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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
4章:過去
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第29話「待ち侘びる中佐―2」

 レオーツ付近の国境戦線から南東に数百km、即ち山岳地帯を抜けた平野地帯に、エークス軍基地の一つが存在した。試験先行運用部隊の母艦〈ホエール〉は、その受け入れ港に巨艦を委ねている――――つまり、停泊している。とはいえ、一滴の水も見当たらない受け入れ港にあっては、「停泊」という言葉が指し示す状況は必ずしも原義通りでは無い。強化コンクリートで舗装された広大な基地敷地に、数隻の陸上艦艇が停泊(・・)しているという、些か乾いた表現にならざるを得ない情景だった。

 基地に停泊している陸上艦艇の中でも、ホエールの艦体は全長・全高共に一回りほど大きい。仮に陸上戦艦〈グランパス〉級を隣に持ってきたとしても、巨大さではホエールが勝る程だ。その上、口径300mmを下らない艦砲や分厚い装甲を纏うグランパス級とは違い、艦体の多くを占めているのは積載空間だった。輸送艦の名に恥じぬ可搬重量を誇るホエールは、だからこそ四機もの第三世代型トールを運用する事が可能となっている。多数の専用部品や、予備パーツを予め用意しておかなければならない第三世代型トールは、並の陸上艦艇では満足に運用出来ない代物だ。わざわざ〈Mホエール〉級後方輸送艦を改造してホエールが生み出された背景には、非常に手の掛かる装備を扱わなければならない部隊特有の事情があった。

 また、前面に張り出した装甲が威圧的な(グランパス)級に対し、(ホエール)はその名の通り、どこか鬚鯨を思わせるゆったりとした雰囲気を漂わせている。基地に停泊している外観一つ取っても、傍から見れば、滅多な事では動じぬ貫禄のようなものが感じられる程だった。

 しかし、ホエールの艦尾においては、高さ30m以上のガントリークレーンが物資コンテナを釣り上げ、多くの作業員たちは忙しく地上を動き回っている。開放された艦尾ハッチの上を、何台もの多目的ヴィークルが行き交っていく。貫禄ある鯨のイメージなど、それぞれ作業に追われるホエール乗組員達の知った事では無い。実際の艦内は、外観から来る印象とは縁遠い喧噪に満たされていた。

 揃って物資の搬入・確認作業に追われる彼らは、停泊に伴う細やかな休息すら持てていない。試験先行運用部隊が〈デルタ3〉攻略戦を終えたばかりという事もあり、基地で受けるべき補給作業が普段以上に多くなっていたからだ。仮に第三世代型トールの一機でも大きく破損していたなら、彼らの作業は今に倍する量と化していた可能性すらあった。だから、物資搬入をやれば良いクルー達はまだ幸運な方だった。その幸運すら享受できなかったのは、直接、機体と向き合わなければならないクルー達、即ち整備班の人間だった。

 ホエールにおける喧噪の中心は、艦体前方にある第一格納庫にある。そこでは現在、固定された三号機の隣で、一号機の修理・調整作業が行われている真っ最中だった。

「コリンド軍曹ォ! 3番から37番までの磁気シールド装置、全て交換完了しました。冷媒循環層にも劣化が見られたので同様であります!」

 地上からの高さ約18m、一号機の背面に取り付いていた整備兵の一人が、報告の声を上げた。彼の傍らでは、天井に設置されたガントリークレーンが、新たに用意されたパーツを釣り上げようとしているところだ。整備兵が操作パネルに手を伸ばすと、鉄製ワイヤーに吊るされた超伝導コイルブロックは――一号機が背負う長大な砲身を横切るようにして――徐々に上昇していく。重量数百kgを超える超伝導コイルブロックは、手を振っていた高所作業員の傍へと固定された。新規パーツの組み付け作業はすぐに始まり、巨大な接続ピンを介して一号機の円形加速器(シンクロトロン)周辺へ仮止めがなされる。

 こうして一号機は、徐々に陽電子投射砲を組み替えられつつあった。それは先日のデルタ3基地攻略戦において、陽電子砲に相当の損傷を負わせてしまったからに他ならない。基地攻略戦では三度に亘る発射を余儀なくされただけでなく、強制冷却装置自体にも不調を発生させてしまっていた。元々、一号機が装備する陽電子砲は、小型化・長射程化を実現させた代償として、非常に繊細な構造を持つ事になってしまったような代物だ。したがって、破損した陽電子砲の修理が大規模になってしまうのは、構造上の宿命が招いたとも言える結果だった。

「よし、分かった。一旦、下で収束リングの調整が入るから降りて来い!」

「指定されたヒートシンクの組み付けは、まだでありますが?」

「それは後で良い、まだ稼働させる訳じゃ無いからなあ!」

 地上で作業に当たっているコリンドもまた、各所へ向けて声を張り上げている。ホエール艦載機の整備班を束ねる者として、彼の手腕は誰もが認めるところだった。

 彼の傍らで整備用端末を操作するバルトも、コリンドの的確な指示を信頼する一人だ。バルトはキーボードを叩く手を止めずに、しかし、がっしりと構える整備班長の背を見やった。整備班にここまでの作業を強いている原因が自分にあると思えば、バルトは詫びの一つでも入れたいという気分になっていた。無理な連射さえしていなければ、間違いなく整備班の作業は減っていたはずだ、と。そんなバルトの心情を読み取った訳ではないが、コリンドが振り向いたのも丁度そのタイミングだった。

