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紋章

「レナ、ユニクは『早々に10番目の紋章をなぞりなさい』って言ったんだね?」

 ジュリアスは長い考え事から戻ってきて言った。


「……ええ、お爺様」

 レナはしょんぼりとしながら答える。


「そうか、地球統治に関する事や家族の事については、ユニクの言うとおりにしといた方が良いよね。……怒ったら怖いし……」

 ジュリアスは冗談めかして言った。


 内心、彼自身もレナが紋章をなぞる事が必要だと感じているくせに。


「それじゃあ、紋章の間にいこうか?」

 ジュリアスは玉座から立ち上がると言った。


「陛下……」

 その時、控えていたロバートがジュリアスに声を掛けた。


「できれば、この私めも紋章の間に同行させて頂きたいのですが?」

 それを聞いて、レナが凄い目でロバートを睨んだ。


 ジュリアスはそんな2人を面白そうに見比べた。


「何でだい?」

 ジュリアスがロバートに聞いた。


「ハッ! 姫様が万が一紋章をなぞるのに失敗された時、この身を投げ出してお救いする所存です」

 ロバートは神妙な様子で答える。


 レナはそれに対して何か言おうとしたが、ジュリアスに視線で制止されて口篭る。


「え~と、レナが9番目の紋章をなぞった時も、君は紋章の間に入ったのかい?」

 ジュリアスは怪訝そうに聞いた。


「勿論で御座います、陛下。それに、レナ様がお生まれになってから100年余り、ナイガン家の者は三代に渡って、姫様の警護に当たって来ました。不肖の私めがそれを放棄すれば、父祖に顔向けが出来ません」

 ロバートは恭しく答えた。


「そうだったっけ? まあ、僕は一向に構わないよ。レナを助ける事ができるなら、やってみるがいいさ」

 ジュリアスは面白そうに言った。


「レブマ、『紋章渡り』の儀式の間、この城に影響が出ないように結界で保護しておいてね? サタニアはお留守番だよ?」

 ジュリアスは2人にそう言い置くと、レナとロバートを引き連れ、ダラス城の地下深くにある紋章の間へと空間転移した。




   ◇   ◇   ◇




 そこは不思議な空間だった。


 広さはサッカー場位の楕円の空間に半球状の天井がある。地面壁面はキラキラと雫のように反射光を返す黒い物質で出来ており、中心部に向かって光が放たれている様だった。そう、壁から部屋の中心に向かってだ。

 レナたちは地下の空洞の中心に向かって立っているのだが背中が明るく、体の前面が影に沈んでいる。

 黒い壁は発光していない。だが、壁に面していない処が全て陰になる。


「面白いだろう?」

 ジュリアスはレナに向かって言った。


「この光は、紋章の門に向かって飛んでいる『反光子』なんだよ。反物質があるなら、反光子が有るのも当たり前だよね?

 ちなみに『反光子』は虚数の電場を帯びているから、反射光は普通の光子と同じ波長を示すよ」

 レナは1人悦に入ってるジュリアスをを見て一瞬眉を顰めた。言っている事が難しすぎて分からない……。


『この祖父は調子に乗って悪戯が過ぎる嫌いがある』

 そう思ったのは内緒である。祖母もそうであるが、初代のネルガルは計り知れないほどの英知を隠し持っている。


「それじゃあ、10番目の紋章についてレナに話しておこうかな?」

 ジュリアスはレナの横に目だ立たない様控えているロバートをチラリと見てから言った。


「我々ネルガルは、ダーク・エネルギーの力を利用して生きている。その根源的なエネルギーの元となるこの宇宙は、12の性質の違う宇宙が重なり合って出来ているのは知っているね?」

 レナは初歩的な質問にムッとしながらも頷いた。


「12の宇宙があるのに、何故紋章が10しかないのか知っているかい?」


「いいえ、お爺様。分からないわ」


「それはね、終わりの宇宙は当然の事ながら、今僕等の住んでいる宇宙の事だから空間を接続する事が出来ない為だけど、始まりの宇宙は、非常に荒々しくて他の10の宇宙を自在に利用できる力が無いと制御出来ないからなんだ」

 ジュリアスはニコッと笑って続けた。


「逆に言うと、10の紋章をなぞれば、始まりの力を使えるようになって、やっと1人前のネルガルになるのさ」

 ジュリアスは明らかにロバートにも聞かせようとして言葉を紡いでいる。


「お爺様……それ以上は……」

 レナはジュリアスに目配せしながら、ロバートに聞かれると不味いという事を精一杯アピールした。


「あはははっ、冗談冗談。可愛い孫娘の緊張を解すためさ。それでは、紋章を呼び出そうかね?」

 ジュリアスはそう言って右手を紋章の門に向かって伸ばす。


 その手を追ってレナの目が空間の中心を見つめると、何も無いはずの空間から鮮やかな緑色の髪の毛の様な物が、一筋、二筋……と生えてきた。それはたちまち数を増し、まるで藻の様にその腕をゆらゆらと揺らめかせながら、数と大きさを増して行った。


 レナがふとジュリアスを見ると、青い顔で冷や汗を流しながら『何か』を必死に操っているように見える。レナはその姿に恐れを抱いた。


 それもそのはず、反光子の明かりによって、背中は普通の太陽光に照らされた様な体だが、その裏側は中心からチラチラと差し込むエメラルドグリーンの、まるで水を透過してくる様な光によって幽霊のように実体が無い。


 レナはゴクリと唾を飲み込んで紋章の門の方を向いた。


 地下空洞の天井の高さは50メートル位だった。その中間付近に発生した蠢く毬藻の大きさは直径が20メートルほどに達している。


 そして、ジュリアスが一しきり『うぬぬっ!』と唸ると、毬藻の下部と上部から触手が天井と床に向かってゾワゾワっと伸び始めた。


 やがて、触手が天井と床に同時に届くと、目の前の空間が強烈な緑の光と共にグニャッと捩れた。


 レナは、眩い光に目を開けていられなくなって一瞬目を瞑ってしまったが、目を開けた次の瞬間に、目の前に理解できない巨大なチューブ(?)で出来た構造物が有る事に気付いた。


 それは、直径が2メートルの透明なガラスの管の様で、無作為にぐにゃぐにゃと曲がり2度と解けないような結び目を作っている。そして、チューブの中には微かに緑に発光する液体(?)の様なものが満たされていた。


 レナの目の前には、そのチューブの入り口がまるで入ってこいとでも言うように、あんぐりと口を開いていた。


「……さあ、行っておいで……このチューブの口から入れば、自動的に中心の門まで運ばれるよ」

 そう言ったジュリアスは、大量の力を使った為か苦しそうに床にへたり込んでいた。


 レナはゴクリと喉を鳴らすと、怖々とチューブの中に歩み入った。



表現に納得がいかないので後に修正入れるかも?;;

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