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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
2章:演習
14/123

第12話「第三世代型トール〈四号機〉―3」

 数分後、四号機は機動試験を終了し配置に就いていた。

 同じく、一号機も向かい合うような場所に立っていた。

 この演習戦では四号機の性能を見極める為、どちらの機体にもコンバットナイフしか装備されていない。演習用弾頭を装填したアサルトライフル、ハンドガンなどの火器は持ち込まれていなかった。

『こちらナオト。所定の位置につきました、いつでも始められます』

「こちらバルト。演習戦が始まって、もし必要だと感じたらリミッターを解除してみろ。タイミングはお前に任せる」

『……はい、しかし』

「実戦でタイミングを間違えれば、戦力の低下に繋がりかねない。最悪、それが原因で死ぬ。だから訓練の中で、見極める力を付ける必要がある。そういう事だ……いいな?」

『了解、努力します』

 いかに真実とはいえ、ナオトを脅すような言葉を掛けた後で気分が良くなる道理は無い。コンバットナイフの動作チェックを行いつつ、バルトは軽い自嘲が込み上げて来るのを抑えられなかった。

 我ながら嫌な上官になってしまったものだ、という少々苦い感慨が押し寄せて来て、彼自身を嗤うのだ。訳の分からない機能を部下に任せ、使う事だけは強制しようとしている――――尤も、試験先行運用部隊の隊長といえば、そうあるべきなのかも知れなかったが。結局は先行量産型や試作兵器を扱う立場にある以上、こういった類の"押しつけ"は避けられない事だった。

 ナイフを握る一号機と四号機が正面から向かい合い、二号機と三号機がそれを見守る。さながら古風な決闘のような光景の中で、模擬戦闘が始まろうとしていた。敵味方識別装置〈IFF〉の機能が切り替えられた事で、両機は互いにとっての敵機(・・)と化す。すぐ近くに交戦対象を感知した戦闘支援システムが、『巡航(クルーズ)』から『戦闘(アサルト)』へと切り替わる。

 トールは汎用兵器でありながら、いかなる状況においても性能を発揮する事が可能だ。それは汎用性と特化性、相反する二つの要素を内包している事に他ならない。そしてその実現には、制御アルゴリズムの切り替え機能が大きく貢献している。戦闘支援システムにより、出力配分から動力伝達系に至るまで、状況に応じた最適値が選択されるのだ。パイロットが煩雑な作業に忙殺されないのも、この機能の恩恵と言える。

 ――――だから、『戦闘(アサルト)』への切り替えは戦闘開始と同義だった。

『いきます!!』

 枷から解き放たれたかのように、真っ先に飛び出したのは四号機の方だった。瞬く間にバルトの視界を埋めて来る四号機は、右腕の(マニピュレータ)にコンバットナイフを握り締め、すぐにでも決着を付けようとしている構えだ。

 その瞬発力は、バルトの目から見ても流石と言う他ない。そしてパイロットの力量差を考えれば、相手に付け入る隙を与えずに撃破しようとする判断も正しい。

 しかし、バルトにとって、その突撃はあまりにも見え透いたものだった。

「動きが単純過ぎるぞ!」

 一号機の腰を深く落とし、敢えて刃に向かうようにして上半身を倒す。四号機が突進の勢いのままに突き出したナイフは、一号機の頭部を掠めて、そのまま空を切る。

 それでもまあ、悪くはない初撃だった。バルトは冷静に四号機の動きを評価しつつ、四号機の速度、制動能力、そしてナオトの判断を一瞬で脳裏に走らせて、本来なら死角に居るはずの四号機の姿を思い浮かべる。性能諸元から推測した位置目掛けて、意識を集中させる。

 こういった大振りな攻撃の後には必ず、相応の隙が生じるものだ。だから、バルトは四号機がいかに素早くとも焦る必要を感じなかった。彼は慣性で前方に倒れ込もうとする一号機の体勢を引き上げると、間髪入れず脚部ホバーユニットを作動させた。

 計四基、第三世代型トール自慢の大推力で押し出された一号機は、体勢を立て直そうとしていた四号機目掛けて突進する。痛烈なタックルを見舞う事になった一号機は、しかし衝突の反動を無理に受け止めず、倒れ込まないように巧みな重心移動を行っていた。他方、まともに衝撃を食らう事になった四号機は、相当に機敏な反応でなんとか倒れ込まずに済ませていた。バルトはその運動性能に驚かされる一方で、やはりナオトがまだ格闘に長けていない事を確かめる。

 トールが人型であるが故に、対人格闘術は有効な攻撃手段足り得るのだ。そして、何も得物を使う格闘だけが近接戦闘では無いのだし、時には当身のような攻撃法も有効となる。特にコンバットナイフだけを装備する場合などは、そういった柔軟な格闘術そのものが一つの武器になると言っても過言では無い。たとえトール自体が無事だったとしても、衝撃で揺さぶられたパイロットが脳震盪を起こして気絶する場合すらあるのだ。

