ゲームの始まりと現状確認 3
結局三分割することになって、ここが一番長くなってしまいました。
ルビーの月25日 ??時??分
「それで、全員のプレイヤーネームはきちんと覚えられたのですか」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。耳にタコができるぐらい聞かされて十分覚えたよ」
これは別に大げさにいている訳ではない。
瑠璃からのありがたい説教が終わってから自己紹介をしたのだが、それが終わっても現実での名前をついつい言ってしまい、そのたびに耳が痛くなるほどプレイヤーネームを連呼され復唱させられたのである。
「けどさーけどさーけどさー、本名とプレイヤーネームが三人も一緒なんだからさー別にいいじゃんさー」
そうである、本名とプレイヤーネームが一緒なのは俺以外にも二人もいるのである。
しかもその二人というのが……
「ルリにレイ。βテスターの二人がそろいもそろって本名だとはな」
俺がそう愚痴っていると、『撫子』姉ぇ……ではなくこちらでは『小町』姉ぇもそれに追随するように嘆息した。
「まったく。プレイヤーネームは本名と変えた方がいいと言ったのはお前自身ではないか、レイ。その本人が本名を使っていてどうするのだ」
小町姉ぇは、レイに言われてプレイヤーネームに本名ではなく違う名前を付けただけあってまだ納得していないようであった。
そんなこんなでいろいろ言われているレイはそれでも苦笑しながら、
「まあ勘弁してくださいよ、小町さん。プレイヤーネームと本名は変えた方がいいってのはホントの話なんだし、それに俺達もプレイヤーネームは変えるつもりだったんですよ」
「むう、それなら何故変えなかったのだ」
「俺達βテスター組はキャラの持ち込みができるんですけど、それってプレイヤーネームも引き継いじゃうみたいなんですよ。βテスト時にはそんなことは知らなかったし、そんときは本名でも大丈夫かなーとか思ってプレイヤーネームを本名にしちゃったんですよね」
それならまあ仕方ないちゃあ仕方ないのか……?
俺も小町姉ぇも何かモヤモヤしたものを抱えたままだがこれ以上言ってもどうしようもないので諦めるとする。
そうなると後の二人のプレイヤーネームだが……
「侑が『ユラ』で、小井川さんが『ネム』だっけ。おいか……じゃないネムさんはどうしてその名前にしたの?」
二人のプレイヤーネームを確認すると同時に気になっていたことを聞く。
ネムさんの本名は『小井川芙蓉美』でどこにもこのプレイヤーネームにつながる要素はない。もちろん本名以外から採用したという線もあるのだが、それでもどうして『ネム』という名前にしたのか由来が気になるところである。
「別に『さん』付けしなくてもいいよー。えーっと、ちょっと長くなるけどいいかな」
「どうぞどうぞ、よろしくお願いします」
「んーと、私の本名に使われている『芙蓉』って字は美人の形容として使われているの。だけどそれ以外にも蓮の花や富士山の雅称、カナリヤの別称としても『芙蓉』って字を使って表すことがあるの、『水芙蓉』や『芙蓉峰』、『芙蓉鳥』って言った具合にね。その中に『芙蓉樹』って書いて『ネムノキ』って読むことがあって、それから取って『ネム』って名前にしたの」
それなら……
「それなら別に、『レン』や『カナ』とか『リヤ』でもよかったんじゃね?」
「そうなんだけどね、『ネムノキ』の俗称に『オジギソウ』ってのがあるの。名前ぐらいなら聞いたことあるでしょ?」
それなら聞いたことがある。葉を触ると真ん中で閉じる変わった習性を持つ植物である。
「私が小さなころにね、お父さんが買ってきてくれたの。それで葉がお辞儀をする様子が不思議で一日中遊んでいたのよ。今でもその子は家で育てているし、とても好きだからそこからプレイヤーネームを取ってきたの」
はー、なんというか、らしいちゃらしい理由だな。
『ユラ』の本名を少しいじっただけってより何倍もましである。
……めんどくさくて本名にしている俺らが言えた義理じゃあないけどな。
「そういえば、スキルってどんなのになったのですか」
しみじみ感心していると、瑠璃が意外と重要なことを聞いてきた。
スキルには《ノーマルスキル》、《ハイスキル》、《レアスキル》、《ユニークスキル》、《エクストラスキル》の5種類ある。
最初に選べるのは《ノーマルスキル》だけなのだが、βテスト時のスキルを持ち込んでいるルリやレイは《ハイスキル》や《レアスキル》を持っているかもしれない。
