プロローグ 世界の製作者達
「ようやく終わったな……」
「ああ、長かったよ……」
二人の男が疲れを感じさせる声で語り合っている。
一人は二十代半ばごろの中肉中背であまりパッとしない男である。
黒髪黒目の日本人を頭に浮かべようとしたら、百人中百五人が頭に思い浮かべるような平均的な日本人の顔である。
道端ですれ違ったとしても3分後には記憶に残ってはいないであろう、いかにも普通で何処にでもいそうな男である。
ただそのだけは瞳はキラキラと輝いており、どこかあどけない少年のような無垢さを思わせる、そんな瞳をしていた。
もう一人は、同じく二十代半ばごろの細身で長身な男である。
この男も黒髪黒目で、小顔と背中までの長い髪を一つに束ねているため、少しばかり背が高いが遠目には女性にも見えるような体つきの男である。
しかしその体は無駄のない筋肉に包まれており、よく見ると精悍でたくましいイメージを与える体つきをしている。
その瞳はクールで人をどこか見下すような目であるが、それでもその奥はやはり無垢な少年を思わせるような輝きに満ちている。
……しかし今の姿からその様子をイメージするのは難しいであろう。
二人とも頬がこけ、はっきりと目の下に隈をつくっている。
さらには無精ひげに覆われ髪も脂ぎっており、何日もろくに眠らず食事も取らず風呂にすらも入っていないことが一目でわかる様子である。
それでも、二人の特徴的な瞳だけはギラギラとした輝きをともしておりその一点ですべてのイメージを覆している。
つまり、ようやくすべてを終わらせた疲れきった中年ではなく、これから始まる出来事が楽しみで楽しみで仕方がないといったいたずらっ子のような瞳である。
それもそのはずである、この二人はゲームクリエイターであり一週間かかりっきりで二人の最終作業を終わらせた、彼らの渾身の一作、
-World Heir Online-
がついに完成したのだ。
「あとは<HALL>待ちだな……」
「安心しろよ。<HALL>は俺達より真面目で有能だぜ」
「わかってるよ。むしろ俺達の完成待ちで暇だからNPCにさらにAIを追加していて大変だったって愚痴ってたよ」
「……なんであいつは暇つぶしのために自分で自分の仕事を増やして、しかもそれをおまえに愚痴ってんだよ」
普通そうな男が理解できないといった感じで首を振る。
それを見てもう片方の長身な男が苦笑しながらその言葉につっこんだ。
「焼くなよ、男の嫉妬は見苦しいーぜ」
「……どうしてんな話になったんだよ」
つっこまれたほうは苦虫を潰したように吐き捨てると、
「あん、説明してほしいのか?」
「……いや遠慮しとく。間違いなくろくな事にならねえからな」
そりゃ賢明で、と苦笑しながらその男はつぶやいた。
「それよりいまは<HALL>の話だろーが、話をそらしてんじゃねぇ」
「別に逸らしているつもりはないんだがな。あいつはあれだ、あまり世間のことを知らねぇ箱入り娘みたいなもんだろうよ」
「………それはあいつがAIであることを掛けているのか? まあたしかにあいつは仕事する以外に娯楽をほとんど知らないからな………」
「これが終わったらあいつに、いろいろ教えてやろうぜ。」
「そうだな、それがいい。」
そんなたわいもない会話を二人が続けていると、
『何をくっちゃべってんのよまったく。どうせくだらないことか、私がいないからって私に対して陰口でもたたいていたのでしょ。仕事は終わったの、この、ダメ人間ども』
と、上から人工的な美声がいきなり罵ってきた。
……噂をすれば影が差すとはAIにも通用するのかと二人は嘆息したくなった。
「久しぶりだな<HALL>元気にしてたか?」
『えーえー、そりゃーもー、AIは病気や疲れとは無縁ですから。仕事がないと暇で暇でしょーがなかったけどね』
天井から聞こえる声がいつもより五割ほどきつく感じるのは心にやましいと思うことががあるからだろうか。
しかし男はそのことを臆面に出すことなく会話を続ける。
「そいつは言葉のあやだよ、気にすんな。それよりこっちの仕事はようやく完成したぜ、後のことはよろしくな」
『ええそうみたいね、わかってますよそれぐらい。こっちもいやみの一つぐらい言わないとやってらんないのよ、まったく』
「……どこでんなことをおぼえたんだよ。」
『暇だったからネットの掲示板で同僚に恵まれない同士を募っていたときかしら』
……今は何を言っても十倍返しだな。
そう悟った男はもう一人の背の高い男ににアイコンタクトをして会話の主導権を渡した。
「すまねぇな<HALL>あとでこいつにはきっちり言い聞かせておくから。それで最終チェックはあとどのくらいかかりそうなのか?」
不機嫌そうな顔になった男を見て苦笑しつつ、もう一人が<HALL>に尋ねた。
『そうね……あと二週間ですべての作業が終わる予定かしら』
「ずいぶんかかるもんだな、いったい何が大変なんだ?」
彼が驚いたのも無理はない。<HALL>はVRMMO-World Heir Online-のAIが搭載されているメインコンピューターなのである。
莫大なスケールを誇る-World Heir Online-の全プログラムシステムを一手に担う以上、演算能力はそこらのスパコンなどに引けを取らないものである。その実情を知っている二人が疑問に思ったのも無理はない。しかし返ってきた答えは、
『あなた方が仕事を終えるのを待っている間に、さらにNPCにもAIを搭載しようとしたため』
といった自業自得な答えであった。
「そうか、まあ後は<HALL>の作業が終われば本当にこいつは完成なんだ。最後の締め宜しく頼むぜ」
と、ふてくされていた男がが喜びを隠しきれない様子で<HALL>に声をかけた。そこにはさっきまでの不機嫌そうな男の顔ではなく、クリスマスプレゼントを今か今かと楽しみにしている子供のような男の顔がそこにはあった。
『そうですね……やっと完成です。…………あなた方が終わらせた作業の中にバグが見つからなければ、の話ですが』
……やはりこいつには仕事以外のこともいろいろと教えるべきだろう。娯楽だけではなく、優しさとか思いやりとかそういったものを。
初めまして、初投稿、処女小説となります、案山子慧と申します。
何分初めてのこととなりますので至らない点が数多くあると思いますが、精一杯書かせてもらいますのでどうかよろしくお願いします。
感想、誤字・脱字等などアドバイスなど頂けたらうれしいです。