奸臣の思惑
コンピューター壊れました;;
急きょノートを購入(痛い出費です)
サンフランシスコの通称ウエスト・パレスと呼ばれる宮殿の寝所では、『スカーレット・ダムド』=ユニク・ミランダ・スチュアートがクマのように落ち着きなく高価な絨毯の上を右に左にと歩き回っていた。
「ああ、私の大事な孫娘は大丈夫かしら? 上手く『紋章』の試練を潜り抜けたかしら?」
そして、5分に約1回の割で同じ事をブツブツと呟いている。
彼女は孫娘のレナに苛烈とも見える態度で普段接していたが、それも実の娘グローリアを過保護に育てて失ってしまった反動からそうなったのだった。
思えば大戦の時、地球に紋章を刻む段になって、ユニクがジュリアスの子供を身ごもっているのが発覚し、ジュリアスが彼女の代わりにああなってしまった事で子育てにプレッシャーを受けてしまった事が娘の養育を過保護にしたのだが……。
本来のユニクは、単純で情けが深く、とんでもない心配性なのである。
「ああ、やっぱり一緒にいってあげれば良かった!」
ユニクは中空を睨んで苛立たし気に叫んだ。
そして、フッと切ないため息を吐くと、また絨毯の上を行ったり来たりするのだった。
「そ、そうよ……あの子に限って『失敗』なんて有り得ないわ! しかも、劣化版とはいえジュリアスも付いているんだし、グローリアの時の様な事故は起きないわ!」
ユニクは拳を握りこんで、縁起の悪い妄想を打ち払う様に力強く呟いた。
「そうよ! あの子が生還するのが確実なら、迎えてあげなくっちゃ!」
この時点で、彼女の中の葛藤は一応の決着を見た様だった。
ユニクはサイドテーブルに置かれた錫杖を引っ掴むと矢も楯もたまらずダラスの王城へと転移していった。
◇ ◇ ◇
「ほほう! 凄いじゃないか、レナの奴。とうとうジャックの処まで辿り着いたぞ!」
ジュリアスは紋章の間にドッカリと胡坐をかいて手を叩いて喜んでいた。
ロバートはその姿を鉄棒でも飲み込んだかの様に緊張して立ち竦んだまま見ていた。
『……あのナノ・ウィッチの小娘が、コンドリアの管理する第4の紋章に向かっている事実を俺は王に報告していない。もし……』
ロバートはそこまで考えて、手にじっとりと汗を掻き始めた。
『……そりゃあ、望んでいたさ。不測の事態が起きることを……だが、このボンクラ王が俺の計画に、気付くとは思ってなかった……』
ロバートの顔は一見平静のように見えるが、内心激しく動揺していた。
ロバートは、ナノ・ウィッチがニホンを徒歩で横断している事を知っていた。彼の一族が使役する諜報用のネルガルから随時報告を受けていたからだ。そのままの進路で進めば、第4の紋章を守るコンドリアとそろそろ鉢合わせするタイミングである。
もし、ナノ・ウィッチとコンドリアが戦闘になれば、あのナノ・ウィッチの力をもってすればコンドリアは敗れ去るだろう。
そうすれば、第4の紋章は破壊されないまでもそれなりのダメージを受けるはずである。
目論見どうりにいけば現在、紋章をなぞる最中であるこの儀式に何らかの混乱が起こり、ロバートはそのどさくさに紛れて紋章に足を踏み入れるチャンスが訪れる。
約100年――ネルガルの伯爵家であるナイガン家は、3代に渡ってこの秘密プロジェクトを進めてきた。第7宇宙の代表=ナイガン家がこの地球を支配する為に……。
エメラルド色のチューブの中を移動するキラキラした知恵の輪は既に中心に到達しようとしていた。
上機嫌に騒ぎながら手を叩くジュリアス。
今にも瞳から怪光線が漏れ出すかと見まがうばかりに、青い顔でそれを琥っと睨みつけるロバート。
その刹那、この場の空間を激しく歪めるような衝撃が紋章の中心から唐突に発生した。
紋章を形成するチューブが大蛇のように身悶える。