まあ普通はこの質問が真っ先に来るべきであろうに。
「ふむ、それはやはり確認しておいた方がいい物なのか?」
「ええまあ。誰が、どんなことができる、ということはきちんと把握しておいた方がいいと思います。知らなかったりするととっさに判断に困る場合もありますから」
「なるほど、確かにその通りだな。私のスキルは、《格闘術》《パンチ》《キック》《気功術》、そして……《裁縫》だな」
小町姉ぇは『武闘家』を初期職業にしていたのだから武器を使わないであろうとは思っていたが、ここまで露骨だとはさすがに思ってもみなかった。
……というかなぜ、壊滅的に家事が苦手な小町姉ぇが《裁縫》など全く似合わないスキルを選んでいるのか? ゲーム内とはいえ実際に作業をするのは小町姉ぇである。システムサポートがあったとしても上手くいくとは思えないのだが……
「……なにやら失敬な事を考えてないか。うむ、《裁縫》というスキルを私は選んだ覚えはない。おそらく、ランダムに選ばれたのだろう」
たしか五つのスキルのうちの一つはランダムに選ばれるのだったっけ?
それなら小町姉ぇが似合わない《裁縫》スキルを持っているのにも納得がいく。
そういえば、俺はそれ以外にもランダム選択に任せたのがあった気がする。皆に報告するのならきちんと確認しておいた方がいいだろう。
「さっきから愚弟が何やら失敬な事を考えている雰囲気があるのだが……とりあえず、ほかの皆はどのようなスキル構成になっているのだ」
「私は持込みスキルがあって《治療》と《短剣》《HP回復上昇(中)》《戦場の加護》、ランダムスキルは《槍術》なのでダブってしまいましたね」
なるほど、βテスター時のスキルを持ち込んでいるだけあってキャラメイク時になかったスキルが三つある。
《治療》はその名の通り回復系のスキルで、《HP回復上昇(中)》は《HP回復上昇(小》の上位スキルなのだろう。
だが《戦場の加護》とは何ぞ? たしかβテスト時の攻略サイトにもそんなスキルは載っていなかったはずだが。
そんな疑問が顔に出ていたのだろう瑠璃が詳しい解説を添えてくれる。
「《戦場の加護》はおそらく『衛生兵』専用の《ユニークスキル》みたいなんです。それも獲得したのが最終日二日前だったので、サイトに公開するタイミングを逃してしまって……」
「にゃるほど。それで効果は?」
「常時発動スキルで戦闘中のパーティメンバーの攻撃力とHP回復量と〈LUC〉値の上昇、それとメンバーのダメージの肩代わりができます」
それならかなり強力なスキルだし『衛生兵』専用のスキルで間違いないだろう。
おそらくマイナーな職業には強力な専用スキルなどを用意して職業の分散を狙う目的があるのだろう。
「俺も持込みスキル有りで《上級忍術》に《忍びの極意》《急所狙い》《毒知識》ランダムは……ンだこりゃ《古代語翻訳》だと」
「私は《初級魔法》に《魔力回復(小)》《魔法威力上昇(小)》《水属性魔法》ランダムは《短剣》って感じですね。ランダムがそこまで外れじゃなかったよかったです」
レイもネムも自分の職業にあったスキルを選択しているみたいである。
レイの《忍びの極意》は《暗視》や《罠解除》、《忍び足》が複数組み合わさった上級スキルで便利なものだし、ネムがランダムで《短剣》を取ったのも悪くない。これで一応自分の身が守れるぐらいに戦えるだろう。
まあ、後衛職のネムが自ら闘うような場面にならないようにするべきだが、備えあれば憂いなしとも言うしいいだろう。
そうなると後は俺とユラのスキル確認だけなのだが、
「私は《初級魔法》《MP上昇(大)》《魔法威力上昇(大)》《MP消費量減少(中)》、ランダムスキルは《エクストラスキル》の《777》です」
そんなユラのセリフによって皆固まってしまった。
「ふざけんなオイ、最初はともかく残りの四つはなんなんだよ。βテスターだった俺でも知らねー見たことないスキルばっかじゃねぇか」
いち早く正気に戻ったレイが妹に突っ込むが、ユラは涼しい顔をしたまま、
「私は全てランダムで選びましたから」
とだけ答える。
そういえばユラは、周りの奴から運気を吸い取っているのではないかと思うぐらい幸運だがそれが如何なく発揮されている。
つーかここまで来るとドン引きする。主に《初級魔法》を選んだら魔法に関する強力なスキルばっかり選ばれているところとか。
てか、ランダムスキルの《777》ってなんだよ、厨二か?
