キャンプ
バキバキッ、ボキッ、ザザァ、ズシャーッという派手な音を立てて、空中から3つの物体が地表に落ちてきた。
「ゲフッ」
「ガハッ」
「アジュッ」
という言葉にならない声を上げて2匹の犬と一人の人間が山裾の森の中に軟着陸する。
「ちょっと!エアリー、いいかげんにしなさいよ!」
トアは頭に纏わり付いた蔓植物の残骸を前足で振り落としながら言った。
「ああ!俺のお尻の毛が禿げたぁぁ!」
ワンは自分のお尻の直径1センチほどの円形脱毛症を見て驚愕した声を上げる。彼はエアリーに抱えられての山越えで、初めて自分が高所恐怖症である事に気付いたのだ。お尻の十円剥げは精神的なストレスの所為だった。
「ぶちぶち文句言うんじゃないの」
エアリーは着地の時にお尻でえぐった地面の穴の大きさに驚き、慌てて証拠隠滅を図っていた。
彼らの現在地はオバナザワ辺りだった。やはり、60キロ近いグレートデンを2匹両脇に抱えて空を飛ぶのはこの辺りまでが限界のようだった。日も殆んど暮れかけており、森の中は闇の帳に閉ざされつつある。
「トア、ワン! この辺でキャンプするわよ。辺りの偵察をして来て!」
「はいはい、分りましたよ」
トアはやる気の無い返事を返す。
「はい、マスター……」
ワンはまだ円形脱毛症が気になるのか、返事に元気が無い。
エアリーは、それぞれ反対方向に早足で駆けていく二匹を見送ると、乾いた薪を集める為、手近の針葉樹にスルスルと登り、枯れた下枝を手刀で叩き折り始めた。
針葉樹は人の手を掛けないと、日が当たらなくなった下枝が枯れて魚の背骨の様な状態になる。枯れたその枝はよく燃える薪になるのだ。エアリーは子一時間その作業を続けて、更に青々と葉をつけた枝も何本か叩き折った。
彼女は森の中の他の木からなるべく離れた孤立した木の下に枝を運ぶと、比較的平らな処にその枝を綺麗に敷き詰め始めた。今晩の皆の寝床を作っているのだ。
地面から上がってくる湿気を防ぐ為に、太目の枯れた枝を5センチ間隔で地面の傾斜に平行に敷いてゆく。その後細めの枝をその上に直角に隙間無く敷いてゆき、最後に青々と葉の付いた細かい枝を被せる様に何重にも置いてゆく。10分もすると2畳程のベットが完成した。
エアリーはベット造りに満足すると、そこから2メーターほど離れた地面に穴を掘り始めた。直径1メーター深さ50センチほどの穴である。手前の土手はワザとその縁を崩し、手前から空気が入り込むようにした。こうしておくと焚き火で暖められた空気が樹木の下枝に当たり幹を伝い降りてベットを暖めてくれる。
エアリーにとっては寒さはあまり気にならないが、夜露に濡れて翌朝グショグショになるのが嫌だったのだ。
エアリーは適当に短く叩き折った太枝の薪に掌からの電雷で火をつけると満足な顔でベットに横になった。
ここまでのんびりとしたキャンプを張ったのは、アカデミーの低学年の時以来の事だった。
上空から覗った限り、この辺りに強力なネルガルの気配は感じられなかった。ワンとトアを偵察にやったのも、念の為である。
エアリーはひとしきり休憩を取るとナップサックから水筒のようなものと折りたたみの形状記憶合金製の鍋を取り出し、火にかけてお湯を沸かし始めた。エアリーの持っている水筒は、大気から水を集め10分もすると満タンになる便利グッズである。
森もとっぷりと日が暮れた頃、ワンとトアの2匹が偵察から戻ってきた。その口には1羽づつ野生の雉が咥えられている。
「マスター、ネルガルはこの周辺にはいなかったよ」
ワンはエアリーの前に立派な雉を投げ出すと言った。トアももう1羽をエアリーに差し出す。
2匹ともエアリーの前でお座りをして、得意そうに口を開けて舌をだらりと伸ばす。
エアリーはその様子を見て今日初めてニッコリと微笑んだ。
「ワンもトアも、気を使わせちゃったわね」
エアリーはそう言って2匹の頭をくしゃくしゃっと撫でてやった。
