第14話「前線補給基地〈デルタ3〉攻略戦―2」
『組み込む超伝導制御層はA規格だと言ったな! 訓練でも無いのにS装備で設定した奴は誰だ、許可は出ていないぞ』
『デフレクターユニットの動作正常、加速区間の真空率は規定値を達成しています!』
『第二班作業終了。整備長、一号機の強制冷却プール、最終チェックお願いします』
幾重もの怒号と指示が、出撃前の第二格納庫を支配している。トール一機を戦闘状態とするには約20名以上の人員が必要とされている事もあり、その喧騒はとりもなおさず、合計四機のトールを動かす為に心血を注ぐ整備員の多さを表していた。
そんな彼らは皆、単調かつ重層的な演奏に身を浸してもいた。四方を金属壁に覆われた閉鎖空間にあっては、空気を震わす高周波音が反響し、複雑な唸り音を奏でているようにも聞こえる。どこか遠くから聞こえるようなジェネレーターの稼働音は徐々に高まっていき、出力上昇に伴って、四機の巨神の全身へ力を満たしていく。中でもトールの一機、肩に携えた長砲身を特徴とする一号機は、戦いを前にその目を覚まそうとしているところだった。
『こちら管制、一号機の搭乗者は起動シークエンスの終了を確認されたし』
「こちらコード1、起動シークエンス完了。待機を継続」
一号機に搭乗するバルトは、パイロットスーツの内側、肌に直接ピリピリとした刺激が与えられたように錯覚した。格納庫とは、後方人員にとっての戦場そのものだ。起動シークエンスをほぼ消化しかけている今は、言うなれば、後方人員からパイロットへと戦闘の主導権が受け渡されようとしている時だった。文字通り、肌を刺すような緊張感がコックピット内にまで侵入して来ている。
無論、バルトとて緊張していないはずは無い。実戦を前にして何の緊張も感じられなくなったなら、それはもう人間として重要な部分がエラーを起こしているに違いないのだ。彼はそう考えて、緊張と言い表せるような精神状態を、決して悪いものだとは決めつけていなかった。これから命のやり取りをしようという時に、何も感じない方がどうかしている。毎回、出撃直前に交わされる管制とのやり取りが、彼に改めて戦闘前の実感を与えてくれる。
『艦側面ハッチ開放の後、コード1は作戦行動開始地点へと進軍せよ』
「コード1、了解」
管制側からの簡潔な指示が届く。それは、パイロットへの最終確認を終え、既に作戦予定時刻へ変更を加える事が出来なくなったという宣言でもあった。任務遂行に深刻な障害を与えるものでも無い限り、これから先、何らかの不具合が発生したとしても、自らの能力において対処しなければならない。現場指揮官の判断が無い限り、作戦行動に変更が加えられる余地も無い。操縦桿を握るバルトの手に、自然と力が込められる。
『側面ハッチ、ロック解除を確認。続けて発進シークエンスを20番から開始。可動部付近の作業員は直ちに退避せよ。繰り返す、作業員は直ちに待避せよ』
格納庫内の壁面、ちょうど一号機が対面する形となっている金属壁は、ホエールの側面に設けられた展開式扉だ。ハッチに設けられたロック機構が次々と解除され、コックピットモニターに一筋の明線が現れる。分厚い扉によって区切られていた明線は、次第に拡大し、十秒と経たない内に艦外の景色となっていった。艦外も決して明るいとは言えなかったが、バルトは不思議と暗さを感じない。それは決して、モニターの光量調整機能が働いたから、というだけの話では無さそうだった。
開放されたハッチからは、白く、冷たい月光が差し込んでいる。月は明るく、森が冷たい夜だった。
