表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
4章:過去
27/123

第25話「追憶、焼き払われたのは男の全て―2」

 建物の合間に見え隠れする頭頂は、五階建てビルにも匹敵する高さを誇り、まるで何かの冗談のように家々の並びに埋め込まれている。傍から見れば、何の脈絡も無くそびえ立っている巨像の存在は、何か本能的な畏怖そのものを放射しているように感じられる程だ。約20mの人型――――それがいかにも宗教的意義を含んでいそうな巨大ブロンズ像でもあったなら、あるいは許容できる大きさだったのかもしれない。だが、巨大像は動いていた。

 もはや一種の建造物に見える大きさであるにも関わらず、巨神像の機敏さは生身の人間を軽く超えようかという域に達している。そんな相手を全周から押し潰すかのように、無人と化した地区で断続的に爆発が起こる。次々と地面を抉っていく爆発の原因は、自走砲によって数kmの遠方から撃ち出された多目的榴弾だった。榴弾は大きな放物線を描いて次々に落下し、内部に詰め込まれた混合爆薬を炸裂させていった。時折、市街地から鋭い火線が飛び出す事もあったが、それは教導隊に所属するY5戦車からの砲撃だ。上からは降り注ぐような榴弾の雨、横合いからは殴り付けるような徹甲弾の嵐、しかしそれらの砲撃は敵に掠りもしていなかった。それどころか、巨神像の動きを封じ込めることすら叶っていない。巨神像は、自身に砲弾が降り掛かる時だけ、恐ろしく機敏な動きで地面を蹴り出すのだ。ほとんど動きを見せない瞬間などは、砲撃を受け容れようとしている風に見えるほど、悠然たる姿を晒している。

 馬鹿馬鹿しいほどに人型に忠実なそのフォルムは、まさしく人を模した鋼の骨格に、艶めかしく張り詰めた筋組織を融合させたような造形だ。光を吸収しているとも、あるいは跳ね返しているともつかない装甲が表皮であり、骨格と融け合うようにして全身を形作っている。表皮はどんな絵具を用いても表し得ないほどに深い、濡れているような黒色を呈していた。瞬く星とてない夜空を切り取り、その澄み切った透明さを直接張り付けたようなその色は、この世に存在するどんな黒色とも一線を画す。冴え切った黒曜石の如き冷たさを帯びていながら、何故か、不思議と熱い血が通っているような印象もあった。

 巨神像の胸部には、刻一刻と湧き上がる大小のモザイク模様に埋め尽くされた三日月が浮かんでおり、その不可思議な紋様の変化は怪しげな魔力を帯びている。バルトには、下に尖った三日月状の部位が何であるのかを理解する事は出来ない。あるいは全く無意味な模様なのではないかとさえ考えたが、頭部にも同じ煌きを放つパーツがあるところを見ると、一種のセンサーユニットなのではないかと思えた。

 頭部に光るそれは、瞳の無い顔面をT字に刻むスリットのような紋様だ。まるで面を被っているような出で立ちではあったが、それにしてはあまりに生々しい(・・・・)。片時も休まないでT字を埋め尽くし続けるモザイク模様は、全く表情を読み取れない鋼の巨人の、ごく僅かな感情を表す窓のようでもあったからだ。唯一、頭部にだけのぞく巨神像の心は、果たして怒りに狂っているのか、喜びに狂っているのか。あるいは、人間には全く理解し得ない感情に満たされているのかも知れなかったが、それこそ原始的な畏怖によって形作られる幻像に他ならない。黒い巨神像は、目に見えない祟りなどでは無く、自身の腕より長い二門の砲で以て積極的な破壊をもたらしていた。この上なく無慈悲に、この上なく人間的に。

 巨神像は、右肩にかつぐようにして一方の大砲を保持している。まるで洗練されていない機材の塊、と表現するに相応しい大砲は、無骨な金属素材そのままの質感を有する細長い筒だった。筒の至る所から延びるケーブルは、最後部の複雑な直方体へと接続され、常に稼働し続けているらしい冷却装置が積極的に熱を放出している。砲自体が高い熱を帯びている為に、詳細な部分は歪んで把握する事が出来ず、バルトに見えるものと言えば、ただ黒くて長大な大砲という外観でしか無い。

 それでも強いて形状を例えるなら、前後を入れ替えた喫煙用パイプの表面に、金属製の蛇たちがのた打ち回っているような見た目と表現することも出来た。やや角張った最後部は地面方向に膨らんでおり、膨らみ全体から激しく蒸気が立ち昇っている。内部に蓄えられた膨大なエネルギーの一部が、夥しい熱量に転嫁されているという証だ。まるで内部で刻み煙草を燃やしているような煙にも見えたが、その規模たるや、断じて酸化反応で生じるエネルギー量では有り得ない。専門知識の無いバルトには判断しかねたが、砲には一種の核反応炉が内蔵されているのかも知れなかった。