エアリーは微笑みながら、2匹が差し出した雉を鍋で沸かした湯に浸して少しはなれた処で手早く羽をむしる。そして太ももに差したナイフを使ってサッと解体した。その後、満タンになった水筒から鍋に再び水を張り、雉をぶつ切りにしながら鍋に投入する。
ワンとトアはその様子を物珍しそうに見ていた。
「エアリー様、何をやっているのですか?」
トアが好奇心を抑え切れなくなってエアリーに質問した。
ワンとトアは生まれてこの方食料を調理した事が無かった。口から火炎を吐けるといっても、それはネルガルと戦闘する時だけで、普通の狩には使わない。また、ネルガルの肉は例外なく地球の原生生物種には有害なので、こんがり焼けたネルガルを食べる習慣も無い。だから、獲物はほぼ生で食べるし、保存する手段は天日干しの干し肉だけだった。
「これは食べ物を美味しくする作業よ」
エアリーはそう言いながら、ナップサックから食塩とニンニクパウダーの壜を取り出して鍋に加える。するとガーリックのいい匂いが辺りに漂った。
「今まで嗅いだ事の無い、匂いだ」
ワンは頻りに鼻をクンクンさせ鍋の匂いを嗅いでいる。
エアリーは、2匹の口からブワッと大量のよだれが溢れるのを横目で見てニヤニヤしていた。ワンもトアもお座りをしたまま尻尾を盛大に左右に振り、落ち着きなく前足を交互に踏み変えている。
鍋がぐつぐつ煮えてきた処で、ナップサックから干し蕎麦の実を一掴み鍋に投入し、折りたたみの皿を3枚出して、木の枝で鍋を傾けながら中身を均等にその皿に盛り付けた。そしてその皿を2匹の前に置いた。
ワンとトアは直ぐにそれを食べようとするが、「まだよ! まだ熱いわ」と言ってお預けをさせた。
2匹は首を後ろに逸らし、身体をブルブルと震わせながら必死に食べたいのを我慢していた。もう口から垂れるよだれは物凄い事になっている。
「はい、いいわよ」
エアリーがそう言うと、2匹は素早く足元の更に顔を突っ込んだ。いわゆる「犬食い」である。
エアリーはその姿を横目で見ながら、自らも皿の中身に口をつける。
ぶつ切りにした雉肉からかなり良い出汁がでていた。予め茹でて干してあった蕎麦の実も柔らかくなっている。野趣溢れる味にニンニクが丁度よいアクセントになっている。(元々、ロシアでは伝統的に蕎麦を好んで食べる習慣があり、小麦などを栽培できない環境になった現在でも、ウラジオストックでは主食として食べられていた)
ワンとトアは夢中になってエアリーの作った料理を食べつくし丁寧に皿を何度も舐めていた。
「エアリー様、こんなに美味しいもの食べた事ありませんわ」
トアはうっとりとした顔で言いながら長い舌で口の周りを舐めまわしていた。
「流石、マスターです」
ワンもゲフッと大きなゲップをして嬉しそうに言った。
エアリーはそんな2匹に自分の食べ残しをおすそ分けして、木の下のベットに横になる。
実は犬がペット化したのは、人間の食物の中の穀類を消化出来るようになったからと言われている。事実、野生の狼などは一部のイモ類などを除く炭水化物が消化出来ない。
「二人ともこっちいらっしゃい」
エアリーはまだ十分に余裕のある木の枝のベットに2匹を招いた。2匹は彼女の左右に寄り添うように横になる。暖かい事この上ない。
「雉を取ってきてくれてありがとう。今日は美味しい夕飯が食べられたわ」
エアリーはそう言って両手で2匹の毛皮を優しく撫でる。2匹は満足のため息を上げてされるがままに彼女の愛撫を受け入れていた。
『原始の森でも、こんな風に犬達と寄り添って寝たのかしら?』
エアリーはそう思いながら、静かに目をつぶった。
『明日はまた疲れる1日になりそうだわ』
と思いながら彼女は眠りに付いた。
ワンとトアは、エアリーが寝入ると首をもたげ、お互いにアイコンタクトで夜中の見張り番の順番を確認した。
エアリーに安心して睡眠を取らせるのが彼らの仕事。これは遠い遠い祖先が人と出会って最初に始めた伝統ある仕事なのだ。
ワンは首を擡げたまま目を半眼に閉じ、一族の誇りを持って最初の不寝番を始めるのだった。
一息付く回も必要かなと思って、書きました。戦闘シーンを期待した方には申し訳ありませんが……。




