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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
3章:実戦
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第15話「前線補給基地〈デルタ3〉攻略戦―3」

 三号機のサブモニターには、ドップラーレーダーで捕捉されたミサイルの機影が表示されている。弾頭はどれもほぼ直線的な軌道を描きつつ、瞬く間に音速の壁を突き破ってなおも加速を強める。上空300mでマッハ3程度を記録したのを最後に、リーグはメインモニターに合成表示されているミサイル群へ目を向けた。比較的低空を超音速で飛翔するミサイル群は、肉眼であればまともに視界に捉える事すら出来ない。しかし、第三世代型トールの機動性を以てすれば、超音速ミサイル群が着弾するまでに十分な余裕はあるはずだった。

「各機、一時散開! 今はECMで誤魔化すのは無しだ、ルーカス」

コード3(三号機)、了解。自力で避けろってことね!』

コード4(四号機)、了解!』

 それまでデルタ編隊を組んでいた三機が、パッと機体間隔を広げる。個々の機体が自由に回避機動を行えるよう、ミサイル群に対しては散兵的な隊形を取る事が定石なのだ。右翼後方に三号機、左翼後方に四号機が陣取り、データリンクで共有されている索敵システムの範囲を更に広げる。だが、三号機が電子対抗手段〈ECM〉を存分に使える状況だったなら、なにも編隊を崩してまで対応しなければならない事態では無かった。

 三号機は、第三世代型トールの中でも索敵・電子戦特化型として建造された機体。冷却型広帯域センサーを始めとする強力な索敵システムを備え、更には実体、非実体を問わず数々の電子戦装備が実装されている。その中には、ミサイル弾頭の攪乱を目的とした、電子対抗手段〈ECM〉ユニットも含まれていた。

 ECMユニットを稼働させた場合、ミサイルに内蔵された誘導装置には異常電流が誘発される。ミサイルの誘導方式には様々なものがあるが、三号機が搭載するECMユニットは、誘導装置を解析し、力業で直接干渉するように設計されたかなり強引な妨害装置だ。故に、大出力パルス発振や回路解析に多大なリソースを食われてしまうとはいえ、大抵の誘導方式――慣性誘導方式などは初めからトールに撃って来ない――に干渉して、これの着弾を妨害する事が出来る。特に、ミサイルが目標へ近付いた段階で行われる終端誘導の妨害に有効な装備であり、三号機はこれを有効利用する事で、遠距離からのミサイル攻撃に対して高い防御力を発揮していた。

 無論、万能という訳にはいかなかったが、基地から発射されたR7ミサイルなどには充分対処可能な代物だ。リーグが敢えてそれの使用を控えるよう命じたのは、偏に狙撃を成功させる為だった。三号機には、今作戦を成功させる上で重要な役割が課せられている。

『第一波、接触まであと五秒!』

 三号機が予測したのならそれは正しいはずだ。リーグは解析結果を信じ、合成表示された予想着弾地点に敢えて機体を向かわせる。引き付け、引き付け、遂にミサイルを直接視認した直後、フットペダルを踏み込み一気にスラスター推力を上昇させる。安定性が崩れるのも構わずに行った加速操作で、二号機はまるで何かに弾かれたように平面上を暴れた。

 次の瞬間には姿勢を回復させたリーグだったが、彼はコックピットモニターの側面に、つい先ほどまで居た地点が抉れる光景を見た。否、着弾したR7ミサイルの一発が、予想着弾地点へと着弾する様子を見た。地面に衝突しても爆発こそしなかったが、遅れてやって来た衝撃波が機体を殴りつけ、瞬時にクレーターと化した地面を見せ付けられれば、殆ど爆発したも同然の光景だと思える。その破壊力たるや、リーグが本能的に命の危険を感じる程だった。

