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4 廻藤輪路の帰還

前回までのあらすじ


協会に、世界中の討魔士達が何者かに倒されているという連絡が入っていた。シエルは謎の襲撃者を撃退するため、冥界から輪路を帰還させる計画を立て、美由紀達に協力を要請した。

 翌日、美由紀達は儀式の場に集まった。


「皆さん、よく来て下さいましたね。こちらへ」


 既に来ていたシエルは、賢太郎達に儀式の段取りについて説明するため、社の中に案内する。そして、今回使用する門を見せた。この社には地下があり、そこに多数の討魔術士が集まって、下から門に霊力を込めている。襲撃者から少しでも身を守るための作戦だ。


「こんな小さな門で、本当に冥界と繋がるんですかぁ?」


 茉莉は半信半疑だった。冥界と現世を繋ぐ門は、二年前の黒城事件で見たきりだが、これよりずっと大きかった。


「テストは済ませてあります。ちゃんと繋がりますよ。一分だけですが」


 しかし、そこは協会の重要な研究対象だ。抜かりはない。何度もテストしている。それでも、門を開いていられる時間は一分以上延びなかったが。


「あと十分ほどで、門の形成に必要な霊力が溜まります。それまで、どうかここを守って下さい」


 十分。あと十分で、門が開ける。あと十分で輪路を呼び戻せるのだ。


「美由紀ちゃんはここに残るとして、私達は外を見張ってましょうか」


 佐久真の提案で、この場には美由紀とシエルのみを残し、他は外に向かった。


「……待ち遠しいですか?」


「えっ?」


 二人きりになってから、シエルは美由紀に尋ねた。


「……はい」


 美由紀は顔を赤くしながら、小さくなって答える。


「そうですか」


 シエルは、やっぱり、といった顔をしてから言う。


「私もです。早く廻藤さんにまたお会いしたい」


 輪路に会いたいと思っていたのは、美由紀だけではない。シエルもだ。輪路は討魔士として純粋に尊敬できる相手だし、狂った兄を止めるのに協力してもらった恩もある。もしまた会えるのなら、こんな嬉しいことはない。


「ですが、反面残念でもあります」


「どうしてですか?」


「廻藤さんが冥界に残ると言ったあの日、私は協会を廻藤さんに頼らない組織にしようと誓ったのです。そうでないと、冥界の廻藤さんが安心できないから」


 しかし、結局シエルは輪路に頼ってしまった。せっかくしたくもない決断して冥界に残った輪路を、呼び戻すことになってしまったのだ。協会を本当の意味で強くし、自分を会長に相応し人間に成長させる。シエルの誓いは叶わなかった。


「……すごいですね、シエルさんは」


「すごくなんかありません。私には最初から、この生き方しかなかっただけですし、会長の地位も本来私が受け継ぐはずではなかったんです」


 自分に会長は相応しくなかった。だから会長就任は、兄のブランドンに命じられたのだ。シエルが会長になったのは、そのブランドンが協会を裏切ったから、仕方なくそうなっただけにすぎない。


「でも、協会は上手く回っているじゃないですか。もしシエルさんに本当に会長としての素質がなかったら、協会は会長就任の時に組織として終わっていたはずです。シエルさんは充分すごいですよ」


「……本当にそう思いますか?」

「はい」


「……お世辞でもそう言って頂けると救われます」


 シエルは美由紀に褒められて、少しだけ嬉しそうな顔をした。ブランドンと決別した時、もう兄とは呼ばないと言ったが、シエルにとって兄はやはりブランドンだけである。本当は殺したくなどなかった。だが、魔道に堕ちた人間は必ず討たねばならない。そうでないとこの世界では、その人間がより強大な悪意の呼び水になってしまうからだ。ブランドンが作ったアンチジャスティスと、黒城一派が同盟を結んだのがいい証拠である。だからこそ、ブランドンを手にかけることになったのは悲しかった。同時に誓った。必ず、会長として相応しい人間になってみせると。だから、少しでも会長に相応しいと言ってもらえると、シエルはすごく嬉しい。


