第22話「狼狩り―3」
四号機は、同じく撤退の指示を受けた三号機と共に、二号機との合流を図ろうとしていた。それぞれ二機の携えるサブマシンガンから休みなく弾頭が吐き出され、B1の周囲へと二挺分の連射が撃ち込まれる。やはり敵機への直撃弾こそ無かったが、着弾地点からは濃い土煙の壁が立ち上がり、ナオト達のもくろみ通りに視界は悪化していた。その隙に、二号機は目視すらままならない粉塵の向こうに隠れ、すぐに敵機との距離を引き離す。B1が土煙を突き破って来るまでには僅かな時間しか無かったが、その時既に合流は完了していた。
二号機を先頭とするデルタ編隊を組んだ三機は、燃え盛る資材の山を回り込んで姿を隠す。トールの全高すら遥かに上回ろうかという炎の壁は、敵機と三機を分厚く隔てる緞帳だった。破壊された基地敷地内を駆ける試験先行運用部隊は、ほとんど敗走しているにも等しい状況だ。当初の目的を達したとはいえ、最低限の安全を図る事すら出来ずに撤退を強いられるというのは、明らかに本来予定されていた撤退の形とは違っている。二機掛かりでもB1を排除できない。その苦さを噛み締めるように、二号機からの通信が繋がった。
『B1を排除出来ればよかったんだがな、このまま退くしか無い。各機、状況は』
『コード3は現在もB1を捕捉中。センサー系も含めてなにも問題ありませんよ、中尉殿』
「コード4も異常なし。でも、予備の弾倉がありません。コンバットナイフも残り一本です」
『そうか、交戦は控えてこのまま逃げ切るしかないな――――ん』
何かに気付いたような声を最後に、リーグからの通信が途絶える。ナオトには知る由も無い事だったが、この時、二号機には直接、長波長帯域による通信が届けられていた。敵機の電子戦能力を警戒しての事だろう、内容は極めて簡潔だったが、リーグは一号機からもたらされた命令内容をすぐさま理解した。
『コード2より各機へ。今すぐ、座標A340-605まで移動する。隊長からの指示だ』
『え? そこって基地西方面の断崖に面したところでしょ。逃げるんなら逆側に逃げるべきじゃないですかね。まあいいか、コード3、了解』
「コード4、了解。そこで良いんですか?」
ナオトも半分、疑心に駆られて質問を口にしてしまう。しかし、先頭を行く二号機は迷いなく加速し始め、彼もまた半信半疑ながらも四号機を追随させた。三機は編隊を維持しながら、炎の緞帳に沿うようにして移動を続ける。ところどころ爆発や着弾によって抉られた場所を避けて、脇目も振らずに指定された座標へと向かう。
三号機のセンサーが捕捉するB1は、炎の壁を挟んだ向こうに居座り続けており、試験先行運用部隊の三機を見失ってからというもの全く動く気配が無い。このまま飛び出してしまえば、一度は振り切ったはずの敵機を再び呼び寄せる事になってしまうはずだった。だが、二号機は躊躇いなく指定座標へと向かおうとしている。ナオトは、リーグと、リーグに指示を与えたバルトの判断を信じる事に決めた。二号機に追随して物資集積場の角を抜けると、三機は勢いよく遮蔽物の陰から飛び出した。
飛び出した事で、試験先行運用部隊からもB1が見えるようになる。が、逆もまた然り。B1の三つ眼は三機に真っ直ぐ向けられており、ナオトはモニター越しに目が合ってしまっていた。見られている、という悪寒が思わず彼の背中を粟立たせる。無論、B1が再び見つけた獲物を見逃すはずは無い。瞬時にホバーユニットを作動させて追って来るB1は、諦めを知らない狂った孤狼そのものだった。
狼に追い立てられる獲物の如く、三機は隊形を組んだまま基地敷地内をひた走る。陽電子砲の着弾痕も生々しい格納庫区画を抜けると、周囲からは炎の気配が遠のいていた。雑多な物資すら置かれていないそこは、基地の中でも特に頑丈な建造物が立ち並ぶ区画だった。まるで建材をそのまま積み上げたように無骨な建屋の中には、今でも、送電ケーブルに絡みつく膨大な電力がひしめき合っている。地下には、基地内の電力全てをまかなうだけの出力を誇る動力炉が設置されており、三機のトールが突っ走る建屋などはその地上施設に過ぎない。
