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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
3章:実戦
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第13話「前線補給基地〈デルタ3〉攻略戦―1」

 ナオトが試験終了直前に倒れてから一日。バルトは彼の処遇について頭を悩ませていた。

「本当に、ナオト少尉に問題は無いのですか?」

 それは医務室にて、軍医に対して幾度も問い掛けた言葉だ。しかし、何度聞いても返ってくる答えは似たようなもので、軍医は決まってナオト自身に問題は無いと繰り返す。バルトにしてみれば、問題が無いと言い切れるその判断こそ受け入れがたいものだった。無論、彼は医療を学んだ身では無い。が、訓練中に突如としてパイロットが意識を失ったなら、何かしらの原因なり、問題なりが見つかって然るべきだという事くらいは知っているつもりだった。この状況はまるで、「どこにも異常はない」という結論だけが用意されていて、それを無理にでも呑む事を強要されているようなものだ。納得がいかない、というのが彼の正直な心境だった。

 今までに、軍医がそういった態度を取った事は無い。少なくとも、バルトの記憶にある軍医の人柄からすれば、ただ相手を追い払うだけの態度を取り続けているのは、些か奇妙な事に違いなかった。ナオト自身に異常は認められないのだから、今は安静にさせておくより他にないのです。そう言ってまともに取り合おうとしない軍医の様子は、まるで貴重な機会を手放したくない、とでも考えている研究者か何かのような態度でもある。軍医は何かを知っている、との確信は彼の中に生まれていたが、それを証明する手段など有るはずは無い。

「なるほど、大尉は間違っていないと思いますよ。確かにどこかおかしい状況です」

 バルトが一連の経緯を伝えると、リーグはそう言って頷いたのだった。現在、バルトとリーグは医務室近くの廊下にて顔を突き合わせている。無論、議題はナオトについて。二週間という猶予期間を経てようやくデルタ3の攻略に臨もうという時に、パイロットの一人が原因不明の要因で倒れてしまったのは、彼らにとっても不測の事態だった。既に、イレギュラーとなる要素は排除しておく必要がある、という意見が二人の間で交わされていた。

 とにかく時間が無い――――彼らの焦燥は共通している。そして、彼らが早々に決めねばならないと考える事もまた、共通していた。ナオト少尉は使えるのか否か、そんな冷徹な視点で状況を判断する必要に迫られていたのだ。

 しかし、言葉には出さずとも、二人の意見は一致しているようなものだった。バルトはその事実を知りながらも、敢えて言明する必要性を感じていた。それが責任ある立場としての務めと信じているからこそ、些か重い口を開く。

「俺は、不本意ではあるが、ナオト少尉の作戦参加は見送ったほうが良いと考えている。中尉はどう思う?」

「大尉の判断に異論はありません。見送ったほうが良いでしょう、それは当然の判断です。しかし、痛いですね」

「そうだな。出来ない事は無いだろうが、痛手なのは確かだ」

 彼らは、基地攻略任務における四号機の重要性を理解していた。

 元々、投入し得る戦力が限られる作戦において、頭数を揃えるという意味で新機体が重要なのは自明だった。故にバルトは、ナオトの実力を実戦に堪え得る域にまで高めようと試みていたのだし、実戦投入する前提で四号機のセッティングが為されてもいた。だが、四号機は既に、ただの頭数として隊に組み込まれた存在では無くなっている。四号機でなければ出来ない役割、四号機にこそ適した役割を、作戦計画の中に組み込んでしまっていたからだ。

 少数戦力でデルタ3攻略戦を展開するにあたっては、陽動と狙撃を主軸に据えた作戦が立案されていた。基地防衛戦力を退けつつ、確実に基地を破壊する為の策として、試験先行運用部隊を陽動と攻撃担当に分けるという内容のものだ。長距離狙撃による攻撃を一号機が担当し、それ以外の三機は攪乱・陽動に割り振られているのだが、その陽動任務に最も向いている機体が他ならぬ四号機だった。四号機は機動性に優れた白兵戦仕様であり、基地防衛戦力を引き付けつつ、自機の得意とする交戦帯で敵機を相手取る事が出来る。だからこそ、陽動作戦を立案した時点で、四号機の重要性は大きく見積もられていたのだ。

 四号機が役目を果たせない以上、陽動チームにかかる負担は飛躍的に増える。二号機と三号機のたった二機で陽動をこなさなければならない事もそうだが、対トール白兵戦に特化した四号機が抜ける事そのものが、大きな損失になってしまうのだ。

 それは、バルトらがナオトと四号機という組み合わせに寄せていた期待の表れでもある。この短い期間におけるナオトの努力は、周囲に期待を抱かせるに足るものだった。

「原因が分かっているのなら、相応に対処を考慮する事も出来たんだがな」

 正確には、原因が確定しているのなら対処のしようもあったのだ、とバルトは心中で訂正する。しかし、曖昧ながらも原因が示唆されているだけに、なおさら性質が悪い。いっそ彼は、ナオトが倒れた原因など分かっている、と断定してしまいたい心境だった。ただの憶測を言っても許される状況なら、せめてリーグにはそのように伝えていたはずだった。