「おしゃべりはこの辺りにしておきましょう。もうすぐ霊力が溜まる頃ですから」


 シエルがそう言った瞬間、外から爆音が聞こえた。


「な、何ですか!?」


「……どうやら来たようですね……」


 驚く美由紀と、冷や汗を流すシエル。儀式開始を目前にして、いよいよ謎の敵が攻めてきたのだ。











 社の外には、地球のどの民族とも違う服を着用し、顔に稲妻のような刺青を刻んでいる男がいて、討魔士達を蹴散らしていた。


「止まれ!!」


 翔が蒼天と烈空を抜き、男に斬り掛かった。すると、男の手元に突然二本の西洋剣が出現し、男はそれで翔の攻撃を受け止めた。


「……ふん!!」


 その直後、男は翔が反応できないほどの速度でみぞおちに蹴りを入れ、翔を蹴り飛ばした。


「青羽さん!!」


 彩華は驚くが、翔は空中でバランスを整え、軽やかに着地する。


「あれです!! イギリス支部を壊滅させたのは!!」


「貴様……何者だ!!」


 シルヴィーとダニエルは男を警戒する。


「俺の名はギリュウ。お前達を殺しに来た」


 自分の目的を隠そうともしない。明確な殺意とともに、ギリュウは言い放った。


「へぇ、わかりやすいやつじゃないのさ。何でそんなことをするんだい?」


「私はゼノア様の使い魔。使い魔は主の命令に、疑問や躊躇いを持ったりはしない。ただ命ぜられたままに動くのみ」


 明日奈はギリュウに尋ねたが、目的はわからなかった。だが、このギリュウの主がゼノアという名前であること。そして、ギリュウはゼノアにただ盲目的に従うだけの、人形であるということがわかった。


「討魔士の他にもいろいろと紛れ込んでいるようだが、邪魔をするなら殺す。まぁ俺が手を下さずとも、お前達は死ぬことになるがな」


「なんじゃと!?」


「どういう意味!?」


 今度は麗奈と命斗が尋ねた。


「もうすぐこの世界は消える。ゼノア様の手によって滅び去る。だから今俺の手を逃れたところで、何の意味もない」


「……ずいぶんと素直に答えるわね。そのゼノア様って人に、怒られたりしないのかしら?」


 茉莉は疑問に思った。どう考えても簡単に教えていいことではないし、そもそも話しすぎだ。ギリュウは笑いながら答える。


「今言ったばかりだろう? この世界はゼノア様に滅ぼされる。知ろうが知るまいが、何も結果は変わらないんだ。お前達は絶対に、ゼノア様に勝てない。そもそも、ゼノア様の前にたどり着くことすら、ない」


「お前が俺達を殺すから、か?」


 三郎が尋ねると、ギリュウは答えずに、にぃっ、と歯を見せて笑った。


(賢太郎くん。ボクに替わってくれ)


(ナイアさん?)


 賢太郎の中のナイアが、意識を自分に交代するよう言った。理由は、ギリュウがとてつもなく強いからだ。見ているだけで、ナイアはギリュウが持つ力の全てを感じ取った。だから輪路が駆け付けるまでの間、確実に生き延びられるよう、戦闘力の高い自分に替わるよう言ったのだ。


(わかりました)


 賢太郎は言われるまま、ナイアに交代する。


「みんな気を付けて下さい!! このギリュウっていう人、ただ者じゃないです!!」


 ギリュウの戦闘力については、彩華も危険だと感じていたようだ。皆に警告を促す。だが、その時にはもう、ギリュウは動いていた。凄まじい速度で動き、シルヴィーに斬り掛かったのだ。シルヴィーは間一髪のところで気付き、討魔爪で防ぐ。


「まずは昨日仕留め損ねたお前からだ」


 ギリュウは昨日イギリス支部を襲撃し、シルヴィーだけを仕留め損ねている。そのことがずっと脳裏をかすめていたため、シルヴィーに狙いを定めたのだ。


「副会長補佐!!」


「貴様!!」


 翔とダニエルは怒り、シルヴィーと一緒にギリュウを囲んで一斉に攻撃する。佐久真も参加するが、ギリュウは三大士族と、元超一流の討魔士の攻撃をことごとくかわし、反撃してダメージを与えている。


