第16話「月夜を焼く光矢―1」
基地防衛隊の接近を感知した三機は、即座に隊形を変更していた。四号機は加速しながら突出し、三号機は二機の後方へ。全体としては大まかなV字型を保ちつつも、ちょうどその前後が入れ替わったような形だった。この隊形は、三号機が直接戦闘に加わらない事を意識した隊形であり、二号機と四号機がそれぞれに装備する火器こそが主たる火力となる。
今作戦への参加を前にして、二号機と四号機には、それぞれベルト給弾式ガトリング砲とサブマシンガンが装備されていた。陽動を引き受けるからには、多数の敵部隊との戦闘が不可避になる上、本命の攻撃が行われるまでは退く事も出来ない。そんな陽動役が請け負う負担の大きさを鑑みて、装備が選択された火器だった。
発射する弾頭も威力も異なるが、二機の装備する火器はいずれも中距離戦闘に適した特性を持ち、基地内という比較的狭い場所での運用に適する。特に二号機の装備するガトリング砲は、高い集弾性・砲口初速により、第二世代型トールの装甲すら軽々と打ち砕く破壊力を秘めた高火力火器だ。一方、四号機の装備するサブマシンガンは連射速度に優れ、牽制目的に適した支援火器に分類できる火器だった。しかし、牽制に適する火器とはいえ、サブマシンガンでトールを倒せないなどということは無い。四号機最大の武器たる、高い機動性を組み合わせれば、必要充分な威力は発揮できるのだ。前面へ展開するのはたった二機のトールではあったが、その火力は決して低いと言えるものでは無かった。
『コード3より各機へ。敵部隊との接触予想地点を転送、迎撃ラインを設定』
後方へ下がった三号機からの報告。同時に、敵の総数、部隊展開、装備、脅威度などのデータが、機体間のデータリンクを通して瞬時に転送される。
データを受け取った二号機のサブモニターには、リアルタイムで変動する状況図が展開された。移動方向と速力の大きさに対応するベクトルは、敵部隊のトール一機一機に対応しており、合計十二のベクトルが大まかに三つのまとまりを維持している。ちょうど四機編成の一個小隊が三つ、迎撃の為に向かって来ているという戦況だ。
『そんで、敵機種は第二世代型トール〈T型〉と断定。いかにも基地防衛部隊って感じだけど、まだ撃って来ないなんて頭の堅い連中だな』
「コード2、了解。だが、こんな敵基地の真ん中で油断するな、ルーカス」
お前の悪い癖だ、と続けたいところだったが、リーグは敢えてそれだけに留めておいた。敵が目前に迫っているというのに、悠長に説教を飛ばす時間など作っていられない。
「コード2よりコード4へ。距離を詰めて敵を牽制しつつ、敵左翼側に誘導しろ。出来るか」
『コード4、了解! やってみます』
ナオトからの返答には、気持ちの良い簡潔さがあった。リーグは、ルーカスにもこの姿勢を見習って欲しいものだと考えつつ、装備したガトリング砲の給弾状況を再確認する。更に、二号機の照準レーダーを前方の一個小隊へと向けさせたところで、最初の攻撃目標が決定された。
「まずは手前の一個小隊、片付けるぞ!」
基地敷地内の整地された地面を、三機が進路を同調させつつ突き進む。
進路上には、敵トール部隊の内、二個小隊を構成する八機が展開。手前に一個小隊、更に奥には二つ目の小隊が控えている。ちょうど前衛グループと後衛グループに分かれて、小隊が迎撃態勢を取っているような布陣だ。しかし、三つ目の小隊だけは、基地敷地内を大きく迂回するように移動を続けていた。
リーグは考えるまでも無く、三つ目の小隊こそが本命である事を見抜いていた。正面の二個小隊が足止め、側面へと回り込んだ三つ目の小隊は本命なのだ。しかし、あくまで最初の目標とすべきは手前の一個小隊。自分達が挟み撃ちにされようとしている状況を承知しつつも、彼は既に正面突破を前提にした進路を取っていた。
数秒と経たず、中距離戦闘帯にまで距離が縮まる。コックピットモニターを飾る合成表示は、計四つ。右に三機、左に一機という、些か変則的な隊形を取った敵部隊の配置が示されている。特に、左に控える機体は巨大なライフル型の砲を携えており、小隊の中でもやや後ろに下がって援護する態勢でいるようだった。
