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地獄門・その3



「……痛いです。グスンッ」

 レナはジェスに拳骨で叩かれた頭をさすりながら、チューブを地球の核に向けて降りているところだった。


 チューブを取り巻く白銀のニュロニック・アイアンの海は、7色の蛍光色の光を斑に滲ませて強烈な流れを生み、眼下の地球の核(純鉄の小さな惑星?)の幻想的な景観を引き立たせていた。


 そこにはキラキラと白金色に輝く巨大な森林が広がっていた。それは鉄の結晶が作り出す森だった。森の1本1本の木は針葉樹であるモミの木に似ていた。1本の木の高さは5000メートル位だという事(ジェス情報)だが、それが妙に丸まった地平線まで延々と続いている。


 2人が下降していくチューブは、その森林にぽっかりと空いた朝顔の様な巨大な漏斗状の穴を目指していた。


「……さあ、そろそろ君ともお別れだ」

 ジェスは近づく穴を指して言った。


「え? 叔父さん、一緒に来てくれないの?」

 レナは上目遣いにジェスを見詰めて言った。


「僕の担当は此処までなんだ。僕らは10の紋章を1人1人が担当している。お互いに別の門に足を踏み入れる事はできない」

 ジェスは寂しそうに笑いながら言った。


「そんな……」

 レナは返す言葉がなかった。


「君なら大丈夫。10か所の門を潜り抜けてジュリアスの元まできっと帰りつけるさ。そして、戻ったらユニク姉さんに『最後に言う事きかなくてごめんね』と伝えてくれ」

 ジェスの言葉にレナは息を呑んだ。


 そして、ジェスはレナを優しく穴の方に押しやった。


「大叔父さん! おばあちゃんに必ず伝えるから!」

 レナは悲しい顔でジェスに手を伸ばしながら第1の門にゆっくりと落ちて行った。



   ◇   ◇   ◇



 ジュリアスは、光の知恵の輪になって紋章のチューブの中を移動するレナの姿をじっと目で追っていた。


「ロバート君だっけ?」

 ジュリアスはふと思い出したように傍らに控えるロバートに声を掛けた。


「はっ、何でしょうか、陛下」

 ロバートは多少緊張した面持ちで答える。


「君は第7宇宙から地球に召喚された一族なんだよね?」


「御意」

 跪き首を垂れるロバートのハンサムな顔がチューブの投げかける緑の光に浮かび上がる。


「一族は何人位いるんだい?」

 ジュリアスが何の気なしに聞いた。


「はい、……我が一族は200万人程……地球の全人口の30%程ですが」

 ロバートは躊躇いながらも答えた。


「ふぅん……それじゃあ、錯覚しちゃってもしょうがないかな? 僕らホモ・マーシャントは100人もいないからね」

 ジュリアスは口の端に皮肉な笑いを浮かべながら言った。


「な、何のこと……でしょうか?」

 ロバートは背中に冷や汗を掻きながら聞き返した。ジュリアスの言葉の端々からは、ナイガン家の企みが看破されてる様なニュアンスが伝わってくる。


「まあ聞きなよ、ナイガン家のロバート君。紋章の守護を務める家又は者は、偶然に向こうの宇宙で『門』を発見したってわけじゃない。それとも、君たちはこちらに出てくる『通路』を自らの力で発見したとでも思っているのかな?」

 ジュリアスは酷薄な笑顔を顔に張り付けながら言った。


ロバートはギョッとして言葉を失った。


「え~と、第7の紋章の担当は……エマニュエルか……あいつの事だからきっと適当に決めたんだろうな。……それで? ロバート君、君は、始祖のナイガン伯爵から数えて何代目なんだい?」

 ジュリアスはブツブツと呟きながらロバートに尋ねた。


「……私で5代目です、陛下」

 ロバートはごくりと唾を飲み込んで言った。


「世代交代とは残酷なものだな……君は君の始祖から我々ホモ・マーシャントが、何故この太陽系を支配する様になったのか聞かなかったらしいね……」

 眉を顰めながら話すジュリアスにロバートは、極度の警戒感を露にしていた。


『何を言っているのだ、この狂気に囚われた王は……』


 この地球の王=ジュリアスは、狂った王と呼ばれていた。150年前、10番目の紋章を刻む時点で、身体の成長度合いやその性格が大幅に変わってしまったらしい。本人は力の大半を失ったと言っているが、ロバートは怪しいものだと思っている。現にジュリアスが時折振るう力は、若い世代のネルガルからしたら、以前との力の差の区別など着きはしないのだ。


 ジュリアスの性格は尊大で奇行を好み、気まぐれで冷淡、周囲は腫れ物にでも触る様に接している。一旦不興を買ったら、一族毎滅ぼされる事もある。

 伝え聞く話では、紋章の中に全ての徳を忘れてきた、と言われている。


「恐れ多くも、……陛下のご一族が、この宇宙の全ての力を操る手段を手に入れたからではないでしょうか? 絶大なるそのお力が、当然のごとく下等な人間共を駆逐したのだと奏上いたします」

 ロバートはジュリアスの怒りを招かないよう、細心の注意を払いながら答えた。


「ふむ、確かに地球に紋章を刻むことで、地球上の殆ど全ての生物は絶滅した。……だが、我々は意図して地球型生物を絶滅させる為に紋章を刻んだんじゃ無いような気がするんだよな――――よく思い出せないけど、もっと切実な目的があった様な気がする」

 ジュリアスは首を傾げて考え込む様に言った。


「ははは……やっぱり思い出せないや。信じられるかい? あのユニクに馬鹿にされるんだよ? 仲間の中で一番脳筋で、考えるより体が先に動く『ユニク』にだよ?」

 ジュリアスはアルカイックな笑顔を顔に張り付けながら言った。


「私の口からは……女王様について申し上げる無礼はいたしかねます」

 ロバートは声を潜めて恐々と答えた。


「うん、そうだね……後が怖いよねって? 何を言おうとしたんだっけ? ……そうだ! 君達の勘違いについてだったね」

 ジュリアスの言葉に再び冷や汗が噴出した。


「か、勘違いで御座いますか!?」

 ロバートの目が左右に忙しなく泳いだ。


「そうだ、若造――もしお前がこの紋章に1ミリでも触ってみろ、一族全てが宇宙の塵になって100光年の宇宙空間に拡散する羽目になると思え」

 突然かん高かったジュリアスの声が、壮年の男のドスの効いた声に変わり、ロバートに叩きつけられた。


 ロバートは、根源的な恐怖にその身を縮めた。



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