「どいて!! はっ!!」


 だが一瞬の隙を突き、明日奈が霊符を投げつけ、ギリュウに貼り付けた。四人が素早く離れると同時に、霊符を爆発させる。


「「「「神帝、聖装!!」」」」


 四人はギリュウの次の攻撃に備えるため、聖神帝に変身した。爆風の中から飛び出すギリュウ。次の瞬間、ギリュウの姿が陽炎のように一瞬だけ揺らめき、頭から二本の角を生やす黒い悪魔の姿に変わった。


「七瀬!!」


「うん!!」


 ギリュウが戦闘形態に変身した。ただでさえ速い動きが、さらに速くなる。そう思った茉莉は七瀬に言い、自分と彩華の肉体を霊力で強化させる。


「こいつはやべぇな……」


 三郎も人化した。まだ本格的に戦ってはいないが、見ただけでわかる。ギリュウの戦闘力は殺徒にこそ及ばないが、黄泉子を確実に上回っていた。


「では、楽しませてもらうか」


 ギリュウの周囲に、無数の剣が出現した。











「はぁ、はぁ……」


 冥界。由姫は荒い息継ぎをして、膝を付いた。光弘も銀獅子丸を地面に突き刺し、身体を支えている。目の前には、さして疲労していない輪路が。


「……この辺にしとくか」


 輪路の実力は、この二年間の鍛練で、光弘や由姫すら凌駕するほど強大になった。もはや、伝説の二人ですら相手にならない。まさに輪路は名実ともに、最強の討魔士になったのだ。


「輪路。お前、後悔してるだろ」


 光弘は銀獅子丸を納め、ズバリ輪路に尋ねる。


「……何の話だ?」


「ここに残ったことにだよ。お前はもう俺より強いが、剣からは迷いを感じた」


 実力こそ超えられてしまったが、それでも剣を通して相手の内面を見抜くぐらいはできる。

 輪路の中には迷いがある。美由紀に会いたい。今すぐ現世に帰りたい。だが、戻ったら彼女を自分の宿命に巻き込んでしまう。そんな迷いを、稽古で紛らわすため、がむしゃらに打ち込んでいるのを感じた。


「帰りたいって思ってんだろ?」


「……思ってねぇ」


「無理すんな。次壁が薄くなった時、門を開けて帰りゃいい」


「門を開けるのは私がやるから」


「思ってねぇっつってんだろ!!!」


 光弘と由姫は輪路に帰るよう言うが、輪路は強がって全く聞こうとしない。二人としては、何とかして輪路を現世に帰してやりたいと思っている。何せここは、生者が存在することを許されない世界、冥界だ。光弘と由姫は死者だからいいが、輪路はいかに神に近付いているといっても生者である。まだ生きている者を、死者の世界にいつまでも置いておくわけにはいかない。


(とはいえ、強引に帰そうとしても無理だろうな)


(やっぱり、美由紀ちゃんが危ない時かしら。この子が心から戻りたいって思うのは)


 二人は輪路を帰す方法を考えていた。











 現世。


「くっ……霊力の充填はまだ終わらないのですか!?」


「申し訳ありません!! あと三分はかかります!!」


 シエルはすぐソルフィに連絡したが、門を開くための霊力が充填されるまで、まだあと三分もかかるそうだ。本当はシエルも霊力充填組に加勢したいが、シエルと美由紀は絶対にこの場を動いてはいけない。どちらが欠けても、輪路を呼び戻すのは不可能になるからだ。


「翔さん達が、うまく時間稼ぎをして下さることを、願うしかありません」


「……それしかないようですね」


 美由紀に言われて、歯痒い思いをしながらも、シエルは諦めた。こうなったら、翔達の力と働きを信じるしかない。




 外では、ギリュウによる一方的な蹂躙が始まっていた。


「オールスクリュー!!!」


「オールファングリッパー!!!」


ドラグネスとウルファンは全霊聖神帝に変身し、同時に攻撃を仕掛ける。


「マスカレード」


 だが、ギリュウは二人の攻撃を回避しながら、数百もの斬撃を一瞬で浴びせ、二人を戦闘不能にした。


「あ、あの二人を一瞬で!?」


「瑠璃!! 気を抜くな!! 奴は恐ろしく強いが、輪路兄のためにも、わしらは一歩も退けないんじゃ!!」


 三大士族の二人が瞬殺されたことに怯える瑠璃だが、すぐさま麗奈が叱咤し、この戦いの重要性を語る。自分達が持ちこたえなければ、世界はギリュウとその主に滅ぼされてしまう。後はもうないのだ。