「《777》は私が777番目にログインした記念として獲得したスキルみたいですね。効果は〈LUC〉の大幅上昇と良いイベントが起きやすくなったりレアアイテムのドロップ率の上昇などなど、ほかにも多数の効果が付与されているみたいです」
……ここまで露骨に差別があるとは思いもしなかったよ。
おそらく、13番目や444番目、666番目にログインしたプレイヤーは最悪の《エクストラスキル》がプレゼントされていることだろう。
「それでヤマト、テメーのスキルはなんなんだよ。もったいぶらずに早く教えろ」
別にもったいぶっていたわけではないのだが、後言ってないのは俺だけなのだから早いとこ報告するとしよう。
えーっと、なになに……
「俺は《剣術》に《アクロバット》と《諸刃》、《カポエラ》…………《主人公属性》?」
おそらく《カポエラ》は決められなかったスキルをランダムにしたため得られたスキルだろう。
だが《主人公属性》とはなんぞ。
まさかとんでもないチート能力でも授かるとでも言うのか。
「そうですか……とりあえずいったんロウアウトをしましょう」
それを聞いたルリが妙なことを言い始めた。
いったいなぜログアウトをする必要があるというのだ。
「そうだな、俺もそうするべきだと思うぜ」
「まったくゲームを始めていきなりログアウトとわな。まあ愛する弟のためだ、致し方ないだろう」
それに同調するようにレイや小町姉ぇがログアウトするように勧めてきた。
マズイ、俺の知らない所で何かが進行しようとしている。
そしてユウがその答えを口にする。
「前々から言動が怪しい人とは思っていましたが……ついに妄想と現実を区別できないようになりましたか」
「ダメだよユラちゃん! 本当の事でも言ってもいいことと悪いことがあるでしょう!」
……剣を抜いて切りかからなかった俺の精神力を称賛してほしい。
ネムに至っては俺を庇うように見えて実際には貶すという、言葉の高等テクニックを駆使してユラの言葉を肯定している。
「ザケんな!! 俺はまだ耄碌してねーよ!!」
「大丈夫だ、俺たちはお前を見捨てないからさ。ほら、医者の所にいこうぜ」
「レイィィィィィィィィィィ!! テメー俺をどこに連れて行こうとしてんだ!」
「だめですよ、あんまり暴れちゃあ。面会が難しくなりますから」
「ユラァァァァァァァァァァ!! 俺をどこにぶち込もうとしてやがんだ!」
こいつらはホント俺をどう思ってんだ!!?
