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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
9章:撤退
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第99話「疵だらけの最新鋭機―2」

 未確認機はいつ土煙を突き破って出て来るのか。メインモニターを見据えるナオトの心臓が早鐘を打ち続ける。指はトリガーボタンの上で固まり、攪乱効果のある特殊弾頭――低速爆燃弾頭で腹を満たしたサブマシンガンを、いつでも発射できるように構えていた。数秒後、凝視し過ぎて霞み始めた視界に、予兆のように蠢く土煙の流れが捉えられる。

「……来たか!」

 茶色の粉塵に染まる光景に、不意にぽっかりと黒い空洞が現れた。まるで人型に切り取った闇が、突如として四号機のモニターを浸蝕したかのようだった。それが黒曜石の如き装甲を纏うトールだと気付いた時、ナオトは未確認機目掛けてサブマシンガンを撃ち掛けていた。

 低速爆燃弾頭――すなわち炸薬燃焼時に長時間に亘って高熱を発する弾頭が、未確認機の周囲へ向けて多数撃ち込まれる。簡易フレアとでも言うべきこの弾頭を撃ち込まれれば、特に赤外線などの長波長帯が著しく妨害され、多少なりとも火器管制システム〈FCS〉に混乱がもたらされるのだ。つまり直撃すればそれ以上に言う事は無いが、あくまで攪乱用に装備された特殊弾頭である。だが、本来の機動性を発揮できない今の四号機にとって、相手の動きを少しでも封じる事のできるこの装備は生命線とでも言うべきものだった。相手が自分より圧倒的に高い実力を持っているとなれば、なおの事である。それでも次の瞬間、ナオトは未確認機の実力に驚愕せざるを得なかった。

 煙を突き破って来たばかりの未確認機に、弾頭を避けるロクな時間など無いはずだった。しかし、当然の如く避けられていく弾頭の数々が、そんな事実を傲慢なまでに否定してみせる。不意打ちにも関わらず直撃弾はおろか、装甲を掠める弾頭すら無かったというのは、言うまでも無く相手が異常である証に違いなかった。ナオトが今までに遭遇したフェンリル機のような――そう、アインドやフラグマと名乗った機体のように、尋常ならざる性能を持っているという証である。

「これで……これだけの性能でフェンリルじゃないのか⁉」

 仮に相手がフェンリル機なら、既にそうと伝えられているはず。そんな未知の相手に対し、恐怖を覚えないと言ったら嘘になる。それでもナオトは低速爆燃弾頭をばら撒きつつ、ホバーユニットを駆使して四号機を後退させていった。

 その間に懸命なまでの牽制射撃を浴びせ掛け、未確認機の注意を引き付けようと試みる。あくまで必要なのは足止めだ。フラグマと戦った時のように、相手の間合いへ不用意に踏み込むような愚は侵さない。四号機はつかず離れずの距離を保ちながら、次々に障害物へ回り込むようにして未確認機の進路を塞ぎ続ける。執拗に、そして飢狼を前にした時のような慎重さで。

 炸薬としてはかなりの長時間、高温で燃焼する弾頭が黒曜石の装甲を照らし、その索敵範囲を狭め続ける。特に熱探知を用いた索敵が妨害されているはずで、トールの追撃を目論むならばこれは非常に鬱陶しい。その上で『こちらを倒さなければ一号機を追撃できない』と相手に思わせられたなら、ナオトの思惑通りとなるはずなのだ。もし本当にそうなったら、そこからが本番だとも彼は覚悟していた。

「バルト大尉でも倒しきれなかった相手……こんな反応速度じゃ、フラグマが相手みたいなものじゃないか!」

 いささか詰め過ぎた距離を嫌い、未確認機から姿をくらますように小谷へと突っ込む。低速爆燃弾頭をばら撒き過ぎたのか、弾倉の残弾は尽きかけていた。弾切れ寸前を警告するアラームを黙らせつつ、膝をついた四号機に、さながら歩兵のように新たな弾倉を手に取らせる。ガキリと小気味よい音と共に銃本体と弾倉とが接続されると、警告表示が取り下げられた。

 早速一つを消費したものの、弾倉自体にはまだ余裕がある。唸るホバーユニットの出力に任せて強引に小山を駆けあがり、未確認機を見下ろすような位置からサブマシンガンを撃ち掛ける。血色を滲ませる未確認機は、いかにも鬱陶しそうに弾頭の全てをすり抜けると、四号機へとその双眸をギラつかせて来た。

 遂に、未確認機がこちらに目を向けたのだ。途端、ナオトの胸中が儚い達成感と、圧倒的な危機感に塗り潰される。相手に接近戦をさせてしまったら勝ち目はない。それどころか、ロクに時間稼ぎすら出来ないまま倒されてしまう。と、銃を構えたまま必死に後退を掛ける四号機に対して、未確認機は慈悲の欠片も無く突っ込んで来た。