月は約一光秒という距離を以てしても、地上にこれだけの光量を反射している。夜気に晒される木々、岩石が露出した山肌、バルトにとっては全てがひどくクリアな輪郭を持っているように見えていた。これから行おうという作戦内容を考えれば、まるで月から見られているような、いやに明るい夜だとも言える。初めから基地攻略作戦の日時が決められていなければ、夜襲作戦を避けるべき天候ではあった。
故に、と言うべきかは彼自身にも分からなかったが、無性に胸がざわついていた。この夜の風景を目にしてからというもの、どこかで聞いた伝承が記憶を刺激していた。
白く明るい月、沈黙を守る森、こんな夜には一体何と出くわすのだったか――――。感傷的なイメージが無意識下で束ねられ、狼にでも追い回される夜になりそうだと、不意に下らない心象が脳裏を掠める。実際、そうして月と狼を結び付ける伝承は数多く存在するし、バルトとてそれを知らない訳では無かった。知っていたからこそ、そんな連想をしたのかもしれなかった。しかし、戦闘前にそんな発想に至った経験など、今までに一度も無い。余計な事を考えていると自覚する余裕こそ持てていたものの、自身の思考を捉えきれないという違和感が残る。
「化けて出てこなければ、問題は無いがな」
非論理的な違和感を振り払うように、バルトは呟く。すぐに彼は作業員の待避を確認。耐熱処理が施された床の上で、一号機のホバーユニットから高温排気を控えめに噴出させた。排気流路に閉塞は認められず、一号機の機動性を担保する偏向ノズルの可動機構も、普段通り正常に稼働しているようだった。
次に、機体が背負う砲撃システムの動作確認に入る。一号機は砲撃システム運用特化型とされるだけあって、外見上、最も目を引く装備は10mを下らない長大な砲身となっている。バルトが動作チェックの為の操作指示を与えると、背中に背負うようにして装備されていた砲身がせり上がり、右肩部のシリンダーを押し潰すようにして正面方向へ向けられる。長大な砲身の先にぽっかりと空いた砲口は、穏やかな森林を見据える格好となった。更に、砲身と肩部とを連結する重厚なシリンダーが僅かに伸縮し、その無骨さには似合わない微調整を繰り返す。
長い砲身の最後部は、放熱フィンが組み込まれた半円形のブロックで構成されている。そこには閉鎖機構も無ければ、そもそも目立った開口部すらも見当たらない。通常の砲であれば薬室であるべき部分にも関わらず、明らかに砲弾を装填する仕組みが備わっていないのだ。代わりに幾重ものケーブルが延びており、一号機の背部を構成するバックパックと砲身とを強固に繋ぎ止めていた。しかし、半ば装甲化されたケーブル類は、径も接続規格もバラバラで、異なる機能をまとめ切れていない冗長さが滲み出ている。無論、それは給弾ベルトの類では無い。そう、一号機が背負っている砲とは、実体弾頭を撃ち出す為の装備では無かった。
〈BCS相限定展開式 試製陽電子砲〉。通常、そのように呼称される砲撃システムは、即ち収束させた加速陽電子を撃ち出す砲であり、トール用兵装として試作された珍しい荷電粒子砲の一つだ。中でも一号機の装備する陽電子砲は、反粒子である陽電子を加速して発射する事で、対消滅反応を発生させる対消滅兵器としての側面も備えている。対消滅反応による効果は、相手が分厚い装甲目標であった場合によく発揮され、着弾すると同時に装甲外層を消し飛ばす事で貫徹力を増大させている。実際、戦車やトールどころか、施設に対しても有効な威力を発揮する事が証明されている兵装だ。
その威力に反比例するように、扱い辛さも他の兵装とは一線を画している。しかし、様々な面で規格外とされるこの試作兵装こそが、デルタ3攻略戦の要となるべき矛だった。
「最終動作確認終了、全システムオールグリーン。コード1、出撃する」
