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堕天

 エアリーがミヤギとヤマガタの境をさ迷っていた頃、高速で大気圏に突入する物体があった。その物体の飛来元は月面だった。


 約120年ぶりに地球から届いた救難信号に、UEEDF(アンノウン・エンカウント・エネミィ・デフェンス・フォース)が送り出した調査プローブだった。直径10メートルの金属製の卵の中には、人型のアンドロイドとメンテナンス用の自走コンテナが収まっていた。もちろん地球から届いた救難信号は、セダインのナノマイト=クレハのコンテナが自動的に発信したものである。


 150年前のネルガル進攻の際、月面のルナシティ取った対抗策は、電脳化だった。既に、低重力・低気圧・無菌環境に順応した月面人は高度なナノマイト研究機関を持たなかった為、ネルガル化を食い止める術が無かった。ルナシティ250万市民は自らの肉体を捨て、電脳仮想空間の住民になっていった。


 西暦2000年代初期に登場した電脳化のコンセプトは、娯楽小説やアニメなどに取り入れられ人類の空想力を刺激したが、その実、電脳化の具体的手順はご都合主義により潔く端折られていたため、実用とは遥かにかけ離れていた。


 その後、コンピューター・テクノロジーがソリッドステート(シリコン及び超伝導金属回路で出来た古典コンピューター)から、量子コンピューター技術に移行した際に本格的に技術革新が始まった。


 量子コンピューターは魔法道具ではない。数学的な並列化計算をいかに速く行うかというだけの存在で、様々な連立方程式を1アクションで実行できるだけである。


 簡単な考え方で、古典コンピューターと量子コンピューターを比較すると、古典コンピューターの性能を上げるためには、動作クロック数(秒間計算回数)を上げるしかない。これは1アクションで足し算か引き算を1回行うだけであり、掛け算や割り算が出来る訳ではない。(この他に×10×100などの桁送り計算や絶対値とかも出来るには出来るが……)対して量子コンピューターでは掛け算割り算が1アクションで出来る。更にアルゴリズム次第で、階乗、対数、べき乗、平方根、三角関数などが一度の計算で出来るのである。


 2000年代初頭のスーパーコンピューターの演算回数は京(1秒間に10の16乗回)だった。それが2050年代には量子コンピューターによって極(1秒間に10の48乗回)の計算速度を実現できるようになる。

 これらの技術革新を基にして人間の電脳化が行われた。


 アニメや小説などでは巨大なコンピューター・システムに何百万人もの人間を統合した『統合型電脳システム』がよく登場するが、これは情報管理上最も拙い方法である。


 電脳空間外の、現実におけるルナシティの様な巨大都市の維持・管理を行うソフトウェアの開発が困難であるのと、電脳化された個人個人のオリジナリティが失われてしまうので、分散型量子コンピューターシステムが導入された。


 平たく言ってしまえば、一人1量子コンピューター化による分業システムである。元々、ルナシティは実体のある人間用に開発された都市である。ならばそれを維持・管理・改造する為には現実世界のニーズが必要不可欠な為、市民には高度なアンドロイドのボディが与えられた。最初期型のアンドロイドはかなり大雑把なもの(それでも当時最高の性能だった)で、通常ボディと戦闘用ボディの2タイプしかなかった。電脳化された時点で、一般市民と軍属に分けられ、軍属は戦場となっている本星=地球に救援軍として派遣された。だが、当時軍属それも兵士として訓練されている者は5万人程度しかいなかった為、圧倒的なネルガルの戦力の前では火に群がる蛾のようなもので、微々たる影響力も発揮できなかったのである。


 しかも、ネルガルの進攻が始まってルナシティの住民の電脳化が完了するまでに5年、軍隊の輸送用の艦船を建造するのに5年、戦闘用のアンドロイドを製造するのに5年、合計15年も掛ってやっと地球の救援に向かえた訳であるから、既にネルガルによる地球上の支配の趨勢は高々5万体の戦闘アンドロイドの投入でどうにかなるものではなかった。


 地球上への最初で最後の軍事遠征が失敗した時点で、ルナシティ政府は地球におけるネルガルの軍事制圧を諦め、生き残りの人類の救援に15年を費やした。それによって救出できた人間はたった1万人にしかならなかったが……。


 しかし、それも15年で打ち切られた。地球上から月面に救難信号が届かなくなった為、ルナシティ政府は地上では人類が絶滅したと判断したのだ。


 それから120年、ルナシティ政府は地球をネルガルから奪還する為に、人口を増やす(戦闘用の擬態を生産)することに全力を注ぐようになっていった。更に電脳化と同時に磁気冷却保存された人間の胚から人類を再生させる技術の確立や、失われた文明を再建する為の工作機械の開発などを推進し続けている。


 ルナシティ政府の試算では、地球奪還の為に必要な戦力は約2億体であり、目標の達成には300年掛ると試算されていた。今現在ルナシティの保有する戦闘アンドロイドは旧型も含めて2000万体、時々現れるネルガルの高等種の撃退には十分だが、まだ先は長い。


 そんな時、クレハのコンテナの作動と同時に発信された救難信号が、ルナシティで受信されたのである。


 ルナシティに対するネルガルの脅威を監視していたUEEDFウィードは、事態を調査すべく最新の調査用アンドロイドを現地に投入することに決めた。調査に当たるのは軍特殊部隊(ネルガルとの戦闘経験が豊富な電脳者)のクリス・ネヴィル中尉とメンテナンス・アンドロイドに搭乗したエメラルダ・トレゴシー軍曹だった。


 小型揚陸艇に乗り込んだ二人は、大気の摩擦で赤熱する揚陸艇の中で目的地に到着するのをただじっと待っている。今回は情報の収集だけなので、帰還は極小型の帰還用ロケットで二人の量子コアだけの大気圏脱出である。


 ネヴィル中尉は次第に近づいてくる地球表面を眺めながら、ネルガル大戦初期の記憶を思い出していた。


『トレゴシー軍曹、貴様は日本に降下したことがあるか?』

 中尉は軍曹に尋ねた。


『サー、ないであります』

 軍曹は反射的に答える。


 勿論二人の会話は音声では行われていない。揚陸艇の有線ネットによる会話なので音声の何百分の一の時間しか掛っていない。


『今回は静止軌道の母船からのGPS信号一本で位置を把握しなければならないから、索敵は我々が行わなければならないぞ?』


『サー、了解です』


『120年ぶりの調査なので上からは出来るだけ多くの情報を持ち帰るように言われている。事によったら何週間かかかるかもしれん。径戦維持は貴様の能力に掛っているから、しっかり頼むぞ』


『サー、お任せください』

 ネットワークを通じてトレゴシー軍曹の自信に満ちたデータ・クラスターが帰ってくる。


 そして、二人を乗せた小型揚陸艇は目的地上空で減速用のパラシュートを開いた。



 

ようやく考えも纏まりUP始まりました。更に面白くなりますのでご期待ください。

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