「《主人公属性》って……あの、それはどんなスキルなのですか?」
ルリが俺を労わるような声でおずおずと聞いてくる。
間違いなく『かわいそうな子』に付き合ってあげるような、腫れ物に触るような声だった。
「なら実際に見てみろよ! それではっきりわかるだろうが!」
ステータス! と叫んでステータス画面を呼び出し、右手でその中の『獲得スキル』を選択する。
そこの五つの獲得スキルの中から《主人公属性》のスキルを選び出し効果を表示させる。
《主人公属性》 RANK『EXTRA SKILL』
主人公足る素質を備えた存在のみ与えられる特別な称号
『スキル効果』
・イベントの発生率上昇(特大)
・クエストの発生率上昇(特大)
・モンスターとの遭遇率上昇(特大)
・アイテムドロップ率上昇(特大)
『獲得条件』
-World Heir Online-内に最初にログインする
「どーだ! これで妄想じゃねぇってわかっただろ!」
俺が叫ぶと全員が不承不承といった様子ではあったが納得したようだった。
というかここまでしなければ信用しないというのか。
「しかし《主人公属性》ですか……名前はともかく、かなりの良スキルみたいですね」
「だろだろ、こーゆーのがランダムスキルで手に入る俺ってスゲーよな」
ルリは半分ぐらい呆れたように言っているが俺は鼻高々である。
だがレイはその評価には賛同しかねるといった様子で口を挟んできた。
「別にそこまで大したスキルじゃないだろ。むしろデメリットの方が多いと俺は思うぜ」
「ハァ? 僻んでんですか、レイくーん? このスキルのどこにデメリットがあるって言うんだよ」
「よくスキルの説明を見てみろよ。ユラの《777》と違って、どこにも良イベントやレアアイテムのドロップ率が上昇するなんて書いてないぜ」
ふむ、確かに書いてないがそんなもの些細な違いだろう。
「全然ちげーよ。ユラの場合は『良いことが起こりやすくなる』スキルだが、お前の場合は『良いか悪いかはともかくイベントが起こりやすくなる』スキルってことだろ」
「なん……だと……?」
それはつまり……
「『巻き込まれ体質』になるスキルってことですか。それなら私の《777》とは比べ物にならないスキルですね」
…………終わった…………全然役に立たないどころか、ただただ足を引っ張りかねないスキルじゃん。
真っ白に燃え尽きた俺をよそにルリたちは話を進めていった。
「これからどうしましょうか」
「そうだな……たしかWHOで最初のイベントって二日後の午後三時だったよな」
「ええ、このゲームのメインプログラムだという<HALL>って人……というよりプログラムはそう言っていました。レイも聞いたのですか?」
「ああ、妙な場所にしばらくいたら話しかけてきたんだよ。……それはともかく、二日後つまり三日目の午後三時まで自由行動にしないか」
「いいですけど……それはどうしてですか? みんなで行動した方が効率がいいだろうし、イベントでも上位に入れると思いますよ」
「ま、それはそうだがな。最初のイベントだし大丈夫だろ、ゲーム始まって三日目ならパーティならともかく、ギルドはできてねぇだろうし、そのパーティもよっぽど前からつるんでいなきゃ足を引っ張り合うだけだろうしな」
どうやら落ち込んでいる間にβテスター二人により今後の方針が決まったみたいである。
「……それじゃあ私は小町さんと一緒に行動することにしますね。それで、ヤマトはどうするのですか」
「ごめん、半分ぐらいしか話を聞いてなかった。結局どうなったの?」
「とりあえず三日目の午後三時までは自由行動です。私は小町さんに基本的なプレイの仕方を教えてから別れてソロプレイにしますし、レイとネムはβテスト時の仲間たちと合流するみたいでユラは初めからソロプレイするみたいです」
「ふーん、それなら俺もソロでプレイしてようかな」
「わかりました。三日目のイベントは全員が合流できたらパーティで挑んで、一人でも欠けていたらソロで挑戦するってことになってますから」
「了解。忘れないようにしとくわ」
俺がそう言うとルリは少し顔をしかめて、
「ほんと、しっかりしてくださいね。合流できれば良いな、みたいに聞こえるかもしれませんけど、本当は最初からみんなでこのゲームを楽しみたいんですから」
「わかってるって、そんなことぐらい。それじゃあ二日後にな」
そういえばフレンド登録してないし、どこに集まるか聞いていなかったな………
まあ最初のイベントで合流できなかったとしてもログアウトして聞けばいいか。
そう考えながらそれぞれが違う道を歩いて行く。
こうして俺たちは別れていった。
もしこのとき全員が一緒に行動していたら…………
振り返ってどこに集まるか確かめておけば…………
少し戻ってフレンド登録しておけば…………
いくつもの可能性、いくつもの道筋。
もう一度この時に戻れたなら俺は違う選択肢を選ぶだろう。
今度はみんなが『しあわせ』になれるよう。
ただこのときは知る由もなかった。
この時が俺達『全員』が集まる最後の時であったことに。