バスと彼女と世界樹と
VRMMORPGが市場に出始めたのは、2030年代半ばごろからであった。
VR技術そのものは2020年代ごろから実用化に成功したのだが、大型のヘッドギアを必要とすること、大幅に電力を消費し同時に大量の熱を放射するなど問題も多く、価格もまだまだ高価であったため、なかなか一般家庭に普及することはなかった。
しかし、初めてVR技術が実用化に成功して10年、ヴァーラスキャルヴ社から登場した第二世代VRギア『スレイプニル』によりその状況が大きく転換することとなった。
『スレイプニル』は従来のヘッドギアに比べ大幅なサイズダウンを行っており広い空間を必要としないこと、さらに機械の作動とともに発生していた大量の熱を電力に変え、排熱の問題を解決するなど、一般家庭に普及するための大きな問題点をことごとくクリアした画期的なマシンとして登場したのである。
こうして、第二世代『スレイプニル』によってVRギアは一般家庭に一台のペースで普及したのである。
しかし『スレイプニル』もまだまだ電力消費量や価格における問題なども残しており、なにより『スレイプニル』に対応したVRソフトの数が少なく、完全に成功したとは言い難い代物であった。
しかしその5年後、ついにヴァーラスキャルヴ社から第三世代『フリスズキャルヴ』が発表された。
これは、大きさ、電力使用量、価格などすべての問題を解決した画期的なマシンであるとして発売されることとなった。
さらに、ヴァーラスキャルヴ社は第三世代『フリスズキャルヴ』発売に加え、超大規模VRMMO-World Heir Online-を発売することを大々的に発表しβテストプレイヤーを募集したのである。
-World Heir Online-は初めてメインコンピューターおよびNPCにAIを搭載したゲームであり、その規模、臨場感、現実感は今までにないものであり、『現実と全く変わらぬ生活でファンタジーを体験できる』との謳い文句により、テストプレイヤー2000人に対し、およそ100000人もの応募が殺到した。
そして、そのテストプレイヤーが『これまでのゲームの歴史を塗り替える』と大絶賛しネットで話題となり-World Heir Online-に対する評価は揺るぎないものとなった。
そのため、初回販売分2万台は予約開始5分後にすべて完売するほどであった。
そして今日7月25日、VRMMO-World Heir Online-の配信日である。
◇ ◇
7月25日 午前7時18分
バスの中でタイヤの上の席は地獄じゃないかと千早倭思う。
「何だって俺がこんな席に座わらないといけないんだよ。間違いなく間違いだと思うのは間違いなのかいや間違いじゃないマチガイマチガイマチガイマチガイーーーー!!??」
「いきなりなに壊れているんですか!? 公共の場でいきなり奇声を上げないでください。私たちのほうが恥ずかしいじゃないですか!!」
隣の席から何か言っているような気がするが今の俺にはまったくそちらに注意を払う余裕はない。それぐらいタイヤの上の席は気持ち悪くなる席である。
「まったく、だから変わってもらえばよかったのに。どーせ『一度決めたことを自分一人の都合で勝手に変えたくない!』とか変な意地を張ってたんでしょ。それで最初に決めた席にずっと座っているから気持ち悪くなるんですよ。」
隣の席で幼馴染の櫛名瑠璃がそう言ってきた。
俺と同じ小・中・高に通い、さらには同じクラス隣の席であり続けている、今をトキメク高校2年生である。
おせっかいやき、ツンデレ、貧乳といった幼馴染属性三拍子がそろっている。
両親も知り合いのため幼稚園に入る前から家族での付き合いがある。
カーテンを開ければ相手の部屋の中を見ることができる。
というか互いの部屋の窓から行き来ができる。
毎朝起こしに来てくれて朝食と昼食のお弁当を用意してくれる。
登下校も毎日一緒どころか土日まで一緒に遊ぶ。
……という見事なまでに完璧な幼馴染である。
そのため互いに互いのことがよくわかっているのでその言葉は的確に俺の心をナイフのように抉ってくる。
そうしたきつーいお小言を聞いていると、
「まったく軟弱だなお前は。この程度の揺れで気持ち悪くなっていてどうする。」
そういってさらに前の席からあきれたような声が聞こえてきた。
その声の主は中学の時に親父が再婚して家族となった義姉の千早撫子だ。
ただ俺の母親は亡くなっているのではなく今も元気に俺たちの家で暮らしている。
