第11話「第三世代型トール〈四号機〉―2」
すぐさまパイロットスーツを着用し、格納庫へと向かったナオトは、真新しい装甲に包まれた機体の下へと向かった。そこで待ち構えていたのは、ホエールにおける整備を担当しているらしいクイスト=コリンド軍曹という軍人だった。
彼はナオトを捕まえるなり、まくしたてるように機体の扱いについて熱弁を振るっている。
「操縦系統は第二世代型と変わりはありません。ただし第三世代型ですから、運動性に関しては別次元のものと思ってください。四号機に関しては受信感度も思考深度も大幅に上がってますから、事故に繋がりかねませんので。あとは――――」
コリンド軍曹は飽きることなく、手にした仕様説明書の内容を読み上げていた。
ナオトは、相手の話の長さに辟易しかけているところだった。本来、コリンド軍曹がさほどしつこいする話をするような男では無く、しかも確かな手腕を持つ軍人だという事実は、不幸にしてまだナオトの耳には届いていなかったのだ。
当のナオトの意識は、むしろ目の前にそびえ立つ四号機へと向けられていた。
全長は20mほど、分厚い複合装甲に全身を包まれた力強い肢体、関節部に埋め込まれた巨大且つ鋭敏な駆動モーター、防錆塗装の鈍い照り返し――――そして今はまだ昏く佇むに過ぎない大きなカメラアイ。機体色は深みのある濃緑で、最もナオトに近い部分にあったのは、両脚部側面に二基ずつ設置された巨大なホバーユニットだった。ホバーユニットは前後に稼働軸を持ち、時には後方へ、時には前方へと推力を偏向出来る仕組みとなっている。 機体の機動性を担保する重要なパーツの一つだ。
鋼鉄の神像。愛機となるべき機体は、ナオトの目にそう映っていた。
兵器然とした機体色、未だ光を宿していないカメラアイ、巨大なホバー機構。外見上のどの特徴を取っても、そう感じた理由を説明する事は適わない。しかし、今までに見たトールには無い、生きた実感とも言うべき躍動がその機体には感じられる。ナオトにとっても不思議な感覚だった。
「――――警告事項は以上で良いでしょう。少尉は起動シークエンスに入ってください」
口頭での説明を終えたらしいコリンド軍曹は、忙しく持ち場へと戻っていく。
「え、ああ……了解しました」
ナオトは殆ど説明を聞いていなかった事に、多少の罪悪感を感じないでもなかった。しかし、ナオトを乗せた整備用リフトが上昇していったので、考えるのは後にせざるを得なかった。
その間にも、作業員の操作により四号機のコックピットハッチが開放されていく。先ほどまで二重の分厚い複合装甲で閉ざされていた空間は、やはり狭く、モニター類の微かな光で照らし出されていた。機体情報を反映するモニター群は、次々と情報を更新している。
その不規則に揺らめく輝きは、ナオトにはまるで神像の鼓動のように見えていた。だからこそ、理屈ではない、直感の次元で湧き上がって来る一つの思いがあった。
――――そう、この人型は生きている。
起動シークエンスをこなすナオトの目は、休むことなくモニター群をチェックし続けていた。メインモニター、サブモニター上で更新されていく情報は、機体の確かな脈動を伝えて来る。その指はコンソール上を滑り、確認項目を一つずつ潰していく。
「20番までの確認項目、終了。35番からの確認を再開後、メインジェネレータに点火する。出力規定値突破後は、起動シークエンスを一時中断。管制側の指示を待つ」
『了解。35番以降の確認項目は整備班が引き継ぐ。ナオト少尉は指示があるまで待機されたし』
「了解。ナオト=オウレン、待機を継続します」
起動シークエンスはようやく一段落、というところにまで来ていた。
