ダラスのジュリアス Ⅰ
情景描写が多くなると書く速度が極端に落ちますね;;
テキサス州ダラス――摩天楼、アムトラック、アメリカ最大のハブ空港、大統領の暗殺された街。そこは半ば破壊され半ば再生された街だった。
街の北側には無数のクレーター、市中央から南に架けてはかつての人類が建造した高層ビルを土台にして更に数倍の高さで宝石細工の様な構造物が建っていた。
その構造物の外見は裾が肥大した小文字のQの様な形で、首が胴体にめり込んだ花瓶の様であった。そこはネルガル王:ジュリアスの宮殿で、その周りを取り巻くように混沌とした建物が広がっていた。
更にその周辺は150年前の火星大戦の生々しい傷跡が広がり、乾燥した赤茶けた大地の所々にねずみ色の染みを広げていた。
ここはネルガル達の地球に於ける拠点である。知性を持つネルガル達50万体がそこで活動していた。
レナは宮殿の中層階――ちょうどループした花瓶の口がその胴体にめり込む辺りのラウンジから下界を呆けた様に眺めていた。宮殿の外壁は透明な結晶構造で、まるで空中に浮かんでいる様である。
「お嬢様、貴女様は何故その様に精神面が脆弱にお育ちでしょうか? こんな所にグズグズしていたら、またユニク様に怒鳴られるで御座いますよ」
背後からロバートの慇懃だが失礼な言葉が掛けられる。
レナは眼下に流れるかつて『トリニティ』と呼ばれた川をじっと見下ろしていた。
「五月蠅いわね、分かってるわよ!」
レナはそう言うときびすを返して建物内に歩き始めた。ロバートは『フンッ』と短く鼻を鳴らすとその後ろを付いてゆく。
レナは自らの中にある『恐怖』と戦っていた。
紋章をなぞる時の恐怖は筆舌に尽くしがたい。彼女の両親も紋章をなぞるのに失敗し、命を落している。
紋章をなぞる為には、肉体に加えられるあらゆる苦痛を克服し、その苦痛がどんな力によって加えられているのか、冷静に分析して理解する能力が必要なのだ。
そして、紋章の中を移動しながら一つづつその理を身体に写し取っていかねばならない。
苦痛に耐える強靭な精神も然る事ながら、無作為に流れ込む膨大なエネルギーを最後まで相殺する力も必要となってくる。
王族として玉座を受け継ぐ為には仕方が無い事とはいえ、果たして本当に紋章全てをなぞる者が出てくるのだろうか?
レナはそう考えると身震いした。
しかし、あのナノ・ウィッチの女……あの女の姿を思い出すたびに質の違う『恐怖』と『悔しさ』が込み上げてくるのだ。
あの禍々しい破壊の光、思い出すたびに冷や汗が出る。
『今のままでは勝てない』
脳内で何度もシュミレーションしたが、そういう結論しか出なかった。
それ故、今まで一族の中で天才の名を欲しい侭にして来たレナにとっては、腸が煮えくり返る程悔しいのである。
「……私はできる子……誰にも負けない」
レナはそう呪文のようにブツブツと呟きながら混沌としたダラス王宮の祖父の下へと淡々と歩みを進めるのであった。
◇ ◇ ◇
レブマは緊張した面持ちで傍らの少年を見下ろした。年の頃は15歳前後、ブラウンの髪に緑色の目、真っ直ぐの鼻梁に卵形に整った輪郭、何処から見ても人類種の少年にしか見えない。
だが、その正体は、始まりの紋章を持つ者=『始祖』= ネルガル王:ジュリアス・スチュアートに他ならなかった。
レブマは、ここダラス第10紋章を守護するジャンセン家の当主として王の傍に使える身分である。漆黒のクリスタルの身体を持つ彼女(?)は、150年前に王から呼び出されて以来、この城と王の身辺の世話をしてきた。
この様な王の容姿にはもう慣れ切っていたが、勝手気ままな王の振る舞いや『いたずら』にはウンザリしている。
今も王は、巨大なベットの様な玉座にチョコンと座って、ニコニコしながら腰の後ろに寝そべる大きな猫科の獣の頭を撫でていた。
『また何か、企んでいるに違いない』
レブマは王の嬉々とした表情からそう感じて緊張しているのだった。