「……強い霊力が急速に集まっているな。何かしているのか?」


 ギリュウに気付かれた。だが霊力の集中に気付いただけで、こちらの意図には気付いていないようだ。


「ここから先には、行かせん!!」


 美由紀は討魔士ではないが、非常に高い霊力を持っているので、殺されるかもしれない。娘を守るため、ゴウガは全霊聖神帝に変身し、スピリソードを振り上げて突撃した。


「やはり、俺を近付けたくない理由があるのか」


 だが、ゴウガの力は通じない。当てることすら、できない。


「面白い!! どうしても見たくなったぞ!!」


「ぐああっ!!!」


 ギリュウはゴウガを斬りつける。たった一度斬りつけただけで、ゴウガの変身は解除され、佐久真は気絶した。とてつもない攻撃力だ。


「これ以上はやらせません!!」


「はああっ!!」


 彩華達残った人員が、ギリュウに攻撃を仕掛ける。しかし、三大士族すら敵わなかった相手に、彼女達が勝てるはずがない。容易く捩じ伏せられた。他にも残っていた討魔士達が挑むが、全く通じない。


「これで残ったのはお前だけだ。結果は見えている。足掻かない方が身のためだぞ」


 死屍累々の戦場で、ギリュウは一人残ったヒエンに向かって言った。


「まだだ。まだ終わっていない!!」


 だがヒエンはまだ、全ての力を出し尽くしていない。


「神帝、極聖装!!」


 ヒエンは己の全力である、究極聖神帝へと変身した。


「朱雀狩り・極!!!」


「むっ!!」


 朱雀狩り・極を仕掛けるヒエン。さすがに究極聖神帝の力は伊達ではなく、攻撃を受け止めたギリュウの剣を破壊し、ギリュウの腹を斬りつけた。


「……ふん。お前は楽しめそうだな」


 しかし、究極聖神帝の攻撃を受けてなお、ギリュウはさしたる傷を負っていなかった。シルヴィーの言っていた通り、ヒエンでは本当に無理らしい。


(なら、時間を稼げばいい)


 しかし、この作戦は元々輪路を呼び戻すための作戦であり、ギリュウを倒すためではない。全ての鍵は、輪路の存在だ。


(信じているぞ廻藤。お前なら、必ずこの男を倒すことができると!!)


「はぁぁぁぁっ!!!」


 ヒエンは自分の持ち味であるスピードを最大限に活かし、決死の持久戦を始めた。




「会長!! 霊力の充填、完了しました!!」


 ソルフィから、ようやく霊力の充填が終わったという連絡が入った。待ちわびた。本当に待ちわびた。


「わかりました! 美由紀さん。今から私が門を開きます。美由紀さんは指輪に霊力を込めて、ひたすら廻藤さんを想い続けて下さい」


「はい!」


 シエルがラザフォードノートを開き、呪文を唱える。


「我が名はシエル。冥界の門よ。我が言霊に従って開き、誇り高き白銀の獅子王を現世に呼び戻せ!!」


 シエルが片手を門に向けると、中心に黒い穴が出現する。二年前と同じだ。冥界の門が開いたのだ。


「今です!!」


 だが、この穴は一分しか維持できない。


「はい!!」


 美由紀はその短時間で輪路を呼び戻すため、指輪に必死に霊力を込める。


(輪路さんに会いたい……輪路さんに会いたい……!!)


