼は冷静に戦況を分析する。

 バルトの中に焦りは無い。時間を充分に稼げたようだと判断した彼は、タリスからの通信要請に応えた。陽電子砲発射に伴う通信障害は大分収まっていた為、一号機と〈グランパスA-1〉の間に直接、通信回線が開かれる。

『バルト大尉、第二、第三中隊による高々度迎撃が始まります。航空戦力の増援はこれで凌げる見通しです』

 メインモニターに映し出される光景には、徐々に上空へ向けて放たれるミサイルや火線が混じり始めていた。艦隊は、形成し始めた弾幕によって、高々度爆撃機の足並みを大きく乱す狙いなのだ。本格的に対空迎撃が機能すれば、陸上艦隊はそう易々と航空戦力に屈したりしない。その事がよく分かっていたので、バルトはタリスの見通しを信じる事に決める。

 そしてバルトは、出力ペダルを僅かずつ踏み込んでいき、一号機に狙撃体勢を解かせていった。徐々に水平状態を取り戻しつつあるコックピットが、機外映像と共に傾いていく。機体は戦闘出力を維持したまま、片膝立ちの姿勢で待機状態に入った。

コード1(一号機)、了解。一番中隊と陽電子砲の配置は?」

『問題ありません。少々時間はずれましたが、試験先行運用部隊は作戦通り(・・・・)に』

「了解」

 作戦の推移状況を確かめると、バルトは〈グランパスA-1〉との通信を終了させた。敵の爆撃によって先攻の機会を逸したとはいえ、当初予想していたほど悪い状況でも無い。改めて自分達に与えられた役割を思い浮かべる彼は、二号機、三号機、四号機への通信回線を開く。

コード1(一号機)より各機へ。これより小隊行動に入る! コード2(二号機)コード4(四号機)は俺について来い。コード3(三号機)は対空戦闘継続の為、同地点で待機」

 重なった三つの『了解!』を耳に入れつつ、バルトは次々に陽電子砲へと繋がるシステムを遮断していった。電力供給ライン、冷却材循環ラインなど、主要な接続ラインを遮断し終えた直後、一号機の背部ブロックから幾つかの火花が走る。点火された爆砕ボルトは速やかに砕け散り、一号機の背部から射撃システムの一部が滑り落ちていく。長大な砲身、微調整用シリンダーブロック、砲身直結型ラジエーターブロックなどの重量物が、デッドウェイトとして排除されたのだ。

 金属同士が擦れる甲高い音の後に、控えめな土煙を立てて地面に落ちるパーツ群。ドスンという鈍い振動が辺りを揺らすと同時に、膝立ちで待機していた一号機はゆっくりと立ち上がっていった。起動したホバーシステムが僅かに機体を浮かし、身軽になった機体は弾かれたように戦列を離れていく。二号機、四号機もその後に続き、試験先行運用部隊の三機は予め指定されていた地点へ急行しようとしていた。

 だが、主戦場たる艦隊周辺を離れて行くのは、なにも試験先行運用部隊の3機だけでは無い。この時、艦隊戦力きっての精鋭集団――――第一中隊の12機もまた、本来の集結地点へと到着しつつあった。主戦場が限定されている分、その動きは非常に目立つものになりかねない。

「敵が気付くのも時間の問題だろうが……!」

 これは時間との勝負だ。そう心に唱えたバルトは、更に一号機のフットペダルを踏み込む。身体を抑え付けるGに逆らいつつ、更に機体の速度を上げていく。デルタ14基地東側に伸びる渓谷を目指して、第三世代型トールで構成されたデルタ編隊はひたすらに突き進んでいた。


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