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邪悪の封印

 エアリーが呼ぶところのネルガル、ワンが言うところの赤い星の怪物の正体、それは何なのだろうか?


 ナノ・ウィッチ教団では、百五十年に渡って研究が続けられてきた。その研究成果から、ある程度の推測がされるようになった。

 代表的な七つの特徴は次の通りである


 一、ネルガル化する生物はある程度の知能がある。(少なくとも、2歳児前後)


 二、同種の地球生物であっても、ネルガル化後さまざまな形態の種となる。(知能の高い原型動物から発生するネルガルは、数種類に収束する=人間など)


 三、ネルガル同士の繁殖は異種族間でも行われる。


 四、ネルガル化は何らかの地球を包む力場によって引き起こされる。(海中の生物への影響が少ない事から)


 五、ネルガルが発する能力は、体内に形成される時空の歪みから供給されている。


 六、ネルガル化した生物は、地球型の生物に強烈な攻撃衝動を取る。


 七、火星産の飛来種が全てのネルガルの支配者である。


 これ以外の事はまったく判っていなかった。。


 百五十年のナノ・ウィッチの活動を通じて、飛来種のネルガルと遭遇し、帰還したナノ・ウィッチは存在しない。飛来種が支配する北アメリカ大陸の内奥部には何度も調査隊が派遣されているが、戻ってきた試しが無いのだ。


 結局、第五世代のナノマシンでは飛来種に太刀打ちできないのではないかと思われて始めていた。従って、ナノ・ウィッチ教団の至上命題は、第六世代のナノマシンの探索なのである。


   ◇   ◇   ◇


 『小皇帝』=レナ・レナ・ミランダ・スチュァートは、ストリングを操り、異空間から様々な異界の植物を呼び出し、部屋に飾っては退屈を紛らわせていた。


 その名の通り、彼女は百五十年前に火星からやって来た七王の孫にあたる。ストリングとは、飛来種のネルガルが使用する次元を走査する基本的な技術だ。


 ミランダのいる部屋は小さな体育館程の大きさで、真ん中に円筒形のコンテナがあり、そこに彼女の腰掛けた安楽椅子が持たせ掛けてあった。


 彼女は、若く美しかった。艶やかに肩に垂れた長髪はブルーネットで、肩甲骨の辺りの純白の肌をより一層際立たせている。瞳はルビーのような赤で、小ぶりの唇はバラの蕾のような風情である。手足はすらりと伸び、その若々しい魅力的な身体へと繋がっている。それらを覆う布は申し訳程度のもので、ギリギリ劣情を催さない程度だ。


 彼女はネルガルの年齢では、まだ少女と呼ばれる年頃で、落ち着きが無く力も無く熟練もしていなかった。


 部屋の中には、もう一人筋骨たくましい青年が、彼女に寄り添うように怪しげな食物が乗った盆を捧げて立っていた。


「退屈、たいくつ、タイクツ、TAIKUTU~~」

 彼女はそう言って足を激しくバタバタさせた。


「王族の私がなんでこんな穴倉で過ごさなけりゃならないのよ? こんなの理不尽だわ。ねえ! 聞いてるの? ロバート!」

 どうやら癇癪が爆発したらしい。


「姫様、それは自業自得ってやつで御座います」

 盆を捧げて立つ男は、軽蔑するような視線を傍らの少女に止めて言った。


 彼は一般の基準からすると、かなりのハンサムだった。七三に分けられた銀髪にライトブルーの瞳を持ち、貴族の執事が着込む燕尾服を着用している。


 彼はネルガル化された地球人の子孫である。


 ネルガル化された地球人は、ネルガル社会でも最底辺に位置する。だが、このロバートと呼ばれた青年はネルガルの貴族の出身である。彼は相当に怪しげな能力は持っているが、王族には敵わない。


「姫様は、浅はかにも隔離地域である月面の『ルナ・シティ』に無断で進入しちまったですから、あの情け容赦ないお婆様にお仕置きを受けるのは当然です」

 彼はあざ笑うかのごとく言った。


「結局、無残にもマシーン・レイスどもにケチョンケチョンやられて、逃げ帰ってきたではありませんかで御座います」

 彼女は激昂して、手じかにあった毒々しい色の花がついた鉢植えを彼に投げつけた。


「おだまり、あれは、あんたが私をそそのかしたから、ああなったんでしょうが!」

 ロバートは顔面に飛んできた鉢植えをひょいと避けると付け加えた。


「私は、『王族の力があればマシーン・レイスなど敵ではない』と、入れ知恵しただけで御座います。目立ちたがり屋で短絡的な姫様が圧倒的に悪いから、この様な田舎の『禁則の地』なんかの警護をさせられるので御座います」

 彼女はストリングを操り、異空間から相当な運動速度を持ったコブシ大の隕石を呼び出すと、執事に投げつけた。


 秒速何キロもの速度を持つその隕石は、空気との摩擦で白熱の火球となり、ロバートの持ったお盆ごと彼の肘から先を吹き飛ばすと、部屋の壁に巨大な穴を開けた。それにより地下にある部屋全体が大きく振動した。