 〈R7タイプ超音速対艦誘導弾〉。それこそが、デルタ3基地方面から発射されたミサイルの識別名であり、爆発を伴わずにクレーターを作っていったミサイルの正体だった。エークス軍の行った残骸調査によって、R7は破壊目的の炸薬を一切内蔵しておらず、純粋な運動エネルギー弾頭として設計されたという事実が確認されている。つまり、炸薬の爆発に頼る事無く、弾体の運動エネルギーそのものをダメージソースとする種類の高速ミサイルだ。その点、装弾筒付翼安定徹甲弾〈APFSDS〉に通じる開発思想を持つ兵器ではあるが、加速を自身のロケットモーターによって行う点が異なる。発射の為に砲塔を必要としない点、着弾地点を柔軟に変更できる点が評価され、基地防衛システムの中枢として広く採用されている兵器。エークス軍では、R7タイプの運用背景をそのように推測していた。

 極めて乱暴な表現をするなら、音よりも速く飛んで来る巨大な鉄柱のようなものだ。いかにトールが堅固な装甲を持っていようと、運動エネルギー弾頭が直撃すればただでは済まない。しかし、R7タイプには構造上、克服し難い欠点も存在していた。

「足を止めるな! この手のミサイルは、加速してしまえば殆ど軌道変更が出来ない!」

 第一波、第二波と続くミサイルの洗礼を、二号機はその重厚さに似合わぬ機動性で避けて行った。索敵性能に優れた三号機、二号機よりも機動性に優れる四号機もまた、先頭機の取る進路に追随するようにして雨を避けていく。抜けるまではもうすぐだった。

 R7ミサイル――――むしろ、運動エネルギーミサイルの特性として、充分な破壊力を得る為には長い加速区間を必要とする事が挙げられる。砲身内で一気に加速されるAPFSDSなどとは違い、自前のロケットモーターで速度を得なければならない為に、ミサイルでありながら空中機動性に欠けるという欠点を抱えているのだ。懐に入り込んでしまいさえすれば、この超音速・大質量誘導弾はほぼ無力化したも同然となる。

 つまり、機動性の高いトールを捉えるには不向きなミサイルとも言えたが、それはデルタ3基地の迎撃設備が主に対艦戦闘を意識していたという事実を表すものだ。つまりR7ミサイルによる迎撃は、本命では無いという事が示唆されている。

 リーグも、敵基地からの迎撃がこれで終わりだなどとは微塵も考えていなかった。敵は、R7の欠点を知っているからこそ、また別の戦力で対応してくるに違いない、と。既に着弾音の消え失せたコックピットの中で、彼は後方の二機に散開を止めるように指示した。R7ミサイルによる迎撃は第三波を数えた時点で止み、三機は再び密集隊形を組んでデルタ3への進軍を再開。リーグの抱いていた予想は、ルーカスからの報告ですぐに裏付けられる事となった。

コード3(三号機)より各機へ。二時の方向、距離700に敵影8を確認。更に増援4も加わる可能性大。まだこんなだけど、基地付きのトール部隊がわんさか出てきたぞ』

『全部で三個小隊も? こんな数と戦わなきゃいけないのか』

『一体どこに隠していたんだか! ここはど田舎の補給基地じゃ無かったのかよ』

 正直なところ、リーグにとっても意外なほどの戦力ではあった。たかだか辺境の前線補給基地に過ぎないデルタ3に、どうしてここまでの戦力が揃えられているのか。不思議に思うと同時に、彼は、バルトが今作戦において特に慎重だった事実を思い出す。

 もしや、という疑いは無いでも無かったが、無用の詮索をするつもりは無かった。ただ、今は役割を果たすだけだ。理由など考えている暇はない、とリーグは声を張り上げた。

「これより対トール戦闘に入る。コード3(三号機)は電子戦支援と精密観測を開始、コード4(四号機)は俺に付いて来い!」

 ミサイルの雨を潜り抜けた陽動部隊は、ちょうど庭から正面玄関へと歩を進めたようなものだった。そこで番犬と対した彼らは、ようやく本来の役割を果たそうとしていた。



 月が支配する夜の世界。その闇に紛れ込むように、驚くほどの静けさで移動する巨大物体があった。腕を振るっては樹木を押しのけ、脚を踏み出しては車ほどの窪みを作り出す、それは紛れも無い人型だった。樹高が30mを超すような針葉樹からなる森を、鋼鉄の巨神像が移動しているのだ。長大な砲身を背負うそのシルエットは、一号機を指し示す最大の特徴だった。

