5 アデルvsレイジン
宇宙空間。
「……!」
使い魔達の帰りを待っていたゼノアは、自分の中に力が流れ込んでくるのを感じた。彼の使い魔、ヴィリザとギリュウは、彼の力から生み出された魂なき存在。倒されると主の体内に力だけが戻ってくる。存在はどこにも残らない。元々自分の分身のような存在なので、倒されたところで悲しくもなんともない。
「ヴィリザとギリュウが敗れたか。想像以上だな」
だが、それだけに楽しみだった。自分自身の手で、ゲイルと輪路を殺すのが。
「では、そろそろ私自身が動くとしようか」
ゼノアは玉座に座ったまま、玉座ごと地球に降りていった。
*
ここは、世界最大の企業、鬼宝院グループの本社ビル。
「「!?」」
その会長室で、書類に目を通していた会長の鬼宝院皇魔と、秘書のレスティー・エンプレスは、突如現れた巨大な気配を感じて立ち上がった。
「何だ、この気配は!?」
「ものすごく邪悪な気配がするわ!!」
二人はヘブンズエデンの卒業生であり、八年前世界を救った英雄でもある。
「……このまま、というわけにはいかないわよね」
「無論だ。すぐに発つぞ」
皇魔はスーツの上着を脱ぎ捨てる。上着の下には、動きやすい服があった。
「ゲイル達には連絡する?」
レスティーも同じように服を脱ぎ捨て、動きやすい服装に変わる。
「必要なかろう。奴らが気付かんはずがない」
「そうよね。きっと今頃、異変に気付いて向かってるはず。現地で合流ってところかしら」
「……慌ただしい再会になりそうだ」
そう言いながらも、どこか楽しそうに、二人はビルを発った。
光輝の自宅。
「光輝!!」
「わかってるよ。すごい気配だ」
光輝とさだめもまた、強大な存在の出現を感知していた。
「すごく嫌な予感がする……すぐに行こう!!」
「うん!!」
二人も戦いの準備を整えて、現地に向かった。
「状況はどうですか?」
エリックは被害状況をアンジェに尋ねる。
「ネリーと狩谷君のおかげで、みんなかなり回復したよ。でも、完全復帰にはもう少しかかりそう……」
魔術が使えるネリーと狩谷のおかげで、負傷者はかなり回復した。だが、まだ全員ではない。
「あなた達は負傷者の治療を続けて下さい。私は一足先に、ゲイルの援護に向かいます」
「一人で大丈夫?」
「再改造が終わりましたからね。遅れは取りませんよ」
エリックも、すぐ再改造をしてもらった。これでゲイルと同じように戦えるはずだ。
「わかった。全部終わったら、私達もすぐ行くから!」
「その前に全て終わると思いますがね。ビャクオウ、始動!!」
エリックはビャクオウに変身し、ゼノアと戦っているはずのゲイルを救いに向かった。
協会の被害は甚大だが、即死を免れた者もかなりいる。シエルやソルフィ達は、負傷者の救助と治療に当たっていた。
「俺もいい加減、あいつを追わないとな」
輪路にはああ言われたし、心配もしていないが、ゼノアの最期だけでも確認したい。回復薬のおかげで、傷も体力も霊力も、充分に回復した。
「待って翔くん!」
「どうした?」
「これ、飲んで」
ソルフィが差し出したのは、薬が入った瓶だった。
「これは?」
「強化薬。飲むと身体能力も霊力も、ものすごく強くなる。三時間ぐらいしか効果が続かないし、それでも廻藤さんには届かないかもしれないけど……」
討魔士専用の強化薬。もし苦戦する戦いに巻き込まれた時、必ず翔が生きて帰れるようにソルフィが作っておいたものだ。
「ありがとう」
翔は素直に薬を受け取り、飲み干した。翔の肉体と霊力が、今までとは比較にならないほど強化される。確かに、輪路ほどではない。だが、使わないよりはずっといい。
「三時間しかもたないんだったな。さっさと行って片付けてくる」
「みんなを治療し終わったら、私もすぐ行くね!」
「急ぐのは治療だけにしろ。来るのは、ゆっくりでいい。お前を巻き込みたくないからな。神帝、聖装!!」
ヒエンもまた、ゼノアを倒しに向かう。ソルフィは一刻も早くヒエンの援護に向かうため、人形達を総動員して仲間達の治療を急いだ。