動力区画に入ってからも、敵機は未だに追ってくるのを止めていなかった。黒い機体が無骨な建屋の隙間を縫い、ほぼ一直線に並んだ三機の後ろを追い上げる。敵機の巡航速度は四号機らと大して変わらないものだったが、それは当然、このまま進んでも振りきれないという事を意味している。ナオトは、本当にこれで良いのかという迷いを抑え込みながらも、二号機の後を追って動力区画を抜けた。心なしか、部下を先導する二号機の速度は更に上がっているように見えた。まるでマラソンの走者が、ゴール直前でラストスパートを掛けるかのように。
『各機へ、このまま真っ直ぐ突っ込んで構わない! あとは衝撃に備えろ!』
『それって……』
「え? はい!」
三機が真っ直ぐ進む先には、例に漏れず燃え盛る集積物資の山。内部に満載した可燃物を燃やし続け、巨大な窯と化した倉庫の一つがあった。周囲にはもはや燃えるものも見当たらず、燻る瓦礫が黒煙を絶やさない。崩れかかった倉庫の天井部分はもはや焼け落ちる寸前で、これ以上酸素を送り込めばどこまで炎が広がるかも分からない状況だった。
本能的に怯む気持ちを自覚しながらも、ナオトはリーグに倣って四号機を更に加速させていった。半ばやけくそになったルーカスも、燃え盛る倉庫へ向けて三号機を加速させる。三機は赤い光に包まれながら、辺りで唯一の遮蔽物となっていた倉庫内へと派手に突っ込んだ。瞬間、今まで燻っていた残り火が弾け、一気に酸素供給が為された物資は更に大きな炎を上げた。燃える瓦礫の雪崩は三機のトールへと覆い被さり、三つの巨大な火だるまを作り上げる。
火の中へ突っ込んだ直後、ナオトは思わず自分達の後方を振り返っていた。崩れて来た天井や物資が視界を覆い隠すまでに、動力区画の辺りにまで迫っていた敵機の姿を見たのだ。そして、視界の端に一つの光点が現れる様子をも目にしていた。その光点は、彼が認識する間もなく一本の矢となり、例えようも無い程にシンプルな光柱となって、動力区画の地下深くへと突き刺さっていた。
地下の大型動力炉を貫いた光柱が消え去ると同時に、デルタ3基地において三度目の、膨大なエネルギー放射が引き起こされた。固定式動力炉の規模は、トールに搭載されるような炉と比べても段違いに大きい。故に、破壊された炉心から噴出するプラズマの量も、エネルギー密度も、トール一機が撃破された時などとは比較にならない程に破壊的なものだった。解放された超高温プラズマは次々と周囲の動力炉まで熔かし尽くし、融解した炉から次なる超高温プラズマを解き放っていく。連鎖的に増加するエネルギーはたった一秒にも満たない時間で膨れ上がり、およそ数百万度にも達する巨大な火球となって辺りを飲み込んだ。
火球が消え去ってより、ごくわずかな時間。局所的に急激な温度変化に晒された大気は、恐るべき勢いで膨張。猛烈な衝撃波を引き起こし、爆心地から一片の塵さえ残さずに吹き飛ばしていった。多少の距離を置いていたくらいでは、試験先行運用部隊のトールも爆風の加害半径からは逃れ得ず、ナオトは四号機を襲う激震の中で舌を噛み切らないように耐えていた。
数秒後、ようやく機体の振動が収まった事で、彼は光と熱の暴威が通り過ぎた事を知る。機体を覆っていた残骸は全てが吹き飛ばされ、辺りで荒れ狂っていた炎もまた、まるで水を掛けられたかのように沈黙していた。地下動力炉からの爆発が地盤を砕いた事で、着弾地点一帯には陥没したようなクレーターが生み出されている。ナオトは、敵機の残骸がそこにはあるのかも知れないと思ったが、どちらにしても激しく揺らぐ大気を通してその姿を確認する事は出来なかった。あらゆる地上施設が原形を保てずに崩れ去った光景は、今更ながらゾッとする印象を与えて止まない。
その時ふと、ナオトは二号機から短距離レーザー通信が届いている事に気付いた。開いてみると、まず聞こえて来たのは激しいノイズだった。気化した後に凝集した降下物、燃焼によって生じた微粒子など、大気中を漂う塵芥が通信の邪魔をしてはいたが、陽電子砲の発射に伴う電磁パルス〈EMP〉の発生を考えれば、レーザー通信に頼るしか無い状況だ。やや緊迫した様子の声が、コックピット内のスピーカーを震わせていた。
