トラウマクリエイター
声のした方に全力で走り出してわずか三十秒。
目の前に現れた茂みの向こう側に、武器を持ったゴブリン達の姿が見えた。
数は十匹ほどか、奴らはパターン通り得物を中心として円陣を組んでいるようであった。
その中央にいるのだろう。
ゴブリンに襲われ助けを求めている幼女が。
「ウオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
俺の目の前にいるゴブリンは俺に対して背を向けているため完全に気づいていない。
その無防備な背中に向けて俺は全力で剣を振り下した。
「グギェア!?」
背中を切り裂かれたゴブリンは何が起きたのかわからないまま、ただただ意味のない悲鳴を挙げあたりに血をまき散らしながら四散した。
「《スラッシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ》!!!」
俺はそのままの勢いを殺さず、返す刀ですぐ傍にいたゴブリンの首をはねる。
そのゴブリンもまた首から鮮血を迸せ、すぐさま四散する。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
またもや幼女の悲鳴があたり一帯に響く。
驚いて幼女の方に振り返ると、
「伏せろォォォォォォォォォォォォォォォォぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
反対側にいたゴブリンが今まさに幼女に向かって剣を振り下さんとするところであった。
こちらを見て助けを求める悲鳴を挙げていた幼女は、俺の言葉に驚いたかのように体をビクつかせ、向かってくる俺の意図に気がついたのか急いで体を地面に伏せた。
「だりゃあァァァァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「グゲェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
幼女に剣を振り下そうとしていたゴブリンの顔面に向かって全力のドロップキックをブチかます。
俺の右足はゴブリンの顔を抉り、そのまま元にいた位置まで吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされたゴブリンは一撃で殺られはしなかったが、ピクピクと痙攣したまま地面に横たわって動かなくなる。
「大丈夫だったかい」
「――ッ!?」
顔を伏せている幼女に対してしゃがんで声をかけて手を伸ばすが、幼女は震えるばかりで顔を上げようとはしなかった。
幼女は幼くあどけない顔立ちで、おそらく十歳に届くかどうかの年齢だろう。
サラサラの長く美しい金色の髪の毛、海の色を思わせるような深い色をした碧眼、外国人タレントと言っても過言ではないほどの整った顔立ち。
このまま順調に育てば、十年後には一世を風靡するほど美しく育つだろう。
だがあえて言おう、今がいい!! と。
だが今はその顔をゆがませて恐怖に打ち震えている。
無理もない。十匹近くもの凶悪なゴブリン共に囲まれていて、奇跡的に助けが来たと頭では分かってはいても体が動かないのだろう。
その様子を見て、無理に顔を上げてもらおうとはせずに立ち上がって剣を構える。
その様子を間近で見ていたゴブリン達は何かに怯えたかのように数歩後ろに下がっていた。
このまま威嚇でもすれば一様に逃げ散っていくだろう。
だが、それはいけない。
なぜなら……
「貴様らは世界の至宝である幼女に悲鳴を挙げさせ、さらには醜悪な顔で近づき集団で取り囲んだ。多感で無垢なる幼女の純潔で麗しい心に対し土足で上がりこみ蹂躙した。まちがいなくこの子のトラウマとなりこの子を一生傷つけるだろう。…………その罪、万死に値する」
このゴブリン共に死を持って罪を償わせるためである。
「ギギィーーー!」
「グギャァーーー!」
「グゲァーーー!」
ゴブリンに俺の言葉が理解できたとは思えないが、
背中を見せれば切り殺す! と言わんばかりの俺の殺気が分かったのか覚悟を決めたように雄叫びを上げた。