 ロバートは吹き飛んだ肘から先の自分の手を眺めて「やれやれ」と呟くと肩から腕を大きく振り回し、手品のように手を再生した。


「お気が済みましたで御座いますか? 何度も言うように、私にそのような物理的な一発攻撃は利かないで御座います。腕は簡単に再生できますが、服は再生できないと申し上げたはずですよね? また姫様のお小遣いから服を新調させて頂きますので悪しからず」

 彼はどうしようもないバカ娘だなという視線を彼女に注いで言った。


「フン!」

 ミランダは頬を膨らませてそっぽを向いた。


 その時不意に部屋を封印してあった鋼鉄の分厚い扉が、爆発したように吹き飛んだ。


「あら?」

 彼女はそれを見て瞳を輝かした。


 そこから『漆黒の魔犬』と『オーロラの暴神』が部屋の中に進入してきたのだ。

 傍らに立ったロバートもそれを認知し、ミランダを庇う形でその前に立ちはだかった。


 狂犬と化したワンが、唸り声をを上げて体を低くして突進の体制を取る。


「待ちなさい、ワン」

 エアリーは、ワンに鋭く声を掛けた。ワンは今にも飛び掛ろうとしていたが、不承不承彼女の命令に従った。


 部屋の中は、天井や壁に付着した光苔のようなものでぼんやりと照らされていた。


 小体育館ほどもある部屋の中は、グロテスクな植物に所かまわず占領されている。


 一方の壁には差し渡し3メートルほどの大穴が開いており、穴の淵は高温の溶岩の雫がまだ滴り落ちていた。


「この部屋に突入する寸前に聞こえた大音響の原因はこれだったのか」

 とエアリーは納得した。


 エアリーがワンを止めたのは、部屋の中央に立つ男と一段高いところに座る女が今までに遭遇したことが無いタイプのネルガルだったからである。

 こんな人間と寸分違わぬネルガルをエアリーは見たことがなかった。


「何なの? 彼方達、ここが『禁則の地』だと知ってて入ってきたの?」

 安楽椅子に座ったミランダが言った。


彼女は、不仕付けにもこの『禁則の地』押し入ってきた一人と一匹を下級のネルガルと勘違いしたのである。頭の中では「どうやって弄んで上げようかしら」と考えていた。


「姫様、あなたは阿呆ですね? この者達は、われ等の眷属ではありませんで御座います」

 ロバートは後ろを見ずにミランダに話しかけた。その目は油断無くエアリーとワンに注がれている。


「まさか、そんなはずないでしょ、馬鹿執事」

 ミランダはむっとしてロバートに食って掛かった。


「我々の目の前に居るこのピカピカした娘は、旧人類の『ナノ・ウィッチ』と呼ばれる戦士で御座います。家庭教師から何を学ばれてきやがったので御座いますか?」

 ロバートは少々いらっとして言った。


 ミランダはそれを聞くと、安楽椅子から立ち上がって、エアリー達をジーッと覗き込んだ。


「へー、あら、これがあの絶滅危惧種の『ナノ・ウィッチ』って奴なのね。お爺様がよく『忌々しい奴らだ』って呟いていたわ」

 ミランダは本当にうれしそうに言った。彼女は目の前に現れた退屈凌ぎの相手に狂喜しているようだった。


 エアリーはそんな二人を観察していた。彼らの使う言葉も英語なので簡単に理解できる。


「本当に、この普通の人間にしか見えない者達が、ネルガルなのかしら」

 と心の中で思った。


「あなた達、ここに封印されている邪悪な武器を取りに来たのね?」

 ミランダがエアリーに聞いた。

 ロバートは自ら秘密を暴露するこの天然の大馬鹿娘に呆れて深いため息を付く。


「そお、その後ろのコンテナが第六世代のナノマシンなのね? 大人しくそれを渡せばあなた達は見逃してあげるわ」

 エアリーは、ついに求めていた物を発見した喜びで興奮しながらミランダに言った。


「なぁにぃぃぃ、『見逃してあげるわ』ですって? ふざけた事を言うのも大概にしなさいよ!このクソ虫が」

 ミランダは、エアリーの高飛車な言葉に王族の権威を侮辱された様に感じ、咄嗟に怒りを吐き出すように叫んだ。


 その時既にワンは攻撃に移っていた。超高圧の油圧システムで駆動されるワンの筋肉がしなり、チタン合金製の爪がコンクリートをしっかりと把握すると、彼の身体を目標に向かって弾丸のように発射する。


 ロバートはワンとほぼ同時に反応し、ワンを迎え撃つべく高速でワンに飛び掛った。


 ミランダは一瞬出遅れたが、得意の異世界から物質を取り出す能力で、先ほどと同じようにコブシ大の隕石をエアリーに投げつけた。


 エアリーは大出力のイオノクラフトの力で、UFOの様にありえない軌道と速度で、床の上を滑る様右に左にと移動する。そのランダムな動きでミランダの投げつけた白熱の隕石を難なくかわされた。