*
南海にある孤島。ゼノアはこの地を決戦の場と決めて降り立った。目印代わりに、自分の気を地球中に届くように飛ばす。
「……強い二つの気配が向かってくる」
間もなくして、強大な気配が二つ、ここに向かって飛んでくるのを感じ取った。ほぼ間違いなく、ゲイルと輪路だろう。
(このまますぐに戦いを始めてもいいが……)
ゼノアは、二つの気配が少し気掛かりだった。輪路の気配は問題ない。しかし、問題はゲイルの気配しかなかったことだ。ゲイルの力は、他者と融合することで真価を発揮すると、既に知っている。つまりゲイルが最大の力で戦うためには、アンジェとネリーの存在が不可欠なのだ。ヴィリザの力が戻ってきた時に、状況は把握している。しばらく二人は来られない。
「ならば、もう一つ余興を用意しよう」
ゼノアが指を鳴らすと、孤島全体を赤い結界が覆った。結界とはいえ、これは特に出入りや周囲の環境をどうこうしたりするという作用はない。別の意図がある。
「これで良し。ふふふ……」
あとはゲイルと輪路の到着を待つのみ。ゼノアは笑うと、孤島上空の雲の中に消えていった。
アデルは島に到着する。
(どういうことだ? 今確かに何かいたはずだが……)
島全体から奇妙なエネルギー反応があるが、最初感じたような圧倒的な気配はない。突然消えてしまった。まるでアデルの接近を感知してどこかに逃げたかのように。
「ちっ……どこだゼノア!! いるのはわかっているぞ!!」
アデルは声を張り上げてゼノアに呼び掛ける。その間もセンサーを全開にし、ゼノアを捜す。しかし、生物の反応はセンサーに引っ掛からない。
(本当に逃げたのか? まさか、何かは罠……?)
自分はここに誘き寄せられたのではないかと考えるアデル。
念のため、もう一度ゼノアに出てくるよう言おうとしたその時、
「!?」
突然アデルの前に、白銀に輝くライオンのような何者かが現れた。アデルは当然知らないが、これはレイジンだ。レイジンもゲイルについては新聞やテレビを見て知っているが、アデルのことは知らない。
そして、
「「お前がゼノアか!!」」
二人は互いに勘違いして斬り掛かった。
どちらも、本来の彼らにあるまじき行動をしているが、それには理由がある。先ほどゼノアが張った結界だ。あの結界には、アデルとレイジンにのみ作用し、互いを強く敵視させるという効果がある。これによって、二人はよく確かめもせず、攻撃を仕掛けた。他の者には作用しない分、この二人への作用は凄まじいものがある。互いに互いをゼノアと呼んだのに、それがおかしいと思っていないのだ。ただ、相手を倒すことしか考えていない。
「最後の余興の始まりだ。援軍が到着するまで、私を楽しませてくれよ」
ゼノアはアデルが全力を出せる条件が整うまで二人を戦わせ、それを雲の中から見物することに決めた。
「ラァッ!!」
レイジンはシルバーレオを振り抜く。アデルはそれを利用して飛び退いた。アデルはプライドソウルをブラスターモードに切り替えて、遠距離から射撃する。レイジンは恐ろしく強く、接近戦は不利だ。だから距離を取って戦う。
「うぜぇ!!」
レイジンはレイジンインビジブルスラッシュで飛んでくる光弾を斬り裂き、アデルをも斬ろうとする。
(見えない斬撃!?)
アデルはレイジンインビジブルスラッシュのからくりに気付き、さらに遠距離攻撃もできたことに戦慄した。
(だが……)
「アブゾーブコスモ!!」
「何!?」
アデルは自分の目の前に、己の宇宙へと続く穴を作り出して、見えない斬撃全てを吸収した。しかもエネルギーによる攻撃なので、体内に吸収して自身の力に変える。これで少し分がアデルに傾いた。状況が変わったのでアサルトモードに切り替え、接近戦を挑む。
「けっ!」
アデルの動きが変わったことを知り、今の攻撃がエネルギー吸収系だとわかったレイジンも、接近戦を挑む。多少は強化されたアデルだったが、まだレイジンの方が強い。
(なら!!)