四号機は初の本格起動という事もあり、起動シークエンスそのものも慎重に進められていた。待機モードで動力伝達経路を起動させてみたり、冷却系の稼働率を30分以上かけて徐々に引き上げてみたり、本当は動かす気など無いのでは無いか、とナオトが疑いたくなるような慎重さは全く妥協の気配を見せない。正直、ナオトは不安に思うと同時に、焦れていた。
しかし、貴重な第三世代型トールの事故など、絶対に起こす訳にはいかないのだ。そういった整備班側の立場を推し量れないのは、まだ彼が若いからに他ならなかった。
『バルト=イワンドだ。ナオト少尉、初めての本格起動はどうだ?』
既に発進し終えた一号機からの通信だった。ナオトは出来るだけ焦らず、簡潔に自身の状況を整理してみる。
「20番まで終了しました。現在は整備班が引き継いでいます」
『そこまで慎重にやるのは最初だけだ、次からは簡略化されるだろう。それより、これだ』
バルトが何やら操作すると共に、四号機のコンソールパネルにデータファイルの受信が表示される。今は敵軍に傍受される心配がないため、暗号化はされていないようだった。
「受信完了しました。これは、何でしょうか?」
『それは俺の戦闘データのコピーだ。これまでの機体動作を蓄積した最適化変数と言っても良いが、慣れるまでは役に立つだろう。戦闘支援システムに組み込んでおけ』
ナオトは慣れないまでも、特に手こずる気配は無さそうだと踏んだ。彼は人知れず、四号機の戦闘支援システムの優秀さに安堵する。
『本当は整備班にでもやらせれば良かったんだが』
「いえ、大丈夫そうです。演習が始まる前には作業を終わらせます」
ナオトには、このデータを戦闘支援システムに組み込んだところで、どの程度有効な働きをするのかは分からない。だが、ただでさえ戦闘経験が少ない彼にとっては、それがありがたい贈り物である事は間違いなかった。一号機との通信を示す表示が、コンソールから消える。
既に演習開始までの時間は、あまり残されていなかった。すぐに戦闘支援システムを別モードで再起動させて、受信したデータの解凍・インストール作業を始める。
容量の相当大きいファイルにも関わらず、作業は一秒も掛からずに完了した。それは、処理能力の優秀な制御コンピュータを搭載している恩恵を、四号機が初めてナオトに知らしめた瞬間でもあった。ちなみに、第二世代型トールと比べて遥かに優秀な中枢コンピュータの搭載は、第三世代型トールの特徴の一つでもある。
例えば、三号機のような電子戦設備を運用する前提ならともかく、他の機体にとってはオーバースペックである程だが、今回はその能力に助けられた格好だった。
『こちら管制、起動シークエンスの完了を確認した。少尉は離艦されたし』
いよいよだ、とナオトは気を引き締める。演習とはいえ、これが初めての運用となる。
「了解! 四号機、ナオト=オウレンで離艦します」
既定の時間がやって来た頃、荒野には全ての第三世代型トールが展開していた。
バルト=イワンド大尉が駆る、複合射撃システム運用型トール〈一号機〉
リーグ=ベイナー中尉が駆る、近接・重装汎用型トール〈二号機〉
ルーカス=クレット少尉が駆る、索敵・電子戦特化型トール〈三号機〉
その三機の最新鋭世代機が見守る先には、今回が実質的に初めての運用となる新造機体の機影があった。それは、ナオト=オウレン少尉の駆る、高機動・白兵戦特化型トール〈四号機〉。本格的な部隊演習を行う前に、慣熟運用を兼ねて機体の機動試験を行おうと言うのだ。
もし、ここで何かしらの深刻な異常が発生しようものなら、機体は総分解点検を受ける為に再び格納庫へと逆戻りしなければならない。最悪、製造元であるG.K.companyの工廠へと送り返されて、徹底的な検査・破棄措置が取られる可能性すらあった。そうなれば、予定されている〈デルタ3〉攻略戦への投入は絶望的な状況になってしまう。バルトは、四号機に異常が現れれば躊躇いなく送り返す覚悟だったが、しかしその懸念に反して機動試験は極めて順調に進んでいる。彼は密かに胸をなで下ろす思いだった。