あと少しで中心に到達せんとしていた輝く知恵の輪は、激しく明滅しながら今にもチューブの中でバラバラに分解するかの様に小刻みに振動していた。
ジュリアスの目は驚愕に見開かれ、即座にロバートを物凄い形相で振り向いた。そこには冷笑を浮かべるハンサムなナイガン家の跡取りの顔があった。
「貴様~!!」
ジュリアスはその一瞬で全てを悟ったが、この第7宇宙から這い出してきた虫けらを駆除する暇はなかった。
今まさに『紋章』は崩壊仕掛かっており、即座に手を打たねばレナの命は無い。
ジュリアスは弾かれた様にチューブの末端に抱き着くと、歯を食いしばる様にして自らの内部に形成された回路からダークエネルギーの力を絞り出し、紋章を安定させるために全力を傾けた。
ジュリアスの体は白く輝き、波紋の様にその光がチューブの中を駆け巡り、紋章の暴れが収まってゆく。レナを象徴する知恵の輪は、不機嫌に明滅しながらかろうじて分解するのを免れていた。その代りジュリアスは体の輪郭が徐々に崩れ始めていた。紋章に抱き着いた身体が癒着する様にチューブの表面に張り付き、同化されようとしている。
「は~はっはっ! 遂にやったぞ! 我がナイガン家がこの地球の新たな支配者になるのだ!」
ロバートはジュリアスの背後にゆっくりと歩み寄りながら、歓喜に打ち震えていた。
「油断したな、ジュリアス王? 紋章の秘密が王家だけのモノだと思っていたのか? 見ろ! 俺の胸を!」
ロバートはそう言うと上半身に纏っていたダークスーツを荒々しく引き剥がした。
たちまち露になったロバートの裸の胸には、皮膚を透かしてレナと同様の紋章らしきものが刻まれていた。
崩壊しようとする紋章を支えていたジュリアスが、苦し気に振り向いて驚きに目を見張った。
「ナイガンはこの100年、3代に渡ってお前の糞生意気な娘と共に、紋章を渡る旅を続けたのだ! そしてその都度、バカ娘と共に我が肉体に紋章を刻み続けて来たんだよ!? くっくっく……どうやら俺の思惑通り、あのナノ・ウィッチがコンドリアにダメージを与えたようだな?」
ロバートは愉悦にその顔を染めて、歯を食いしばるジュリアスの背後に立ち、侮蔑を込めた声で彼に語り掛けた。
「どうだ? どうやってお前らホモ・マーシャントと同じ紋章を手に入れたか知りたくないか?」
「…………」
ジュリアスは苦痛に耐えながらも、ロバートを半ば憐れむような眼で見ていた。
「ジュリアスよ、この期に及んでまだ俺たち紋章の守護貴族を蔑んだ目で見るのか!」
ロバートは苛々した声でそう叫ぶと、動くことのできないジュリアスの背中をしたたかに殴りつけた。
ジュリアスは苦しそうに頭を仰け反らせる。
「聴け! 第7宇宙で最も繁栄した我が種族は、単性生殖でその数を増やす。俺は地球に降臨した始祖から数えて5代目のロバート・ナイガンだ。
精神的には始祖とちょっと違うがね。クックッ……。我が種族の体はトキソプラズマ状の物質でできており、自由に変形・増殖・分離ができるのさ。3代目のロバートは、ピンポン玉程度の体の一部を、紋章をなぞり始めたお前の孫娘のポケットに忍ばせることを考え付いた。
後は分かるよな? お前のションベン臭い小娘のお守りを100年も続けるとは思わなかったが、とうとうこの日が来たって訳だ」
ロバートは多少興奮気味にジュリアスに勝ち誇って喋り続けた。
「後は、お前がこのチューブの崩壊を必死で止めてる間に、俺がさっさとチューブを潜ってしまえば後の祭りだ! ハハハハハ……」
ロバートはそう言って、チューブの末端に歩き始めようとしたが、そこで突然雷に打たれた様に立ち止まった。
彼の驚愕した顔が、自分の胸から生えた手を見下ろし、恐怖に見開かれた目で背後を振り返った。
そこには、憤怒の形相でロバートの背後から抜き手で彼の胸を貫いたユニク・ミランダ・スチュアートが立っていた。




