第23話「とある追憶の形」
「作戦に関する報告は以上です」
任務を終えて艦長室に立つバルトは、エドモンドへの報告をそのように締め括った。既に試験先行運用部隊は、〈デルタ3〉攻略戦を終え、全機無事に揃ったままホエールへと帰投。機体は第一・第二格納庫へと収められており、今は整備班による修理・整備作業が行われているはずだった。リーグを始め、ルーカスやナオトも、戦闘後の休息に入っていて良い頃合いだ。
そんな中、バルトには隊長として、直ちに責任者へ報告を上げる義務が課せられていた。パイロットスーツのまま艦長室へ立ち入る事になったが、エドモンドが特にそれを気にする様子は無い。故にバルトは自身の格好に構わず、口頭で重要な部分のみを伝えていった。
作戦序盤において、当初より予定していた陽動部隊による基地突入、ならびに防衛部隊の制圧は滞りなく進行。一号機の射点確保も問題無く成功し、三号機とのデータリンク開始を起点として、作戦は次の段階へと移行した。陽電子砲の発射により〈デルタ3〉基地の格納庫を破壊し、作戦目標としていた基地の無力化も成功させた。
つまり、敵基地の襲撃に始まり、陽動、狙撃という順序で、作戦は予定通りに進んでいたのだ。バルトが直接出向いてまで報告したかった原因、そして〈デルタ3〉攻略戦における最大のイレギュラーは、その先にこそある。一応の作戦報告を終えた以上、ようやく本題に入れるという空気が二人の間には流れていた。
今まで報告を黙って聞いていたエドモンドは、ここで初めて口を開いた。
「しかし、それだけでは無かったと言うのだな」
「そうなります」
通常、作戦実施後の報告というものは、成否は勿論の事、被った被害や実働記録、更にはミッションレコーダの提出など、多岐に及ぶ内容の添付が要求される。その負担を軽減する為に、報告は、強固な暗号化装置を内蔵された専用端末、あるいは紙媒体によって行われるのが通例だった。軍内では慣例的に、紙媒体による報告の方が好まれてはいるが、どちらにしても直接出向く際にはごく形式的な文言が交わされるだけとなっている。したがって、今こうして上官の下に出向いているバルトのように、内容そのものを直接報告する必要性は薄い。
しかし、そうまでして公式な形に残す事を避けようとした情報は、偏に『あの黒いトール』についてのものだった。出来る限り形に残さず、なおかつ確実に伝えたいというのなら、やはり直接口頭で伝えてしまうのが手っ取り早い。バルトは出来る限り感情を排しながら、単なる事実だけを――推測と不可分の主観をも交えて――述べていった。
「狙撃実施後に黒いトール〈B1〉を捕捉した段階で、作戦目標の未達成は明らかなものとなりました。出現した場所は、格納庫跡地に間違いありませんが、狙撃前から同地点に待機していたのか、あるいは何らかの方法でその場所に移動したのかは不明です。
不確定要素は多かったものの、陽動部隊がこれと交戦を開始。撃破を試みましたが、結果的には武装に損害を被って失敗に終わっています。そこで基地動力炉を誘爆させ、B1を大規模爆発に巻き込む事には成功したのですが……恐らく奴は、まだ生きています」
「基地の一角ごと吹き飛ばしたのではないのか。生きているというのなら、その根拠は?」
「明確な根拠はありません。しかし、B1は陽電子砲の直撃に耐え切った可能性が高い。現にあれは、近距離からの90mm徹甲弾を弾き続けたり、普通なら考えられないような時間、高温に晒されたりしても、平気で稼働するような機体です。常識の範囲内だけで理解しようとするのは危険だ。多少の飛躍は認めますが、私は奴が本当に陽電子砲に耐えていてもおかしくはないと思うのです」
「そうか、その意見は覚えておく。しかし、作戦が失敗に終わったように報告するのは間違いだな。バルト大尉は確かに、作戦目標を達成したではないか。敵基地の無力化は成功したのだ。例のトールの出現などは、想定外の事態に過ぎない。関係の無い事だ、そうだろう?」
「失礼しました、その通りでしたな。報告書は後で訂正しておきます」
こんな茶番に意味は無いと知りつつも、彼らは互いに素知らぬ表情を浮かべる。
実際、問題はこれまで以上に根が深くなっていた。『第三世代型トールの流出可能性』という話題を持ち出す際にも配慮は必要だったのだが、それはあくまで可能性の範囲内に留めておけるような話に過ぎなかった。腫れ物に触らないよう、細心の注意を払うといったようなものだ。
しかし、そこにフェンリルという組織の関与が疑われ始めた事で、腫れ物は信管が抜かれていない爆弾へと変わってしまった。触れば自分が消し飛ばされる爆弾には、可能な限り触らないよう心掛けるのが賢明というものだ。更に言うなら、近付くのも止めておいた方が良い。そのような意味では、バルトにしてもエドモンドにしても、意図しない爆弾との距離を詰めてしまわないよう配慮する必要性があった。
政治的問題を抱えた軍事作戦というものは、往々にして面倒な事情を含んでいる。だからこその、茶番だった。見知った二人の間で交わされるやり取りとはいえ、不用意な発言をする事は避けた方が良いのだ。