 一号機は、およそ五階建てビルにも匹敵する高さを持っている。生身の人間にしてみれば、それこそ隠れようとするのが馬鹿馬鹿しく思えるような大きさだ。しかし、機体全高を軽く越す木々の中にあっては、機体の威容もやや目立たなくなっているようではあった。機体はそのまま、接触した針葉樹を軋ませつつも、派手に折る事を避けながら進んでいく。相応の破壊音を伴って進むのは仕方のない事だったが、それでも巨大さに見合わぬ静かさで以て、機体は延々と歩き続けていた。

 歩く度に、鈍い衝撃が規則的に地面を揺らす。生身の人間であれば、精々、半径数百m以内で感じ取れるような振動だ。そして、鈍い衝撃が来る前には必ず、高圧タンクから空気を抜いたかのような音も発生していた。それはつまり、トールの脚部が接地するタイミングに合わせて、瞬間的にホバーユニットが作動している証だった。トールという兵器は二脚で立たねばならない以上、どうしても足裏に掛かる接地圧が高くならざるを得ない。そんなものを不整地で運用しようとすれば、地質に合わせた移動法を要求される場合もあるのだ。ホバー機構を使わず森林地帯を移動しなければならない今などは、まさにそういった状況の一つだった。

 一号機のコックピットに収まるバルトは、延々四時間以上に亘ってそんな移動を続けている。気を使っての移動は彼にとっても骨だったが、他にもまだ気を付けねばならない事はあった。それは、音などよりもよほど目立ってしまう、機体から発せられる電磁波についての問題だった。まず、可視光域での問題はさほど考えなくとも良い。紫外線領域、あるいはそれ以上の短波長領域についても今は同様。しかし、高温部から撒き散らされてしまう長波長領域、主に赤外線の熱輻射が問題だった。機体内部に熱を篭もらせても、また不用意に排熱を行っても、赤外線センサーによって捕捉されてしまう可能性は高まり、隠密性を維持できなくなってしまう。そうなる事態を避ける為に、一号機はメインジェネレータ出力を臨界ギリギリまで下げ、ホバー移動すらせずに歩いているのだった。その上、肩部の増設ブロックに赤外線隠匿用マントを取り付け、全身の大部分を覆うという念の入れようだ。ダークグレーというマントの色も相まって、一号機はほぼ完全にその姿を消している。バルトは今一度、不用意に稼働しないよう手動設定した冷却系をチェックし、稼働率を最低限の水準に調整し直した。

 彼がそこまで隠密性を気にするのには、理由がある。

 トール三機による陽動と、一号機による長距離狙撃。大まかに言えば、それらが今作戦を構成する二つの要素だ。デルタ3基地の無力化、もとい敵に渡った第三世代型トールを抹殺する為には、どちらの役割も充分に果たす必要がある。一方が欠けるだけで、任務の失敗に直結するような深刻な障害となってしまう。

 しかし、最終的には狙撃が成功しなければ作戦の成功など有り得ないのだから、バルトにかかる責任は特に重いものだった。無論、辺境の補給基地とは言っても、基地周辺の監視網は厳しい。それを電子戦機の支援無しで掻い潜る為には、こうも徹底した隠密性が必要だったのだ。そしてようやく、山中を単機で進み続けていた一号機が、歩みを止めた。

コード1(一号機)、狙撃予定地点に到着。別働隊の行動を確認するまでは待機を継続する」

 バルトは、内蔵型のマイクに向かって報告を吹き込んだ。が、誰かと通信を行っているという訳では無い。現在、一号機は外部との通信を遮断している為、あくまでそれはミッションレコーダを意識しての行動に過ぎなかった。

 パイロットの取った言動を逐一記録するミッションレコーダは、いわばパイロットに課せられた義務の一つを代行する装置だ。たとえパイロットが戦死したとしても、ミッションレコーダさえ回収出来れば、最低でも撃破された経緯が分かる。殊に最新鋭機である第三世代型トールにとって、記録を残すという行為は極めて重要な意味を含んでいた。戦闘における運用データは、極めて有益な情報となり得るものだし、そもそも試験先行運用部隊が第三世代型を扱っている意味はそこにこそ存在する。だからこそ、保険としてのミッションレコーダは重要な役割を果たしていた。

