1 ゲイル・プライド、接敵す
いよいよ、完結編の始まりです。では、まずゲイルの物語からどうぞ。
宇宙空間。
「鬼宝院闘弍。赤石ミライ。ブランドン・マルクタース・ラザフォード。白宮隼人と優子」
宇宙に浮かぶ玉座に、一人の鎧を着た男が腰掛け、地球を見下ろしながら呟いていた。
「世界を支配、あるいは滅ぼそうと戦い、そして敗れた者達だ。私がそうなるよう誘導したわけだが」
男は今まで自分が干渉し、その人生を歪めてきた者達のことを思う。
「いずれも私が今まで見てきた中でも間違いなく強者の部類に入る者達だが、全て返り討ちにしたか。この世界の免疫力はずいぶんと強いじゃないか」
宇宙を破壊するなど朝飯前。そんな超実力者達が、次々と返り討ちにされたこの世界。男は世界が侵略者を排除しようとする働きを、免疫力と呼んでいる。
「しかし、これ以上私がこの世界で得られるものは、もうなさそうだ。とはいえ、奴らに勝てる者などそうはいまい。ならば、この私が動くのみ」
男は指を鳴らした。空気のない宇宙空間で声が響き、音がなるという完全な物理法則の無視。そんな不条理は、この男にとって簡単に起こせる事象。
間もなくして、男の前に男女が二人、現れた。
「お呼びですか? 我らの主、ゼノア・エーベルク様」
「何なりと申し付け下さい」
男女はゼノアと呼んだ鎧の男に、指示を仰ぐ。
「ヴィリザ、ギリュウ。私の可愛い使い魔達。お前達に命令を下す。まずヴィリザ、お前はゲイル・プライドを殺せ。だがすぐには殺すなよ? じっくりと遊んでやれ」
「は」
「ギリュウは世界中の討魔士どもを殺せ。こちらもすぐには全滅させず、ゆっくりとな」
「心得ました」
ゼノアに命令された女、ヴィリザと、男、ギリュウは、早速実行しに掛かった。
「さて、私がこの世界で行う最後の座興だ。楽しませてくれよ? その命が尽きるほどに」
ゼノアは笑った。
*
どこかの国の片隅。そこには、一件の小さな事務所があった。
様々な事件を請け負う便利屋、UDEL。その事務所である。
「♪~」
そのキッチンには一人の女性がいて、スクランブルエッグを作っている。アンジェ・プライド。このUDELの副店長だ。
「おはよう~」
そこに、少し表情の薄い女の子が、目をこすりながらやってきた。
「おはようネリー。早起きだね。今日は休みなのに」
「だって、今日はパパが帰ってくるんだもの」
テネリータ・プライド。愛称ネリー。アンジェの娘である。
「そうだったね。私も早く会いたいなぁ……」
この家庭には夫がいる。アンジェもネリーも大好きな、大切な人だ。少し仕事が立て込んでいてここ三日ほど帰ってきていないが、朝帰ってくると連絡があった。
そんな話をしていると、
「ただいま」
店の玄関ではない、キッチンの横にあるドアを開けて、一人の男が入ってきた。
「パパ!」
若干表情が薄いが、ネリーは喜んで男に抱きつく。彼の名はゲイル・プライド。この家族の父だ。
「おかえりなさいパパ!」
「ただいま、ネリー」
「おかえりゲイル。今ご飯できたところよ」
「ああ。もらうよ」
そこでちょうど朝食が完成し、アンジェはテーブルの上にできたての朝食を並べた。すぐに三人は朝食を始める。
「三人で一緒に朝ご飯なんて、何だかすごく久しぶりに感じる。三日しか経ってないはずなのにね」
「ああ、そうだな」
アンジェは楽しそうに話しているが、ゲイルはどことなく暗い面持ちをしている。それを察して、アンジェはゲイルに尋ねる。
「今日も、駄目だったの?」
「……ああ」
二人がこの便利屋を開いたのには理由がある。
八年前、第三次世界大戦と名付けられた戦いが起きた。世界征服を狙う組織デザイアと、世界滅亡を目論む組織ヴァルハラが引き起こした、極大規模の戦争である。ゲイルとアンジェ、ネリーは仲間とともに立ち向かい、その戦いを終わらせた英雄なのだ。
