5次元の傀儡・その2
広場の中心に出現しつつあるのは、巨大なイソギンチャクだった。もし、石油精製所にある貯油槽がイソギンチャクと呼べればであるが……。しかも、それからは無数の食椀が噴出すように生え、側面には巨大な目……差し渡し5メーターもありそうな……が出現し獲物をギョロッと睨みつけた。
こんな形状のネルガルは、過去に見たことも聞いたこともない。また、広大な竹林を含む周辺エリア全体がこいつの生態圏に組み込まれているのだろう。普通のネルガルとはまったく次元の違う怪物だった。
エアリー、ワン、トアは成す術も無く、化け物が出現した中心へと緑の動くカーペットによって着実に運ばれていた。まるでゆるい斜面で芝スキーをしている按配だ。
エアリーは右腕の肘から先をナイフのように変形させて草(?)の絨毯に深々と突き刺したが、地下茎(?)によって直ぐに押し出されてしまった。
『参ったな、しっかりした足場が無いって結構辛いものなのね?』
エアリーは頭の中でそう呟いた。何か打開策が無いものかと考えていると、ふらふらと運ばれながらも偶然エアリーに近づいたワンが言った。
「マスター、私達の背中にお乗りください。我々は手と足で辛うじて、立っている事はできます」
一瞬で頭の中に『豆電球マーク』が浮かんだエアリーはワンにしがみついてその背によじ登る。若干不安定だが緑の絨毯よりは遥かにマシだった。
「ありがとう、ワン」
エアリーはワンの背中の上でサーフボードに乗るが如く、右足を後ろに引いて左膝立ちになると、ワンの首筋をポンポンと叩く。
広場の中心からはまだ300メートルほど離れている、ウルガルの食椀はまだまだここまで届かない。すると、何千とあるピンクの半透明の食椀が何十本か束になり大砲の砲身の様なものを作った。
見てる間にその砲身がエアリー達の方を向き、そこから虹色に光るシャボン玉の様な物を放ってきた。
直径50センチほどあるシャボン玉の様な物は、それほど高速に飛来する訳ではなかったが、エアリーは非常に嫌な予感を覚えた。
ゆらゆらと近づいてきたシャボン玉は、エアリーの肩口付近に触れると簡単に弾ける。
すると、つい今までシャボン玉の在ったその中心から非常に激しい衝撃波が発生し、エアリーとワンの体表に襲い掛かる。コンクリートが粉砕されるようなレベルである。
「ウガァ!」
「ブヘッ!」
エアリーとワンの口から苦痛の息が漏れる。
身体の芯にずっしりと重く響くような衝撃である。普通の生き物ならばミンチのようになっているだろう。
「クッ! 音波攻撃か……」
エアリーは顔を歪めて言った。
音波兵器による攻撃は非常に厄介である。物質には全て固有の振動数がある。その固有振動数と同じ振動を外から叩き込まれると、共振という現象を起こし、何倍にも激しいダメージを物体に与えるのだ。空気も含めて様々な物質に取り囲まれている環境では、逃れようが無い。
しかも、現在エアリーは省エネ対応中なので、本来の装甲が展開できてない。ワンよりも大きくダメージを貰ってしまう。
エアリーとワンが連続して襲ってくるシャボン玉の攻撃に耐えていると、横合いから2人の前に巨大な火球が打ち込まれ、2人に直進していたシャボン玉が一掃された。
少し離れたところを運ばれていたトアだった。
「エアリー様、大丈夫ですか?」
トアが心配そうに声を掛けた。
エアリーはトアの方を見て一息ついた。トアはエアリー達から少し離れていたお陰で、シャボン玉の射線から外れていた様だ。
「ワン、ちょっとお願いがあるのよ」
エアリーはワンに話し掛けた。
「何でしょう? マスター」
ワンはエアリーに従順に答える。
「私の身体は第六世代のナノマシンのお陰で、体内で核融合を起こせなくなっているけど、あなた達は違うでしょ?」
「ええ、そうですね」
「試した事は無いけど、あなた達が発電した電気を私が使えないかなって考えたのよ」
エアリーは再び迫ってくるシャボン玉を横目で見ながら言った。
「何か良いアイデアが有るのなら、具体的にどうすればいいか指示してください。ご意向に沿うよう何とかします」
ワンも大きくなるシャボン玉を見詰めて言った。
「彼方の体の中のナノ伝導回路を背中に集めてソケットを作ってもらえるかしら? そうしたら私の足の裏にプラグをつけて彼方と合体するから……トア、聞こえた?」
エアリーは大きい声でそう言うと、トアの方を振り向いて言った。
「分っておりますよ、エアリー様。肩甲骨の上辺りでいいですかね?」
トアの落ち着いた声が答えた。
その時、既にワンの体内ではナノマシンが回路の組み換えを開始しており、ワンの背中には指が2本くらい入るソケットが出来つつあった。
そこに再び情け容赦なくシャボン玉が襲い掛かってくる。2発、3発、4発と縦横斜めに身体がシェイクされる。
エアリーは音波攻撃の衝撃に耐えながら、右足の裏に接続用のプラグを造り、ワンと接合した。差し込んだプラグの隙間は、ナノマシンが埋め、しっかりと接合される。
ワンとエアリーの体内の導電システムはまったく形式が違う。エアリーはフォノニック伝導体、ワンは通常のアルミ伝導体、だが電気は電気である。
接合が完了した瞬間に、エアリーのブロンドの髪が『フワッ』と逆立った。途端にエアリーの両足にタングステンの細毛が生え、コロナ放電が始まった。
エアリーが意識して作り出す常より何倍も強力なイオノクラフトの空気流は、エアリーとワンを空中に持ち上げながら、周囲に強烈なダウンドラフトを発生し、ネルガルが放ってきたシャボン玉をことごとく地面に打ち落とし始めた。
エアリーとワンはそのまま滑るようにトアに近づき、エアリーの左足がトアの肩甲骨のソケットの上に置かれる。すると、イオノクラフト効果は更に強まり、1人と2匹は地上1メートル位に浮き上がった。
エアリーの体表には鮮やかなフォノニック回路の刺青が浮き上がり、ダイヤモンド結晶を含んだナノカーボン繊維の装甲が身体全体を覆う。
いや、それはエアリーばかりか、ワンとトアの身体をも覆い尽くした。
エアリーのブロンドの髪は、いつものように頭部を覆うヘルメット状に変化せず、マントのように後方にたなびいて、空中での推進力を提供していた。
『ワンとトアの提供してくれる電力で、ようやく普段の75%ですか……まあ、でもこれで充分だわ』
エアリーは桜色に発光するフォノニックの刺青を顔中に刻み込まれて不敵な笑いを浮かべながらそう思った。
「さあ、二人とも、今までの借りは倍返しよ!」
エアリーは2匹にそう叫んだ。