 エアリーは、一瞬床を強く蹴ると、そのままミランダに突進した。

 この間、僅か十分の一秒の出来事である。


 ワンとロバートが激突した重い「ガシーン」という音が響き、灼熱の隕石が今の今までエアリーが居た場所の直ぐ背後に激突する「グワァァン」という大音響がそれをかき消した。


 ワンはロバートの左腕に噛み付きそれを噛み千切ったが、ロバートが下から放った強烈な膝蹴りで身体を天井近くまで吹き飛ばされてしまった。

 それでもワンは、身体を入れ替えると天井を強く蹴って、再びロバートに襲い掛かった。


 この地下室に居る超人的な存在たちは、超高速の反応速度と判断力で一秒が三十秒ほどの長さに感じられるはずである。


 音速に近い速度で動こうとする彼らにとって空気はドロドロの水あめの様に大きな障害と成りつつあった。


 エアリーがミランダに掴みかかろうとした瞬間、ミランダは異世界から太陽のプロミネンスを呼び出すと、その何千万度にも達する炎をエアリーに投げつけた。


 エアリーはその高温のプラズマガスを強力な磁気力場で脇に逸らすと、ダイヤモンド製のグローブをつけた拳でミランダを殴りつけた。


 ミランダは危ういところでストリングを操作して、自らの身体をこの時空から引き剥がすと少し離れた場所に引っ張り出した。


 彼らはお互いの攻撃力に驚愕していた。


 エアリーはこのミランダと呼ばれる少女が操る超自然的な能力に驚き、ミランダはたかが『死にぞこないの種族』の少女が見せる物理的力に驚いていた。


 ロバートは瞬時に左腕を再生させると、真上から襲ってくるワンの攻撃を、ワンの前肢を取って更に加速させ激しく床に叩き付けた。


 ワンは地雷が爆発するような音を立てて床に激突したが、その寸前に鞭のようにしなる強靭な尾でロバートの右胸を深く切り裂いていた。


 ワンのチタンで補強されたあばら骨数本にひびが入り、流石のワンも直ぐには立ち上がれない。


 ロバートはロバートで始めて苦悶の表情を浮かべ、胸を押さえて方膝を付く。片腕を噛み千切られても眉一つ動かさなかったロバートだが心臓への一撃は堪えるようである。


 二十歩ほど離れた場所では、ミランダが異空間からもうもうと白煙を上げる強酸性の液体をエアリーに浴びせかけた。


 エアリーは咄嗟にトンボを切って逆立ちすると脹脛のタングステン電極に莫大なエネルギーを送り込んでハリケーン並みの強風を発生させ、それをミランダへと吹き戻した。しかし、全ての液体を吹き飛ばす事は出来ず、背中や腰からジューッという音と共に黄色い刺激性の煙が上がる。


 ミランダは吹き戻された強酸を、件の瞬間移動能力でかわすと激怒して金切り声でエアリーを罵倒する。


「ふざけんな、下等動物が!」

 そこに僅かな隙が生まれた。


 エアリーの全身を覆う無数のフォノニック回路の刺青が、ひときわ明るく燃え上がり、体内の鉛薄膜核融合炉(NPS)で発生された赤外線からガンマ線全てを含んだ『全放射線』と呼ばれる熱線が彼女の右手の手刀の先に誘導され、そこから迸る。


 それはミランダの左胸から左肩を消し炭のように炭化させこそぎ落した。

ロバートは、この戦いが非常に不利であることを悟った。


 『小皇帝』=レナ・レナ・ミランダ・スチュァートはストリングを操る能力が未熟であるのに加えて、『禁則の地』を封印する力場に能力の半分を割かれている。

 これが成熟した王族だったならば、この程度の攻撃は何ということもないだろうが……。


 選りにも由って、この退屈な『禁則の地』の警護の任をこの歳若い王女が罰として勤めている時に、強力なナノ・ウィッチが現れるとは。


 ロバートは一瞬にして頭の中でそれらを分析すると、唸りを上げて失った部分を右手で押さえるミランダを抱きとめて彼の最大の能力を使った。


 彼の最大の能力は『空間を転移』する能力である。ミランダのようにストリングを使って、十一次元に渡る様々な空間からエネルギーや物を取り出すことは出来ないが、彼の一族の出身の七次元への通路を抜け、遠距離に転移する事ができるのだ。


 実は彼が見かけ上不死身に見えるのは、自らの脳や内臓をあらかじめ七次元に隠してあるせいである。同時に己の身体のスペアパーツも無数にストックしてある。


 ただし、それらのパーツを七次元から引っ張ってくる為には、オリジナルの核(心臓)をこの次元に残しておかなければならない。


 彼は浅からぬ傷を負った王女を連れ此処から脱出することに決めた。


 彼は彼の一族の繁栄のために、今此処でこの利用しやすい王女を失う訳にはいかなかったのである。


「こ、こら、何すんのよ、この馬鹿執事」

 ミランダは抗議の声を上げたが、彼らの姿は靄のように揺らめいてすーっと消えていった。




一度UPしましたが、戦闘シーンがあまりにもあっさりしていたので書き直して再投稿ですm(__)m

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