 咄嗟にトリガーボタンを引き込み、連続して吐き出される弾頭で未確認機の進路を塞ぐ。しかし、それは単に無駄弾を産むだけの事だった。即ち、塞いだはずの空間などお構いなしとでも言うように、未確認機は躊躇うような素振りすら見せない。まるでこちらが故意に外していると錯覚させられるほどに、未確認機は弾頭の未来位置を的確に避けていくのだ。『まるで』と喩えるのではなく、ナオトには、それが実際に未来を把握している結果としか思えなかった。未確認機の動きは、何故か未来を予知して動けた時の四号機と似ている。

「まさか、相手も四号機と同じ機能を持っている――⁉」

 この未確認機もまた、四号機と同様の――そして遥かに高度なMNCSを搭載している。実際、二分程度しか動けなかったこちらとは違い、全力で稼働出来ている時間は想像もつかないほど長いのだ。四号機より遥かに長い時間に亘ってMNCSと全面リンクし続けている上に、フラグマと同等以上の動きを発揮してみせるなど、まるでトールとしての次元が違う。ある種の絶望感と共に、その確信がナオトの脳裏を突き抜ける。

 でも、それだけの機能を使ってパイロットに反動が来ないはずは――。ほんの微かな光明が差す。が、そう思えたのもほんの一瞬に過ぎなかった。

 黒曜石の中に光る真っ赤な双眸は、すぐそこまで迫っていた。もはやサブマシンガンが役に立つ距離では無い。一瞬の判断でコンバットナイフを左腕に引き抜かせると、未確認機のかざす鉈はその軌道を避けるように振るわれた。引っ掛かるような衝撃と共に右肩部が斬り付けられ、遅れてかざしたコンバットナイフが空を切る。

 ナオトの脳裏に、今度は逃げようのない直感が走った。

 パイロットの操作と四号機の動作には、相当の時間的ズレが発生していたのだ。それ自体は既に体験している事だったが、第二世代型トールから移植した左腕は特に致命的だった。駆動モーターを取り換えた後の四号機と比べてさえ、その差は大きい。信じ難いまでの運動性を発揮する相手と格闘戦をせねばならない、という段に及んで、その問題は一瞬で噴き出してきた。

 機体が反応し切る間もなく、ナオトの眼前で切断された細長い銃身が宙を舞う。特に鈍い左腕を庇って掲げてしまったサブマシンガンを、ここぞとばかりに高周波振動ブレードの一閃が襲ったのだ。銃身を切り飛ばされたサブマシンガンなど、命中精度に期待できるものでは無い。放棄せざるを得ない銃本体を未確認機へと投げ付けると、四号機の右腕は予備兵装として装備してあったハンドガンを引き抜いた。

 投げ付けたサブマシンガン本体が鉈によって斬り飛ばされ、未確認機の姿が分断されたパーツの間に覗く。そこへナオトは一応の狙いをつけ、スモーク弾頭を込めた特別仕様のハンドガンの引き金を引いた。撃ち込まれたスモーク弾頭が瞬く間に周囲を白煙で覆い、視界と索敵センサーの機能を塞ぐ。ナオトはすぐさま機体を接近戦の間合いから遠ざけ、飛び出してきた未確認機の周囲になおも数発を撃ち込む。その間ですら、機体挙動の一挙手一投足に重さが粘り付いて来ていたのだから、反応性の問題は相当に深刻だった。

 ……とにかく今は離れないと――()られる! 

 その時、ナオトの視界に崖と思しき地面の切れ目が飛び込んできた。センサーによれば、地面までの高さは40m強。下手をすれば、飛び降りた衝撃で脚部が損傷するかもしれなかったが、構っていられる状況では無い。連続して視界を奪われた未確認機を横目に、一思いに10階建てビルを超える崖から飛び降りる。着地の瞬間にはホバーユニットを全開で噴かしたものの、その衝撃はコックピットを激しく揺らすには充分だった。上へ下への振動に耐えきると、ナオトは咄嗟にモニターへ目を向ける。

「なんとか着地することは、できたのか。……よかった」

 幸い、ショックアブソーバーに軽度の過熱警告が出た以外、脚部に目立った損傷は無い。すぐさま機体脚部の排熱機構が作動し、最低限のガスだけが噴出される微振動が伝わってきた。その程度の問題なら、自己診断システムが冷媒ガス放出による強制排熱を行う事で解決できるのだ。あとは、すぐにでも未確認機を見つけなければならない。

 四号機に頭を巡らせると早速、頭上の崖を上がった先に未確認機の機影を見て取れた。こちら側から見えているからには、相手側からもこちらを探知出来ていて然るべき状況だが、なぜか四号機の位置は気付かれていないようだった。それでもここを離れようとしない辺り、未確認機は四号機の撃墜を諦めていないと分かる。しかし、このまま隠れ続けていたのでは未確認機の足止めをする事はかなわない。いつまた、未確認機が一号機を追い出すか分かったものではないのだ。