アデルはレイジンの攻撃を受け止める。受け止めた瞬間にプライドソウルから片手を離し、レイジンの腕を掴んだ。
「マドネスドレイン!!!」
ダメージを与えながら、レイジンの霊力を奪う。
「ぐああああああああああああ!!!」
レイジンは腕から全身に向かって迸る激痛に、叫び声を上げた。
「う、うおおおおっ!!」
だが、長くは吸わせない。アデルの胸板に蹴りを叩き込んで強引に引き剥がし、マドネスドレインを中断させる。
「いってぇなこの野郎!! こざかしい真似しやがって!!」
激怒したレイジンは縮地を使い、ソニックレイジンスラッシュを放つ。だが、直前でアデルがクトゥグアドライブを使い、炎化して攻撃を回避。
「ふん!!」
元に戻ってレイジンの顔面を殴り飛ばした。
「てめぇ!!」
炎には水だ。レイジンは水の霊石を使い、流水聖神帝に変身。
「レイジンタイダルウェイブ!!!」
地面にシルバーレオを突き刺す。すると、シルバーレオから霊力を変換して作った大量の水が溢れ出し、大津波を起こしてアデルに襲い掛かった。アデルは特大の穴を作り、その中に水を吸い込む。
「!!」
だが、そのせいで気付けなかった。レイジンは津波を囮にしてアデルの背後に回り込み、
「ウォーターレイジンスラッシュ!!!」
「ぐあああっ!!」
シルバーレオに水の霊力を宿して斬りつけた。水の力が宿っていたせいか炎化ができず、アデルは倒れ、アブゾーブコスモも強制解除される。
「くっ!!」
すぐに立ち上がり、今吸収した水をレイジンに向けて一気に放出する。レイジンは自分を液状化して、水を吸収した。
どちらも多彩な技と能力を持っており、このままでは決着がつかない。ならば、一気に勝負を決める。
「イグニスドライブ!!!」
アデルはハスタードライブを起動し、イグニスドライブとなる。レイジンも残っている霊石全てを使い、全霊聖神帝に強化変身した。
「レイジンアースインパクト!!!」
レイジンは地面にシルバーレオを突き刺す。アースインパクトなら、あの穴を作るだけの空間がないため、有効なはず。
「うあっ!!」
レイジンの目論見は見事的中し、アデルは真上に吹き飛ばされた。
「ルルイエセメタリー!!!」
だが、アデルもそれだけでやられはしない。すぐ武器をダゴンとヒュドラに切り替え、巨大なエネルギー弾を放つ技、ルルイエセメタリーで反撃する。
「レイジンダブルスパイラル!!!」
それをダブルスパイラルで跳ね返すレイジン。アデルはアブゾーブコスモでそれを一度吸収し、再度アブゾーブコスモを開いてレイジンに叩き返す。
「ちぃ……!!」
本当に遠距離攻撃が通じないらしいと判断したレイジンは、戻ってきたダブルスパイラルを真横に一閃、斬り裂き破壊する。今のレイジンは宇宙ぐらいなら軽く破壊できるだけの力を持っているが、アデルがレイジンのエネルギーを吸収した際に、内部宇宙を拡張していたため、容量オーバーで内側から破壊されることはなかった。今のダブルスパイラルも威力全てを返しては折らず、念のためエネルギーを半分ほど吸収し、さらに内部宇宙を拡張してから返している。だからレイジンでも簡単に破壊できた。
(なかなか強力で多彩な能力を持ってやがる。カルロスのバカ野郎や、さっき倒したギリュウなんかよりよっぽど手強いぜ)
レイジンはアデルの力を認めた。とはいえ、負けるつもりはない。自分の最大の利点は、パワーとスピード。この三つなら、誰が相手だろう劣るとは思っていないし、まだ使っていない技もある。
「はっ!!」
レイジンが気合いを込めた瞬間、レイジンの姿がアデルの目の前から消えた。そして消えたレイジンは右側から現れ、アデルを斬った。
「がっ!!」
まだ終わらない。今右側にいたはずのレイジンの姿が再び消失し、今度はアデルが飛ばされた方、左側から現れ、みぞおちに蹴りを入れて真上に飛ばした。と思ったらまたレイジンの姿が消えてなくなり、アデルの上から斬りつけたて地面に叩き落とす。落ちた先にまたレイジンがいて、
「レイジンインフィニティースラッシュ!!!」
「がはぁっ!!!」
アデルを右側に吹き飛ばした。速い。この連撃、アデルが全く対応できない。水の霊石を使って斬りつけているため、炎化もできなかった。
(かなりエネルギーを吸収したはずなのに、なんてやつだ!!)