ミレイヌと名乗っていたヴァルハラの盟主の正体は、過去にゲイルをテロリストから救い、死亡したはずの女性、赤石ミライだった。彼女はヘブンズエデンという傭兵育成学校に通っており、世界を平和にする方法を探していた。だが何者かがミライをそそのかし、真の世界平和を望むなら世界を滅ぼすべきだと吹き込んだのだ。誰もいない世界なら、絶対に争いは起きないからと。
恩人を間違った道に走らせ、ヴァルハラを結成させたその何者かを、ゲイル達は追っている。そのために、裏家業の情報を手に入れやすい便利屋を開いたのだ。しかしこの八年間、あらゆる手を尽くしたというのに、ミライをそそのかした男の情報は全く手に入っていない。
「せめて旧神様達の情報網が使えたらなぁ……ネリー。まだクタニド様やナイアさんの復活は無理そう?」
「……もう少しかかると思う」
ネリーは人間ではない。クトゥルフ神話の主神、総帥アザトースである。己を正常な神に戻すため人間の姿となり、アンジェからテネリータという名前を付けてもらって、二人の娘になった。彼女の意思によって、外なる神や旧支配者達は旧神に戻ることができたのだが、八年前の戦いで力を使いきり、ネリー以外の神格は回復のため眠りについている。
ネリーが狂って他の旧神達と仲違いを起こした原因も、ミライを狂わせた何者かと同じである。だから、ネリーも元凶捜しに協力したいのだが、彼女の力は全盛期に比べて格段に弱く、旧神達とのネットワークも使えないので、協力できていない。
「いいよ。これからも俺が、地道に捜す」
ゲイルはそう言ってネリーの頭を撫でた。その光景を見て、アンジェは思った。
(いつまで続けるのかな……)
ゲイルは八年間ずっと怒りの炎を燃やし、何度も繰り返される戦いに自分をすり減らしている。
もう休ませたい。早くミライさんの仇を討って欲しい。それなのに、相手はまるでこちらを嘲笑うかのように、影も形も、情報すら掴ませてくれないのだ。
「……今日は店も休みだし、ゆっくり休んで。このままじゃ、ゲイルが潰れちゃう」
「……休んでなんていられないさ。ミライさんの仇が今でものうのうと生きているかと思うとな」
せめて自分だけは世界を飛び回り、単身で相手を捜すというゲイル。
「パパ、お願い。休んで」
「そうだよゲイル。お願いだから……」
ゲイルにこれ以上自分を酷使させるわけにはいかない。ネリーとアンジェは、少しでも休むよう必死に頼む。
「……わかった。それなら、今日だけは休もう。ネリーにも、ずいぶん寂しい思いをさせたからな」
やっと折れてくれた。それに安堵するアンジェとネリー。
「それで、どうするんだ? テーマパークにでも連れていってやろうか?」
「うん!」
ゲイルが尋ねると、ネリーは喜んだ。いくら気の遠くなるような時間を生きてきた神とはいえ、今のこの娘は子供だ。それに、アンジェにもこれ以上心配をかけてはいけない。たまには一緒に楽しむことも必要だ。八年前の戦いに勝てたのは、間違いなく彼女達のおかげなのだから、その恩を返す意味でも。
朝食を終えた後、プライド一家は支度を整えて外出した。
*
南米のどこか。ここには地図にも載らないほどの、小さな小さな島がある。こんな小さな島に、二人の来客があった。
「本当にこの島にいるのか? あの伝説の傭兵が」
「確かな情報だ。間違いない。ここにエリックがいる」
小さな島ではあるが、無人島ではない。この島は、表社会でも裏社会でも伝説となっている、ある傭兵の私物なのだ。その傭兵の首には、四十億もの懸賞金が掛けられている。二人は莫大な懸賞金目当てで、傭兵を殺しに来たのだ。
「けど俺達だけで仕留められるのか?」
「大丈夫だ。聞くところによると、奴は一日中寝ていて、特に昼間は確実らしい。傭兵としての活動も、ここ数年はやってないって話だ」
だから昼にやってきた。数年戦っていないなら腕もなまりきっているし、二人で同時に挑めば勝てると踏んでいる。
二人が少し島の中を進むと、中央に一軒の家が建っていた。気配を殺して、ドアノブに手をかける。鍵はかかっていない。罠かもしれないと思いながら、二人は用心して中に入る。すると、ある部屋の中央に椅子があり、誰かが座っていた。白い短髪で白い服を着ている、男だ。
(本当にいた!!)
