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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
2章:演習
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第9話「基地攻略任務という名の茶番―4」

「そうだ、命令だ。わかったな?」と、最後に念押しされた事が効いていた。上官にはっきりと命令だと言われてしまえば、部下である身に逆らう術など存在しない。嫌な事は早く済ませるのが一番だ、とルーカスは止む無く居住区を歩き続ける。

 重い足取りを進めつつ、目的の下士官室へと辿り着いたルーカスは、パネルを操作してドアの開錠を求めた。これは中に居る人間へ向けて、ノックをするようなものだ。よほど歓迎されない来訪でも無い限りは開けて貰える。仮に中に誰かいれば、の話ではあったが。

 軽い電子音が鳴った後、スライド式ドアが僅かに横へずれる。すぐにドアが開錠されてしまった音を聞いて、ルーカスは今さらながら落胆していた。誰も居なかったという口実が欲しかったにも関わらず、こうもあっさりと開いてしまった。部屋へ入れば、顔を合わせたくない人物が待ち受けている。往生際が悪いと評されてもおかしくない雑念を胸に抱えながら、ルーカスはドアの取っ手に掛けた手を引いた。

「真っ暗? なんで」

 開けたドアの向こうには、明かりが無かった。艦の中でも比較的深い位置にあるブロックである為、明かりを付けなければ真っ暗闇となるのに、だ。暗闇に目が慣れなければ、そこにナオトが居る事すら判別出来なかった事だろう。しばらく奇妙な沈黙に身を置きながら、しかしルーカスはすっかり毒気を抜かれた様子で尋ねた。

「……何してるんだ?」

 この時ばかりは、ナオトに対する偏見も何もあったものでは無い。記憶に新しい先例があっただけに、ルーカスは半ば本気で、相手が冗談をやっているのではないかと疑いかけた。

 ナオトもまた、自分が開錠を許可したというのにも関わらず、来訪者がドア付近に立っているという事実を意外に思っていた。一人でぼーっとしていたが為に、何をしたのかはよく覚えていなかったのだ。ナオトは今さら相手の存在に気付いたように、少々慌てる様子を見せた。

「え? ああ、なんでもないんだ。ルーカス=クレット少尉だったっけか」

「そうだけど」

 こんな人間がこんな反応をするなどというのは、ルーカスにとって全くの不意討ちだった。「特別扱い野郎」という評価は、どこか進むべき方向を違えて「変な奴」という評価に置き換わる。

 この変な奴は、部屋の電気も付けないで何をしていたのか。その疑問こそが、たとえどれほど下らないものであれ、ルーカスがナオトに初めて抱いた興味の形だった。こいつは思っていたような奴とは違うんじゃないか、と直感が訴えかけて来るようでもある。

「なあ、ルーカス少尉。バルト大尉って強いのか?」

「は?」

 考えるよりも先に口が開いてしまっていた。突拍子も無い質問を投げ込まれて、ルーカスは更に不意討ちを食らったような気分になる。しかし、質問そのものには、極めて明快な答えが出せる。『バルト大尉は強いのか』などと、それこそ考えるまでも無かった。

「大尉殿は強いぜ、当たり前だろ? そりゃあ、トールパイロットでベテランっていうくらいだからな。俺が士官学校に入る前からトールに乗り続けてる……まあ、それは中尉殿も同じか」

「やっぱり強いんだよな?」

「そりゃ当然」

 そう断言してみせたルーカスを前にして、ナオトは更にため息を重ねた。どう見ても落ち込んでいる様子だ。

 演習戦を終えた後に何か言われたのだろう、とはルーカスにも想像が付いたが、通信回線にまで介入していた訳では無いので具体的な内容までは分からない。それでも、バルトが確かな実力を持っている事こそが、ナオトにとっては言われた事の正しさを証明するようなもので、それ故に逃げ場を失ったような気持ちなのだ、という事までは察する事が出来た。

 正直なところ、ルーカス自身にも似たような経験があった。そんな昔の事などすっかり忘れていたはずだったのに、ナオトを見る事で記憶が呼び覚まされてしまったのだ。こんな事で落ち込まなくたっていいのに、という呆れが、ある種の親しみと共に心の底から湧き上がって来る。それを自覚してしまったなら、これまで塗り固められていた偏見が融解していくのも仕方のない事だった。もう、どうでも良いのかもしれない。自然にそう思えた。