 これ以上隠れている事は出来ない、しかし正面から対しても勝てる見込みはゼロに等しい。俺はここからどうする。ナオトは焦る心理を必死に抑えつつ、自問する。

「このまま戦い続けるか? いや、今は出来ないんだった……。せめて俺が長い時間戦えるなら、射撃で足止めを続けることだって!」

 軍医から告げられた忠告、『くれぐれも長時間の戦闘は避けるように』という言葉を彼は忘れていなかった。そもそも二挺のサブマシンガンを両方失ってしまったのだから、ハンドガンで牽制射撃を続けるにしても、至難の業であることには違いないのだが……。

 きっとそれすらバルト大尉ならば可能に出来るのだろう、とは、考えるともなしに浮かんだ分析だった。片腕を失い、前面装甲に甚大な損傷を受けていたらしい一号機ですら、未確認機と渡り合っていたのだ。たとえ今の自分と同じ状況に置かれていても、未確認機への戦いを挑むのだろう、とも。

 現に、MNCSと駆動系へのリミッターを外した状態の四号機でさえ、一号機との演習戦では敗北を喫してしまった。あれは三回目の演習戦――圧倒的な機動性を発揮していたナオト機に対して、バルトは機体の片腕を囮として差し出しつつ、一瞬の隙を突くようにして撃墜判定を与えたのだ。その柔軟な戦い方はナオトに衝撃を与えたし、パイロットとしての圧倒的な力量差を理解させもした。故に演習戦でのバルトの戦い方は、未だにナオトの脳内に強くこびりついている。

 それは、今の彼にとって一つの希望だった。

 つまり、圧倒的な運動性を誇る未確認機――――|四号機の特性と極めて似通った・・・・・・・・・・・・・・・と戦う最中に、この教訓を思い出したということ。それを思い出すタイミングが、圧倒的な機動性を見せる未確認機との戦いの最中であったということは、彼に一つの暗示を与えずにはおれない。

「……そうか。バルト大尉のように戦う事が出来れば、どれだけ素早くともあの未確認機へ損傷を与えられるかもしれない。たしかに今の四号機は万全じゃない。けど、機動性が全てでもないんだよな。他に出来ることだって」

 ――本当に、自分にそのような戦い方が出来るのか? 

 出撃前にも自らへ問うた言葉は、今は全く違う意味を以て脳裏を漂っていた。軍人として尊敬する隊長のように、そして軍内屈指のベテランパイロットのように、自分は戦えるのか。

 答えは出なかった。あるいは、自分でも答えは薄々分かっていたが、敢えて無視を決め込んだのかもしれなかった。いずれにしても、少しでも有力な手段ならばやるしか無いのだ。

 相変わらず頭上の崖上をさまよっている未確認機を睨み、彼は四号機のジェネレーター出力を静かに引き上げていった。同時に、細心の注意を払いながら山道を上がって行き、未確認機の背後を取れる位置へと機体を付ける。仕掛けるなら一度しかチャンスは無い。損傷を被る覚悟とは言っても、斬らせる余裕のある部位などそうそうあるはずが無いのだから。せいぜい腕一本を差し出すくらいに留めなければならない、と考えれば思わず顔が引き()る。

 だが、状況はこれ以上の遅延を許さぬものだった。

 今にも逃げ出したくなるほどの恐怖を押し込め、ナオトは四号機のスラスター・ホバーユニット出力を一気に引き上げた。機体はスラスター推力によって強引に高低差を飛び上がりつつ、未確認機の背後を取らんと勢いよく飛び出す。比較的反応の良い右腕にはコンバットナイフが握られ、未確認機へと一撃を与える構え。しかし、四号機はあくまで左腕に握られたハンドガンを相手に向けていた。装填されているのは、やはり通常弾頭では無くスモーク弾頭。そして向けた銃口の先には、ごく当たり前のようにこちらを見据える未確認機の双眸があった。

「やっぱり、見えていたんだな!」

 どうして不意打ちが見破られたのか、などとは考えない。既にナオトには体感として理解出来ていた。相手には不意打ちされる光景が見えていた(・・・・・)からこそ、対応できたのだ。

 不意打ちを予知していたからには、すぐにでも四号機へ反撃を仕掛けてくるに違いない。そんな未確認機へ向けて、ナオトはハンドガンを発砲しようとした。大まかに脚部を狙う以外、ロクに狙いもつけてはいないが構わなかった。きっと撃つ前ですら、あるいは撃たれてからでさえ未確認機は対応するのだろうから、同じことであるはずだった。

 しかし、未確認機の速さは、そんな予想をも遥かに超えていた。文字通り、気付けば機体真正面に閃く鉈の刃が見えていたのだ。刀身の中ほどで大きく刃こぼれした鉈ではあるが、それがなんだと言わんばかりの鋭利な輝きは、『当たれば死ぬ』もののそれに違いない。胸部正面装甲でさえ、当たれば間違いなくコックピットごと分断される。

 こんな光景を前にも見た事がある。

 そんな感慨が頭に浮かんだ頃には、既に身体が本能的に反応してしまっていた。その瞬間ばかりは忠告など頭から吹き飛び、自衛本能に関連付けられた動作が実行されていたのだ。即ち、無意識の内に入力し終えたごくシンプルなコマンドは、四号機に掛けられたリミッターを解除する為のものだった。


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