……最もその雄叫びはヤケッパチで、空元気で無理やり絞り出しているようにしか見えない頼りないものではあった。
「……抵抗しなければ楽に逝けたものを」
その言葉を皮切りに断罪は始まった。
◇ ◇
戦いは圧倒的に終わった。
幼女を傷つけられた怒りを持つ俺の剣技は冴えに冴えまくり、ゴブリンの攻撃を紙一重で躱し的確に反撃をしていった。
ゴブリン共も数で押しつぶそうとしたり、幼女を優先的に狙ってきたりしたがそのような卑怯な手に負ける俺ではない。さらには幼女を狙うという男の風上にも置けない愚策を使ってきたゴブリンに対しては、最後まで致命傷を与えることなくゆっくりとして逝ってもらった。
あっさりと終ってしまったため、まだまだ物足りないものがあったが幼女に怪我の一つでも負わせないことが最優先なのでまあ良しとするとしよう。
戦いの中で、
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!!!」
「ままぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
という幼女の悲鳴が聞こえていたのだが、途中から全く聞こえなくなったので俺が助けに来たヒーローであることに気付いたのだろう。間違いない。
「大丈夫だったかい、美しいお姫様。もう危機は去ったから顔を上げて御覧」
俺は人生で最も優しい声と、完璧なエスコートを持って幼女にゴブリンがいなくなったことを伝える。
もしここに『WHO紳士協会』があったのなら、間違いなく一流紳士として認定されるであろう、そんな完璧な紳士っぷりであった。
「…………………………………………………………………………………………………」
返事がない。ただの幼女のようだ。
まあ、無理もない。さっきもそうだったが、自分がまだ助かったという自覚がないのだろう。
ここはもう一度優しく声をかけてあげるべきだろう。
それが紳士の嗜みというものだ。
「ほら、ゆっくりでいいから顔を上げて。ここには君を怖がらせるものは何もないよ」
もう一度、最も優しい声と完璧なエスコートを持って幼女に声をかけるが、
「…………………………………………………………………………………………………」
返事がない。やはりただの幼女のようだ。
と、ここで妙なことに気がついた。
戦闘中幼女の体は恐怖に打ち震えていた。これは別段おかしなことではない。目の前で人とゴブリンの戦闘が行われているのだから、幼い少女にとっては恐怖の権化のようなものであろう。
だが今は幼女の体は全く震えていない。
もし体が震えているのであれば、今もまだ先ほどの恐怖が抜けきっていないということなのだろう。それならば俺が声をかけても反応しないというのはわかる。
だが今は体が震えていない。それなのに声をかけても反応がないというのはどういうことなのだろうか。少なくとも恐怖が抜けて体が震えていないのであれば、助けに来た俺の声に反応して何かしら反応があってもおかしくはないだろう。
そこであることに気付く。
そのことに思い至った瞬間、それが正解なのだと確信したがどうしてそんな状況になったのかと疑問がわいてくる。
とりあえず俺の勘が正解なのかを確かめるために幼女の体に触れてみて(体に触る前にゴメンナサイと心の中で謝っておく)、
「よっこいしょ」
と、ひっくり返してみる。
「やっぱそうだったか……」
俺の勘が当たっていたのを確認して嘆息する。
これなら体が震えていないのも、声をかけてみても全く反応しないのも無理はない。
幼女は気を失っていたのである。
◇ ◇
とりあえず気絶している幼女の前で、これまでの事とこれからの事について考えを巡らすことにする。
全く反応がなかったのは気を失っていたせいだと分かった。
おそらく戦闘中に悲鳴が聞こえなくなったのも同じ理由だろう。それまでの緊張と俺とゴブリンとの戦闘で耐えられなくなって気を失ったのだろう。
だが腑に落ちない点もある。
たしかに人とゴブリンとの戦闘は幼女にとって大変恐ろしいものだろうが、それで気を失うほどの事なのか。ゴブリンはせいぜい『Eランク』モンスターであり、戦闘中幼女に危険が及んだことは一度だってなかった。