(こいつが八年前、世界を救った英雄の一人、エリック・アンダーソン!!)
その実力は、英雄達のリーダーを勤めたゲイル・プライドに並ぶという、英雄達の中でも最強クラスだ。
(英雄だろうが関係ねぇ!!)
(お前を殺せば、一生遊んで暮らせる金が手に入るんだ!! 悪く思うなよ……!!)
二人は気付かれないように、部屋の入り口から銃を構える。音は一切立てていない。これから出す音は、引き金を引く音と弾が飛び出す音。そして、飛び出した弾がエリックの頭を貫通する音だけだ。無駄な音は一つも出ない。気付かれる要素は何もない。
そのはずだったのに、
「あなた達にとって大切なものは金ですか? それとも自分の命ですか?」
「「!!?」」
エリックは椅子から立ち上がり、こちらを見た。こうして見てみると、髪だけでなく、肌も雪のように白い。
「……いつから気付いていた?」
男の一人は気を取り直し、一体いつから自分達がここに侵入していたことに気付いていたのか、エリックに尋ねた。
「私の家に一歩、足を踏み入れた瞬間から」
要するに、最初からだ。
「あなた達が私の元に来た理由もわかっています。どうせ金でしょう? 依頼目的なら、私に殺気をぶつけながら銃を向けるはずがない」
二人が来た理由もわかっていた。というより、ここしばらくエリックの家を訪れた者の大半が、エリックの命目当てだ。自分の首に多額の懸賞金が掛かっていることくらい、とっくの昔に知っている。
「今私は気分がいい。大人しく帰るのなら、見逃してあげましょう。今一度、同じ質問をします。あなた達にとって大切なものは金ですか? それとも、自分の命ですか?」
エリックが同じ質問をした瞬間、男の一人が引き金を引いた。発射された弾丸は、寸分の狂いなくエリックの眉間に命中する。
だが当たっただけで、貫通はできなかった。潰れた弾丸はそのまま弾かれ、床に落ちる。
「……愚かな……」
警告はした。だが、相手は命よりも金を選んだ。逃げて生きることより、エリックに殺されることを選んだのだ。
「う、うわああああああああああ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおお!!!」
銃が効かなかったことに二人は驚いたが、すぐに銃を乱射してエリックを殺そうとする。だがその試みは無駄であり、自分の眠りを妨げた愚か者達を、エリックは武器も使わずに一瞬で、二人同時にくびり殺した。
「……やれやれ……」
エリックは二人の死体を引きずりながら家を出て、崖から海に投げ捨てる。それから家に戻り、箒とモップを使って床に散らばっている弾丸と薬莢を綺麗に片付け、何事もなかったかのように再び椅子に座った。
(……ナイア。騒がせてすみません。ゆっくり休んでいいですよ)
八年前、エリックは神、ナイアルラトホテップと愛を誓いあった。紆余曲折あってナイアは今エリックの体内で眠りについており、それをきっかけにエリックもしばらく休むことにしているのだ。自分の中のナイアに詫びを入れ、うたた寝をしようとするエリック。
その時だった。エリックの鋭敏な感覚が、何かを捉えた。
(何だこの気配は!?)