リーグはその機体へ真っ先に警戒を向けていたが、彼が先に手を出す間も無く、望遠映像の中で大きな発火炎がパッと光る。映像に遅れること、約二秒。長い射程を誇る砲の一撃が、ホバー移動を続ける二号機の傍へと着弾した。進路の右脇で爆裂した榴弾は、コンクリートごと盛大に敷地を掘り返し、着弾地点周囲に遠慮なく土砂を撒き散らした。二号機は飛散する破片に構う様子も見せず、ガトリング砲を両腕で構えて攻撃に備える。相手が〈T型〉であれば当然こうして来るだろうと、リーグはむしろ納得するような心情でさえいた。
敵部隊を構成しているのは、ゲルバニアン軍製第二世代型トールだ。特に、ライフル型のライフル砲を好んで装備する機体は、ゲルバニアンにおいて〈T型〉に分類される――エークスも同様に〈T型〉と呼称する――機種である事が殆どだった。鹵獲調査によって得られた情報、そして戦場における運用方法によれば、この機種はゲルバニアン製トールの中でも、施設防衛に向いた長距離戦仕様機である事が判明している。具体的には、火器管制システム〈FCS〉と、基地施設とのデータリンク機能が強化された仕様であり、徹底して相手の射程距離外から仕掛ける戦法に特化した機体だ。通常より厚い装甲にしても、それは防御力の向上措置であると同時に、自重を大きくすることで砲撃反動を抑え付ける為の設計なのではないか、という推測がエークス側では為されていた。
そして、最大の特徴と言えばやはり、優れた射撃能力を破壊力に転嫁する為の長射程ライフル砲だった。運用地域によって細かな砲身長や口径は変わるものの、どれも140mm近い大口径砲である事は変わらず、T型の設計思想を体現するような運用が各地で実現されている。そして、デルタ3の基地防衛部隊もまた、そうした機体を三個小隊規模で揃える強力な部隊である事は疑いようが無かった。
まるで自身の砲撃能力を誇示するかのように、T型の一機が、再び140mm対物ライフル砲を発射する。対物ライフル砲の発射はそれだけに留まらず、最遠方に控えていた一個小隊からの砲撃までもが脅威に加わる。一斉射による合計五つの弾頭、たった一発でトールすら沈黙させ得る大口径徹甲榴弾が、リーグ機ら目掛けて襲い掛かろうとしていた。第三世代型トールといえども、直撃すれば安全は保障されない。しかし、隊の三人はいずれも長距離砲撃の数に惑わされる事無く、リアルタイムの着弾予測によって冷静に敵の狙いを見極めていた。
大きな弧を描いて飛翔してきた弾頭が、部隊の周囲数百mに散らばって着弾、爆裂する。コックピットに居てもなお衝撃波は強烈なものだったが、もう一つ、直接射撃によって撃ち込まれた徹甲榴弾が試験先行運用部隊の中央付近で炸裂した。背後で起こった爆裂は二号機を激しく揺さぶり、破片によって装甲表層に擦過痕を刻み込んでいった。
最遠方の部隊からの砲撃は、遠慮なく降り注ぎ始めていた。索敵システムによって捕捉された飛来弾頭は、全て試験先行運用部隊への落下軌道を描いている。しかし、四号機はまるで爆発に押し出されたかのような加速で、一気に隊形から抜け出していく。リーグは、四号機が青白い噴射炎を曳きながら加速する様を横目に、二号機の進行方向を大きく右へと傾けた。
T型から放たれた砲撃は、明らかに試験先行運用部隊の分断を狙って放たれた砲撃だった。確かに、その判断自体は正しいものだったが、あまりに安直過ぎるとリーグは分析する。敵部隊は果たして、対物ライフル砲の砲撃を誘われたという事実に気付いているのか。仮に気付いていたとしても、もう遅い、と彼はモニターを見て確信する。二号機が四号機の背中越しにガトリング砲を構えると、単射で放たれた大口径弾は、後方から増援に上がって来ていたT型一機を撃ち抜いた。
着弾に紛れて時間を稼いだ四号機は、その優れた機動性で以て、迎撃の火線を寄せ付けぬまま懐へと入り込んでいく。中距離戦闘帯を抜け、一気に近距離戦闘帯へ、二号機からの援護射撃で撃ち抜かれた一機を追い抜きながら、四号機は残る四機へと突っ込む。しかし、内三機のT型はいずれも小口径サブマシンガンを装備しており、対応も素早かった。四号機を囲むように散開しつつ張られる弾幕は、まるで魚を待ち受ける網のように動きを封じ込めようとしている。その意図を察知したナオトは、四号機のホバーユニットを前方へ作動。強烈な推力を制動に用いて、半包囲の網から勢いよく飛び退いた。が、火線の間隙を縫うような機動は止まらない。
