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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
9章:撤退
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第98話「疵だらけの最新鋭機―1」

 パイロットスーツに包まれたナオトの全身が、分厚い複合装甲に開けられたシャッターをくぐってコックピットシートへと収まる。機体は、既に整備班によって起動準備を済ませてあったようで、ナオトを取り囲むように格納庫の全景が映し出されている。一号機が抜けた分がらりと空いた格納庫内を、機材片手に多くの整備員たちが駆けていく光景があった。

『ジェネレーターコントロールユニットの規定数値、マイナス2.4へ微修正を完了しました! 駆動系への電圧調整は本体側の制御でいけます』

『左腕接続部、フィードバック系に異常なし。本体側の認識データと相違は認められません』

『予備兵装も含めて武装の認証は正常に行われています。低速爆燃弾頭の弾倉(マガジン)は、通達通りサブマシンガン一挺に装填されました! 予備のハンドガンにはスモーク弾頭を装備、四号機への固定完了!』

『よし、地上の整備班は退避区画へと移動! 起動プロセスD43からF10は省略して四号機を出撃させる。直ちに機の発進に備えろ、ハッチ開放も急がせるんだ!』

 整備班の声が飛び交い、拾った音声に対応する表示がモニターに明滅する。その分割されたモニターの中でも、機体側方に対応する画面にはコリンド軍曹の横顔があった。部下たち整備班へと指示を飛ばしつつ、自身は整備用端末を通して機体の最終チェックに没頭しているのだ。この四号機を――ナオトの愛機を起動させているように計らったのは彼に違いなく、胸中には言い知れぬ感謝の念が込み上げていた。

「コリンドさん、ありがとうございます。四号機を出せるようにしておいてくださって」

『こんな時ですからな。きっと少尉が出る事になるだろうと思っていましたよ。

 まあ……現在、バルト大尉の一号機がホエールへと向かって来ているようですが、どうやら損傷が酷いらしい。それに未確認の敵機がまとわりついているようで、増援がホエールに接触するまでには、恐らく間に合わないだろうとの事です。敵は一個中隊規模の12機、充分に気を付けてください』

「分かっています。俺に出来る事なら精一杯やるつもりです。でも、新たに取り付けた左腕はどこまでやれますか? 自分なりに細かい調整だけはしたんですが……」

『演習用トールの左腕ですか? あれは第三世代型の規格を取り入れているとはいえ、基本的には第二世代型トールの腕です。駆動性能はもとより、耐弾性も低くなってしまっています。内臓バッテリーの破損には特に気を付けておかないと、強度的に脆くなっている肩部ごと持っていかれますよ。VHITバッテリーは出力は高いのですが、外気に触れれば爆発もしますから』

 左腕が被弾すれば肩ごと吹き飛ばされかねないなど、なんともぞっとする話だ。しかし、それもコリンド軍曹たち整備班が最善を尽くした結果なのだろう、とナオトは納得する。

 四号機用に設計された四肢と違って、演習用トールの腕部駆動モーターは瞬発力に劣る。それを無理矢理四号機へと接続するには、どうしても内蔵バッテリー――即ちVHITバッテリーの容量を大きくする事で対応するしかなかったのだ。そもそも非常に小型のものに限れば、VHITバッテリー自体は、トールの主機関間たる核融合炉の補助として内蔵されている。バッテリー内部に封印されているVHIT結晶を、被弾して外気に触れさせなければいい話なのだ。

 そんな戦い方が自分と、今の四号機に可能なのかという事は敢えて考えない。格納庫を照らす警告灯を背に、四号機は開放された艦尾ハッチへと足を掛ける。正規の起動プロセスは幾つも省略しているが、機体動作には問題が無いようだった。あとはホエール側面から四号機を離艦させるのみ。ナオトがごく慎重にレバーを引き込んでいくと、左右それぞれの脚部ホバーユニットが、内部より漏れ出した炎光で微かにちらつき始める。

『それから、四号機の状況についてなんですが……少尉、四号機のMNCS制御系と駆動系に掛けられている速度制限のリミッターは、くれぐれも解除しないでください。四号機は本来、専用に調整されたMNCSと駆動系とが噛み合って初めて、高度な白兵戦用機体として完成するように設計された機体です。しかし、今の状態ではMNCSだけが機能を維持しているせいで、機体本体とそれを制御するシステムとが噛み合っていない。つまり、過負荷が掛かっている状況なんです』

 コリンド軍曹の言葉と、軍医から告げられた言葉が重なる。MNCS操縦系統へ過負荷が掛かっている状態で、今の自分がリミッターを解除すれば一体どうなるか。MNCSとの全面リンクがもたらすであろう重大な副作用は、もはや眼前へと明確に突き付けられてしまったのだ。副作用がただの幻覚であるなどと、今さら見て見ぬふりは出来そうにない。

「……ええ、リミッターの解除は止めておきます」とだけ呟いたなら、格納庫内に管制側からのアナウンスが響いた。

『こちら管制、第二格納庫の艦尾大型ハッチロックは解除済みです。YMX-04(四号機)、作戦行動開始いつでもどうぞ』

 ……そう、リミッターを解除してはいけないんだ、出来る限り。

「了解。ナオト=オウレンは四号機で、敵増援部隊の迎撃に向かいます!」

 ふわりと内臓を軽くするような感覚の後、鈍い衝撃がコックピットを揺らす。ハッチから飛び降りた四号機が、加速を殺さぬままに地面とへ着地したのだ。そのままナオトの手元で開き切ったスロットルに従い、後方へと偏向されたホバーユニットが機体を加速に乗せていく。