突如として現れた気配は、どこかに向かっている。
「この方角は……まさか!?」
気配が向かっていった方向には、彼が学生時代、ライバルとして幾度も死闘を演じたゲイルの事務所がある。ここから行ったことが何度かあるので、わかるのだ。ゲイルは強いし、そばにはアンジェやネリーもいるので心配ないとは思うが、妙な胸騒ぎが消えなかった。この気配の持ち主を放置していたら、まずいことが起きそうな気がする。そう思えてならなかった。
「……久々に、また行ってみますか」
杞憂で済むならそれで良し。エリックは支度を整えると、自宅を出発した。
*
午後18時ちょうど。ゲイルの事務所に、来客があった。
「……いないんだ」
その女性の名は夏原空子。かつてゲイル達と共に戦った英雄の一人で、そして、ゲイルに恋心を抱いていた。しかし、自分よりアンジェの方がお似合いだと、身を引いたのだ。現在は、同じく八年前の英雄の一人、狩谷信介と同居している。ミリタリーショップで働いており、今回はたまたま商品のサンプルを届けるために、事務所の近くまで来た。せっかくだからと、ゲイル達に会いに来たのだ。しかし、今プライド一家は外出中で、まだ帰ってきていない。事務所の玄関に、休業日に付き外出中と書かれた看板が提げてある。
「……残念。じゃあ帰ろっか」
名残惜しいが、目的の相手がいないのでは仕方ない。踵を返して帰る空子。
「夏原空子ね?」
その時、空子は突然後ろから声を掛けられた。
「えっ?」
振り向いてみると、そこには右頬に三本のトカゲの尾のような刺青が刻んである、見たこともない服を着た女性が、何だかいやらしい笑みを浮かべて立っていた。
「誰……?」
知らない女だ。だが、この女は空子のことを知っているらしい。まぁちょっとした有名人だし、知られていても不思議はないが。
「八年前に起きた第三次世界大戦を終結させた英雄、ゲイル・プライドの仲間の一人」
やはりそっちの情報で空子のことを知っているようだ。
「ゲイル・プライドが帰ってくるまで、私と遊びましょう」
しかし、穏やかな相手ではない。次の瞬間、女性の手の中に拳銃が出現し、空子に向かって発砲してきたからだ。
「!?」
慌てて右に飛び退いてかわす空子。拳銃から放たれた弾丸は空子をかすめ、背後の建物に風穴を空けた。
「何なのよ、あんた!!」
空子も素早くポケットの中から拳銃を抜き、女性に発砲する。しかし、女性はよけようともしない。
空子はヘブンズエデンの卒業生であり、アーミースキルという特殊能力を身に付けている。空子のアーミースキルは、遠距離攻撃を必ず命中させる『必中』と、遠距離攻撃の射出後の速度を加速させる『速射』だ。両方のアーミースキルを使って撃ったので、よけようとしても無駄なのだが、初見でそんな反応をする相手は、耐久力によほどの自信がある者だけだ。
「そんな弱い武器じゃ、私の身体に風穴一つ空けられないわよ」
案の定、女の身体には傷一つ付かなかった。
(こいつ、ボーグソルジャーかエボリュータント?)