アデルはレイジンの凄まじいまでの戦闘力とスタミナに、脅威を感じていた。レイジンの戦闘力は、まだまだ向上している。
(まだだ!! こんなことで終われるか!!)
アデルは自己修復でダメージを癒し、武器をプライドソウルに切り替えて立ち上がる。まだレイジンをゼノアと勘違いしてはいるが、大切な人達の仇を討ちたいと思っている、こちらも凄まじい執念の持ち主だった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
アデルは咆哮を上げて自身のパワーとスピードを引き上げ、レイジンに斬り掛かる。
「!!」
その力と気迫たるや、レイジンが驚くほどに強烈で、先ほどまで優勢だったはずのレイジンが防戦一方になる。
(斬り合いもできるじゃねぇか。だが、負けねぇ!!)
断じて負けない。勝つ。勝って必ず、美由紀の元へ帰る。レイジンがその想いを強め、力が高まる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「はあああああああああああああああああ!!!」
二人の力は互角だった。斬り合い、殴り合い、蹴り合い、技と能力をぶつけ合う。それでも決着はつかない。
「これで終わりだ!!」
しかし、その勝負を強引に終わらせるため、二人は地面に降り立ち、アデルはプライドソウルを撫で上げ、エネルギーを込める。
「終わるのはてめぇだ!!」
レイジンもまた、シルバーレオに霊力を込める。
「エンドオブ……」
「レイジン……」
必殺の一撃。これが当たれば、間違いなく勝負は決まる。
「ソォォォォォウルッ!!!」
「スラァァァァァァァァァァッシュ!!!」
二人は今駆け出し、その一撃を当てるために武器を振り上げた。
「そこまでだ!!!」
しかし、そこに割り込む二つの存在がいた。叫んだのはヒエンだ。ビャクオウも一緒にいる。ヒエンはレイジンの手を、ビャクオウはアデルの手を掴んで、二人の戦いを妨害した。
「翔!?」
「エリック!?」
レイジンとアデルは、驚いて互いの必殺技を消した。直後、ビャクオウはホワイトスイーパーを真上に向けてエネルギー弾を飛ばし、ヒエンは蒼天と烈空を抜いて同じように霊力斬を真上に飛ばした。ビャクオウのエネルギー弾はただのエネルギー弾ではなく、解呪の魔術式が刻まれたエネルギー弾で、ヒエンの斬撃も浄化の力をより強めている。二人の攻撃は、島を覆う結界を破壊するためのものだ。攻撃はうまく結界を破壊し、結界は跡形もなく消え去った。
「エリック、どうしてここに!?」
「一番早く復帰できましてね、ゼノアの最期だけでも確認しようと思ったんです。彼とはその最中に出会いました」
ビャクオウはアデルと違い、そこまで切羽詰まっているわけではない。だからこそ、冷静さを見失っていたアデルには気付けない、ヒエンと結界の存在に気付いたのだ。先にヒエンと合流したビャクオウは、ヒエンから事情を聞き、結界のことを聞いた。元々アデルとレイジンにしか作用しない結界なので、思考誘導や精神の高陽を受けることはなく、二人を救うことができたのだ。
「翔!! お前みんなを頼むって言っただろうが!! 危ないから来んなよ!!」
「よく言う。俺が来なければお前、ゲイル・プライドと相討ちになっていたぞ」
「う……ん? ゲイル・プライド?」
ここでようやくレイジンはヒエンから事情を聞き、あの二人は八年前の英雄、ゲイルとエリックなのだということを知った。四人は情報交換を行う。
「そうだったのか……悪いことをしちまったな」
「こちらこそ申し訳なかった」
気付けなかったとはいえ、やってはいけない戦いをしてしまったことを、レイジンとアデルは謝る。
「それにしても、あのようなものを使うとは……」
「ああ。ゼノアとかいうやつは、よほど趣味が悪いらしい」
ビャクオウとヒエンは、同士討ちする前に二人を救えたことに安堵し、またこのような罠を仕掛けたゼノアに怒りを感じた。同時に、警戒もする。アデルとレイジンの戦いを、近くで見ていたはずだ。ゼノアは間違いなく、すぐそばに潜んでいる。