スロープのように展開されたハッチへと足を踏み出し、一号機がホバーユニットを始動させる。偏向ノズルから噴出される高温排気が、機体を地表から解放し、点火されたサブバーニアが前進する為の推力を発生させる。
すぐにメインスラスターへ点火することが無いのは、ハッチから半径10m以内でのメインスラスターの使用が原則として禁止されているからだ。それは無論、ドック内作業員の安全を図るためでもあるし、衝撃波の反射から機体を保護する為の規定でもある。特に強烈な推力を発生させ得る第三世代型トールの推進システムは、下手をすれば排気流だけで人を殺傷しかねない。
「規定範囲からの離脱を確認、メインスラスター起動」
バルトがスロットルレバーを操作した直後、推力偏向スラスターが一気に陽炎を纏って揺らめき出す。静かに艦外へと押し出された一号機は、ハッチから十分に距離を取った事を確認してからようやくメインスラスターに点火した。瞬く間に速度を上げる一号機は、しかし冷たい森に浸るようにして疾走を始める。背部に巨砲を背負い、一号機は作戦開始地点へと向かう。
しかし、その行跡を他の機体が追う事は無い。他の三機は30分後にホエールから離艦し、闇に紛れて別地点を目指そうとしていた。
機体周囲の映像を展開するモニターの一角に、ごくシンプルなフォントで時刻が表示されている。作戦予定時刻と、現在時刻とを刻み続けるそれは、コックピットブロックに設置されたチップ状原子時計から直接出力されているデータだ。万一の際にも時刻が狂わないよう厳重に保護されたタイプではあったが、リーグは敢えて、出撃前に調整してきた腕時計――耐久性に定評がある型のクォーツ式時計――の時刻と見比べた。やはり、誤差は全く確認できないほどに小さい。二つの時計によれば、現在はホエールから出撃して四時間が経過しようとしているところだった。
リーグは、自機の座標を地図上で照合し、ほとんど予定位置から外れていない事も確認する。無論、二号機が単機で進んでいる訳では無い。二号機を先頭とし、三号機と四号機が僚機を務めるデルタ編隊を組みつつ、三機は進軍し続けていた。
機動性に優れたトールの場合、隊形を維持しつつ発揮される機動は、戦車よりもむしろ航空機のそれに近い。特に対トール戦闘が予想される場合、散開・援護サイクルの即応性を高めることは、何よりも重要視されている要素と言っても過言では無かった。こうしてデルタ編隊を組んで進軍を続けていたのも、作戦開始地点へ向かう前に敵と遭遇する可能性を警戒していたからだが、ここまでの経路で敵勢力との遭遇は発生していない。ゲルバニアン軍はかねてより、国境地帯に幾つものパトロール部隊を巡回させていたが、その戦力すらも警戒するに値しないと判断するような地域を進んでいる、という事でもあった。
僻地であるおかげで敵と遭遇する気配さえ無く、ここまでは夜の散歩を楽しんでいたにも等しい。が、いざ戦闘が始まればどうなるかは分からない。リーグは、作戦開始まであと少しと迫った時刻を見直し、斜め後方を進む二機に短距離レーザー通信を繋いだ。
「コード2より各機へ。作戦内容は把握しているな? とりあえずルーカス、説明してみろ」
『こちらコード3。中尉殿は何を今さら、俺たちも分かってますって。その為に四時間もかけてこんな山を進んで来たんだから。
今回の作戦目的は、敵基地の無力化及びその補給能力の破壊。ええと、俺たちの陽動で敵の注意を引き付けてるうちに、隊長殿が撃つと、そうでしたよね? 要は敵の目の前で派手にドンパチやれば良いんでしょう。そんで、三号機で詳細な観測データを送ると』
ルーカスは、いかにも面倒くさそうな調子で返答をよこして来た。かなりアバウトな説明だったが、狙撃と陽動とに分かれる作戦行動の意味は、一応説明している。ルーカスとて責任軽からぬ立場で軍人をやっているのだから、詳細は既に頭へ叩き込んでいるはず。リーグは彼の説明を、そう信じる事にした。