ジュリアスは機嫌が良かった。それは溺愛している孫娘のレナがやって来ると、ユニクから連絡を受けていたからだった。
ジュリアスは王としての威厳を微塵も感じさせなかった。既に150年(大戦前から計算すると200年?)以上も齢を重ねてるにも関わらず、見た目は少年、中身も少年である。彼の妻のユニクも見た目は若い方だが、中身は150年間王妃という立場に君臨しているだけあって、それなりの威厳を兼ね備えていた。
「ああ、来たね?」
ジュリアスが撫で付けていた獣が首をもたげ、部屋の片隅にあるゲートに視線を向けるのを見て彼は言った。
城の天辺に位置するこの玉座の間には、出入り口は1箇所しかない。王の安全の為に部屋全体に結界が張られているからだ。
ジュリアスの向けた視線の先、玉座から30メートルほど離れた部屋の反対に置かれたエメラルドの円形の台座の上に、レナ・レナ・ミランダ・スチュアートとお供のナイガン家嫡子の姿が現れた。
転移した瞬間、レナはシルバーのジャンプ・スーツに赤いボレロという出で立ちで、優雅に腰を屈めてジュリアスに向かって挨拶をしていた。
「お爺様、ご機嫌いかが? レナで御座います」
彼女はそう言って上目使いに祖父の様子を窺がった。彼女の後ろに立つロバートは腰が直角に折れるほど頭を低くしてお辞儀をしている。
「おお、よく来たねレナ。年々ユニクに似て美人に磨きが掛かってきてるよ!?」
ジュリアスは玉座から半ば腰を浮かして彼女に声を掛けた。
「さあ、近くにおいで。お爺ちゃんにその可愛いお顔をよ~く見せてよ」
彼は両手を差し出して上機嫌でレナを差し招いた。
彼女は極上の微笑を浮かべながら足早に祖父に歩み寄ると彼としっかり抱擁を交わした。
「さあさ、ここにお座り」
ジュリアスは巨大な玉座の広く開いた彼の隣のスペースに彼女を座らせた。その様を予備知識の無い者が見たら、歳若い兄妹が仲良く大きなイスに並んで腰掛けているように見えるだろう。
「サタニア、貴女も元気だった?」
レナは奥行きのある玉座に寝そべっている猫科の猛獣の頭に手を置きながら言った。
「元気だったにょ。でも、ちょっと退屈だったにょさ」
サタニアと呼ばれた猛獣は、レナを興味深く見詰めながら、たどたどしく言葉を紡いだ。
サタニアは地球産のユキヒョウである。ジュリアスが150年掛けて根気よく品種改良を行い、知性化した種族だった。ふかふかの白い身体に赤黒い豹紋が鮮やかで美しい獣だった。
「レナ、ユニクが言ってたけど、大きな火傷を負ったんだって?」
ジュリアスは心配そうに孫娘に尋ねた。
「え、ええ、まあ大した事じゃ有りませんわ、お爺様」
レナはあわてて誤魔化すように答えた。
ジュリアスはそれを見逃さなかった。
「あれぇ、何か誤魔化してるね? ユニクはレナから直接聞きなさいとか言ってたけど、今度はどんな悪戯をしたの?」
彼はレナの顔を覗き込むようにして聞いた。
「……ああ、……その~……」
彼女は言いずらそうに視線を彷徨わせてもじもじして口篭る。
「ええとぅ~、ちょっと月まで偵察に出かけたら、お婆様に怒られて~、罰として辺鄙な所でコンテナの見張りをしていたら~、クソ生意気な女と犬がやってきて~、そうしたら喧嘩になっちゃって~」
レナはしどろもどろになりながら説明を始めた。
「えっ!? ちょっと待ってレナ。コンテナって?」
ジュリアスは驚いた顔でレナの説明を押し留めた。
「そ、それは……太平洋のちっぽけな島にある……」
レナはコンテナの事を説明している内に、祖父の表情が険しくなったのを見て途中で言葉をとぎらせてしまった。
「……若しかして、それは、ニホンと呼ばれた島の、学校の地下室に置かれていたコンテナの事かな?」
ジュリアスは眉を顰め、小さな溜息を吐いて恐る恐るレナに尋ねた。
レナは『私、もしかして、やらかした?』と思いながら小さくコックリと頷いた。