 ナオトという男の正体を知ると同時に、あまりの下らなさが込み上げて来て、笑いたいような気持になって来る。なんだ、普通のやつじゃないか。それはそれで失礼な感想を抱きつつ、ルーカスは数分前までの敵意など忘れ去って気安く声を掛ける。

「おい、ナオト。あまり落ち込むなよ、そりゃ大尉殿に勝てないのは当然だって。俺やリーグ中尉だって勝った事が無いんだぜ」

 実のところ、バルトとリーグが対等の条件で演習をする機会など、ルーカスは目にした事が無かったが、間違っているなら後で謝ればいい、などと考えて敢えて訂正はしない。正確には、後で本人にバレたなら謝ればいいと考えて、訂正する事はしなかった。バルトに勝ったことが無いという情報は、少なくともルーカス自身については真実だと言える。半分は間違いなく正しい情報だ、と彼は割り切った。

 ルーカスはとにかく、ナオトを励ます事さえ出来ればよかったのだ。彼は既にナオトを仲間と認め、恐るべき速さで相手の懐に入り込んでいる。その切り替えの迅速さと言ったら、まるで定義を書き換えられた敵味方識別装置〈IFF〉が返す反応のようだった。既にナオトは味方であり、ルーカスの中にあるIFFは彼を敵として認識してはいない。ただ、それだけの事だ。

 ルーカスの言葉でやや元気を取り戻したのか、ナオトは徐々に歯車を噛み合わせていった。五分も経てば、二人の話題は積極的な方向へと向かい、そしてナオトが訓練に対して溜め込んでいた疑問へと辿り着いていた。どうしてここまでの訓練でトールに触らせてもらえないのか――――ルーカスにしてみれば、ナオトの不満こそ当然のものとして捉えられたが、そうした訓練内容が組まれていた事の意味にも気付けている。その事を伝えると、ナオトはやや意外そうな表情を浮かべて聞き返してきた。

「じゃあ、訓練が生身での基礎訓練ばかりだった理由って」

「MNCSの機能を最大限に活かす為だと思うぜ?」

 ルーカスは、自分が柄にもない事をやっていると自覚しながらも、真面目な調子で説明を続けた。

 全てのトールには例外なく、制御系の根幹にMNCSという一種のブレイン・マシン・インターフェイスが組み込まれている。それは簡単に言えば、機体動作に関するパイロットの思考を集約し、翻訳して機体に伝える為のシステムだ。MNCSによって拾われた操作指示――むしろ動作を決定する為に与えられた指向性――は、そのまま具体的な命令へ翻訳される事で、例えば駆動系へと伝達されて動作補正に関わる事になる。

 しかし、トールは基本的に、HOTAS概念を取り入れた複雑な操縦桿によって操作指示を送り込み、スラスターなどを手動で作動させつつ、任意の動作を行わせるマシンだ。そのどこに、ブレイン・マシン・インターフェイスたるMNCSが入り込む余地があるのかと言えば、マニュアル操作と機体動作とを繋ぐという点に他ならない。マニュアル操作でどんなに細かい操作指示を与えようとも、トールが行う動作に直結する訳では無い、という点にこそ、MNCSの真価がある。

 つまり、トールの操縦におけるマニュアル操作とは、機体がとるべき動作に一定の指向性を与えてやるものなのだ。マニュアル操作でどこまで強い指向性を与えるかは、パイロットによって大きく異なるものの、トールが実際に動く際は必ず、MNCSによって更に詳細な動作指示――例えば転倒しないようにする為の動作補正――が与えられている。MNCS適性が高ければ、マニュアル操作で与えなければならない動作指向性は弱くなるし、逆にMNCS適性が低ければ、たとえ速度面で不利だと分かっていてもマニュアル操作の比率を高めなければならない。後者の場合は、MNCSを介した補正にあまり期待出来ない分、常に戦いの流れを先読みした動作指向性を与えてやる必要があり、自由に機体を動かすには相当の熟練とセンスが要求されてしまう。その点を考えてみただけで、MNCSというインターフェイスの持つ有用性は証明されているようなものだ。MNCS無しでは、決してトールを満足に動かす事は出来ない。

 ただし、MNCSは良くも悪くもパイロットに強く依存する制御方式であり、動作指示が常に最適化されている訳では無い。パイロット自身に性能そのものを左右されるという意味だが、それは根本的な仕組みを考えてみれば分かる事だ。