 後方に10mほど吹き飛ばされていた四号機が、――右脚を軸に置いたやや不安定な体勢で――またも斬り込んで来る。一号機の運動性を以てすれば避ける事も出来たが、バルトは敢えてその刃をコンバットナイフで受け止めた。両機の視線の先でぶつかり合うチタン塊の刃が、擦れ合う度に小さな火花を散らした。だが、不毛な力比べは彼の本意では無い。

 このまま押し切る事も辞さないと見せかけて、バルトは前方へと偏向させたホバーユニットを起動させる。噴射口から噴き出すジェット流と共に、唐突に刃を引く格好となった一号機。バルトの目論み通り、不意を突かれた四号機はたまらず前方へと倒れ込んだ。揺さぶられた平衡感覚がまだ回復し切っていなかったのか、MNCSによる動作補正も虚しく、ナオトの駆る四号機は今度こそ膝をついた。

「ナオト少尉、トール戦で立ち上がれなければ死ぬぞ、倒れ込むんじゃない!」

『り、了解!』

 四号機は崩された姿勢を回復させつつ、改めて周囲の警戒に入る。

 しかし、その対応は緩慢に過ぎた。既に四号機のメインカメラの範囲外に入った一号機は、コンバットナイフを構えている。無論、映像のカバー範囲を出たからと言って相手の位置を掴む方法が無くなる訳ではないが、バルトがナオトに与えたかったのは動揺だ。

 たとえ全周囲センサーに敵影があったとしても、メインモニターから敵影が消えたとなれば、パイロットの抱える動揺は相当に大きくなる。MNCSというパイロット依存型のインターフェースを搭載する兵器だからこそ、それは特に有効な心理攻撃として成立するのだった。

 もし、相手を見失うほどに動揺させる事が出来たなら、一号機は相手の意識から消えた(・・・)も同然の状態になれる。バルトは無防備な背面を晒す四号機へ向けて、躊躇わずにコンバットナイフの刃を突き立てようとしていた。一号機は更に加速し、瞬く間に距離を詰める。

 ……どうした、こんなものでは無いだろう、お前は!――――ナオト少尉!

 ある意味、バルトが願うような思いで突き出したコンバットナイフは、何の感触ももたらさなかった。刃は何も無い空間を切ったに過ぎず、確かにそこに居たはずの四号機は消えていた。

 よくやった、という想いを自覚する間もなく、バルトは一号機の側方から迫る四号機に気付く。しかし、それはバルトの予想をも超えて素早い。MNCSの思考深度制限の解除、そして駆動モーターの動作速度制限の解除、その二つが相まって、四号機はもはや別物と言っていいほどの加速特性を発揮しようとしていた。

「流石の機体だな、リミッターを付けるのは正解だろうが……!」

 敢えて刃を受け止める、などと考える暇さえ与えずに飛んで来たコンバットナイフ。バルトは一号機のコンバットナイフで以てそれを受け止めるが、今度は、高周波振動を切っているにも関わらずパッと激しい火花が散った。

 機体の速度を充分に活かした斬撃というのは、重くて、鋭いものだ。やや粗削りながらもそれをやってのけたナオトの攻撃を、バルトは感嘆の思いで受け止める。訓練が無駄では無かったという事実を、たった一撃で自ら証明して見せた部下の姿に喜びすら覚える。片や、心のどこかでは冷静に事態を見つめ続けていたバルトは、片手で三号機への通信回線を開いた。

「ルーカス少尉、MNCSはどうなっている!?」

『もしかして、|こうなるって分かってたんですか《・・・・・・・・・・・・・・・》――――これは凄い、四号機のMNCSの稼働率が桁違いに上がってますよ! 四号機に乗ってるのは本当にナオトなのか?』

「それで……他には!」

 今度は背面から仕掛けて来る四号機をいなしつつ、バルトはその先を促す。もしバルトが想像していた通りの事が起こっているならば、その兆候は明らかにルーカスの側で捉えられているはずだった。

 しかし、明確な数字としてわざわざ確かめずとも、バルトは確信しているようなものだった。何しろさっきまで防戦一方だったはずの四号機が、逆に一号機を圧倒しているのだ。想像していた通りの事が四号機に、そして機体を操っているナオトに起こっていないはずが無い。

『ええと、メインジェネレータ出力は設計値の93%、各部強制冷却システムに異常なし、稼働率は――――違うな、MNCSの思考深度が規定値の230%オーバー!?』

「やはりな。そういう事だ、きっちり記録しておけよ」

『じゃあ、今の四号機は、殆どMNCS制御系統だけで機動してるっていうのか!? 運動野から随意運動情報を引っ張って来るにしたって……ったく、あの瞬間に何が起こったってんだよ』

 ルーカスの驚きようも、全く当然のものだった。

 本来、トールとは、マニュアル操縦系統とMNCS操縦系統を併用して動かす兵器。にも関わらず、随意運動情報でマニュアル操縦系統を駆逐している今のナオトは、|レバー一つ触れる事無く機体を動かせている《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》はずなのだ。それは文字通りのブレイン・マシン・インターフェース、マニュアル操作を必要とせずに思考を取り出すという意味では、真に機能を引き出されたMNCSの在り方と言えるほどのものだった。