だが、一方では、至って無邪気な好奇心で四号機を見つめる男も居た。ルーカスだ。
『おお、ナオトは張り切ってるねぇ! しかし、凄い機動性だな』
『ルーカス、具体的な報告をしろ』
通信を介して、三号機に乗るルーカスのはしゃぎようが伝えられて来る。半ば呆れたように、ルーカスに仕事を思い出させようとするリーグの声も飛び込んで来る。
現在、三機のトールが搭載するセンサー類は、乾いた大地を疾駆する四号機へと向けられていた。一号機のメインモニターにも、長々と土煙を巻き上げる四号機の映像が映し出されている。だが、機体の詳細な挙動を外部から観察・記録する役目を担っているのは、最も高級且つ高性能な電装機器を満載した三号機――――ひいてはルーカスの仕事だ。ルーカスは、四号機の加速特性を精密測定するという内容の下で、その性能に心を奪われ、はしゃいでいるのだった。
しかし、バルトもそうなる気持ちは分からないでも無かった。実際、データリンクによって三号機と共有されている観測データを見れば、四号機の優秀な機動性が浮き彫りになって来る。一号機から四号機までの機体フレームは基本的に共通だが、その基礎フレームが高い機動性を発揮し得るという、これ以上ない説得力を含む光景でもある。
努めて冷静にしているリーグでさえ、白兵戦特化型としての四号機の優秀さには驚かされている様子だった。特にリーグから通信が届いた訳では無かったが、バルトには分かる。これまで10年以上も共に戦って来た戦友の心情は、たとえ別の機体に乗っていても察しが付くというものだ。
バルトは加速特性の測定データを充分に採れたと判断し、三号機に指示を出す。
「ルーカス少尉、データの構成が終わり次第、応力歪みの測定に移るぞ」
『了解、こっちはもう大丈夫ですよ。ナオトにもこっちから伝えておくんで』
「分かった、頼む」
次にバルトは、通信先を二号機だけに切り替えた。別に後ろめたい話をするつもりでは無かったが、リーグと腹を割って話したい事があったのだ。
「リーグ中尉、ひとまずこれで充分だと思うが、ナオト少尉の方はどうだった」
『ええ、大尉もそう思っていましたか』
自分が口にするまでも無く、言いたい事は伝わっていたようだった、とバルトは理解する。
確かに、四号機が発揮する性能は、旋回性・加速性・即応性の全てにおいて、従来の第二世代型トールを遥かに圧倒するものであり、第三世代型トールとして相応しいレベルにまで達していた。鳴り物入りでG.K.companyが建造した最新鋭世代機の、最新鋭機だけはある。現に三号機によって収集されたデータは、その事実を証明している。
だが、それ以上に驚くべきは、そんな機体を不足なく操っているナオトの方だった。ナオトは、初めて第三世代型トールに搭乗したにも関わらず、機体出力に振り回されるような様子を見せていない。それがどれほど難しい事であるか――――もし仮に、第三世代型トール〈四号機〉の扱い辛さを荒馬に例えるなら、第二世代型トールはポニーのようなものと言っても良い程だ。操作性という点で見れば、それほどの違いがあるにも関わらず――まだ完璧にはほど遠いものの――ナオトは四号機の設計性能をよく引き出している。
数多くの新兵と接してきたバルトではあったが、こんなパイロットには出会った事が無かった。リーグも同様だ。バルトやリーグといった最古参のパイロットだからこそ、その特異な能力に気付けたとも言える。そして彼らの脳裏には、ある疑問も浮かんでいた。
何故、ここまで第三世代型トールを乗りこなせるのか。しかし、その答えはある意味で明白だ。