そのため今現在、父親一人に母親二人義姉弟が二人というたいへんカオスな状況にあり、さらには美人な母親二人が親父を狙って火花を散らし、さらに謎の美女の影が付きまとっているという、男子高校生にとって地獄のような生活が展開されている。
……金属バットを使って親父をどこかへ『転勤』させても許されるんじゃないかと最近思うようになってきた。
話を戻すと、撫子姉ぇは同じ高校に通う3年の武道部主将である。
しかも、実家が一子相伝の秘拳伝承者の家系であり、その戦闘能力は並みの高校生を遥かに超越し超高校生級といっても過言ではない。
そのため生徒からは『可憐なる守護神』、他校の不良からは『殺戮兵器』と呼ばれ畏怖の対象となっている。
そして撫子姉ぇは俺に対して家族以上の愛情の念を送ってくれているけども、こうやって俺がヘタレている姿は気に入らないらしく、かなり無茶なことを言ってくることがままある。
「そうは言っても撫子姉ぇこの席は真剣でダメなんだよ。ここ以外の席なら大丈夫なんだけど、おっぷ。」
「……やはり軟弱だな。バスを降りたら覚悟しておけよ、もう二度と乗り物に酔わないように私が鍛えなおしてやるからな。」
「だから普通の乗り物は大丈夫だって、バスのこの席だけだから特訓は真剣勘弁してくださいお願いしま、うぇっぷ。」
「ちょ、ほんとやめてくださいバスの中で吐かないでくださいってば。」
「まだ吐いてねーよ!! ……ウェ。」
だから吐かないでくださいって言っているじゃないですかー、とまた隣の席から悲鳴のような声が聞こえるがやはり今の俺には気にしている余裕はなかった。
「おいおい、撫子さんじゃないけどこんなことでへこたれていてどーすんだよ。これからがお楽しみだってのに。」
「まったくです。せっかくこれから-World Heir Online-をプレイしに行くのに、目の前でいちゃつかれるほうにもなってみてください。」
そんな俺に対してさらに前後から容赦のない二つの声が聞こえてきた。
俺の親友である十六夜黎と十六夜侑の兄妹だ。
二人とも小学校のころからの幼馴染で、同い年と二つ下なのでまるで本当の兄妹のように俺や瑠璃と一緒に遊んでいた。
黎は俺と同じく口が悪くて喧嘩っ早かったので二人して喧嘩し、瑠璃に怒られ侑に呆れられるといった生活を送ってきた。
そのため互いに呼吸はばっちりの悪友である。
兄の黎のほうは同学年のみならず、校内でもトップクラスのイケメンの顔を軽くしかめつつ茶化すように、妹の侑は口では文句を言っているのに表情を全く変えずに淡々としたクールな口調で声をかけてきた。
そう、これから俺たちはVROMMO -World Heir Online-(通称『WHO』)をプレイしに行くのである。
普通ならVRギアに-World Heir Online-が発売時刻の午前十時に配信され、それからキャラメイクなどを行いゲームを始めるはずである。
ところが、テストプレイヤーは本人に加え二名まで ヴァーラスキャルヴ社傘下のホテル三日間宿泊無料で、なおかつ-World Heir Online-を午前九時からキャラメイクを始め、午前十時ちょうどにVR世界にダイブすることができるサービスが行われるのである。
これはたいしたことがないサービスのようだが、『フリスズキャルヴ』から実用化されることとなった〈Relativity Time system〉というのがポイントとなる。
これは、ゲーム内の時間の流れと現実世界の時間の流れをずらす技術であり、例えば、ゲーム内で一日過ごそうが現実では二時間ほどしかたっていない、などVR技術のたまものである。
これは、数倍から十数倍ほど時間ゲーム内と現実の時間をずらすことができ、-World Heir Online-では初日は約十倍の時間のずれを生じさせるらしい。
そのため、キャラメイクなどにだいたい2、30分現実でかかるため、最大で5時間もスタートダッシュに差が生まれることとなり、ゲーム序盤では非常に大きなアドバンテージを得ることができるのである。
さらには、使用していたVRギアも無料で贈呈され帰ってからでも確実にゲームを続けることができる。
これは、テストプレイヤーが行った多大なる宣伝に感謝してヴァーラスキャルヴ社が行ったサービスであるとか、-World Heir Online-の製作者集団の『WHO』が自腹を切って完成に協力してくれたテストプレイヤーを労おうとしているとか、はたまた、第三世代の『フリスズキャルヴ』を利用した人体実験をヴァーラスキャルヴ社は行おうとしている、などなど多くの憶測が飛び交った。