 だが、バルトはそんなものに頼るつもりは無かった。パイロットは帰還してこそ、正確な報告が可能になる。特殊装備を任され、常に機体と向き合い続けるからこそ、報告する責任がある。その上で、パイロットという人種は常に生きて帰って来る事を期待されているのだ。そう信じればこそ、軍人たる彼は帰る事に拘っていた。

 人は死んだら失くすのだ、何もかも。結局のところ、命に対する保険(うけあい)は有り得ない。

 改めて現在地を照合し、狙撃地点に到着した事を確認するバルト。彼の操作によって、一号機はその場に膝をついた。羽織った赤外線隠匿用マントを地面に垂らし、全高を三分の二ほどに下げたまま機体は停止姿勢を取る。まるで小山と化して動かなくなったようでもあるが、メインカメラを擁する頭部はしっかりと遠方を見据え、その巨大な眼で基地方面を見下ろしていた。

 バルトの視線が、モニター脇に表示されている時刻へ移る。作戦開始時刻、つまり陽動担当の三機が基地に突入する時刻までは、あと数十秒の余裕がある。しかし、そろそろ作戦が始まっていてもおかしくは無い頃合いだった。通常の画面に加えて、バルトは基地方面の望遠映像を展開させた。

 画面の中央に拡大表示された望遠映像は、いたって平穏な基地敷地内の様子を映し出しているだけだった。基地内部にはコンテナが詰み上げられた区画があり、まるで港か何かのような風景を形作っている。敵襲が無いのを良い事に、引火・誘爆への対策よりも、むしろ物資搬入の効率を優先させた配置がなされているらしかった。また、トールや自走砲などの兵器を収める格納庫は、敷地の端に並べられるようにして建設されていた。あくまで補給基地という事もあり、防衛戦力の運用は通常の前線基地よりも重要視されていないのだ。

 基地の配置に関する情報は、事前に知らされた情報とほぼ一致している。バルトは、目標が格納されていると思しき格納庫区画へ、重点的にカメラを向けていた。能動式(アクティブ)センサー群こそ使えないものの、一号機に搭載されている光学機器を起動させて観測情報を集めていく。

 だが、映像を見つめるバルトは些細な違和感を感じ取っていた。

「ん、何だこれは」

 違和感の原因はすぐに判明した。今まで観測していた格納庫の扉は開放されており、既に空と化していたのだ。更にバルトが、望遠映像に対して赤外線域のフィルター処理を掛けてやると、格納庫の出入り口付近から延びていく行路が浮かび上がって来た。

 それぞれが重なり合ってはいるものの、コンクリート上に現れた行路は十本以上。それは、格納庫から出撃したトール部隊が、ホバーユニットから高温排気を噴出させて進んでいった事の証だった。高温に晒された部分が明るく表示されているというのは、つまり、まだ地面は冷え切っていない。部隊が出撃していったのはつい先程、という事実を意味するものだ。

 バルトは三個小隊という部隊規模を意外に思い、その存在を部下達に伝えられない状況を歯痒く感じていた。しかし、突然光量を増したモニター風景を目にして、それ以上考えてもいられなくなった。望遠映像はほとんどホワイトアウトしてしまい、バルトは通常画面へと切り替える。そこには、長大な噴射炎を曳きながら上空へと打ち上げられたミサイルが映っていた。コックピットモニターの上面を突き抜けるかのように、煙はぐんぐん伸びて行く。

 束の間、およそ数十本分の炎が昼間のように辺りを照らし出し、一号機は更に姿勢を低く取らざるを得なかった。ミサイル群が更に高度を上げてから、再びメインカメラを基地に向ける。

「全てが対艦ミサイル……それも速い。こんなものまで配備していたのか」

 デルタ3基地側が、三機のトール部隊を捕捉したことは間違いない。既に、陽動部隊を迎撃する為の戦闘が始まったと考えても良い状況だった。バルトは一連の派手な迎撃態勢を前に、作戦が次の段階へ進んだ事を確信する。

「別働隊の基地突入を確認。300秒後、狙撃態勢への移行を開始する」

 赤外線隠匿用マントの陰で、一号機のサブジェネレーターが密かに出力を上げ始めた。


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