「ゲイル!! エリック!! お待たせ!!」
アデル達がゼノアがどこから来るか警戒していると、背中から翼を生やしたアンジェが、狩谷、空子、メイリン、室岡の四人を連れて現れた。
「来たか、アンジェ」
「ようやく一段落着いたからね。ネリーだけは、まだちょっと様子見がしたいって言ってたから、私達だけ先に来たけど」
「ゼノアってやつはどこだ!?」
「まだ姿を見せていない。近くにいるはずなんだが……」
狩谷から尋ねられ、ゲイルは現状を伝える。
「あいつらのお仲間さんか」
「狩谷信介に夏原空子。それにヘブンズエデンの教師が二人か」
レイジンとヒエンがアデルの仲間達を見ていると、
「到着です!」
「輪路さん!!」
「翔くん!!」
「二人とも大丈夫か!?」
シエルが現れ、一緒に現れた美由紀とソルフィ、麗奈が二人の安否を心配した。
「美由紀!? それにお前らまで!? 何で来たんだ!?」
レイジンは驚く。四人だけでなく、帰還作戦に参加したダニエルとシルヴィーと佐久真に、他の妖怪四人、学生組まで全員来てしまったのだ。
「みんな、心配だから来たんですよ」
「あのギリュウってやつのご主人様がどんなやつなのか、見てみたいって思ったんです」
「全部治してきたから大丈夫だよ!
「ったくお前らは……」
彩華と茉莉と七瀬の言動に呆れるレイジン。
だが、やってきたのは彼らだけではなかった。
「どうやらゲイル達は、先に着いていたようだな」
「でも、な~んか見知らぬ顔がたくさんあるわね」
「うむ。やはり慌ただしい再会になったな」
そう言って現れたのは、皇魔とレスティーだった。
「あっ、皇魔さん!」
「レスティー!」
「む。お前達も来たか」
「久しぶりね」
少し遅れて、光輝とさだめも到着する。
「き、鬼宝院グループの社長と、その秘書……」
「あれが……」
「すごい……八年前の英雄が、勢揃いしてる……」
明日奈、瑠璃、命斗は驚いている。テレビや新聞、風の噂でしかその存在を知らない、第三次大戦の英雄達が一同に会しているのだから、無理もないだろう。
「あれ? もしかして、廻藤さん?」
「おお。久しぶりだな光輝」
もっともレイジンだけは、光輝とさだめにのみ、面識があるが。
(ナイアさん。あの人が、エリックさんなんですよね? 話さなくていいんですか?)
(……ああ。心配を掛けさせたくないからね)
賢太郎はナイアを気遣って、ビャクオウと話すように言ったが、ナイアは拒否した。事情がいろいろとややこしいし、話すとビャクオウは心配する。ビャクオウを愛する身としては、そんなことをしたくない。
「ところで、廻藤さんはどうしてここに? やっぱりすごい力を感じたからですか?」
光輝はレイジンに尋ねる。どうやら、光輝もレイジンと同じ目的なようだ。
「ああ。さっきゼノアってやつの使いだっていう、ギリュウってのと戦ってたんだけどな。そいつと同じ気配を感じたから、ここに来たんだ」
「俺達もゼノアの部下のヴィリザと戦っていた。そして、ゼノアこそがミライさんとネリーを狂わせた超常的存在らしい」
アデルも話に加わり、ゼノアについて話す。
その時だった。
「少しばかり役者が足りないが、私に会いたくて仕方がない者ばかりなようだから、挨拶するとしようか」
雲の中から、玉座に座ったままのゼノアが出てきた。全員が驚いて見る中、ゼノアは構わず自己紹介を始める。
「私はゼノア・エーベルク。ヴィリザとギリュウの主であり、君達にとって宿敵、と言える存在だ」
「貴様がゼノアか!! よくもミライさんとネリーを!!」
「ゲイル!! 落ち着いて!!」
今にもゼノアに飛び掛かろうとするアデルを、アンジェが押さえる。皇魔は落ち着いてゼノアに尋ねた。
「貴様、何者だ?」
「ふむ。君達の頭で理解できるかどうかはわからないが、一言で言うなら、私はこの世界の外からやってきた者だ」
「この世界の外ですって?」