 帰ってきて欲しい。今すぐここに戻ってきて欲しい。そんな強い気持ちを、指輪に込め続ける。


「見つけました!!」


 今再び結ばれた縁をたどり、シエルは輪路を見つけ出す。そして開いた門を、輪路のいる場所へと移動させた。




「っ!」


 輪路は顔を一瞬しかめて、指輪を見た。指輪が熱い。指輪から、美由紀の強い想いが流れ込んでくる。続いて、輪路の前に門が現れた。


「これは、現世と冥界を繋ぐ門か!」


「感じるわ! 門の向こうに、美由紀ちゃんがいる!」


 光弘が、現世と冥界を繋ぐ門が開いたことを。由姫が、門の向こうに美由紀がいることを伝える。


「……美由紀。俺は……」


 戻るわけにはいかない。戻れば、きっとまたたくさんの戦いに美由紀を巻き込んでしまう。輪路はそう思っていた。


「……いい加減にしねぇか馬鹿野郎。お前は感じないのか。気配は美由紀一つだけじゃない」


「何?」


 光弘に言われて、輪路は神経を研ぎ澄ます。感じる。美由紀だけではなく、シエルや翔などのたくさんの気配。そして、美由紀達に危害を加えようとしている、大きくて邪悪な気配を。


「あいつらに危機が迫っている。お前に助けて欲しくて、あいつらはこの門を開いたんだ。察しろ馬鹿」


「……っ!」


 輪路はようやく理解した。なら、行かねばならない。


「わかった。今、行く!」


「ああ。行け!」


「元気でね、輪路ちゃん」


 輪路は生者だが、光弘達は死者だ。冥界に残らねばならない。これが、最後の別れになる。


「……今まで付き合わせて、悪かったな」


 輪路は詫びを入れながら、門をくぐった。




「!?」


 ヒエンと戦っていたギリュウは、戦いを中断して社を見た。


「ちっ……遅かったか」


 何かをやったことに、ギリュウは気付いたらしい。


「はぁぁっ!!」


 そんなギリュウの背後から、ヒエンは斬りかかる。


「遊びは終わりだ」


 しかし、ギリュウは全く本気を出していなかった。両手の剣を投げつけて蒼天と烈空を弾き飛ばし、ヒエンの顔面を殴り飛ばす。


「がっ……!!」


 ヒエンは変身を解除され、脳震盪を起こして気絶した。邪魔者を全て片付けたギリュウは、とうとうドアを破壊して社に乗り込む。


「お前達。何をしている?」


 ギリュウは美由紀とシエル。そして、冥界の門を見てから言った。


(まずい!! まだ廻藤さんは戻ってきていない!!)


 門を維持するのは、例え一分程度であってもかなりの集中力を必要とする。今カイゼルに変身して戦えば、集中力が切れて門が閉じてしまう。輪路が戻ってくるまで、シエルは今の状態を維持しなければならないのだ。


「……まぁいい。まずお前からだ」


 そう言ってギリュウが標的に定めたのは、まさかの美由紀だった。美由紀の方がシエルより霊力が強いので、危険だと判断したのだろう。新たな剣を精製し、美由紀に向かって振り下ろす。


(輪路さん!!)


 美由紀は目を閉じて、心の中で強く輪路の名を呼んだ。


「ぐおあっ!!」


 その次の瞬間、ギリュウが声を上げて真後ろに吹き飛んだ。


「……えっ?」


 美由紀が見てみると、右腰に日本刀が当てられている。そして気付いた。自分を後ろから抱き締めるぬくもりに。


「待たせたな」


 次に聞こえたのは声。美由紀がこの二年間、聞きたくて聞きたくてたまらなかった声。


「輪路さん!!」


 美由紀は振り向いてその名を呼んだ。帰ってきたのだ。遂に、輪路が帰ってきたのだ。


「……くっ!」


 そこでシエルの集中力が限界に達して、門が閉じる。


「おいおい。大丈夫か?」


「……ええ。何とか」


 シエルを気遣う輪路に、シエルは答える。


「輪路さん!! みんなが!!」


 いろいろ話したいことはあったが、まずは目の前の脅威である。ギリュウを倒し、安全を確保してからでも遅くはない。輪路は美由紀を離して社を出ると、今自分の刺突で吹き飛ばしたギリュウの前に立つ。