 時折、砲の先端に青い燐光が宿ったかと思うと、砲身が向けられた先にある地点が吹き飛ばされる。まるで地面そのものが反発したかのように一帯が吹き飛び、赤熱した破片が飛散して家々を焼いていく。砲が光を発する度、まるで市街地には小火山が出来たような光景が生み出されていった。射線上にはあまりに儚い光跡が残るのみで、砲口と破壊地点とを繋ぐものと言えばそれだけだった。果たせるかな、実弾を撃ち出しているのではないらしいと理解したバルトは、巨神像を成立させている技術水準に戦慄する。周囲の建物は強烈な爆風で骨組みを残すだけとなり、残った建物も延焼が収まらない。まさに地獄絵図だ。

 教導隊所属13輌の大半は、その火災収まらぬ市街地へと展開しているところだった。火の中を突き進む僚車からは通信が届き、シーグはそれに応えている。途切れ途切れに漏れ聞こえて来る通信音声の後に、『二班一号車、了解』というシーグの言葉。バルトは、改めて一通りの具体的指示が固まったらしいと悟って、下される命令内容に耳を傾けた。

『速度を維持しつつ二時方向に転進。指示地点に停車後、直ちに照準合わせ。頭だけを出して(ハルダウン)叩き込むぞ。ただし絶対に気付かれるな、確実に仕留められる時以外は一発も撃たないことだ』

『了解』

 バルトとロズエル、二人の声はほぼぴったりと重なり、苦々しい思いでそれぞれの担当作業へと戻る。要するに、背後からの不意討ちを成功させるまでは、味方を援護する事さえ許されないという内容だ。また、正攻法とは言い難い策に頼るしかないという、否応にも戦況の悪化を理解せざるを得ない命令内容でもあった。敵の息の根を止める為の大任を任されたとはいえ、戦車内の士気が上向くような状況では無い。

『駆動系統の切り替え、直ちに完了させます。エンジン停止、コンデンサのメイン接続を開始』

 淡々としたロズエルの報告がヘッドセットを震わす。

 シーグからの指示を受けたロズエルは、既に幾つかのレバースイッチを押し込んでいた。操縦手を取り囲むように配置されている制御盤が操作されると、発電の為に高速回転域で稼働し続けていたガスタービンエンジンの唸りが嘘のように消え失せる。ヘッドセットを通してさえ、今まで車内に満ちていた騒音の大半が消え去ると、徐々に聞こえる騒音は無くなっていった。仮に耳を覆うヘッドセットを外したなら、モーター稼働音だけが聞こえて来るはずの車内だ。

 すると、砲手席に座るバルトは、不意に座席へ押し付けられるような強い圧迫感に襲われた。Y5戦車が滑るように動き出した為、その加速度を理解するまでに一瞬のタイムラグがあったのだ。従来の戦車とは異なり、戦車らしからぬ滑らかな加速特性で前進し始める電動駆動車両。幾つも歯車を収めたトランスミッションを搭載し、回転数に応じてギアを切り替えていくような古い戦車とは、根本的に異なる造りだった。

 後方起動輪の回転数に僅かな差が与えられると、左右の履帯間で働いていた力が微妙にずれ出す。崩れた均衡は、大通りの緩やかなカーブに沿って、吸い込まれるように車両を横滑りさせていった。戦車は些か直線的な進路変更が常であるにも関わらず、その動きはタイヤでも履いているかのように滑らかだ。硬質ゴム製履帯が路面を踏み締めるガタガタという微かな揺れの中で、操縦手たるロズエルは、T字型ハンドルやペダルを捌いて車両を完璧に制御してみせている。

 市街地を舗装している石畳に、およそ20tクラスの自重を押し付けるようにして、緩やかな坂を登坂するY5戦車。市街地戦仕様に換装されていた履帯は、舗装面を削り取るような真似はしない。主力戦車とすれば相当に軽い自重も相まって、車両は軽快な動きで複雑な市街地へと潜り込んでいく。よもや戦車が潜む事など無いだろう、と敵が思うような地点で無ければ奇襲を仕掛ける意味は無いのだ。その車裁きには、いっそ操縦手の執念すら感じられた。

 完全にガスタービンの作動を止めた車両は、もはやタービン動作音も排気音も生み出すことは無く、負荷を強いられる度に唸りを上げる駆動モーターを除いては、ほとんど音を立てずに進んでいた。バルトに至っては心臓が早鐘を打つ音を意識する程で、水素エンジンを搭載する一般車両などより、よほど静かに感じられていた。

 あくまで受動的な機能に留まるものの、Y5戦車には簡易的なステルス性までもが付与されている。その甲斐あってか、車両は敵人型兵器の攻撃範囲内に入り込んでなお、注意を払われていなかった。ただし、バッテリー駆動だけで戦闘行動を行えるのは、最大でも十分程度とされている。その間のY5は発生熱量を極限まで抑え、歩兵用対戦車ミサイル程度の赤外線ホーミング装置を欺瞞する事も可能だが、車体を駆動させる為にモーターへ掛かる負担は大きい。シーグらに課せられていたのは、何より時間との勝負だった。気取られないよう、そして避けられないよう、近距離ギリギリから130mm砲の一撃を撃ち込むしか無い。