いや、そんな生易しい存在ではない。どちらかというと、神と同質な雰囲気を感じる。
「……あんた、人間じゃないみたいね。だったらこれでどう!?」
空子は右手のブレスレットに触れた。このブレスレットはエイボンブックといい、十五種類の武器と十五種類の弾薬を六千発、データ化して保存できる、ヘブンズエデンの理事長、エドガー・サカウチが開発したツールだ。
「メシアジャケット!! ハイパーギガトラッシュ!!」
空子が引き出したのは、あらゆる空間で戦うための超強化パワードスーツ、メシアジャケットと、彼女が最も愛用した巨大な機械砲、ハイパーギガトラッシュだ。
空子はハイパーギガトラッシュを実体弾モードに設定した後、引き金を五回連続で引いた。発射された五発の弾丸は、さながら釘打ち機のように一直線に重なって女の土手っ腹に命中した。
だが、女性はダメージを受けていない。対戦車ライフルの数十倍の衝撃を喰らったというのに、その場から動かせてすらいない。しかも彼女が使う弾丸は、側面に螺旋状の溝が刻まれ、回転による貫通力を高めたドリルバレットという特別な弾だ。ヴァルハラの最高戦力、三将軍の一人にすらダメージが入った攻撃が、この女には通じていない。
「……ホント何なの? あんた、一体何者なの!?」
「さて、何者かしらね?」
女は笑いながら、とぼけるように言った。
「ただ、ゲイル・プライドが捜している相手の一人、といったところかしら」
「!!」
空子の背筋に戦慄が走った。ゲイルが捜している相手の一人。つまりこの女は、ミライやネリーを狂わせた何者かの、仲間なのだ。
「教えなさい!! あんたは何者なの!? 答えないと」
「どうするの?」
気が付いた時、女はもう空子の目の前にいた。発射された弾丸が、空子を大きく後ろに下がらせる。あんな小さな拳銃に、こんな威力があるとは思わなかった。流れ弾が大きな破壊を引き起こした様子はないし、弾丸は女の力を込めているのかもしれない。
「どうするって?」
女は拳銃を乱射してくる。さっきよりも威力は低いが、弾丸は次々と空子に命中し、空子は衝撃で抵抗できない。
「ほら、何かするんでしょ? やってみなさいって!」
女はひたすら、拳銃を撃ってくる。まるで空子をなぶり殺しにしようとしているかのようだ。
「がっ! あっ! うあっ!」
既にハイパーギガトラッシュは落とした。新しい武器を出そうにも隙がない。メシアジャケットは傷付いていく。あまりにも強すぎる女を前に、空子は何もできない。
「!!」
だが女は突然攻撃をやめて左に飛び退いた。女がさっきまでいた場所に、刃が振り下ろされる。空子はその武器を見た。リボルバー式ガンブレード。かつて自分が好きだった人、ゲイルが愛用した武器、プライドソウルだ。
「ゲイル!!」
空子はゲイルの名を呼ぶ。女がゲイルに気を取られている隙に、アンジェとネリーは空子を保護した。
「俺の店の前で俺の友人に手を出すとは、いい度胸だな」
「あなたがゲイル・プライドね? 会えて嬉しいわ」
「ゲイル!! そいつはあなたが追ってる相手の仲間よ!!」
「何!?」
空子からの情報を聞き、ゲイルは女を睨み付ける。
「私の名はヴィリザ。ゼノア様からの命を受けて、あなたを殺しに来たの。でも帰ってきていなかったから、暇潰しにその娘で遊んでたのよ」
「ゼノア……それがお前の主の名前か。言え!! ゼノアはどこにいる!!」
ようやく聞くことができた宿敵の名前。今すぐにでもゼノアを倒すため、ゲイルはヴィリザと名乗った女から、居場所を聞き出そうとする。
「あなたがゼノア様にお会いすることはないわ。だってあなた、ここで死ぬんだもの」
ヴィリザがそう答えた瞬間、ヴィリザの輪郭が陽炎のように歪み、肌が緑色のトカゲの鱗のように変化し、三本の尾を持つ怪物へと姿を変えた。やはりヴィリザは人間ではなかった。ゼノアも人間ではないだろう。
ゲイルは人外の化け物を倒すべく、自分をもう一つの姿に変える暗号を唱える。
「アデル、起動!!」
現れたのは、黒い竜を人の形にしたような戦士。名はアデル。脳以外を改造されて生み出された、機械の神。鋼の邪神、メタルデビルズ・アデル。ゲイルが変身したことで、プライドソウルも大型で鋭利な、アサルトモードに変化する。
「メタルデビルズ……少しは私の実力を認めてくれたようね」
「貴様にはゼノアの情報を、洗いざらい喋ってもらうぞ!!」
まだ殺しはしない。ヴィリザにはゼノアがどこにいるのか、居場所を吐いてもらう。とはいえ、容赦などしない。プライドソウルを振りかぶり、ヴィリザを斬りつける。
「駄目よ」
「!!」
ヴィリザは一瞬でそれを回避してアデルの背後に回り込み、発砲した。
「ぐあっ!!」
背中に攻撃を受け、アデルは吹き飛ぶ。
「あなたは死ぬって言ったでしょ? これから死ぬ相手に、そんなことを教える必要はないわよね?」
(は、速い……!!)
