呪路
「ねえ、ロバート」
「なんでございましょう、お嬢様」
「いつまで私の乳揉んでるのよ!この変態」
ミランダはロバートの胸倉を掴んで怒鳴りつけた。
「危うく消し炭になりかかるようなバカ娘の胸を揉んで何が楽しいもんですか、で御座います」
「キーッ、お前なんか豚に蹴られて死んじゃえ!」
ミランダは左肩左胸を吹き飛ばされてはいるが、そんな事はまったく意に介さないようだった。
「ところで、ここはどこよ!」
「はい、ハワイにある私の一族の城でございます。あの状況では飛び先を選んでいられませんでしたので」
ロバートは慇懃な態度で言った。
「あら? あんたはいたいけな少女を自宅に連れ込んだのね? 何をするつもり? 私を犯して孕ませて、王宮で権力を振るうつもりなのね? そうなのね?」
「はいはい、子供っぽい想像はそこまでにしておくで御座います。取りあえずは、そのお体をなんとかしなければなりません」
『まあ、お前のその推測もあながち間違っちゃいないが』とロバートは心で思ったが、まだ今はと思い直すと慇懃な態度を崩さずに言った。
「ふんっ、こんなものポンと元に戻して……ポンと……あれ?」
ミランダは半べそをかいて眉を曇らせた。
「元に戻らないようで御座いますね」
ロバートは薄笑いを浮かべて言った。
「なぜ? 手足の復元なんて簡単に出来たはずなのに」
彼女は眉間に皺を寄せて言った。
「それはもしかしたら、お嬢様の胸の中心にある『呪路』が傷ついてしまったからじゃ御座いませんか?」
ロバートはさらりとした口調で言った。
ロバートがそう言った瞬間、ミランダの表情が一変して物凄い形相で下僕を睨みつけた。
「おい、今何と言った?」
ミランダの声は氷のように冷たく殺気を孕んでいた。
「『呪路』の事は、王族だけの秘密。お前どこまで知っている? まさか不遜にも秘密を暴いて我等と対等な力を手に入れようとしてるのではあるまいな?」
ロバートはごくりと唾を飲み込んだ。
「わ、私は貴女のお婆様、レナ様からほんの触りだけを教えて頂いただけでございます」
ロバートは慌てて翻心を否定した。
「お嬢様は、まだ成人なされていませんから、力の源である『呪路』の働きが弱いと。通常なら貴女のお婆様の結界で守られるはずですが、胸部を損傷するような事があれば気をつけるようにと仰せつかっております」
ミランダはロバートの無表情な顔を暫く観察した後、小さなため息をついた。
王家の秘密は、そのDNAと『呪路』にある。11次元の宇宙それぞれに繋がる空間回路があり呪路はそれを一つに束ねたものだ。この男=ロバートは7次元に繋がる呪路を持っており、その世界の力を自由に利用できる。しかし、彼が11次元の呪路を手に入れたところで、それを利用する事は出来ないはずだ。
お爺様やお婆様がこの地球の地上に記した『呪路』の上を正しい手順で歩かない限り力は利用できないのだ。
ミランダも子供の頃からもう二回もそこを歩いていた。歩くたびに次元を操る力は強くなったが、歩くたびに瀕死の状態に陥った。
彼女がこの世で本当に恐怖するのは、『呪路』を歩く事だった。
この地球には10の『呪路』がある。150年前の大戦時に十人の王族がその命と引き換えに刻み込んだものだ。新たに『呪路』を開く為には能力を持ったものが生贄になる必要があるらしい。そしてその『呪路』が地球を中心として月の軌道までをも覆っているのである。
彼女はいつの間にか炭化して失われた左肩を撫でていた。あのナノ・ウィッチの小娘の顔が思い浮かぶと、腹立たしさと屈辱感が蘇ってくる。
「あの忌々しいナノ・ウィッチの小娘め、次に会った時は思い知らせてやる」
ミランダは知らず知らずのうちに声に出して呟いていた。
「だったら、お体を直さなくてはだめでしょう、お嬢様」
ロバートは彼女の呟きを受けて言った。
「仕方ありません、レナお婆様の所に行って傷を治していただくしかないで御座います」
ロバートがそう言うとミランダはギョッとした。
「お・お婆様の所?」
目が泳いで明らかに挙動不審な状態に陥る。
ミランダはよほど祖母の事が怖いらしい。
「傷を治してもらうだけでは、ナノ・ウィッチの小娘には勝てないので御座います。あの娘の攻撃を跳ね返すだけの新たな力を手に入れなければ、何度やってもお嬢様は勝てませんで御座いますよ」
ロバートの言う通りだった。エアリーが放った全放射線を今のミランダでは跳ね返す自信がなかった。
「ま、まあそれじゃ、し、しょうがないわね」
ミランダの目に恐怖の表情が浮かんだが、諦めたように同意した。
彼女は嫌々ながら祖母の居るサンフランシスコへの次元の門を開いた。
ちょっと短いです@@。すいませんm__m