『コード2からコード4へ。今すぐ撤退だ、この隙に離脱する』
「了解」
二号機の傍には既に、三号機の姿もあった。自分だけが出遅れていると悟ったナオトは、やや急いでメインスラスターへと点火。真正面からシートに抑え付けられるような負荷を感じつつも、四号機を加速させる。そのまま編隊の最後尾へと合流したなら、試験先行運用部隊の全機は更に速度を上げていく。三機は皆、一様に煤けた装甲を夜風に当てながら、赤黒い炎に包まれるデルタ3基地から撤退していった。基地跡は、決して振り返ろうとしなかった。
三機のトールが合流地点に辿り着いたのは、それから約40分後の事だった。
合流地点は、デルタ3基地に比較的近い地点ではあったが、最寄りの基地などから敵増援が来る可能性を考えれば、早々に戦力を集めておくのが好ましい。集まったところで一個小隊に過ぎない試験先行運用部隊ではあったが、一号機との合流を済ませるというのは、実質的に作戦の終了を意味する行動だった。合流地点には既に一号機が待機しており、ようやく四機を揃えた試験先行運用部隊は帰艦の途に就いた。
隠密性を重視した往路とは異なり、四機はそれぞれホバーユニットを作動させた上で復路を進んでいく。それでも、これから一時間は掛かるであろう帰途を消化するにあたって、バルトとリーグの間には個別の通信回線が開かれていた。バルトとの会話を交わす中で、リーグは自分がある一つの勘違いをしていた事に気付かされた。
「最後の砲撃は目くらましだったと? あれだけの規模で、破壊出来ないというのですか?」
『あれでB1を破壊できなかったのかは、本当のところ、俺にも分からないがな。しかし、奴から撤退させるには動力炉ごと吹き飛ばすしか無かった。それだけは分かっているつもりだ。状況からして、奴は恐らく陽電子砲の直撃に耐えている』
陽電子砲の砲撃によって動力炉を誘爆させるなど、撤退支援にしては過激すぎる手段だった。大げさ、などと表現するのがまだ温いとさえ思える程に。
リーグは、支援方法の過激さを認めつつも、一方で『そうするしか無かった』と語るバルトには同意してもいた。複数の第三世代型トールで襲い掛かり、なおかつガトリング砲を用いても足止めすら出来ない敵機など、彼にとっても前代未聞だったからだ。B1が今以て無傷のままでいるという可能性さえ、否定出来るものではない。
B1と呼ばれる敵機へと話題が移ったところで、バルトの声音は微妙に強張っていた。リーグは、上官の微かな変化に気が付かない振りをしながらも、彼から語られようとする事を止めはしなかった。バルトは、どこか確信を得たような口調で、敵の正体を断定する。
『奴はフェンリルの機体だろう。少なくとも12年前の出来事と無関係では無い。いや、間違いない……! 未だに組織としての実態があるという情報は、やはり正しかった』
「やはりそうでしたか。フェンリルは、バルト大尉の――――」
『いい、それ以上は言うな』
バルトは言葉少なに、リーグの言わんとする事を遮った。上官の心情を察したリーグは、サブモニター上の通信表示から目を離して前方に視線を移す。
四機の組んでいる隊形は菱型であり、上空から見れば、先頭を進む一号機と殿を務める二号機の役割分担がはっきりと分かる陣形だ。故に二号機の左右には、それぞれ三号機と四号機という部下の機体が見えている。リーグは、自らが副官として果たさなければならない責務、ひいては部下二人に対して知らせなければならない事実について、思いを巡らせていた。
およそ十年前に聞かされた、ある一つの過去。他ならぬバルトが戦い続ける理由――――そこにはフェンリルという組織の影が色濃く塗り込められており、両者は決して切り離せないものだと、リーグは理解していた。だからこそ、ナオトとルーカスにこの事を伝えるのは、一種の義務であるように思えていたのだ。
時が再び動き始めたのなら、まずは止まった時刻を知らなければならない。リーグはこの時、一人の男の人生を狂わせた存在、フェンリルについて自ら語る覚悟を固めた。




