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月からの使者

 エアリー達がコンドリアと死闘を繰り広げる少し前まで話は遡る。


 高空から降りてきた丸い大きな金属の塊が、イオン流のジェット噴射の推力に乗り、センダイの大学跡に軟着陸した。


「着陸シーケンス、オールグリーン。現地時間10時12分、天候・晴れ。周囲に火星産の敵対生物の反応はありません」

 エメルことエメラルダ・トレゴンシー軍曹はクリス・ネヴィル中尉に報告した。


 クリスはエメルの報告を受けて着陸船の外壁を開く操作をする。すると、球形の着陸船の外壁が天文台の望遠鏡格納サイロの様に大きな面積で割れて開いていった。と、同時に船内に地表のまぶしい光が差し込んでゆく。


「中尉、包囲されています」

 エメルは驚愕した口調で報告した。


「……どうやらその様だな、……犬?」

 クリスは、外扉から覗く地面に行儀良くお座りをして待つ3匹のグレートデンを見て言った。彼女が150年前に地球に降下した時の記憶に基づけば、それは見まがいようも無くペットとして飼われていた犬だった。


 彼女はエメル(戦車並みの巨体を持つメンテナンス・アンドロイド)のコックピットから抜け出し、地表に飛び降りると3匹の犬を代わる代わる仔細に観察する。すると、3匹の中の1匹が声を出して喋り始めた。


「ああ、エアリー様の仰った通り、クリエーター様がいらっしゃった……」

 クリスは犬が英語を話すのを見て、度肝を抜かれていた。


『え? これって知性化された犬? エアリーって誰?』

 彼女は混乱しながらも、コミュニケーションを取る為犬達に話しかけた。


「我々は、救難ビーコンに応え、ルナシティ防衛軍・戦略情報偵察群・強行偵察部隊から派遣された偵察ユニットだ」


「………………」


 犬達はお座りしたまま、ハァハァと舌を出したままである。クリスの言葉は右の耳から左の耳に素通りしているらしい。


『……あ~、中尉。こいつら中尉の言葉理解していない様ですよ?』

 エメルが無線でクリスに突っ込みを入れる。


『知性化? されているって言っても、難しい概念で喋り過ぎたか?』

 クリスは精神的にエメルの言葉に相槌を打った。


「え~っと、私達はこの場所から~、助けを呼ぶ声に~、応えて~、やって来たの~」

 クリスは子供に言い含めるような調子で言い直した。


『……プップププ……』

 無線からエメルの堪えきれない笑い声が漏れてくる。クリスはボディが無いくせにワザと無線の音声チャンネルで笑い声を再生させたエメルに一瞬イラッときた。


『……クッ! いささか口調が幼稚すぎたか、エメル……後で覚えてろよ……』

 クリスは精神的に舌打ちをしながら無線で言った。


「おおお、そうだったのですか? 私はシュニ、犬族の巣の守護を任されている者です」

 真ん中の白黒ブチのグレートデンが言った。


「俺はヂー」

「私はサンク」

 それぞれシュニの横に控えた茶のグレートデンが言った。オスはヂー、メスはサンクと言うらしい。


「ああ、ところでシュニ殿、『エアリー』とは誰ですか?」

 クリスはそれぞれの犬に会釈をしながら質問した。


「エアリー様は、西の海の向こうからいらっしゃいましたナノ・ウィッチ族の女戦士様です。この遺跡の地下に巣くっていた『赤い星の怪物』共を撃退して、『聖なるコンテナ』を解放されました。彼方様はエアリー様とまた違った群れからおいでになられたようですが、失礼ながらお名前を名乗って頂くとありがたいのですが?」

 シュニはそう言って恭しく頭を下げた。


「こ、これは失礼した。私の名はクリス、月のルナ・シティからやって来た調査官だ」

 クリスは自分が名乗ってなかった事に気が付き、慌てて言い足した。マナーで犬に後れを取った事に内心赤くなる。


 だが、このシュニという犬聞き捨てならないことを言ったぞ? 『ナノ・ウィッチ』? 『聖なるコンテナを解放』?


「! 月で御座いますか? 月とは空に浮かぶあの月ですか?」

 シュニは驚いた顔で聞き返した。シュニはシュニで、エアリーが月を目指して出立した事を知っていたので、こちらも俄かに慌てていた。


「詳しく話を……」

「月への行き方を……」

 シュニとクリスは同時に口を開き、お互いに遠慮しあって口を噤む。


「……失礼いたしました、クリエーター。我等で分かる事でしたら、なんなりとご質問下さい」

 一拍を置いてシュニは頭を垂れて言った。


 知性化犬としてこの世に生み出されたシュニ達にとって創造主クリエーターに従属する事は本能である。

 この混沌に落ちてしまった地球上で、シュニ達犬族の生存に大いに関わる事だ。


「そ、そうか。では『ナノ・ウィッチ』について教えてくれ」

 クリスは犬に気を使われた事に多少戸惑いながら言った。


「はい。私どももエアリー様からつい最近教えて頂いたのですが、私達地球産の生物はクリエーターが御造りになった『ナノマシン』という小さな小さな妖精が身体に取り付き、赤い星の怪物の呪いからこの身を守っているのだそうです。

 その中で特に戦いを得意とした妖精を身に帯びているのが、我等犬族とクリエーター様達から選ばれたエアリー様の様な『ナノ・ウィッチ』だと言う事です」

 シュニは鼻先をぺろっと2回ほど湿らせながら言った。


 ルナ・シティのクリス達もネルガル襲来時にナノマシンが世界にばら撒かれた事は知っていたが、それはネルガル化を物理的に阻止する目的の物だとばかり思っていた。

 因みに月面では、ナノマシン研究施設が存在しなかった為、ネルガル化を防ぐ為に住人は全て『量子化』されて肉体は破棄されたが……。


「戦闘タイプのナノマシンだと?」

 クリスは思わず驚きの声を上げた。


「はい、エアリー様はそうおっしゃってました」

 シュニはそう言って犬笑い顔になった。


『中尉、そのグレートデンの言う事は本当みたいですよ? 微かですがそこの3匹から核融合反応の中性子線が放射されてるのを検知しました』

 エメルが無線で報告してきた。

 クリスは改めて犬達を繁々と眺め回す。


「ああ、シュニ、何となく理解した。で? 『聖なるコンテナ』って何のことなんだ?」


「はい、エアリー様は、新たなるナノマシンをお探しでした。え~、第六世代? のナノマシンを探してここにお出でになり、そして地下で『聖なるコンテナ』を発見されたのです。

 そこは、ネルガルの魔人が守っていたようですが、エアリー様はそいつらを撃退されて探していた物を御見つけになられました。そして、我等をそのコンテナの守護者に指名されたのです」

 シュニは胸を張って得意げに答えた。


『第六世代のナノマシン? 何だそれは?』

 ナノマシン・テクノロジーに詳しくないクリスは、無意識に困惑の言葉を発していた。


『中尉、量子脳のデータでは第六世代のナノマシンに関するデータが存在しません。大戦当初使用されていたナノマシンを第五世代と仮定すると、彼等の口述から類推される可能性としては、大戦当時の秘匿技術であると思われます』

 エメルは、メンテナンス・アンドロイドのボディに搭載された中型の量子脳から検索されたのであろう情報を無線で伝えてきた。


「クリエーター様、他にご質問はございますか?」

 シュニが首を傾げて聞いてきた。

 




長いので2話に分けました。

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