「不意討ちとはいえ、俺をここまで吹き飛ばすとはな……」


 ギリュウはようやく、シエルと美由紀が彼を呼び出そうとしていたということを理解した。


「何だお前?」


「俺の名はギリュウ。お前は?」


「廻藤輪路だ。これをやったのはお前か?」


 輪路は名乗ると、周囲を見回してギリュウに問う。


「そうだ。どいつもこいつも雑魚ばかりで全く楽しめなかったが、お前は楽しめそうだな」


「……なるほど。俺はお前を倒すために呼び出されたってわけだ」


 輪路は会話をしながら、ギリュウの力を探っている。とてつもない力だ。あの翔までもが、気絶して倒れている。


「いいぜ。やってやる」


「そうこなくてはな」


「だが、お前が痛めつけたのは俺の仲間達だ。今俺は、お前がやったことに対して滅茶苦茶頭にきてる。加減はできねぇ」


 美由紀まで殺そうとした。決して許しはしない。


「神帝、聖装!!」


 この外道を倒すため、輪路は唱えた。そして、輪路は変わる。黒城事件で世界を救った白銀の獅子王、聖神帝レイジンへと。


「レイジン、ぶった斬る!!」


 必ず倒す。その意思を込めて、レイジンはシルバーレオを抜き放ち、構えた。


「面白い。ならば、貴様は俺に斬られろ!!」


 ギリュウはもう一本剣を精製し、レイジンに飛び掛かった。


「マスカレード!!」


 そのまま、ドラグネスとウルファンを一瞬で倒した技を放つ。


「レイジンインフィニティースラッシュ!!!」


 だが、レイジンはそれを遥かに上回る量の斬撃を一度に繰り出し、剣を破壊しながらギリュウを吹き飛ばした。


「ぐっ……まだまだ!! ゴールドラッシュ!!!」


 ギリュウは破壊された剣を補充すると、大量の剣を精製して音速の十万倍の速度で飛ばした。飛ばした後も次々と精製を続け、絶え間なく飛ばし続ける。

 しかし、飛ばした剣は突如として全て破壊され、ギリュウは全身を斬り刻まれた。


「ぐああああっ!! 何ぃぃぃっ!?」


 レイジンは何もしていない。一切の行動をしていないにも関わらず、無数の見えない斬撃がレイジンを守り、ゴールドラッシュを破ってギリュウを斬り刻んだのだ。

 レイジンは、この二年間何もしていなかったわけではない。光弘や由姫とともに冥界を旅し強くなり続け、新しい技を編み出したのだ。


「光弘の体刀を見て思ったんだ。身体を剣にできるなら、心だって剣にできるんじゃねぇかってな」


 体刀をヒントに考案した、念じるだけで見えない刃を作って飛ばす技。


「光弘が今までずっと修行して、とうとう会得できなかった『祈刀』って技らしい。だが俺は堅苦しい名前って嫌いだから、レイジンインビジブルスラッシュって名前にした」


 レイジンは新たな技、レイジンインビジブルスラッシュを使い、ギリュウのゴールドラッシュを破ったのだ。


「もちろん体刀も修得してるぜ。俺が使う時の名前は、レイジンリアルスラッシュだけどな!」


「がぁっ!!」


 レイジンは霊力で硬化した手刀で、ギリュウの胸を斬る。


「当然これだけじゃねぇ。ライオネルマシンガン!!!」


 さらに胸のライオンの口から、大量の霊力弾を発射して追い討ちをかけた。


「ぐおおおおおお!!!」


 至近距離から放たれたため、ギリュウはかわせずに全弾喰らった。


「……う……廻、藤………?」


 轟音を聞き、強い霊力を感じて、翔は目を覚ました。そこには、二年前と変わらぬ姿、二年前とは大違いの力で、恐るべき殺戮者を圧倒する戦友がいた。


「これならどうだ!! ツインソードブラスター!!!」


 ギリュウは二本の剣にエネルギーを込めて振り、二本の光線を飛ばす。


「レイジンダブルスパイラル!!!」


 対するレイジンは、シルバーレオに霊力をまとわりつかせて飛ばした。すると全く同じ規模の、それぞれ逆向きに回転する霊力の渦が二つ発生し、光線を取り込むと、何度もぶつかり合いながら飛んでいき、ギリュウを巻き込んだ。