答えたゼノアに、今度はレスティーが尋ねる。またゼノアは答えた。
「この星は宇宙の中にある。宇宙の外には多元宇宙があり、異世界がある。それら全てを含めたのが、この世界だ」
しかし、光輝とさだめは理解できていないらしく、顔を見合せている。ここにいる者のほとんどが、ゼノアの言葉を理解できていない。
「わからなかったか。例えば、Aという生き物がいたとしよう。その生き物は宇宙や多元宇宙、異世界の集合体であり、それがこの世界である。そしてその世界が無数にあり、私はその内の一つからやってきたのだ」
その言葉を聞いて、シエルは理解した。ゼノアはとてつもない力を持つ存在だ。これほどの存在を、なぜ協会が察知できなかったのか。それは、ゼノアが別の世界の住人だからだ。協会が察知できない領域にいたから、ゼノアの存在を知ることができなかった。
「今言ったように、世界は生き物だ。私はその生き物を内側から食い尽くす、病原菌といったところかな?」
「病原菌だと!?」
狩谷は驚く。とてもそんな存在には見えないが、菌というのは、まぁ比喩だろう。
「私のような存在は多くはないが、それなりにいるぞ? そしてそれらは、運良く滅びに巻き込まれずに済んだ者達からこう呼ばれている。ワールドイーターと」
ワールドイーター。人でも、神でもない、世界を捕食する者。ゼノアは、そのワールドイーターの一人なのだ。
「ワールドイーターは様々な理由で世界を食い尽くす。私の場合は、『力』に魅せられて」
遠い遠い遥か昔。ゼノアはまだ人間であり、いつしか『力』というものに魅せられた。あらゆる存在を圧倒し、討ち滅ぼし、時には創り出す強大な力。ゼノアはそれら全てを、手に入れたいと願った。
「そして私は、死した者、極限の闘争の果てに敗北した者の力を、私の体内に記録するという能力を身に付けた。強き力、美しき力、素晴らしき力は全て、私のものにすべきだ」
力を手に入れるため、ゼノアは様々な世界で暗躍した。時には言葉で思考を誘導し、時には力ある者同士を戦わせ、時には自分自身が戦って、他の力を目覚めさせ、育て上げ、鍛え上げ、そして命ごと奪ってきたのだ。痕跡をほとんど残さずに。ミライやネリーは、それに巻き込まれた被害者だった。
「そんなに力を手に入れて、あなたは一体何と戦うつもりでいたの!?」
なぜそこまで力を手に入れようとするのか理解できず、空子は訊いた。すると、ゼノアは心底呆れたように答える。
「私の話を聞いていなかったのか? 私は力に魅せられたから集めていると言ったのだ。使うことなど考えていないし、そもそも使うために集めたことなど一度もない。私は力の収集家なのだからな」
ゼノアはコレクターだ。使用目的で集めているわけではないく、あくまで欲しいから集めているだけ。自分が必要だと思った時しか使わない。彼にとっては力を使うのではなく、手に入れることに意味がある。
「君達も自分自身のために強くなるのだろう? その点では私と同じはずだ。それにしても、鬼宝院闘弍は素晴らしい逸材だった。あれほど力を強く渇望する者に会ったのはいつぶりだったか」
「闘弍だと!? 進化の宝珠を闘弍に与えたのは貴様か!!」
「進化の宝珠は元々、私が自分の力から作ったものを地球上にばらまいたものだ。そして、私は彼の望みを叶えただけ。その後は君に倒されることで、彼の力はめでたく私に記録されたというわけだ」
「貴様……!!」
皇魔は激怒した。知らなかった。まさか闘弍が、ルーラーがゼノアと接触しているとは思わなかった。闘弍はゼノアが新しい力を収集するために、体よく利用されていただけだったのだ。生まれついての虚弱体質で、誰よりも力を欲していた闘弍は、ゼノアにとって最高の原石だったのである。
「だが赤石ミライの思想には全く共感できなかった。闘争があるからこそ新たな力が生まれ、より強大な力へと錬磨されるのではないか。ゆえに私は世界を平和にする方法と偽り、最も多く、大規模な闘争が起こる方法を教えたのだ」