互いに自嘲的な口調を匂わせつつも、彼らは報告を終えるまで芝居を突き通した。
ナオトとルーカスは帰投する直前に、二号機からある通信を受け取っていた。そこには、帰投後すぐにパイロットルームへ集まるよう記された文面があり、二人は不思議に思いながらも揃って指示に従った。しかし、ちょうどバルトが居なくなるタイミングで来るよう指示されたのは、果たして偶然なのかどうか。何も知らされていない二人には判断しかねる事だった。
リーグを中心として集まった三人は、彼らしかいない部屋の中で顔を突き合わせている。そこでリーグは、話しておかなければいけない事がある、と言って一つの単語を口にした。ナオトには全く心当たりの無い組織名、〈フェンリル〉。リーグにとってはその組織がよほど重要らしく、何かしらの危険に関わる名前として伝えようとしているのだろう。話の重要性がまるで予感できないナオトには、ぼんやりとそう感じられるだけだった。
まるで生徒のような調子で質問し始めるルーカスも、ほぼ同様の心情であるはずだった。
「しかし、何なんです、中尉殿の言う〈フェンリル〉って?」
「フェンリルはな、恐らくあのB1を有する組織の名前だ。だから伝えたいと思っている」
リーグがあっさりとそう言ってのけた情報は、しばしの間、ナオトとルーカスを絶句させるに充分なインパクトを含んでいた。先程まではただの記号でしか無かった〈フェンリル〉の名が、急に彼らにとっての現実に食い込んで来たかのような感覚だ。どこか単純すぎると思えるほどに明快な背景は、それだけに有無を言わせないような説得力を感じさせる。しかし、だからといって、すぐに信じられるような内容では無いのも確かだった。ナオトが口を開くよりも先に、再びルーカスが質問をぶつける。
「なら、なんで俺たちが知らないんですか。仮にもトールを運用出来るっていうだけで、民兵組織じゃ片付けられないような規模になるってのに、あんな化け物を持ってる組織なんて言ったら、ね。やっぱり俺たちが知らない訳が無い。せめてゲルバニアンじゃないですかね」
「いや、そうじゃないんだ。奴らの存在を知らなくても無理はないだろう」
「んな怪しい組織が、本当に?」
「ああ。フェンリルと呼称される組織は、平たく言えばテロリスト集団……という事になるだろうな。少なくとも軍の上ではそういう認識で固まっているらしいんだが、緘口令が敷かれているばかりに、下には全く情報が降りてこない。存在が認められた事すら無い。こうして俺が話そうとしている事自体、言うまでも無く違反対象に入っているだろう」
「中尉殿は、そんな危なっかしい情報をどこで知ったんです」
「バルト大尉からだよ、昔の事になるが。くれぐれもここ以外では言ってくれるな」
「は、了解であります。もしバレたら、情報局の連中でも訪ねて来んのかなあ。連中、いかにも怪しげなところに顔を出すって噂が絶えないし」
おどけてみせるルーカスにしても、非公式に敷かれたという緘口令の重みは直感しているはずだった。ナオトには、違反したらどのような形で処罰が下されるのかも想像出来なかったが、どう考えてもまともな手続きが踏まれるとは思えない。リーグがどれほどの危険を冒して、こうしてフェンリルの存在を伝えようとしてくれているのかが、漠然とした脅威と共に理解される。リーグの説明は、更に続こうとしていた。
「フェンリルはテロリスト集団として認識されているといっても、不可解な点が多過ぎる。まず、こう言うと矛盾するようなんだが、組織としての主義主張を全く出さないという点だ。例えばアナーキズム的な自由主義運動だとか、そういう政治的な主張を一切した事が無いし、犯行声明の類が公開された事例も無い。
そもそも奴ら自身が存在を隠しているんだ。でも、だからこそ、軍部も緘口令を敷く意味がある。もし犯行声明を公に出されたなら、秘密も何も無くなってしまうはずだからな」
「なんです、そりゃ」
ルーカスがそう切り捨てるのも無理はない、とナオトは思うしか無かった。ナオトはあまり政治方面に明るい訳では無かったが、話の中におかしな点を見つけるのはさほど難しく無い。
そもそもテロリズムというものは、自らの主義・主張を通す為に行われる、ある種の政治的パフォーマンスであるはずだ。だからこそテロリズムにおいて暴力は手段であって、目的では有り得ない。一定の言動、主張に伴う自らの行動原理を明かそうともしないテロリストというのは、真っ向から自らの存在意義を否定しているようなものだった。端的に言えば矛盾しているし、そんな状態で破壊活動を行う集団など、狂人の集まりと言われてもおかしくは無い。
それなら、むしろ破壊行為を働くただの武装集団に括られるべきであって、テロリストに分類されるべきものでは無い。どちらかと言えば、テロリストという単語自体に潜む批判的意味合いを利用する為に、わざわざその括りにフェンリルを分類してしまったのではないか、とすら思えるような不自然さだった。あるいは、それこそが政治的工作の一環であるのかも知れなかったが、それ以上の事情について知る由も無かった。