 MNCSがパイロットから思考を読み取る、あるいは抽出するという機能は、人間が持つ反射機構を拡張利用する事で実現されている。平たく言うなら、人間が持つ神経系の反射機構に相乗りする事で、トールへの動作補正指示などを引っ張り出しているのだ。具体的には、体性―交感神経反射を一部利用し、機体に掛かった一定の刺激を体性感覚神経から送り込まれた刺激と錯覚させ、これに対する無意識下での応答を、パイロットの中枢神経系から引き出している。最終的には間脳を挟み込み、内臓への出力経路を通して応答が取り出される為、パイロット自身は、自分の神経系を用いて補正操作を行っているという自覚すら無いままにMNCSを利用出来てしまう。

 これは普段、人間が姿勢を制御する時などに、意識する事なく骨格筋を動かせているようなものだ。つまり、人間の持つフィードバック機能、より具体的には運動調節機能をそのまま機体に反映させる事で、MNCSは動作補正を行えている。MNCSの機能はそれだけに留まらず、時に大脳新皮質――特に前頭葉の一次運動野――に発生した思考を読み取る事で、無意識下での動作補正などとは違い意識的な動作を行わせる事も可能だ。両者の機能の違いは、不随意運動を担うか、それとも随意運動を担うかに例えられる。

 どちらにしても重要な事実は、MNCSの機能を最大限に発揮するには、パイロット自身が身体の扱い方を知っていなければならないという事だ。まさに身体で覚えた反応を、MNCSは機体動作へと反映させる。特に、随意運動を反映させるような咄嗟の動作であるなら、無意識下での反射機構に期待する事さえ出来ない。しかもそのような場合というのは、MNCSの処理速度の関係で、マニュアル操縦系よりもMNCS制御系統が優先されるようになっているから、間違った身体の使い方をしてしまえば、もろに機体へと伝わってしまう。

 だからこそ、パイロットは繰り返し必要な動作を反復する事で、最適な反応というものを身体に覚え込ませる必要がある。それは利点であり、同時に弱点にもなり得る。

 つまり、と前置きしてから、ルーカスは疑問に関する核心部分を伝えた。

「普段からMNCSを介して制御される動作もそうだし、特にいざっていう時には、身体で覚えた動きっていうのが重要になるってことだな。まあ半分は大尉殿の受け売りだけどさ」

「だから、あんなに基礎訓練を繰り返したのか。MNCSをより活かす為に」

 ルーカスの説明を聞いた事で、ようやくナオトの疑問は解消されていた。MNCSの概要というものは、確かに知識としては知っていたものの、それを自分の置かれた状況と関連させて考えようとしなかった事は、偏に彼自身の認識不足と言えた。

 やたらと基礎訓練が多かった理由、自分に実力差を見せつけた理由。それら全ては、効率的に自分を鍛えようとしてくれた結果だったのだ。ナオトはようやくそれに気付けた。だからこそ、今の彼には行くべき場所がある。先程までとは一転、新たな心意気を手に入れたナオトは、ルーカスに質問したい事があった。

「ルーカス、ありがとう。バルト大尉がどこに居るか知ってるか?」



「ルーカスの言った通りだったな」

 艦後部の第二格納庫へと辿り着いたナオトは、そこにバルトの姿を見つけた。

 バルトは、先の演習戦で出撃した〈MH―T7〉訓練用トールの内、一機の足元で整備用端末を手にしている。ところどころ展開された脚部装甲の内部にセンサーを当て、微細な亀裂クラックなどが入っていないかどうかを確かめているのだ。手にレンチやスパナを握っている訳では無かったが、そんな古典的な機械弄りばかりが整備の全てでは無い。検査もまた立派な保守点検作業の一環であり、整備要綱に規定された項目の一つだ。

 しかしその光景は、ナオトの目には奇異なものとして映った。トールという兵器にはあらゆるプロが携わっているが、整備の為に整備員が、操縦の為にパイロットが居るのであり、そうした枠を超えてまで機体に関わる必要など、本来は無い。むしろそれぞれの領分に不用意に立ち入る事こそ、避けなければならないのだ。ナオトにとってはまだ実感を伴う話では無かったが、それくらいは知識として知っていた。

 確かな技量や、整備員との信頼があればこそ、ああして普段の機体整備に関われているに違いない。経験の少ないナオトに理解出来る事と言えば、それくらいのものだ。わざわざ機体の整備にあたるバルトの心情が、彼にはどうしても理解出来そうになかった。

