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竟憶のリトロス  作者: 鉄乃 鉄機
2章:演習
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第8話「基地攻略任務という名の茶番―3」

 演習戦が始まってから一分も経っていない。にも関わらず、ナオトは一人愕然とするような思いを味わっていた。違う、何もかもが違う。

「バルト大尉は、こんなに……!」

 スロットルレバーを思い切り押し込み、機体を振り回すようにして回避機動を取らせる。しかし、回避し損ねた演習用弾頭が、容赦なくナオト機に襲い掛かって来た。咄嗟に腕部をかざして致命傷を避けたものの、牽制しようとして突き出したサブマシンガンの照準はなかなか定まらなかった。急激に出力を上下させた為、ホバー機構に支えられる機体がなかなか安定しない。自分の実力で扱える以上に無茶な機動をさせてしまった事がマズかった。満足に応射する事すら出来ずに、ナオト機はバルト機から距離を取ろうと後退し始めた。

 しかし、無計画な後退などすべきではない、とナオトは思い知る。バルト機は明らかにナオト機以上の速度を維持したまま、演習場を驀進していた。更に、安定しないはずの状態から正確無比な射撃を撃ち込み、そのほとんどがナオト機に着弾。しかし、バルト機はそれを誇るでもなく、自由に動き回っているはずのナオト機を追い立てるような機動を繰り返す。気付けば、きっちり背後を取られていた。後退しているはずが、いつの間にか相手にとって都合の良い位置取りへと誘導されていた。

「もうロックされたのか!」

 コクピット内に響く警告音が、敵機に照準固定ロックされた事を知らせる。武装からの非可視光レーザー照射を機体受動センサーが検知し、こうして被弾寸前の状況を知らせているのだ。ナオトは咄嗟にホバーユニットの出力を絞り、急制動。前方に放り出されそうなGに耐えて、機体前方を掠めていく演習用弾頭の射線を見送る。ナオト機の移動を見越して放たれた偏差射撃を、なんとか回避する。

 バルト機の動きにはまるで無駄が無い。前回の演習戦とは別物と言っても良い程に、バルトの駆るトールは強かった。ナオトは感覚で理解する。これが試験先行運用部隊隊長にしてベテランパイロット、バルト=イワンド大尉の実力なのか、と。

『ナオト少尉、撃たれる前に撃つんだ』

「了解!」

 通信機を介して、バルトからの叱責が飛んで来る。ナオトはようやく自分が撃たれるがままとなっている現状を理解し、まだ十発と発射していない潤沢な残弾に驚かされた。

 精密な照準が出来なくとも、牽制射撃くらいは行わなければ永遠に反撃出来ない。ナオト機はサブマシンガンの照準にバルト機を捉えようと動くが、すぐ困惑したような様子に陥った。コックピットに収まるナオト自身、困惑していたからだ。

 ……バルト大尉の機体が消えた? 今はどこに

 先程までバルト機を捉えていたはずのセンサー群は、沈黙を守っていた。目標の反応、喪失ターゲット・ロスト。やや狭まった集中索敵範囲からバルト機が抜け出した事で、センサーが全周囲への無差別広域索敵に切り替わっている最中だった。それは放って置いても一秒と掛からずに終えるプロセスだったが、そうそう起こるものでは無い。端的に言えば、激しく動き回る敵機に対して、不用意に機体の進行ベクトルを変えてしまったが故に起こった現象なのだ。

 しかし、この状況を招いたのはナオトの非では無かった。むしろ、どう動けばロックを外せるのかをバルトが熟知していたが故に、こんな状況に陥れられたと言っても良かった。頭部メインカメラを周囲に振り向け、ナオト機は視界にバルト機を捉えようと躍起になる。彼は演習戦の初っ端から翻弄された事で、些か冷静さを欠いていた。

 時間にして約二秒。長い体感時間の後、ようやく索敵センサーがバルト機を捉えた時には、自機の真後ろに反応が現れていた。実戦であれば、こんな悠長に状況を確認する暇さえ無かっただろう、背後を取られた時点で撃たれている。それはナオトにも充分理解出来たが、悔しさを感じるよりも先に、唖然とするような思いに囚われていた。今の状況を言語化すればこうなる。負けたのだ、ほとんど何も出来ずに。

「負けた、こんなにあっさり」

 戸惑いにも似た感情が、ナオトの口から漏れ出ていた。

 自分はどうして前回のように動けなかったのか、などという疑問も無いでは無かったが、答えは分かりきっていた。それは、バルトがそうさせないように立ち回ったからだ。卑怯な事でも何でも無い。偶然の勝利すら相手に与えないよう立ち回れる、その事実こそがベテランパイロットとしての技量を証明しているようなものだった。

 一方ナオトは、自分が無意識に都合の良い偶然を期待していた事に気付いた。否、ようやく気付かされた。前回の演習で体験したあの感覚が、もう一度起こりさえすれば――――などと考えていた自分の甘さを、目の前で掘り出されたようなものだ。自分が恥ずかしい、そんな感情に身を浸すばかりで、ナオトは敗因について深く考える余裕すら無い。