それでも聞かずにはいられない。ナオトの中に浮かんでいたのは、最も自分達に関係のありそうな部分についての疑問だった。
「なら自分は、やっぱりおかしいと思います」
やや唐突に声を上げたナオトへと、リーグとルーカスの視線が向けられる。急に注目を向けられた事による居心地の悪さは否めなかったが、ナオトは怯まず続けた。
「第三世代型トールを建造できるのがG.K.companyだけなら、それ以上に強力な機体をゲルバニアンが建造出来るはずが無いと思うんです。でも、軍はテロリストっていう分類に押し込めてまで、フェンリルを敵対勢力として位置付けてる。他にあんなに強力な機体を入手出来る経路が、本当にあるんでしょうか?」
「自力で開発した可能性は考えない訳だな。俺もそれは正しいと思うが、何にせよフェンリルが活動する上で繋がっている組織は必ずある。ナオト少尉が言いたいのは、また別の組織が機体建造段階で関わっていた可能性か。それも間違いなく、あっただろうな」
「そうなると思います。支援する側のメリットって、何なんでしょう」
「正直、それも全く不明だな。俺たちがB1を目撃するまでは、12年間ずっと死んだように息をひそめ続けていたらしい組織の事だ。これまでにどんな接触を持ったのかも分からない」
結局は良く分からないままだ、と言いたげなリーグは、どこか申し訳なさそうな様子に見えた。一方、12年前という情報に何か引っかかるところがあったのか、ルーカスはしばらく小難しい顔で考え込むと、
「でもそれってさ、この戦争が始まった年になるんじゃないのか?」
またどこかで飛び飛びの事実が繋がるような予感がして、ナオトはルーカスの呟きにどこか不穏なものを感じ取った。また一歩、思いもよらない場所からフェンリルが忍び寄って来るようで、得体の知れない不気味さがあったのだ。
それは言うなれば、隠れた獣を恐れる感情にも似ている。普段は歴史の水面下に潜り続けているのに、気まぐれに水面へ顔を出しては牙を剥く獣、それがフェンリルなのだ。どこに潜っているのか分からない、いつ顔を出すのかも分からない、しかし、表に出てこないような歴史の暗部には確かに存在する。だからこそ不気味で、恐ろしい。
そんな二人の予感を肯定するように、リーグは言葉を選びつつ本題を切り出した。
「そう、まさにその12年前という事になる。分かっている限り、奴らが引き起こした最大の事件は――――この戦争の直接的な切っ掛けにもなった、レオーツ戦役だ」
そう、あれは既に12年前の出来事になる。しかし一度たりとも忘れたことは無い。
何十人という整備員たちが駆けずり回る格納庫で、バルトは立ったまま固定されている一号機を見上げていた。彼はエドモンドへの報告を終えた後、パイロットスーツを着替えた足で格納庫までやって来たのだ。そうまでして一号機を目に収めておきたかったのは、偏に揺らぐ事の無い決意を、冷たい鉄の中に見出したかったからでもある。彼が彼たる所以は、まさに一号機という巨神像にこそ凝縮されているはずだった。
実戦を経た一号機の各所には、それぞれに整備用端末を手にした整備員たちが取り付いている。補修作業の前段階として、診断システムによる損害把握を行っているのだが、そんな段階を踏む事も無く取り外されているパーツもあった。設計限界以上の熱量によって変色した陽電子砲は、まず砲身をバラされた上で次々に分解されていた。ひび割れるようにして変形した放熱フィンなどを見れば、流石にもう使い物にならない事が分かる。
計三回に亘る発射を強いたツケは、陽電子砲のオーバーホールという形で巡って来ていた。一号機の背部から肩部にかけて装備されている陽電子砲、その中枢をなす円形粒子加速器はもとより、強制冷却システムに至るパーツまでもが深刻な損傷を負っていたのだ。こうなれば、一括交換という形で対応せざるを得ない部分も多く出て来てしまう。それが整備班にどれだけの負担を掛けるは、バルトにも分かっているつもりだった。
普段の自分ならばあんなミスをするはずが無い。彼にはその自負があったからこそ、無理な運用をしてしまった原因へ目を向けようとしていた。相手がフェンリルだったからこそ、こんな結果を招くような戦い方をしてしまったのだ、と。
どうしても抑え切れない殺意、それが機体に無理な負荷を強いた側面は否定できない。
「あの時、俺に今の力があれば……奴を撃ってお前を救えたのか? アリエル」
いや、それでも駄目だっただろう。数秒と経たずにバルトは自答した。
結局は一号機を以てしても、フェンリルの有する機体を撃ち抜く事は叶わなかったのだ。結局は、無力に地を駆けずり回るだけだったあの頃から、何も変わっていないのかも知れなかった。黒い巨神像に多くを奪われたあの時から、何も。
まるで時が止まってしまったかのように凍り付いていた、彼の12年間、その悪夢の発端はレオーツに存在した。格納庫に佇むバルトの意識は、追憶の彼方へと埋没していく――――。