 そうなってしまえば、反応速度を桁違いに向上させる事も可能だ。脳から手、手からレバー、レバーから機体という煩雑な経路無しに、直接脳から取り出した情報を機体に送り込めるのだから。それを体現した結果が、まさに今の四号機だった。

 押され始めた現状を理解しつつも、バルトはどこか満足げな笑みを浮かべてレバーを握り締めた。



 あの瞬間、ナオトが死角から迫る一号機に気付けたのは、偏に気絶を免れていたからに過ぎない。そして背後から迫る一号機とコンバットナイフに気付いた時、自分でも存在を知らなかったほどの何かが、腹の中で暴れたようだった――――勝ちたい、と。不意に湧き上がった闘志に導かれるまま、ナオトは瞬時にリミッター解除コマンドを打ち込んでいた。

 リミッターを解除した瞬間、ナオトの意識は名も知らぬ大海へと放り込まれていた。決して現実のものでは有り得ない光が身体を満たし、駆け巡って、四号機という鉄巨神の身体へと投影されていく――――そんなイメージだった。

 あれは一体何だったのか。だが、この時のナオトにとっては、それすらも些細な疑問に過ぎなかった。レバーに触れるという考えが起こる間もなく、機体が自在に動く。フットペダルを限界まで踏み込もうと意識した途端に、ホバーユニットが凶暴な唸りを上げて作動する。

 愛機の高い性能、あるいは一体感そのものが、ナオトに高揚感すら感じさせる。

 以前の自分だったら、さっきの一撃で勝負は決していたはずだ、と思えばこそ、一号機の死角を自在に突ける優位が精神を昂ぶらせていた。

「――――このまま、いけるぞ!」

 ナオトには一号機の動きや斬撃の軌道が、はっきりと――否、明瞭ながらも重なり合っているように――見えていた。それは寸分違わず、最初の演習で味わったものと同じ感覚だった。

 ……そのおかげで死角からの攻撃も避ける事が出来た、そして今も!

 強大な加速度に押しひしがれつつも、一号機の左側面に突っ込む四号機。序盤とは速さも鋭さも段違いのコンバットナイフが、一号機の左腕目掛けて振るわれる。狙うは関節部、回避を許さない軌道で、確実に一号機に中破程度の被弾判定を与えるつもりだ。

 バルトといえども避け切る事がかなわない一撃、四号機が振るったナイフの先端は、深く抉るように左腕へと接触した。関節部を擦過して散った火花は、間違いなく被弾判定を与えたという証だ。実にLevel 3〈一部機体機能の喪失〉判定を受けた腕は、実戦であれば稼働困難と見なされて稼働を停止する。ぶらりと垂れ下がった一号機の左腕は、致命的な弱点を示していた。

 ……左から回り込み続ければ勝てる!

 止まる事無くナイフを振るい続ける四号機に、徐々に被弾判定を重ねていく一号機。とうに攻守の立場は逆転していた。だが、ナオトの裡には徐々に焦りが蓄積していった。

 相手の動きが予測できていながら、止めを刺せない。

 リミッター解除という奥の手まで出したナオトにとっては、それだけでも大きなプレッシャーだ。一号機は、四号機の速度にはまるで追い付けていないにも関わらず、まるで動きを予見しているかのような位置にコンバットナイフを置いているのだ。だから、決めきれない。

 あるいは、その焦りこそがナオトの判断力を鈍らせていた。

 左腕を損傷した一号機に対し、左側へと回り込む四号機。そこで四号機が大きく腕を振るうようにして放った斬撃は、この戦いを決着するかに思われた――――ナオト自身もそう確信していた。

 しかし、バルトは動かなくなった左腕部を前面に押し立てて、四号機の刃を封じ込めた。自機の腕すら盾にして、コンバットナイフの一撃を防いでみせたのだ。驚愕するナオトが次の対応を取る間もなく、既に勝負は決着したようなものだった。たとえ一瞬であっても、機動性を殺された四号機は致命的な隙を晒していた。

 気付けば、四号機のコックピット側面にはナイフが突き付けられていた。一方、四号機が振るった刃は勢いを止められて、既に沈黙していた。つまるところ、Level 4〈継戦不可能〉の被弾判定を受けた四号機の眼前には、勝者たる一号機の機影があったのだ。

「・・・くそッ!!」

 途中まで追い詰めていながら、最後に負ける。これまでの訓練にも必死で食らいついてきたナオトにとって、これほど惨めな負け方は無かった。

 思わず振り下ろした拳が、鈍い音と共にコンソールを叩き付ける。だが、その骨に響くような痛みさえ、悔しさを紛らわすには至らない。ただ、負けたという事実が脳髄で反復されて、徐々に全身から抗いようの無い麻痺感が襲い掛かって来る。

 ナオト自身が違和感に気付いた時には、既に遅かった。視界は端からぼやけて行き、徐々に暗くなっていく。同時に薄れゆく意識は、何故か彼に奇妙な安息をもたらしていた。


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