5次元の傀儡・その4
イソギンチャクが砕けた後に現れたのは、ウェディング・ケーキの様な丸い舞台が3段に重なった物だった。
そしてその壇上には隙間無く砂糖菓子で出来たような全裸で純白の乙女達がサーフ・ボードの様な物を持って、エアリー達を睨みつける様に佇んでいた。頂上に立つ女性は一際身体が大きく、体色も黄金色に輝いて人目で親玉である事が見て取れた。
「エアリー様? あのキラキラは人間なのでしょうか?」
エアリー以外の人間を見たことが無いトアが言った。
「そんな訳があるか、あいつ等はネルガルの上級種の匂いがプンプンする」
ワンが体表をキラキラと光らせる女達を睨みつけながら言う。
「何か食欲をそそる奴等だけど、ぜ~たい、人間じゃないから!」
エアリーは場違いなウェディング・ケーキの出現にたじろぎながら言った。
すると、黄金に輝く親玉が口を開いた。
「オマエガ、ろばーとサマガイッテイタ、なの・うぃっちカ!?」
黄金に輝く女の声は、ボイス・チェンジャーで共鳴させた人工の声色そのものだった。
「……ん? ロバート……誰だったかしら?」
エアリーは首を傾げた。
「マスター、ほら、例の地下で遭遇した……男のネルガルですよ」
ワンのその言葉でエアリーはポンと手を叩いて思い出した。
「おお、あいつか!」
「ソウダ! ソイツダ」
黄金のネルガルがホッとした様に相槌を打つ。
「ソシテ、ワタシノ名ハ、5次元宇宙ノ支配者=『こんどりあ』ダ!」
自らをコンドリアと名乗った女(?)はドヤ顔で胸を張った。
エアリーはそれを見てゲンナリとした。『何故、名前を名乗る必要がある?』ネルガルという奴等は、皆こんなアホっぽい奴等ばかりなのだろうか?
「俺はワンだ!」
「私はトアよ!」
「……」
味方にも同類がいたことに、エアリーは絶句した。
「私達が、件のナノ・ウィッチと犬だとしたら何なの? 此処を通らせてくれるわけ?」
エアリーはコンドリアを睨みつけて言った。
「イヤ、我ハろばーと様カラ、デキレバ、デカイ犬ヲツレタなの・うぃっちヲ捕獲シロトイウ命令ガデテイル」
「へぇ、できなければ?」
エアリーの問いかけに、コンドリアは一瞬黙り込んだが、顔に呆けた笑いを浮かべると言った。
「殺スダケダ」
その声と同時にひな壇に並んだ女達が、サーフ・ボードに立ち上がり芝生に飛び降りた。すると、広場の芝生全体が青白く光、芝生が今までの数倍の音を上げ始めた。
50人近くいる白銀の乙女達はサーフ・ボードを巧みに操り凄いスピードでエアリー達に迫ってきた。
広場の中央に立つコンドリアは、エアリー達に右手をかざし、ひな壇の側面に開いた砲口から例のシャボン玉を連射している。
「ワン、トア! 窒素砲の射撃は任せるわ」
エアリーは歯噛みしながら、両手に炭酸レーザー・ビームソードを出現させる。
ナノ・ウィッチは単独戦闘、それも支援無しの突入戦が作戦の基本である為、実体弾を使用するオプションが殆んど無い。体内に大量の金属塊をストックする余地が無いからである。従って、近接戦闘は殆んどが剣に頼る事となる。彼女の必殺兵器である『全放射線砲』は、エネルギー不足で使えない。
コンドリアが放った白銀の乙女達は、体表をキラキラと煌かせ、2人づつペアを組みながらサーフ・ボードを巧みに操り肉薄してきていた。
『こいつ等、得物は何も持っていない……どうやって私達を攻撃するつもりかしら?』
エアリーの疑問は間も無く解明された。
接近してきた乙女が差し出す手の平とエアリー達の間に、青白い稲妻の橋が架かった。
『ゴッ! グワラァラァン、ガシーン!!』という大音響と共に、何百万ボルトという電流がエアリーに襲い掛かり、下半身を覆うタングステンの電極とエアリーの長い髪が、電流の負荷で高温に熱せられ、太陽の様なオレンジ色に輝く。
「ヴァァ! な、何だと!」
「キャウーン!」
「キャイィン!」
1人と2匹から苦痛の声が上がった。
数瞬、イオノクラフト流が乱れ、1メートル程急激に高度が落ち込む。
『何で、こんな強烈な電撃が出せるの……?』
エアリーは近づいてきた別の乙女にビームサーベルを振るいながら考えた。炭酸ガスレーザーの剣は、乙女の体表に当たっても表面を赤熱させる位の効果しか無かった。
視界の隅に、最初に電撃を放った乙女が右腕を赤熱させながら離脱していく姿を捕らえ、ハッと気が付いた。
『摩擦、それとイオノクラフト……!』
エアリー達はイオノクラフトで空中に浮いている。それは静電気で身体の近くの空気を帯電させて強烈なダウンバーストを起こさせている。エアリーが正極だとすると周りの気流は負極である。負に帯電した気流が芝生に叩きつけられ、芝生全体は負に帯電してゆく。
