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5次元の傀儡・その1

 エアリーは微かな肌寒さに目を覚ました。


 ナノ・ウィッチは凍えたりしない。だが、気温の低下による体表からの熱の喪失量の増大位は把握できる。


 目を開いて上半身で起き上がると、東の空が明るくなり始めていた。3段重ねにしてくべていた薪も小さな熾き火になって、真っ白な灰に埋もれている。

 何時の間にかワンとトアの姿は見えなくなっていた。


 彼女は足元の乾燥した薪を数本焚き火にくべて、水の入った折りたたみ鍋を火に吊るすと、近くの茂みで腹を軽くする。そして、再び焚き火の傍に戻ると太い薪を新たに熾き始めた火の中にくべた。


 何とわ無しに、鍋を眺めているとナノ・ウィッチスクールでの野外サバイバル訓練の記憶が断片的に思い出される。訓練の何がきつかったかと思い直せば、孤独が一番きつかった事を思い出した。


 エアリーが回想に浸っていると、目の隅にワンの白い影が映りこんだ。


「マスター、早朝の偵察に行ってまいりました。異常無しです」

 ワンは舌を長くベロベロと垂らし、犬特有のドヤ顔で彼女に話しかけた。


『……何を言っているのだこのワン公は……単に、散歩に行きたかっただけじゃないのか?』

 エアリーはそう思いつつジト目でワンを睨むと、奴は即座に目を逸らした。図星か……。


 彼女は折りたたみの皿に水筒から水を注ぐと黙ってワンの方に差し出した。そこに茶虎のトアが帰ってくる。


「エアリー様、朝の脱糞に行ってまいりましたわ」

 彼女はストレートに言いすぎだろう。


「そういう時は、『お花摘み』に行ってきたって言うのよ」

 エアリーは苦笑しながらトアにも水を差し出す。トアは怪訝な表情をしながら注がれた水をがぶ飲みしていた。犬は『お花摘み』はしない……。


 エアリーはため息を付くと、ナップザックから大きな干し肉の塊を取り出すとナイフで拳大の塊を切り出してワンとトアに与えた。この干し肉は、犬の里を出る時に持ってきたものだった。


 2匹は肉の塊を前足で押さえ、腹ばいになって夢中でそれに噛り付いていた。


 エアリーは自分用のハイカロリーバーを取り出すと、沸かした湯でお茶を入れゆっくりと朝食を楽しんだ。


 エアリーは今日も昨日と同じスケジュールで日本海側に抜けようとしていた。日中はひたすらに徒歩で西に進み、日が落ちる頃にまた大ジャンプして山地を飛び越える。まあ、一度ジャンプを経験してるので、今度はキチンと着陸できるだろう。(と、思う)


 そうこうしている内に太陽が完全に顔を覗かせ、辺りの朝もやも薄れてきたみたいだった。


「さあ、出発よ」

 エアリーは焚き火を崩して散らすと、ジョギング程度の早足で西に向かった。


 山裾から平野に繋がるなだらかな森の中を音も無く駆け抜けてゆく。


 暫くすると、森は途切れ竹林が広がってきた。1人と2匹は粛々と西に向かって進むが、その内おかしな事に気付いた。


「マスター、これは道ですかね?」

 ワンが前方に飛び出して、エアリーを振り返って言った。一行は立ち止まって辺りを見回した。


 確かに竹林の中に竹が生えていない道の様なものが出来ている。しかも、そこから外れた竹林の竹の密集度が尋常ではない。山麓に生える熊笹のような密度だ。


 エアリーは左右に巨大な壁のように迫っている竹を怪訝そうに眺めた。


「これでは、他のルートは取れないわね。どうしてこうなってるかは分らないけど、進むしかないわ」

 彼女は西に続いている5メーター幅の竹間の通路を見ながら言った。


 一行はネルガルの気配に注意しながら延々と続く竹の回廊を2時間余り進んで行った。


 すると、目の前に広大な面積の青々とした芝生の広場が現れた。それは、円形で直径500メートルはあるみたいだ。


「エアリー様、わたくし、凄ーっく嫌な予感がすんですけけど?」

 トアが鼻をクンクンさせながら言った。


 筋雲が浮かぶ青い空を背景に、ぐるりを丈の高い竹林に囲まれた緑の円形の広場は違和感満載もいいところだろう。気配は感じないが、何かが居るのは間違いない。

 さりとて、進まない訳にはいかない。


「二人とも、腹を括りなさい。行くわよ」

 エアリーはそう言うと広場に足を踏み入れた。


 ワンとトアは、全身に炭素装甲を纏い、それに続いた。


 10メーター程も進むと、足をくるぶしまで沈めていた柔らかな芝草が、グッとエアリー達を持ち上げた。そして、『フィィーン』という音を上げて、物凄い速度で振動し始めた。


 エアリーは足裏の接地感が全く無くなり、尻餅をついてしまう。ワンとトアは四肢を踏ん張り何とか立ってはいるが、歩いたり走ったりする事は全く出来なくなっていた。


「グッ、なんだこれは、草に接してる処の摩擦がゼロだと!?」

 エアリーはその場でクルンクルンと身体が回ってしまい、四つんばいになるのも難しい。


「ワン、何とかしなさい!」

 エアリーはくるくる回る視界にワンを一瞬捉えると叫んでいた。


「何とかしなさいって、マスター……」

 ワンは多少呆れ気味に答えたが、直ぐに口を大きく開けるとエアリーの傍らの地面に火炎放射を放った。


 その強烈な火力で畳み1畳程の草が灰になり地面が現れるが、驚いた事に1秒も経たずに草が再生し元に戻ってしまった。


「……なんか……無理みたいですよ、マスター」

 ワンは情けない声で言った。


 そうこうしている内に、エアリーとワンとトアは、自分達が広場の中心に運ばれつつあることに気が付いた。


 そして、その中心には地中から何かおぞましい者が生え始めている。


 彼等はなす術も無く、それに近づいて行った。


エアリーは、ナノウィッチの中でも突き抜けた戦闘力を持っています。他の無双ものであれば無敵状態なのですが、それでも色々とピンチが続くのです^^

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