「ナオト少尉、これでわかったな。お前はまだまだ未熟だ。俺の機体に弾一つ当てる事さえ出来なかったんだ」

ナオトは振り返って、コックピットの内壁越しに背後を確認する。言葉通り、バルト機に演習弾の一つも当てられた記憶が無い。もし直撃したのであれば、ペイント弾なら派手な汚しが出来ているはずだし、ただの演習弾といえども装甲が多少傷付いていても良いところだ。だが、ナオトが確認できるのは古くて浅い傷ばかりであり、少なくともこの演習戦における被弾痕は一つたりとも見つけられなかった。『弾一つ当てる事が出来なかった』というバルトの言葉に、否定し得る要素は微塵も無かった。

「お前は新兵にしては優秀だ。だが基礎訓練の重要性が理解できなければ、お前はいずれ死ぬ。その事を理解しろ」

 圧倒的な実力差を見せられた後では、反感など起きるはずも無い。バルトの言葉の一つ一つが、完全なる敗北を喫した身に重く圧し掛かって来る。

「これより帰投する。訓練は明日から再開するから、今日は休んでおけ」

 そんな言葉すら、ナオトの耳に届いていたか定かではない。



「ありゃ、ぼろ負けだな」

 演習戦を終えて帰投する二機のトールを見ながら、ルーカスは予想以上に一方的となった結果に驚かされていた。その一方、結果がこうなったのは当然とする自分も居て、どう捉えるべきかという結論は、いまいちはっきりとしなかった。

 ただ、現時点でルーカスが言える事といえば、バルトが「相手の手を軽く捻る」程度の気合いで臨んだのではないという事だ。射撃や牽制でナオト機の意図を徹底的に潰しこそすれ、相手の実力を引き出すなどといった配慮は、全くなされていない。容赦のない戦いぶりだった。

「大尉殿もけっこう本気を出したってことだな。まったく大人気ない」

 間違っても本人の前では言えない、正直な感想をルーカスは呟く。ここには自分以外居ないのだから、別に誰に聞かれたという訳でも無い。これから三号機からの中継を止めなければ、などと考えつつ立ち上がった彼は、この時まだ気付いていなかった。演習戦の途中でパイロットルームの扉が静かに開いた事を、そして数分前から観戦者が一人増えていたという事を。

「ルーカス少尉、上官への暴言につき懲罰房行きを命ずる!」

 いきなり背後から浴びせられた大声に、ルーカスは文字通り飛び上がるほど驚いた。とはいえ上官からの命令と理解すれば、身体が反射的に敬礼姿勢を取ろうと動き始める。飛び上がり、振り返って敬礼。その姿勢を取ってからようやく、ルーカスは命令内容がおかしい事に気付いた。

 元は輸送艦というこの艦に、明確に懲罰房と名付けられた区画は存在しない。そして、いきなり高圧的な命令を下すような煩い上官など、ルーカスの周囲には一人も居ない。敬礼姿勢を取ってから顔を見てみれば、ルーカスの真正面に立っていたのはリーグだった。彼は思わず拍子抜けするような、腰から力が抜けるような感覚を味わった。

「なんだ、リーグ中尉でありますか……上官の御到着にも気付けず失礼致しましたッ!」

「なんだは無いだろう、上官に向かって。ふざけるのは止めろ、ルーカス」

「驚かしたのは中尉殿でしょう、一瞬心臓止まりましたよ」

 リーグ=ベイナー中尉という軍人は、ルーカスにとって最も親しみやすい上官と言えた。部下への理解があり、真面目で、寛容な人柄を持ち合わせているとなれば、それも当然だ。

 しかし、戦闘が関わらない範囲において、周囲の人間に対して甘いという点も否めなかった。それは部下に対しても変わらない。本人にしてみれば悩みという程でも無かったのだが、リーグがその点を気にしているという事に、ルーカスは気付いていなかった。仮に気付いたとしても、ルーカスの態度は変わらない。例の如く、上官への尊敬を感じられないような口調で、彼が疑問を口にする。

「それで、なんか用事ですか?」

「そうだ」と答えたリーグの様子に、ルーカスはほんの僅か不穏なものを感じ取った。なにか、面倒で厄介な用件を吹っ掛けられるような予感があった。整備を手伝わされるくらいならまだ良いが、とルーカスは思わず身構える。

「ナオト少尉のことだ。これから同じ部隊で行動する以上、お前にとっても戦友という事になる。少しはコミュニケーションを取っておけ」

「……はぁ、それは命令でありますか中尉殿」

 露骨に嫌な表情を浮かべたルーカスだったが、それで命令を拒否できるなどとは思っていない。ある意味、ひどく嫌な任務に就かされてしまった、という事実は覆せないのだ。


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