しかし実際には、三日間の間に行われる『フリスズキャルヴ発売記念パーティー』に参加させ、そこでテストプレイヤーが実際にプレイした感想をそれとなく噂させるのが目的であるらしい。
まあサービスを受ける立場の人間としては、どのような目的があるにせよありがたく受け取っておこうと考えていた。
幸運なことに、俺たちの中で瑠璃と黎の二人がテストプレイヤーに当選していたため、瑠璃が俺と撫子姉ぇを黎が侑ともう一人を誘ってこのサービスの恩恵にあずかることとなったのである。
……ってゆうーか、
『いちゃついてねーよ(ないです)!!』
「そんな風に声をハモらせて言っても全く説得力ないぜ。むしろ息がピッタリあってんのを見せつけているようにしか見えねーな。」
「それは看護プレイですか? 衆人環視の中でやるなんてさすがバカップル。いちゃつきの極みといった感じですね」
「うるせーうるせーうるせー、別にいーだろうが、なぁ瑠璃。」
「私としてはできれば二人っきりの時がよかったのですけど……って何を言わせてるんですか!? 気持ち悪いのはどうしたのですか!?」
「……忘れてた。」
「だからって思い出して吐こうとしないでください、あと少しなんですから我慢してくださいってばー!」
ドタバタガシャンゴキバキゴン座席ヲケルンジャネーと、いい加減収集がつかなくなってきた頃になってようやく、
「ほらほら、もうすぐ着くんだから黎も侑ちゃんも倭くんをからかうのはやめなさい。ほら瑠璃ちゃんも機嫌をなおして倭くんに付き添ってあげて。撫子さんも特訓のメニューを考えるのは後にしてそろそろ降りる準備をお願いします。」
そう言って事態を一瞬でまとめ上げたのは、今までこのバカ騒ぎにも参加せず折り目正しく座っていた小井川芙蓉美であった。
小井川は口調もさることながら、物腰もやわらかくスタイル抜群、顔もかわいく優しいお姉さんとして、後輩の男女問わずファンクラブができるほどの美少女であった。
いろいろと窮地に陥っていた俺を助けてくれただけでなく、テンパっていた瑠璃を落ち着かせ、俺らをからかっていて楽しんでいた馬鹿二人に注意をし、特にバスを降りた後のメニューを考えていた撫子姉ぇを止めてくれたことを感謝したい。
そんな非の打ちどころのない完璧な同級生を見ていつも思うのは、
「……お似合いちゃあお似合いなんだけどなぁ……」
そう言って、俺は彼女の隣の席に座っている黎と小井川さんの二人を見比べる。
玲と小井川さんは中学の時から付き合っており両親および学校公認のカップルである。
高校での「ベストカップルグランプリ」は断トツのお似合いカップルとして優勝を果たしたぐらいである。
……まあ実際には、グランプリに参加したカップルの数が四組であったため公正ではないとゆう意見もあるが、それでも生徒(一部除く)が認める美男美女のカップルだ。
「……何か言いたいことでもあるのか?」
「別に。……ただなんでお前みたいな外面だけいいような奴が、こんなかわいい美人で、スタイルが良くて、優しい管理人さん系の人を彼女にして、そのうえさらに後輩からも告白されたりすんだよ!? リア充爆発しろ」
「倭くん! そんなこと大声で言わないでよ、恥ずかしい」
小井川さんが小声で俺に怒ってくるがそんなことは些細なことだった。
「俺はお前みたいに、『自分は変人です、ラーリホー♪』とか普段やってないからな、日ごろの行いの差だろ。」
「人はもっと本質をみるべきだ!」
「……お前はいつも文句を言っているようだけど、自分はどうなんだよ?」
「何がだよ?」
「お前の隣に座っている奴が拗ねてんぞ。」
ガキン、と音がするかのように自分の体が硬直するのが分かった。
隣から真っ黒なオーラのようなものが自分に向けられていることがいやでもわかる、とゆうかわかってしまう。
ここで振り向くのが正解なのだろうが隣から、
「そうですよね、小井川さんはかわいいですよね、スタイルがいいですよね、優しいですよね、胸が大きいですよね、美人ですよね、Dカップですよね、肩が凝ってしかたないですよね、ほんと胸が大きいですよね。」
……せか○じゅのはってどこで拾えたっけ。
そう言って現実逃避したくなるようなプレッシャーが隣から刺さってくる。
さらに前後から、
「おお、これほどの闘気とは。あの瑠璃がだしているのか?」
「まあこれは倭が悪いな。」
「……この私が鳥肌を立てている? ……っふ、瑠璃恐ろしい子……」
「あのだからね、そうゆうことを大声で言わないでほしいなーとか、ほんともう降りるよーとか、聞いてくれるとうれしいかなー?」
黎の奴は必ず殺す。
そして小井川さんには後できちんと謝っておこう。
……瑠璃様、胸を気にしすぎです。