「バルト大尉、破損した陽電子砲について、一応の体裁は整えたところです。後は適宜、微調整を加えながらでないと進められません」

「悪いな、手間を掛けさせる」

「いやいや、とんでもない。我々整備班はこれが仕事ですので、手間の掛かる機体が居てくれなければやり甲斐も無い。しかし、まあ……四機ともなると少し多過ぎでしょうが」

 冗談めかして言うコリンドだったが、その裏にはやや笑えない懸念が見え隠れしている。一歩間違えれば四機まとめて修理せざるを得なかったのだから、それも当然と言えた。

 第三世代型トールとは、整備性の面で言えば第二世代型トールにすら大きく劣る機体だ。故に、修理や調整に掛かる労力は並大抵のものでは無い。整備作業に必要な時間も、人員も、そして費用の大きさにしても、試作装備故の複雑さが災いしている事を、バルトは知っていた。現に陽電子砲の修理にこれだけの手間を掛けている、という点からして、整備性の劣悪さは証明されているようなものだった。

「この一号機にしてもそうだろうな。射撃システムのユニット化が充分に進んでいないから、破損部をまとめて交換するという事も出来ない。擦り合わせが必要になるしな、どうしても地上に下ろす事が出来ない部分が出て来る」

「これはそうですな、まだ仕様が洗練されていない証拠ですよ。機体本体は先行量産型モデルですが、装備は殆ど概念実証、試作段階の域を出ないようなものばかりですから。言うのも今さらでしょうが、G.K.companyの開発部門はとんでもないものを寄越して来るものです」

 コリンドは時刻を確認すると、高所から降りて来た作業員たちに休憩の合図を出した。時間交代制で入れ替わる作業員達が、ぞろぞろとコリンドの前を通り過ぎていく。逆に、新たに始まる調整作業を担当する人員達は、少し早い昼の休憩を終えて戻って来ているところだった。

 しかし、当のコリンドは、作業が一段落するまで休むつもりは無いらしい。試験先行運用部隊を支える彼の働きぶりに、バルトは内心で敬意を抱いていた。同時に、このままではコリンドが医務室送りになるのではないか、という懸念も頭をよぎるが、彼が中途半端なところで仕事を放り出すはずも無い。テコでも動かないだろうと思い至って、バルトは観念するように整備用端末へ視線を落とした。彼自身、一号機の調整に関してやるべき事が残っていた。

「ところで、バルト大尉はそろそろ休んではどうです? その、ルーカス少尉の方も」

「俺とルーカスはいい。まだ調整をする必要がある」

 即座に否定したバルトの背後で、「えぇ……」という呻き声のようなものが上がる。バルトが一号機の修理に駆り出して来たルーカスは、朝から第一格納庫に縛り付けられる羽目となっていた。隊長自らが呼びつけたとなれば、三号機は勿論、ルーカスにも拒否権など無かったのだ。

 ルーカスは、バルトが弄っているものよりも一回り大きい端末を睨み、ひたすらにコンソールパネルからデータを入力している。端末に繋がれたケーブルは三号機へと延び、整備用端末を介して三号機の統合演算装置と連動していた。つまり、ルーカスが地上から動かしているのは、実質的に三号機のコンピュータと言っても良い。

「ルーカス、準備は出来たか?」

「へえい、ケーブルの接続もばっちり。こっちは準備万端であります、隊長殿」

 修理作業を受けている一号機、そして隣に立ったまま固定されている三号機。両機は、燃料パイプか何かかと思える程に太い通信用ケーブルで繋がれていた。

 膨大な転送速度・低い損失率を誇る結晶型光ファイバーケーブルは、かつて技術的限界を調査するという目的の下に作られた代物だったが、結局はホエールの格納庫で放置されていた。実戦で使う機会が無かったと言えばそれまでだが、これまで殆ど全員が忘れていたという事実は否定できない。あるいはだからこそ、一号機の修理という機会に、光ファイバーケーブルは引っ張り出される事になったのだ。ここで使えば、ケーブルの特性を調査できる上に、「機体運用に貢献した」という評価が付けられる。そもそもこの程度の通信ならば、機体間の無線接続でも充分に可能な範囲だったが、それは敢えて誰も口に出そうとしない事実だ。

「それで……稼働シミュレーションをやればいいんでしたっけ? とりあえず陽電子砲の発射シミュレーションで準備してたんですけど」

「そうだ。陽電子砲に予備パーツを組み込むことになったからな、機体側の戦闘支援システムに改めて補正パラメータを入力しなければならん。条件は前回と同じ、環境設定Dで頼む」