「おおおおあああああああ!!!」


 二つの渦が衝突する中心にいたせいで、左右別々に回転する渦にねじきられる苦痛を味わい、ギリュウは絶叫を上げる。


「すごい……輪路さん、こんなにすごい技をたくさん……」


「彼はこの二年間で、さらに強大な討魔士へと成長したようですね」


 レイジンの強さに戦慄する美由紀と、こっそり測定器でレイジンの霊力を計るシエル。まだ通常形態だというのに、レイジンの霊力値は那由多を叩き出していた。


「……廻藤……」


 翔は感じていた。レイジンに変身したが、輪路はまだまだ本気を出していない。究極聖神帝まで使った自分が全くかなわなかった、ギリュウを相手にだ。これを見て、輪路はもう本当に、自分の手が届かない存在になってしまったと、翔は思った。


「ま、まさか、ここまで強大な討魔士がいたとは……!!」


 ギリュウはもうボロボロだ。今まで、自分をここまで追い込んだ討魔士や討魔術士はいなかった。だから信じられなかった。


「そろそろ終わらせるか」


 ギリュウを倒すため、レイジンはシルバーレオに霊力を込める。


「……馬鹿な……この俺が、人間なんぞにぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 激怒したギリュウもまた、二本の剣にエネルギーを込めて、斬りかかる。


「パワードセイバー!!!」


「レイジンスラァァァァァァァァッシュ!!!」


 ギリュウの全身全霊の一撃を、レイジンは真正面から打ち破り、斬り捨てた。


「ゼッ、ゼノア様ァァァァァァーーーッ!!!!」


 ギリュウは爆散した。


「ゼノア?」


 レイジンは変身を解く。そこで、翔がようやく話し掛ける。


「ギリュウの主人らしい。奴は自分を、使い魔だと言っていた」


「翔! 起きたのか!」


 驚く輪路の目の前で、翔は回復薬を飲んだ。


「他の者も、まだ死んではいない。気絶しているだけだ」


「……マジだ。よかったぁ……」


 輪路は気配を辿り、賢太郎達がまだ死んでいないと知って安堵する。


「輪路さん!!」


「美由紀!!」


 戦いが終わり、ようやく輪路と美由紀は抱き合う。


「……二年ですよ。二年」


「えっ?」


「輪路さんが冥界に残ってから経った時間です。私がこの二年間、どれだけ寂しい思いをしたと思ってるんですか……」


 輪路を想い続ける美由紀にとって、一日が永遠に思えるほど長かった。何度精神が擦りきれると思ったかわからない。


「もうどこにも行かないで。私のそばに、ずっとずっと、一緒にいて、下さい……」


 美由紀は泣きながら、もう冥界に戻らないよう、自分から離れようとしないように言う。


「……美由紀……」


 自分も同じ気持ちだった。あの選択は間違いだった。もう離れない。ずっと一緒にいる。輪路がそう言おうとした、その時だった。


「!?」


 輪路はとてつもなく巨大な気配を感じて振り返った。翔も、シエルも、意識のある者は全員驚く。


「この気配、ギリュウと同じだ! とすると、さっきあいつが言ってたゼノアってやつか!?」


 きっとそうだ。輪路がギリュウを倒したから、ゼノアが動き出したのである。


「……美由紀。悪いが、俺はもう一回だけ、お前のそばから離れなきゃいけない」


 ゼノアを止める。何を考えているのか知らないが、部下に命令してこんなことをやらせたのだ。絶対にロクなことを考えてはいない。


「でも約束する。ゼノアを止めたらすぐに戻ってくるし、戻ってきたらお前のして欲しいこと、全部聞いてやる!」


「……本当ですか?」


「ああ。もうお前を一人にしないって、決めたからな」


 そう言って美由紀から離れると、


「神帝、聖装!!」


 輪路は再度レイジンに変身する。


「翔、シエル。みんなを頼む」


 賢太郎達を二人に任せ、新たな戦場に赴こうとするレイジンを、


「輪路さん!!」


 美由紀は呼び止め、


「……ご武運を!!」


 応援した。レイジンは振り向き、左手の指輪を見せる。二年前、美由紀が贈った指輪だ。美由紀はそれを見て、静かに微笑む。それからレイジンは、今度こそゼノアの下へと向かった。



 レイジンはまだ知らない。たどり着いた先で果たされる、一人の英雄との出会いを。




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