「ナオト少尉か、どうした? 訓練の再開は明日からと伝えたはずだぞ」

 格納庫に入って来たナオトの存在に気付き、バルトは声を掛ける。

 本来、訓練用トールの整備に携わるべき人員の殆どは、四号機の調整作業に引っ張り出されており、ここ第二格納庫で共に作業を行っている整備員の数は少ない。整備班長たるコリンド軍曹の姿も見えず、残っているのはせいぜい四人といったところだ。

 ナオトが機体に触れたいと考えているのなら、行くべきは、四号機が格納されている第一格納庫の方であるはずだった。まさか整備を手伝いに来たのではあるまい、とバルトは不思議に思う。あるいは、何か言いたい事でもあるのか。そちらの方がよほどありそうな話だと感じ、バルトはそれとなく整備作業を中断してナオトの言葉を待った。ここでわざわざ急かしても得る物は無い。ややあって、ナオトは言い出し辛そうに、しかし確固たる考えをバルトにぶつけて来た。

「その……自分には、訓練の意味がようやく理解できました。明日からの訓練、改めてよろしくお願いします」

 彼はそう言って頭を下げる。そんなナオトの様子が、演習戦を行う前とはかなり違っている事にバルトは気付いていたが、敢えて意地の悪い質問をぶつけてみる。

「そうか。これからは更に厳しくなるぞ、ついて来られるのか?」

「はい。隊長のようなパイロットになる為、全力で取り組みます!」

 まさにバルトが期待していた通りの答えが返って来た。尤も、質問などぶつけなくとも、答えなど分かっているようなものだったが。それでもバルトは、ナオトが得た決意を、それを表現する言葉を聞きたいと望んだ。そしてナオトは、僅かの間も置かずに応えてみせた。

 だからこそ、ナオトの言葉はバルトにとって眩し過ぎた。眼前の若い光によって作り出された影の存在を自覚しながらも、バルトは努めて上官としての自分を意識する。そうしなければ自分に応える資格は無い、そう感じたからだ。

「了解した。明日からは覚悟しておけよ。お前が生き残れるようなパイロットになるまで、訓練は終わらないからな」

「了解しました」

 では失礼します、という言葉を残してナオトは去って行く。言いたい事は本当にそれだけだったようだ。バルトは苦笑しながらも整備用端末の待機状態を解除、再び整備を始めようとする。

 何の前触れも無く、装甲ハッチに触れた手が止まった。ふと思い出した事がある。ナオトの真っ直ぐさとでも呼ぶべきものは、バルトが久しく忘れていた感覚そのものだ。まだ若かった頃の記憶が鮮やかに蘇り――そう、昔は戦車兵をやっていた――、ある種の瑞々しさすら連想する始末だった。彼がこれほどまでに純粋な形で過去を思い出せたのは、全く十年ぶりと言っても良い。だが、そんな過去にさえもすぐに翳りが生じて来たので、それ以上記憶に浸る事は止めた。どうしても切り離せない記憶が、過去という総体に深く絡みついている。

 しかし、何故、昔の感覚を忘れてしまっていたのか。それは単に齢を重ねたせいでもあるし、また彼が辿って来た人生の中で、一つの忘れ物をしてしまったせいでもあった。何を落としてしまったのかは分からなかったが、落としてしまった時刻、そして場所だけははっきりしている。決して取り戻しにはいけない場所に、置いて来てしまったのだ、何かを。

 訓練用トールの脚元に残っているのは、バルトただ一人。まだ残っている整備工程を頭に思い浮かべながらも、彼はその実、自身とナオトについての考えを巡らせていた。

「俺のように、か」

 どうして、止めておけと言えなかったのか。バルトは自問し、自嘲する。良いパイロットになるやもしれない若者が目指す相手としては、自分はあまりに過去に縛られた人間だ、と。

 過去に執着し、時代に取り残されていく人種というものは、いつの時代にも一定数存在する。バルトもまた、自分をその一人だと認識していた。ベテランパイロットと呼ばれる程に経験を重ね、今もこうして戦えてしまっているという事実。それ自体が彼自身の認識を後押ししている、何よりの客観的な証明でもあった。

 バルトは、ナオトが自分のような道を歩まない事を望む。せめて自分以外には、別の道を歩んで欲しい。それは、ベテランパイロットたる彼が、胸に秘める願いだった。


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