ヴィリザの動きはアデルにさえ捉えられなかった。瞬間移動の類いだろうか。
「ゲイル!!」
すぐに助けに入ろうとするアンジェ。だが、ヴィリザはそんなアンジェに向けて拳銃を四発発砲した。
「!!」
攻撃に気付いたアンジェは瞬間移動で逃げる。だが、弾丸はアンジェが逃げた先に瞬間移動し、アンジェを吹き飛ばした。
「きゃあっ!!」
「アンジェ!!」
「ママ!!」
「うふふ。私の愛銃、リムサスからは逃げられないわ」
アンジェを仕留めたヴィリザは、リムサスという拳銃の銃口に息を吹き掛けた。
「アインソフオウルモードは使わせないわよ」
ヴィリザはただアンジェを撃ったわけではない。アデルの切り札の一つ、アインソフオウルモードを封じるために、アンジェを戦闘不能にしたのだ。
「さて、あなたにも戦闘不能になってもらいましょうか。元アザトースさん」
ヴィリザはネリーにも発砲する。ネリーは魔力弾を手から放ち、弾丸を相殺した。
「やめろ!! ハスタードライブ!!」
ゲイルは双剣チャウグナルファングを装備し、高速戦闘を行えるハスタードライブを発動し、ヴィリザに斬りかかる。
「うふ」
だが、ヴィリザはアデルの攻撃を全て片手で受け止め、リムサスを撃つ。アデルはそれをかわしながらチャウグナルファングで叩き落とすが、アデルの攻撃はヴィリザに通じない。
「クトゥグアドライブ!!」
それならばとパワー重視のクトゥグアドライブを発動し、ダゴンとヒュドラの二丁拳銃を装備して連射する。ヴィリザも連射してきた。どちらもマシンガンを超える速度の連射速度だ。しかし、ヴィリザのリムサスの方が、威力も速度も上だった。
「ぐああああああ!!!」
瞬く間に押しきられ、アデルは崩れ落ちる。
「そんな……ゲイルが敵わないなんて……」
ヴィリザはただ、銃を撃っていただけだ。それだけだというのに、アデルが完全に圧倒されている。こんな相手に自分が勝てるわけがなかったと、空子は恐怖した。
「パパ!!」
「来るなネリー!!」
アデルを助けに入ろうとするネリーを、アデルは制した。
「大丈夫だ。俺はまだ、戦える……!!」
ダメージは受けたが、戦闘不能になるほどではない。自己修復機能を使い、ダメージを回復しながら立ち上がる。
「あら、粘るわね。まぁあなたにはまだ奥の手があるし。さて次はイグニスドライブかしら? それともフィアーズイクリプス?」
(こいつ……)
ハスタードライブとクトゥグアドライブの同時発動によって強化変身できるイグニスドライブ。触れたものにエネルギーを流して、有機物無機物問わず操るフィアーズイクリプス。いずれもアデルにとって奥の手と言える技だ。
(俺の手の内が知り尽くされている!!)