四号機は一旦退くような挙動を見せたものの、しかし、一転して網の中へと飛び込んでいった。敵部隊の動揺を突くように四号機は迫り、半包囲を形成していた四機の内、端に外れていた一機へ狙いを定める。最も素早く、そして咄嗟に対応しようとしていた一機に対して、真っ先にサブマシンガンの連射を浴びせ掛ける。サブマシンガンから発射される弾頭は、目にも止まらぬ早さで敵機の装甲表面を剥いでゆき、徐々に全身の脆い部分を砕き散らしていった。センサー部、簡易装甲区画、関節部に直撃弾を食らい、そのまま力尽きたように崩れ落ちる敵機。至近距離から発射される金属塊の雨は、第二世代型トールをごく短時間で無力化していた。無力化したばかりの敵機を回り込み、メインスラスターを用いて四号機は再び速度を上げ始める。
『一機撃破、このまま接近戦に!』
残るは三機。ナオトは次なる目標に注意を向けたが、一機を無力化した事で無意識の油断が生じていた。動きの鈍った機体を横合いからサブマシンガンの集中射撃が殴りつけ、全身に着弾の火花を散らせる。誤魔化しようの無い直撃ともなれば、いかに小口径弾頭とはいえ致命的な損害を被っていてもおかしくは無い――――第二世代型トールであれば。だが、四号機は第二世代型などでは無い。最新鋭世代たる第三世代型は、そんなものでは無かった。
命中弾が装甲を激しく叩き、甲高い衝突音が三つのマズルフラッシュを飾る。しかし、その間、四号機の装甲を貫徹し得た弾頭は一つも無く、無駄弾となって潰れた徹甲弾は弾かれていくだけだった。正面からの集中砲火に晒される四号機は、倒れる気配など微塵も見せず、まるで弾かれたような加速を繰り返して再び敵部隊との距離を詰めていく。急旋回、加速と、鋭角的な機動が射撃の殆どを遠ざける。
第二世代型とは段違いの機動性が敵部隊の連携を乱し、四号機からの牽制射は更に部隊をかき回す。だが、推力を以て強引に機体を振り回すような機動は、四号機の機体フレームに少なからぬ負荷をかけ続けていた。コックピットモニターに戦闘支援システムからの警告が表示される。あまり戦闘を長引かせてはいられない。ナオトは、三機の連携に生じた致命的な隙間、躊躇せず飛び込むべきタイミングを見逃さなかった。
援護を外れてガラ空きになった機体目掛け、四号機が直線を描いて突っ込む。サブマシンガンによる牽制射は未だ止んでいなかったが、ここまで近付けば当たるものでは無い。四号機の左手に刃が閃き、突進の勢いを乗せて敵機の懐へとコンバットナイフが突き立てられた。分厚い複合装甲を貫く感触の後、腕部の駆動モータが更に刃を奥深くへと押し込む。そのままナオトはメインスラスターへと点火し、息が詰まるような急加速で敵機の傍から離脱。慌てて敵機から距離を取る。速度を殺す為に四号機の膝部を地面に押し当てさせると、コックピットまでもが地面を削る激しい振動に晒された。ナオトは些か無理が過ぎる機動を反省しながらも、一応、膝立ちのような姿勢で機体を停止させていた。
四号機の離脱から一拍置いて、敵機の損傷した動力炉から光が漏れ出す。高温高圧のプラズマが漏れ出す予兆であったそれは、次の瞬間、爆発と見紛う程の熱放射が起こったことでほぼ完全に掻き消された。超短波長領域をも含む光の放射が、辺りの物体に膨大な熱量を与える。夜にも関わらずモニターはホワイトアウトを起こし、熱探知を担うセンサーもまた、強過ぎる熱源の出現に機能を狂わされる。光と熱の放出が落ち着くと、四号機は発火した資材を背に姿勢を起こした。
ほんの僅かな時間発生した高温領域により、もはや撃破された機体の構成物は吹き飛んでしまっていた。高温でガラス化した地面の窪みを挟んで、四号機がゆっくりと残存部隊の方へと向き直る。そんな威圧的な姿が、敵部隊へ一定の恐怖を与えたのか。あるいはより現実的に脅威として認識したのか。いずれにしても残る二機は、四号機に銃口を向けつつも後退しようと動き出していた。が、一瞬脚を止めたその動きこそが、彼らを決定的に追い込む要因となった。
突然、別方向から延びて来た火線によって、二機のトールが瞬く間に全身を砕かれていく。頭部は基部ごともぎ取られ、肘関節部を抉る直撃弾によって腕部が落とされる。最も分厚いはずの正面装甲すらズタズタに引き裂かれた後は、トールが部位を問わずに解体されていく様子が展開されていくだけの事だった。その間、僅か二秒弱。気が付けば、二機のトールは残骸としか呼びようの無い姿と化していた。ガトリング砲は僅か数秒足らずの内に百発近くの高速徹甲弾を撃ち込み、トール二機をバラバラに引き裂いたのだ。その火力たるや、発射時間によっては第三世代型トールすらも破壊し得るとされる程だった。