「敵増援は分かれずに、直接ホエールに取り付くつもりなのか? 陽動も無しで沈める自信があるんだな!」

 出来るだけ艦から遠くへ、遠くへと機体は駆ける。ホエールに取り付かれれば為す術が無いのだから、敵部隊は出来るだけ艦から離れた位置で迎撃しなければならないのだ。

 ナオトの額には早くも汗が滲んでいたが、あくまで自分には出来ると言い聞かせる。この出撃の為に用意された二挺のハンドガン、二挺のサブマシンガン、複数のグレネード弾、これだけの装備を以てしても不安を拭えないのは、まったく情けないものだった。意識せずとも、ナオトの脳裏には力不足という言葉がチラつく。振り払おうとしても、愛機の現状を見れば否定出来るものではない。

 友軍機からの通信が届いたのは、その時だった。二号機・三号機は別の増援部隊に挟まれて動けない、そう聞かされていた状態だったから、画面を見ずとも相手は分かる。四号機にサブマシンガンの安全装置を解除させつつ、ナオトは回線を開いて応えた。

「こちらコード4(四号機)、バルト大尉ですか?」

『こちらコード1(一号機)、そうだ。それよりもナオト少尉、待機命令は!』

 一瞬、ナオトは上官の言葉に耳を疑った。まさかという思いが胸を掠めるが、急き込むようなバルトの勢いにはただならぬ気配を感じる。疑念にかられてサブモニターに目を移してみると、そこにはもつれ合うように激しく交差する二つの光点があった。一つは友軍機を示す青、そしてもう一つは敵を示す赤。やはり一号機からの通信は、この戦闘の真っただ中に送られているものらしいとナオトは悟る。

『今の四号機と少尉では、中隊規模のトール部隊を食い止める事は不可能だ。俺が増援に向かうから待機していろ! ……くそっ‼』

「バルト大尉‼相手は、戦っている相手は何なんです!」

 通信の向こうからは激しく打ち付ける金属音と、腹の底を震わせるような砲撃音が聞こえて来る。十数秒の間をおいて、全く同じ砲撃音が装甲越しに聞こえて来るが、そのタイムラグは致命的だった。一号機が相手取っている敵機は明らかに、足止めを図っている。否、すがりつくように執拗な攻撃を仕掛け、一号機の取ろうとしている進路を悉く妨害せしめているのだ。これではいくら増援に駆けつけるつもりでも、到底間に合うものではない。その前に敵増援がホエールに取り付き、貧弱な迎撃設備など数分と持たずに撃沈されてしまうだろう。サブモニターを通して位置関係を見通したナオトに、それは明白な事実として理解できた。

 ……大尉が気付いていないはずは無いのに。やっぱりどうしようもない、という事なのか。

 このまま敵機を引き離せなければ、一号機は間に合わない。そして今の四号機が、一個中隊を誇る12機のトールを正面から抑えられるはずがない。それらもまた、明白な事実としてナオトには直感されていた。

 操縦桿を握り締める手に力がこもる。そして片方の操縦桿だけが大きく引き込まれると、四号機は大きく進行方向を変え、敵増援部隊の迫って来る方角からはまるで見当違いの方角へと転進した。自身の迷いを打ち消すように、機体が更に加速を強める。

コード4(四号機)からコード1(一号機)へ。俺がその未確認機の相手をしますから、大尉はホエールを守ってください!」

 四号機は腰部から予備のサブマシンガンを引き抜くと、流れて行く地表へと突き刺した。銃身を変形させない程度に地面を抉りながら、加速する四号機の手からはサブマシンガンが離れていった。データリンクで得られるデータを信じる限り、一号機の武装はコンバットナイフと多薬室砲しか残されていない。後方へと去っていくサブマシンガンの座標を一号機に送り、ナオトは残していったそれが一号機への援護になる事を祈る。

 そして、執拗な足止めを喰らっている一号機とは違い、四号機に足枷となるものは何も無い。加えて、ここが大きく二つに分断された主戦場の狭間という事もあり、敷設されたトラップの類も無いだろうとナオトは踏んでいた。案の定、弾頭一つ飛んでこない森林をひたすらに突っ走ると、予想していたよりスムーズに一号機との距離が詰まっていく。サブモニター上の光点は瞬く間に近づき、四号機の近距離帯センサーに交戦中の二機が捉えられる。

『馬鹿なことを!』

 もはや止めようにも止められる距離では無い。バルトももはや四号機を止める事は出来ないと悟ったのか、四号機の真正面から満身創痍の体で向かって来る。多薬室砲から高い仰角で撃ち上げられた榴弾が炸裂し、未確認機の迫って来る方角を土砂で覆い隠してはいるが、それが有効な足止めになるとはナオトには到底思えない。すぐにでも土煙を突き破って出てきかねない未確認機に警戒しつつ、サブマシンを構えさせた四号機を突っ込ませる。逆に一号機は決意を固めたかのように、決然とこちらへと向かってくる。

『……ナオト少尉、とにかく奴からは逃げ続けろ。増援を叩いたら必ず援護するから、それまでは死ぬな』

 サブモニター上の光点が自身の表示に重なり、交わらぬ進路を征く二機は至近ですれ違った。その瞬間ナオトは、もはや傷の無い部分を探す方が難しい一号機の姿に目を奪われた。もの言わぬはずのカメラアイが、言いようも無い悲哀を漂わせているように見えたからだった。

「了解!」

 振り返ればもう戻れなくなる。とでも言いたげな頑なさで、隻腕の一号機は真横を過ぎ去った。敢えて速度は緩めず、振り向かず。進路上に突き立てられたサブマシンガンを拾い上げ、まずは一機、増援部隊の射程外から多薬室砲でコックピットブロックを撃ち抜く。どこかに躊躇う気配を残しながらも、そのカメラアイは敵だけを見続けようとしていた。


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