まあ幼女だから仕方がないのだろう、幼女だから。
大事なことなので二回言いました。
そしてこれからの事だが、どうやらこの幼女はNPCのようである。
そうすると次に来るのは、森で迷子になったこの幼女を家まで送り届けるといったあたりのクエストが発生するだろう。
だが今はクエスト発注画面が出ていない。
まあ、クエストの依頼主の幼女が気絶してしまっているので当たり前と言えば当たり前の事か。とりあえず何にするにしても、この森の中で気を失った幼女を抱えたままでは危険が大きすぎる。どこか安全そうな場所でこの幼女を介抱するべきだろう。
マップを確認すると近くに泉があるのを発見する。
そこなら森の真っただ中よりはマシであろうし、気を失っている幼女の顔を拭いてあげるための水を確保することもできるだろう。
目的が決まればソロプレイヤーであるのでフットワークは軽い。
気を失っている幼女を背中に背負って(決して、幼女の発育途上なほにゃららを背中で味わおうとしたわけではない、決して違う!)、邪魔になる剣をしまい(敵が出てきた場合には《アクロバット》や《カポエラ》で対応すれば十分だろう)泉を目指す。
敵が出なければ歩いて十五分。幼女を危険にさらさないために、もなるべく戦闘は避けていきたいところである。
歩くこと二十分。
ようやく目的地に泉にたどり着くことに成功する。
予定より時間をオーバーしてしまったのは、一度戦闘をこなしたためである。
幸運にも敵はゴブリン一匹のみであったので、時間がかかってもいいので幼女を一番に考える安全策でたっぷり五分かけてゴブリンを倒した。
ただ幼女はその戦闘の間中、気を付けていたとはいえ、たいぶ揺さぶられていたのに全く目を覚まさなかったので少し心配ではある。
まあ、とりあえずたどり着いたので幼女を介抱するとしよう。
だがそこで気がついたのだが、気絶した人を介抱するにはどうすればよかったんだっけ、ということである。
やはりここは、合法的に幼女とキ……人工呼吸をし、幼女の成長途中の胸をたし……心臓マッサージを行うべきか……
うんこれはしょうがない決してやましい気持ちがあるわけじゃないが万が一と言うことがあったら大変だしこの子の親にも顔無けができないここにもし良識のある大人の男性が百人いたら百人とも俺の行為を認めてくれるだろうこれは健全なる医療行為であって社会的倫理に則った正当な行為なのだから何ら問題はないいやいや俺は何とも思ってないし別にドキドキなんてしてないしこれはもしかしたら大変な事態になっているかもしれないという心配でドキドキはしているかもしれないけど違うし全然違うしみんなが思っていることとは全然違うし落ち着いて素数を数えようかないやちがう数えるのは自分の心拍数を数えるんだそうすれば落ち着くはずだ…………。
……なにやら色々考えてしまっていたが、とりあえず介抱することにしよう。
まずは顔を覗き込んで気道を確保しようとしたところで、
「う、んーん。あれ、私どうして寝ているの?」
バッチリ目が合ってしまいました。
見つめあうこと数秒。とりあえずぎこちなく笑みのようなものを浮かべてみる。
「……………………はぅ」
目の前の幼女が一言だけ呟いてまたもや気絶する。
……俺の顔は目の前で見ると気絶するほど悪いのか。
少なくとも『中身が残念』、『人格だけ入れ替わってほしい』、『伯爵的な機械に剥製にされて飾られておくべき』などと褒められている容姿をしているので、そんなことはないと思うのだが……
とりあえず泉の水に布かなんかを浸して顔を拭いてあげるか。
適当にポッケに入っていたハンカチを取り出して泉のそばに近づく。
ハンカチを水に浸そうと水面を覗き込んでみると、
「…………そういうことか」
水面に映った自分の顔を見て、ようやく全ての事に納得がいった。
どうして助けに来た俺の顔を見ようとしなかったのか。
ゴブリンとの戦闘中に悲鳴を上げ最終的に気絶したのか。
至近距離とはいえ目が合っただけでもう一度気絶したのか。
その全てにようやく筋の通った結論を下すことができる。
水面に映る俺の顔は真っ赤に染まっていた。
なんてことはない、ゴブリンの返り血を拭いていなかったのである。