バルトは再び通信を共有モードに切り替えると、『四号機の準備が整った』と報告して来たルーカスに向けて、「四号機への通信を切る」ように指示を出した。不審げな様子で従ったルーカスに、バルトは、この指示がそれなりに真剣な内容である事を分からせようと試みる。
「こちらバルト。ルーカス少尉、聞こえているか」
『そりゃもうハッキリ聞こえております、隊長殿。んで、どうしました?』
「ああ、四号機のMNCSの挙動をよく監視しておけ。MNCSの挙動モニター用に、送受信チャンネルを一つ潰しても良い」
バルトが見つめる先で、四号機はスラローム走行のような複雑な機動を行っている。前方に、後方に、右に、左に、常に変化し続ける加速度が示す通りに、四号機は自動生成されるコースを順調に走破し続けている。
これは戦闘機動を想定した訓練でもあったが、応力歪みテンソルを測定するに必要な内容でもあった。複雑な三次元的応力に晒される機体というのは、加減速の度に生ずる慣性力を受けて歪み、腕や脚といった大質量物体が持つ慣性モーメントに引き摺られて歪み、常に形を変えながら移動を繰り返す弾性体として捉える事が出来る。普通、人の目には分からないまでも、機体は微細且つ立体的な歪みを絶え間なく発生させているのだ。
そして三号機は、立体の形状を精密に測定出来るだけの目を持っている。測定する中には、機体フレームそのものが捻じれるような歪みもあれば、装甲表面が波打つような弾性振動もある。その中から、高度なリアルタイム解析機構『連鎖解析システム』を用いて、特に危険な兆候を見つけ出すというのも三号機の役目だ。
だから、実のところ、ルーカスは誰よりも四号機を真剣に見ている。ルーカスがその気になれば、機体制御システムの中枢たるMNCSの挙動さえも把握出来ることを、バルトは知っていた。ほとんど一点物に近い電子戦特化型機体を与えられているだけあって、彼の解析技能は一流だ。
『……何があるんです?』
流石のルーカスも察するものがあったらしく、いつもの調子の良さはどこかへ消え去っていた。そんな彼に歯切れの悪い事しか言えない罪悪感を抱えつつも、バルトは、何でも無い風を装う。
「いや、何が起こるか分からないから用心するんだ。お前も、四号機が新造機体だという事は分かっているだろう。まだ把握し切れていない部分も多い」
『まあ、そりゃあ、こうして試験をやってる訳ですからね』
四号機は変わらず、自動生成進路を突き進んでいた。機体が完全に停止する瞬間は殆ど無く、むしろ加速し続けているように錯覚する程だ。進路上の障害物など微塵も気にかけない軽やかさで、戦闘機動にも匹敵する方向転換が繰り返される。
それは偏に、機体に組み込まれた有形無形の様々なシステムが、パイロットの操作を読み取り、機体全体の挙動へと昇華していく光景だ。四号機という機体は、その点において非常に優秀なマシンと言えた。鋭敏なMNCSというインターフェースを使いこなしさえすれば、それについてこられるだけの機体本体を持っているからだ。
その挙動の全てには、パイロットの意思が的確に反映されている。それは傍から見ているだけのバルト自身、恐怖さえ覚える程の鋭さを含んでいた。
しかし、まだ四号機の全力では無い。今回の試験で四号機を見極めようと考えていたバルトは、迷いつつも、結局は|無理にでも全力を引き出してみる《》事に決めた。機体の限界を知らなければ、とても実戦に出すような真似は出来ないと思えたからだ。
「こちらバルトだ。ナオト少尉、状況は?」
『こちらナオト。現在、ポイントC120を通過中。走破試験の継続について指示を』
「データは充分に取れた、走破試験はもう良い。それと予定には無かったが、これから一対一で模擬格闘戦を行う」
『……了解、相手は誰が?』
「俺だ、全力で来い」