「まあその通りだ。今回、俺たちは一号機が狙撃するまでの時間稼ぎをする事になっている。正面玄関から敵基地を訪問するという事だ。歓迎はされないはずだが押し入るしかない。ナオト少尉はどうだ」
『こちらコード4。作戦内容は隊長の説明で把握しています。自分は大丈夫です』
『ナオト君、君はいつも真面目だねえ』と、ルーカス。彼はナオトの優等生的な態度に茶々を入れているようだったが、リーグには、今回が初陣となるナオトの緊張を解そうとする様子にも見えていた。スピーカーの向こうで繰り広げられている雑談を、下らないとは思わない。どこか強張った声の調子が、なんでもない会話をやや空回りさせていた。
『任務なんだから当然だろ、ルーカス。お前の方こそ本当に大丈夫なのか?』
『大丈夫だって。俺を甘く見るなって、これでも試験先行運用部隊のパイロットなんだぜ?』
そろそろ潮時だった。作戦開始地点を目前に、戦闘支援システムの稼働ロジックが〈戦闘〉へと切り替わる。想定性能を最大限発揮する事を前提として、機体の深奥から届く低周波音も力強い調子に変わっている。作戦予定時刻まで、あと一分と少し。
「コード2より各機へ。二人とも気を引き締めろよ、これから基地警戒ラインの内側に突っ込む。隊長とこの三人で、きっちり任務を終わらせるぞ」
『了解』
二人分の返答がスピーカーを震わせ、デルタ編隊を組む三機は増速を始める。出力系、駆動系、推進系、機体を構成するあらゆるシステムが、戦闘出力での作動を開始。ただでさえ強力な推力を発揮する推進ユニットからは、まるで幾千もの風切り音を増幅させたような、甲高い轟音が撒き散らされ始める。冷たさすら感じさせる程に穏やかだった森には、既に強烈な存在感を放つ異物が三つ混じり込んでいた。
二号機、三号機、四号機、彼らは既に静かな散歩を止めている。この状況は、条件さえ整えば数km先でも聞き取れるような爆音で以て、自らの存在をひけらかしているようなものだ。だが、正面玄関から押し入ろうと言うのだから、彼らにもはや隠密性など気にする必要は無い。むしろ、目立って敵の注意を引き付ける事こそが目的なのだから、これで正解だった。
しかし、敵基地からの出迎えは、彼らの予想以上に迅速なものだった。決して喜ばしいとは言えない対応が、三機へのもてなしを始めようとしている。リーグとナオトがそれぞれ脅威目標の存在に気付く直前、真っ先にルーカスから報告の声が上がった。
『おっと早速……コード3より報告、デルタ3方面に大型熱源体が出現! 数、25。これはまだ増えそうだな』
さほど時間が経たない内に、ルーカスからの報告は目に見える光景となって現れた。一つの丘陵を超えた向こうに存在するデルタ3基地、まさにその方角に、夜空へと打ち上げられた炎の柱が数十本と立ち並んでいた。透明な月光とは全く異質な、暴力的な噴射炎の光が辺り一帯を不自然に照らし出す。やや遅れて来た轟音が強まると共に、徐々に明るさが強まっていく。
三機のトールは揃いも揃って、背後50mほどに長々とした影を延ばしていた。光源は間違いなく接近して来ている。もはや何が狙われているかも一目瞭然だった。
『熱紋照合、運動量解析開始……完了。これはR7タイプの対艦誘導弾、超音速で突っ込んで来るやつか! トールに乗ってて初めて撃たれたぜ、こんなの』
ルーカスに同調して、珍しい、などと感心している場合では無い。R7ミサイルは垂直上昇を止めて、既に進行方向を地上に向けて固定。全体的に細長く、鋭い形状をしたミサイル本体が空気を切り裂き、リーグ達に向けて恐るべき速度で突っ込んで来ようとしているところだった。