 四号機のMNCS制御系・駆動系に掛けられているリミッターを解除した事からこそ、パイロットたるナオトが何らかの負荷を受けて倒れた。そう考えるのが最も自然であり、唯一トールに絡めて考えられる原因だったのだ。リミッター解除中は、何か通常の仕様からは外れた形で、パイロットへと負担が掛かっていたことは間違いない。だが、実際にどのような症状が現れるのかについての詳細を突き止めなければ、今後の実戦運用など考えられない、と考えているのはリーグにしても同じことだった。確定してはいない、全く突き止められない訳でも無い、といった曖昧さが余計に厄介なのだと言い換える事も出来る。

 いずれにしても、明日に迫ったデルタ3攻略戦に臨む態勢、つまり四号機の処遇は既に決まったも同然だった。リーグは賛成し、ルーカスは嫌でも指示に従う立場にある。他ならぬ自分の言葉によって決められた処遇なら、バルトはせめて嫌な役回りを引き受けようと心を固めた。

「本人に非は無いだろう、全ては俺の指示が原因だ。ナオト少尉には俺が――――」

「待って下さい、俺は!」

 廊下の端から聞こえて来た声に、思わず二人が振り向く。ナオトは既に彼らの下へ駆けて来ていた。ナオトが遠くから会話を聞き付けてやって来た事は明白であり、バルトは、良過ぎるタイミングに皮肉を感じずにはいられない。

 彼は、ナオトがいつ医務室から出て来たのかを知らされていなかったが、検査を終えてからすぐに探しに来たのだと考えれば辻褄は合いそうだった。それはつまり、誰かが医務室にいたナオトに対し、現在の状況――ナオトを戦力から外そうとしている――を伝えたという事だ。あるいはナオトに請われて、ルーカスか軍医辺りが状況を教えたのかもしれなかった。

「俺にも戦わせてください」

 軽く肩を上下させながらも、ナオトは正面から二人を見据える。

 こうも真正面から来られては、誤魔化す事は出来ない。否、してはいけないのだ。バルトは半端な対応をしない事で、ナオトの思いに応えようと決めた。その為なら、冷徹な言い方で現実を突き付けるような真似も避けては通れない。

「ナオト少尉、お前にはデルタ3攻略戦への参加を許可しない。会話が聞こえていたのなら、理由は知っての通りだ。戦場には出来る限り、不確定要素を持ち込みたくない」

「それなら、リミッターを解除しなければ良いはずでしょう? 自分は、作戦に参加したいんです。どうかお願いします」

「最終的に判断するのは俺だ、ナオト少尉」

 我ながら嫌な上官をやっている。必要な事だと分かっていながらも、バルトは自身の言動に嫌気が差すような心地だった。それでも、ナオトはあくまで食い下がって来る。その熱意を封じ込めるには足りないようだと分かると、彼は一種の興味が湧き上がるのを感じた。

 何故ここまで出撃に拘るのか。恐らくそれは、ナオトという男の過去と密接に関わる疑問なのだろう。直感したバルトは、本人の口から直に聞き出したい衝動に駆られた。だが、止めておいた。エドモンドですら知り得ない事情が絡む問題を、ここで掘り返せば、本質を見失ってしまうという確信があったからだ。だが、ナオト本人に聞くまでも無く、理解できた事はある。

 ナオトの目は、戦う者の目だった。しかし、彼はなにも敵を求めている訳では無く、更に言えば、心の底では戦争への参加を望んでいる風でも無い。むしろ、自分が戦えないという事実こそ、恐ろしいものであるかのように振舞っている。実際、彼にとっては怖いのかもしれなかった。戦争に身を置くより恐ろしい何かを避ける為に戦うということは、つまり、己の中に戦うべき相手を飼っている事にも等しい。ナオトにとっての敵とは、ゲルバニアン軍製トールでも無ければ自走砲でも無く、自分そのものだ。バルトは、そう理解した。

「いや、そうだ。ナオト少尉が何と戦いたいのか、それは俺にも理解出来るのだろうと思う」

「どういう意味です?」

 リーグが戸惑ったような声を上げる。しかし、何故かナオトの心情を理解できる、あるいは理解出来た気になれるというのは、バルトにとっても全く不思議な事ではあった。そして、バルト自身ですら、少々ゾッとするような理解が脳髄を突き抜ける。

 本人が望むと望まざるとに関わらず、ナオトは己の為に戦わなければならない人種。戦いの中に、己を規定する要素を求めている愚かしい人間なのだ――――ある意味では、自分と同じように。彼がそんな考えを自覚してしまったなら、もはやナオトを止める資格は失われたようなものだった。

「なら、止められるはずは無いか……変更だ。ナオト少尉、作戦への参加を許可する」

「大尉! 流石にそれはリスクが大き過ぎます。どうされたのですか」

 リーグは今度こそ泡を食った様子で、バルトに抗議の声を向けた。リーグこそが正しい、真っ当な意見を持っている事はもはや確かめるまでも無かったが、それでもバルトは言葉を取り消そうとしなかった。自分が正しいなどとは思えないが、こうするしかないのだ、という予感めいた心情がバルトの決意を固めてしまっている。なにより、若き新人の力を信じてみたいという思いを否定できない。

「全ての責任は俺にある。こいつはきっとうまくやるさ」

 願いとも、信頼ともつかない言葉に、リーグも敢えてそれ以上の反対意見は述べなかった。


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