ゼノアは世界から力の苗床となる闘争を消し去ろうとするミライが、大嫌いだった。だから、最も精神的に追い詰めてから、殺してやろうと思ったのだ。そして最終的に、ミライは世界を滅ぼすほどの力を得た。その力は、アデルが倒したことでゼノアのものとなったのだ。
「闘争を終わらせるのは力ではなく、思想だ。そうとも気付かず力を求めて傭兵になるとは、あの女は救い難い愚か者だな!」
「ミライさんを侮辱するな!!」
「ゲイル!!」
ゼノアは本当にミライが嫌いだった。ミライを侮辱するゼノアに、アデルは怒りをあらわにする。
「愚かといえばブランドン! 奴もまた許せん男だった。だがまぁ、廻藤輪路を育て上げるいい餌になったわけだから、許してやるか」
「兄様まで……!!」
ゼノアは自分がブランドンにも接触していたことを明かす。彼もまた平和を望んでいた存在であり、しかも大した力を残せなかった。
「それから、闘争を消し去ろうとする者以外に、私が嫌いな者が一つある。強い力を持ちながら、それを使おうとしない愚か者だ。だから私はあの二人に罰を与えて、リビドンにしてやったのだ」
「!!」
二人をリビドンに変えた。その言葉が、レイジンの怒りに火を点けた。
「てめぇか……てめぇか!! 隼人と優子をリビドンに変えやがったのは!!」
「えっ!?」
隼人と優子を、殺徒と黄泉子に変えたのは、ゼノアだったのだ。
「やっぱり父さんと母さんについて知ってたんですね。教えて下さい! リビドンって何ですか!? 父さんと母さんはどうなったんですか!?」
光輝はレイジンに、両親がどうなったのかを問いただす。レイジンはそれに答えず、ゼノアが答えた。
「憎悪にまみれた悪霊だよ。生きる者全てを憎み、破壊と死を振り撒くことしかできない存在。私があの二人を、リビドンに変えてやった」
「そんな……なんてことを……!!」
「ひどい!! どうしてそんなひどいことができるの!?」
光輝とさだめは、ゼノアが行った残虐極まる非道に、激しい怒りを覚える。
「私が魅力を感じるのは力だけだ。持ち主の思想や命など、心底どうでも良い。それに言っただろう? 私が一番嫌いな人種だと」
ゼノアは本当に興味がなさそうだった。力を得ることしか考えていない。そもそも、死んだ者や負けた者の力しか手にできないのだから、積極的に相手の破滅を願うのは、ゼノアにとって当然である。
「さて、話はここまでにしよう。私は今からこの世界で最も強大な力の持ち主である君達の力を手に入れ、この世界を滅ぼす」
「滅ぼす!?」
「なぜそのようなことを!?」
ダニエルとシルヴィーは尋ねた。力を得るために彼らを殺すのは、百歩譲ってまぁわかる。だが、だからといって世界を消すというのはどう考えてもわからない。
「これだけ強大な力の持ち主達を生み出せたのだから、この世界の力も相当なものだと思ってな。それに二年間様子を見たが、これといって大きな事件も起きず、強い力の持ち主も現れなかった。もうこの世界で、私が得るものはないと判断したのだ」
今がこの世界の限界であり、この世界そのものの力を得るなら絶好の機会だと、ゼノアは思ったのだ。というより、今までゼノアがやってきたことである。強大な力を持つ者達を食らい尽くした後、最後は必ずその者達を生み出した世界を食ってきた。
「やらせねぇぞ。絶対にやらせねぇ!!」
シルバーレオを構えるレイジン。この世界を守るためにも、ゼノアに利用された全ての者の無念を晴らすためにも、この戦いには絶対に勝たなければならない。全員が、戦いの準備を整える。それを見て、ゼノアは気分を高揚させた。力、力、力。強い力の持ち主達が、こんなにたくさん。ゼノアからすれば、よだれが出るほど嬉しい光景だ。
「さぁ、最後の晩餐を始めよう!!」
飛び込んでこいとばかりに両腕を広げるゼノア。
「抜かせよ変態野郎!!!」
「死ぬのは貴様だ!!!」
歴戦の英雄達はアデルとレイジンを先頭にして、ゼノアに一斉攻撃を仕掛けた。