どういうわけか、ヴィリザはアデルの攻撃手段を知り尽くしていた。
(いや、だから何だというんだ)
しかし、例えそうだとしても、ヴィリザを倒す以外にこの場を切り抜ける方法はないし、逃げるつもりもなかった。
「なら、望み通りにしてやる。イグニスドライブ!!!」
アデルはイグニスドライブを使った。戦闘力が一気に引き上げられる。
「まずはイグニスドライブか……お手並み拝見」
「はぁぁっ!!!」
さらに速度を増したアデルが、武器をプライドソウルに戻し、接近しながらヴィリザを連続で斬りつける。
「ふっふっふっふっ……」
しかし、当たらない。ヴィリザは笑いながら、アデルの斬撃を、突きを、全てかわして、アデルの顔面に弾丸をぶち込んだ。だがアデルも、ただでやられはしない。炎に変化して攻撃を無効化し、ヴィリザを包み込んだ。
「へぇ……」
百万度を超える炎が、ヴィリザの身体を焼く。
「……はっ!!」
「ぐあっ!!」
しかし、ヴィリザが気合いを入れると、全身から凄まじい衝撃波が放たれ、アデルは炎化を強制解除されて倒れた。
「……おおっ!!」
まだ負けてはいない。アデルは力を振り絞って飛び掛かり、ヴィリザの顔面を掴んだ。
「フィアーズイクリプス!!!」
エネルギーを流し込む。フィアーズイクリプスは人間さえ操ることができる。
だがヴィリザは構わず、アデルの顔面にリムサスを向け、吹き飛ばした。
「うああっ!!」
ダメージで変身が解除される。
「残念ね。私はゼノア様の力から生まれた使い魔。既にゼノア様から支配を受けている。あなたごときの力で、ゼノア様の支配を上回れはしないわ」
ヴィリザはもう既に別の存在から支配されている。その支配力で、ゲイルは負けたのだ。
「アデル単体はこの程度。あなた、英雄のくせに仲間がいないと何もできないみたいね」
ヴィリザはとどめを刺すため、リムサスの銃口をゲイルに向ける。
その時、ネリーがヴィリザの目の前に瞬間移動し、アッパーカットでヴィリザを上空に打ち上げた。
「ポジトロンボイス!!!」
そして、空子がハイパーギガトラッシュから、極太の光線を放つ。二人はヴィリザが油断する、この瞬間を待っていたのだ。ヴィリザはそのまま光線に呑まれる。
「やってくれるじゃない。大人しくしてると思ったら、これを狙ってたのね」
だが、この攻撃を当ててなお、ヴィリザは無傷だった。
「そんな……」
空子は震え、ネリーはヴィリザを睨み付ける。
「気が変わったわ。先にあなた達から始末してあげる。まずはあなたね」
リムサスを空子に向けるヴィリザ。
次の瞬間、油断していたヴィリザを、エネルギー弾の嵐が襲った。
「そこまでにしてもらいましょうか」
そこにいたのは、エリックだった。
「エリック・アンダーソン、か……」
増援を前にして、ヴィリザは考える。このまま戦っても、負けることはない。だが……
「そうね。今日はここまでにしておきましょう。ゼノア様からご命令を受けているの。じっくり遊んで殺しなさいって。じゃあね」
こんなに簡単に終わってはつまらない。だからもう少し遊ぶことにして、ヴィリザは引き上げた。
「大丈夫ですか?」
「……エリック……」
エリックはゲイルに肩を貸す。
「ママ!!」
ネリーは気絶しているアンジェの元に行き、回復魔術を使った。空子は敵が去ったことに安堵している。
失念していた。捜し出すことと倒すことは別問題だ。いくらゼノアを見つけたところで、倒せなくては意味がない。
「……すまない」
自分の実力不足を痛感し、ゲイルはエリック達に詫びた。