 そして、シーグ車両を含めた極少数の『本命』の接近を気取られないよう、市街地中に潜む機甲部隊からの砲撃は一気に密度を上げていく。鉄の霰と化した集中砲撃が、巨神像の存在する一帯へと降りかかる。ほとんど空爆が行われたにも等しい爆発が市街中心部で連鎖し、基礎部分を破壊された研究棟が一つ、敵を覆い隠す程の粉塵と共に崩れ去って行った。

 包囲部隊の仕掛ける波状攻撃は、動揺を感じさせない程に統制され切っていた。一つの班が火砲を放ちながら前進すると、数百メートル進んだところで後退。また別の班が狭い通りを前進しつつ、市街地内をピストン運動の如く移動、砲撃し続ける。そもそも人型巨大兵器を相手にする戦術など有る訳も無かったが、教導隊は、市街地戦における槍機戦術を応用したような攻撃を波状的に仕掛けていた。歩兵が手を出せない以上、戦車のみで市街地戦闘を行わざるを得ない為だ。

 相変わらず自走砲部隊、別働戦車隊による遠距離からの砲撃も続いてはいたが、足止めにすらなり得ないとあっては無駄に市街地への被害を拡大するばかりだ。教導隊への損害も拡大する一方であり、敵に攻撃を避けられては発見され、主力戦車〈アルヴァク〉の残骸から次々に火柱が上がる。最新鋭戦車たるY5もまた、大口径弾頭に薄い上面装甲を砕かれていくのだった。

 僅かな間にも戦車を葬り去っていく得物は、巨神像が構えるもう一門の砲だ。左脇に挟むようして構えている砲は、まるでカノン砲をそのまま切り出してきたような見た目の砲撃兵装。その構造はいかにも大雑把で簡素であり、急増品である事を窺わせる。シンプルな砲身は剥き出しの駐退機に支えられる構造となっており、申し訳程度に固定された装填装置とドラム型弾倉が、砲身後部にぶら下がっていた。長方形の鋼板によって左右から挟み込まれているおかげで、辛うじて一つの手持ち式兵装という体裁を保っているだけの、寄せ集めに過ぎなかった。右肩に担ぐパイプのような砲とは対照的に、何もかもがバルトにも見覚えのある転用部品に過ぎない。

 しかし、高所に構えられたカノン砲から撃ち下ろされる大口径弾頭は、恐るべき破壊力を宿していた。ただでさえ薄い上面装甲を撃ち抜かれ、内部の弾薬に引火して燃え上がる戦車、戦車、戦車。元は建物の立ち並んでいた通りを舐めるように、爆発の熱波が駆け抜けていく。教導隊からの砲撃が全て避けられてしまう以上、戦闘の主導権は完全に奪われたも同然だった。脆弱な箇所を好きなだけ狙う事の出来る敵人型兵器こそが、圧倒的な優位性を確保していた。

 巨神像が砲撃を行う度に、戦車部隊による砲撃は徐々に薄くなっていく。遂には数輌が砲撃を続けるだけとなった時点で、敵はパイプのような大砲を市街地へと向けた。そのまま何の躊躇いも無く引き金を引いたのか――――砲口付近に青白い燐光が宿ったかと思うと、パッと地面が巻き上げられる。

 戦車を巻き込んで地下を貫く粒子線、捲れ上がるように吹き飛ぶ舗装、建材の数々。無秩序とも思える砲撃は更に続き、研究施設の立ち並ぶ区画へと破壊が撒き散らされては、数十という研究棟が瓦礫の山と化してく。まるで蹂躙を楽しんでいるかのような巨神像の姿に、時代錯誤も甚だしい武器を恐れる素振りなど全く見られない。逆さにしたパイプのような砲は次々に燐光を吐き出し、徹底的にレオーツの各所を焼き払っていった。

 レオーツという都市を構成していた要素が、いとも容易く粉塵へと還元されていく。ただただ破壊を望む鬼神の如き暴れよう、そのあまりの異様さにバルトは息を呑む。それ以上は止めてくれ、と心で叫ぶ。しかし、現実には照準器前で座っている事しか出来ず、確実に仕留められるタイミングをひたすら待つしか無かった。たとえ見知った仲間がどれほど焼かれようと、あるいはだからこそ、一発の砲弾を撃つ事も許されない状況だった。

『二班一号車、了解。燃えているならすぐに脱出を――――中佐!』

 僚車からの通信、攻撃班が悉く撃破された事を伝える通信に、シーグは言葉を詰まらせる。直後に漏れ聞こえて来たのは、何かが轟々と叫ぶようなノイズだけだった。リアルタイムで更新される状況図からは指揮車両の反応が消え、市街地の奥では一つの赤黒い煙が立ち上がった。

 部隊指揮を担っていた車両が撃破されたという事は、とりもなおさず教導隊の全権を受け持っている中佐の生存が絶望的になったという事だ。この時点で、教導隊の指揮権はシーグ=ハルデン少佐へと移行する手はずだったが、もはやその事実も殆ど意味を持たない。彼らに出来る事は、ただ一つ。下された命令に従って、たった一度の砲撃に隊の命運を賭ける事だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