「了解、じゃあ行きますよ」

 ルーカスがぐいと突き出した画面を、バルトが覗き込む。

 画面内に描画されている一号機は、実測データを用いている為に実機と寸分違わぬ外形を持っていた。濃緑の機体装甲、脚部に備わる左右二基ずつのホバーユニット、背部で唸りを挙げる円形粒子加速器、そして背面装甲を押し退けるように展開しつつあるラジエーターフィンーーーーただただ真っ白い地面と背景に立つ仮想機体は、既に右肩部の陽電子砲を展開し終えている。

 発射シークエンスに組み込まれている、サブジェネレーターの起動並びに出力上昇プロセスは既に終わったのだ。続いて、円形粒子加速器の稼働が始まったかと思うと、予備加速リングに投入済みの陽電子が温められ始める(・・・・・・・)。直後、機体と砲身が微かに身動ぎするような動作を見せたのは、姿勢制御プロセスが実行されている証だ。

 シミュレーション上においても、仮想一号機は完璧に発射シークエンスを実行していた。特に姿勢制御に関してはバルトの操作を再現しており、細部に至るまでが現実の引き写しだ。右肩部に担がれた長大な砲身は、遥か遠方にそびえる壁のような射撃目標へ向けられる。全ては現実に近い条件でのシミュレーションを行う為に、三号機のコンピュータが膨大な処理プロセスを走らせ続ける。そして、一号機の砲口に光が弾けた。

 陽電子ビームは人間が知覚する間も無く着弾し、目標として設定されていた仮想マテリアル壁を貫いていた。発射された荷電粒子束は、拡散を抑え込まれた線として表現されている。故に――本来なら有り得ない事だが――砲口と目標とを繋ぐ直線となって、そのまま発射シミュレーションは終了している。ルーカスが一時停止した画面を切り替えると、仮想マテリアル壁に対する被害評価が表示された。

 仮想とは言っても、シミュレーションで想定していたのは、基地施設の隔壁にも使用される鉄系複合材だ。これを一撃で貫徹し得る兵器はそう多くないし、そもそもトールに搭載出来る兵装ともなれば更に数は限られて来る。例えば、200mmクラスの破甲榴弾を撃ち出す対施設砲であったり、対艦誘導弾の中でも一際強力なタイプであったり、運用し得る機体を選ぶような特殊兵装が殆どだ。無論、その中にトール搭載型の陽電子砲も含まれていた。現状、陽電子砲を運用出来るトールは、一号機の他にはもう一機しか開発されていない。

 だからこそ、シミュレーション上で見事に仮想マテリアルを貫徹してみせたのは、一号機の特異性を示す結果でもあった。射撃目標は、陽電子と電子間で起こる対消滅反応によって外層が消滅させられており、更には対消滅反応に伴う膨大な発熱によって大部分が蒸発させられていた。それはつまり、主要材質たる鉄の沸点を超える高温領域、少なくとも3000K超の火球が一時的に形成されていたという証拠だ。今回のシミュレーションでは重要視されていなかったが、本来ならばこの火球で急激に膨張させられた大気による強烈な衝撃波の発生も、陽電子砲の二次的破壊効果に含まれる現象だった。

 結果的には、三号機が算出した被害評価は、充分に本来の性能を満たすレベルに達している。現状のままで陽電子砲の調整を進めたとしても、破壊効果という面からすれば運用は可能だ。しかし、バルトの目は、着弾地点が僅かに誤差範囲を超えている事実を見逃さなかった。

「着弾点が上に若干ずれているな。ルーカス、どうだ?」

「確かに。あと何回かシミュレーションを走らせてみますけど、どうも誤差半径が大きくなり過ぎてるみたいですね。確率密度分布が偏ってるみたいだし」

 ルーカスは、再びコンソールパネルを操作。すると、十秒足らずで数百回以上に及ぶ精密シミュレーションが行われ、同一条件下における着弾地点の分散データが出力された。案の定、偏った確率密度分布を呈する結果が現れたことで、ルーカスからも「ああ、やっぱり」という声が上がる。バルトは勿論、彼にとっても看過できない結果という事だった。

 正確性を期するには更に回数を重ねる必要があったが、ひとまず規定の精度には達していない事が証明された形だ。本来の誤差と評価出来ないズレは、即ち調整が完璧に終わっていない事の表れだった。長距離の狙撃においては、このズレでさえも致命的なミスを生みかねない。作戦の要となる事も多い狙撃に、失敗は許されないのだ。

「ルーカス、加速空洞20番の収束値をコンマ3下げてくれ。それから冷却系の動作設定は強制循環だ、稼働率を目一杯引き上げてみろ」

「了解、いつまで掛かるんだかなあ」

 ある種、悲鳴のようなルーカスの呟きは、作業に没頭するバルトの耳には届いていなかった。

 バルトの妥協を許さぬ姿勢は、彼自身とルーカスを調整作業に向き合わせる原動力だ。作業に駆り出されたルーカスにしてみれば、延々と続くシミュレーションは災難そのものだったと言える。彼が第一格納庫から解放されるには、更に四時間の経過を待たなければならなかった。


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