更に芝生自身も高速で振動する事により、静電気を貯め、乙女達がそれを自らの身体に蓄えてゆく。多分乙女達の体表はタングステン等で出来ており、体内はコンデンサーの様な構造になっているのだろう。
その証拠に、乙女はエアリーに一撃を加えた後、離脱して連続で攻撃をして来ない。
つまり、乙女達はエアリーが作り出す電圧も自らの電撃に乗せて攻撃してくるのだ。
エアリーは心の中で舌打ちをした。
「ワン! この人形どもを近づかせちゃ駄目よ!」
エアリーはビームソードを使う事を諦めると同時に、ワンに命令を出した。
「わかりました、マスター」
ワンはそう言うと、近づいて来る乙女の集団に向かって、真空窒素砲のトリガーを引いた。
窒素爆弾の弾体は凄まじい破壊力を示した。窒素爆弾が真空の砲身から発射されると、大気と反応を起こしながら、アイスクリーム・コーン状に激しい火花を発しながら、固まって迫る4~5体の乙女等に向かって比較的高速に飛翔してゆく。そして、1体の乙女に命中すると、小型のきのこ雲を生じながら、半径10メートルの範囲を根こそぎ蒸発させた。灼熱の熱線と衝撃波の余波を浴びたワンとトアは思わずたじろいだ。
「トア、どんなサイズの弾を装填したんだ……?」
窒素爆弾の弾体を作る係りはトアである。
「ふ、普通のサイズよ……」
「頼むから、小型のにしてくれ」
狙いを定めトリガーを引く担当のワンは言った。
足元で犬達が会話をしている間も、エアリーはイオノクラフト流を操り、乙女達と距離を取りながら、右腕の肘から先をレールガンに改装していた。弾体は血液中のナトリウムと骨のカルシウムを使用する事にする。単純に体内で一番多量に存在する金属だからだが、鉄を使わないのは、酸素が運べなくなるからだった。酸素が運べないと如何なナノ・ウィッチでも窒息してしまう。
金属ナトリウムをコイル状にし、カルシウムで包み込む。それを電磁冷却し絶対温度+12度圏にすれば超伝導弾体は完成である。エアリーの生体機能に支障が出ぬ範囲で数百発のレールガンを撃てる筈だ。
エアリーと犬達は襲ってくる乙女達に反撃を開始した。
新たに砲列に加わったレールガンは、窒素砲に比べて派手さは無かったが、確実に乙女達の身体を貫いて行った。身体に大穴を開けられた乙女は、透明なジェル状の体液を撒き散らし派手に芝生を滑ってゆく。
エアリー達はアメンボの様に広場をジグザグに移動し、窒素爆弾のきのこ雲とレールガンの灼熱の槍をばら撒いた。レールガンは芝生に浅からぬ溝を刻み、窒素爆弾は直径5メーター程のクレーターを製造するが、それも数秒足らずで復元を始めるのだ。
乙女達はサーフ・ボードを巧みに操り、時折稲妻のアークをエアリー達に浴びせかけ、大量に放出されたシャボン玉は、機雷の様にエアリー達を待ち伏せ衝撃波を叩きつける。
広場には『ヴァン! バリバリッ! ズドン! ドカン!』という轟音がロックバンドの演奏するステージの様に間断なく奏でられていた。
「ソウダ! イイゾ、モット愉シマセロ。逃ゲマワレ! ひゃはっは」
コンドリアはひな壇の上で楽しそうに笑いながら言った。
「おい! あんたさっき、生け捕りにするとか言ってなかったか!?」
エアリーは腹立ち紛れにコンドリアに向かってレールガンをぶっ放しながら言った。
コンドリアは頭と胸にレールガンの弾が貫通するが、あっという間にその穴が塞がってしまう。
「ふははは、気ニシナイ、気ニシナイ。オマエラガ動カナクナッタ時ニ、モシ生キテイレバ、生ケ捕リニスル。ソラソラ、必死ニナッテ逃ゲナイト殺シチャウヨ?」
コンドリアはそう言うと、ひな壇から更に乙女達を召還してエアリー達を追撃させた。
「エアリー様、これでは巣にはびこるあの黒い虫みたいに切りがありませんわ!」
トアが堪らず呟いた。
『それは多分……ゴキブリの事ね』
エアリーは一瞬、大量に蠢くゴキブリの群れを想像して眉を顰めたが、気を取り直すと2匹に指示を出した。
「窒素砲の弾は一番大きいのにしなさい。何とか中心に居るコンドリアに近づいてあのひな壇ごと吹き飛ばすわよ!」
エアリーは指示を出している間、レールガンの改造を行う。長距離貫通型ではなく、近距離壊滅型にショットガンタイプにするのだ。更に同じものを左手にも形成する。
ショットガンタイプのレールガンは、過去に数回程しか使った事がない。巨大な図体の化け物に止めを刺す為である。一撃で20発のレールガンの弾は、巨大な化け物の身体に文字通り『洞穴』を穿ってきた。しかし、それは『止めの一撃』であり、空中に放つのはエアリーにしても始めての体験だった。
犬達の窒素砲が弾体の変更に伴って束の間沈黙する。そこを見計らって10体近くの乙女達が突入してくる。
エアリーは乙女達に向けて、両手のレールショットガンを発射した。