撃ったのは、敵部隊が固まるタイミングを窺っていた二号機だった。二号機が四号機の斜め前につけた直後、唸りを上げ続けていた多砲身の回転はようやく止まる。
「コード2よりコード4へ。タイミングを掴めていたな、このまま続行だ」
『あ、はい、ありがとうございます。コード4、了解』
リーグにしてみれば、ナオトの動きはまだまだ未熟と言えるものだった。しかし、ある程度の損傷を被りながらも、一個小隊の攪乱を成功させた事は評価して良い。ナオトへ向ける評価は、初陣としては決して悪いものでは無かった。
しかし、一個小隊を撃破したところで戦闘が終わる訳では無い。残るは二個小隊。しかも後衛グループとして最遠方に控える一個小隊は、更にナオトとリーグの位置にまで砲撃を再開しようとしていた。一個小隊が完全に沈黙させられた事で、彼らとしては友軍誤射を避ける必要が無くなったのだ。二号機と四号機はホバーユニットを始動させて、即座に着弾予想地点から離脱する。
「砲撃予定時刻までは、あと160秒か。俺とナオト少尉は、更に奥の部隊を黙らせる。ルーカス、お前は戦闘に加わらないで転送準備を始めろ」
『コード3、了解であります。まあ、とっとと済ませておきますよ』
「そちらに敵は行かせない、頼んだぞ」
二号機と四号機は、ルーカスだけを置いて行くようにして敵部隊へと向かって行った。迂回して向かって来ようとしている三つ目の小隊はともかく、最遠方で長距離砲撃を繰り返している小隊を叩こうというのだ。それも全ては、一号機の狙撃を成功させる為。現段階においては、三号機を戦闘から引き離す必要があると判断しての事だった。
三号機は全身に満載した観測機器をフルスペックで稼働させ、ありとあらゆる『目』で周囲の状況を読み取っていく。ルーカスは処理プログラムを走らせ、高速演算機構を介してデータ圧縮作業を行っていく。地球磁場の微弱な変動、大気密度のゆらぎなど、基地周辺において収拾された膨大なデータは、凄まじい速度で統計的な処理に掛けられていた。そのタスクが占有しているリソースは半端なものでは無く、本来なら電子対抗手段〈ECM〉に割り振るべきリソースまでもが、観測機器の稼働と処理演算に費やされていた。
ルーカスにしても、これはそれなりのリスクを伴う作業だった。アクティブモードで起動させた数々の大出力センサーにより、三号機は強烈な誘引灯のような役割を果たしている。いかに二号機と四号機が一個小隊を抑えようとも、時間を掛ければ真っ先に狙われるのは三号機なのだ。しかし、そこまでのリスクを抱えてもなお、ルーカスには今すぐ精密観測を止めるという選択肢が用意されていない。最大射程ギリギリから放たれる陽電子流を確実に着弾させるべく、三号機には基地周辺の精密観測という役割が与えられていたからだ。
最大射程から飛ばされる不安定な粒子線は、ほんの僅かな補正ミスで見当違いの方向へ着弾しかねないし、余計な減衰を受ければそもそも目標までは届かない。最悪、大気密度の観測データ一つ狂うだけで、味方ごと消し飛ばしかねない。陽電子は大気による減衰、磁場による干渉を受け易い事から、最大射程と有効射程との乖離が大きい事でも知られているのだが、それはそういった補正の難しさを反映した特性でもあった。
しかし、今回の任務における要は、陽電子砲による長距離狙撃に他ならない。陽電子砲は、近付けば強力過ぎ、遠ざかれば当てるのが難しいという兵器だったが、その破壊力を活かそうと思えば部隊の連携は必須と言えた。だからこその、三号機による精密観測だった。
ルーカスの指は猛烈な勢いでコンソールを操り、作業の締めに掛かっていた。転送容量一杯まで詰め込まれた観測データは、補正に使用できる形へと変換される。暗号化処理も済ませた時点で、ルーカスの役割はようやく終わりを告げる事となった。
「作業完了、ちゃんと大尉殿に届いてくれよ!」
三号機の通信システムを介して転送されるデータが、一号機に齟齬なく受け取られる事を期待して。彼はようやく息を吐いた。作戦が成功する事への期待、信頼をも詰め込んだ転送データは、既に彼の手を離れて空間を伝播している。もう手を出せることは何も無い。それは陽動役の三人からバルトへと、作戦の主導権が引き継がれた瞬間でもあった。




