第七章。夜暗に沈む焦り声。今時ここまで素直な娘はそう居ない。
山陽本線のボックスシートに古泉と並んで座り、対面に優佳が座った。数分すると列車は走り出し、黄昏時の姫路駅から離れていく。俺は景色に目をやり夏の夕焼けに染まる姫路の街を眺めていた。
「優佳ちゃんは親戚の家に泊まるんだよね。広島の駅からは近いのかい?」
視線を優佳に移し問いかけた。優佳は顔を下に向けたままぼそぼそと聞き取りづらい声で、はい。そうです。と答える。まるで言いたくないことを聞かれてしまった、そんな風に見えた。何かがおかしい。口を開こうとしては止めて、ということを幾度も繰り返している。なにか言いたいのだろうか。言い出しにくい事なのか。とりあえず気づいていないふりをして慎重に様子を見ることにした。
「すみません。急に電話をしなくてはならない用事が出来てしまいまして。少々デッキの方へ行って来ます」
古泉が急に席を立った。優佳に気付かれないようにそっと俺に目配せをしてデッキの方へ消えていく。自分が居たのではしゃべりにくいと思って気を利かせたのだろう。もしくは面倒事を避けただけか。いずれにせよ俺がやらなくちゃいけないことには変わりない。さて、どうやって切り出すか。
「本当は、なにか困ってるじゃないかい?」
優佳はハッとした顔をしてこちらをみたが、慌てて目を逸らして、
「…どうして、わかったんですか?」
と、下を向きながら聞いてきた。
「なに、なんか気になったからカマを掛けてみただけだよ。それより、何に困ってるんだい?」
俺の問いかけに最初はうつむいてモゴモゴしていたが、そのうちゆっくりと口を開いた。
「えっと、あんまり詳しくは言い難いんですけど。実は本当は、泊まる所がなくて」
なるほど、そういうわけだったのか。
「どっかに泊まる金も無いわけだよね。俺に聞かれなかったらどうするつもりだったの?」
のり弁も買えないほどの金しか持ってないはずだ。ホテルどころかカラオケやネットカフェで一晩過ごすことすらできないだろう。
「コンビニか、どこかベンチか公園で過ごすつもりでした」
危ないことを言う娘だ。いくら夏とは言え年端も行かない少女に野宿はかなり危険だ。となれば取るべき行動はひとつだろう。
俺は携帯電話を鞄から取り出してあるところに電話をかけた。
「予約していた御崎です。午後10時前にはそちらに到着すると思います。ええ、はい。あと、急な頼みなのですが今からもう一部屋とれますか。そうですか、ではお願いします」
さて、これで手筈は整った。優佳のきょとんとした顔を観て俺はほくそ笑んだ。
「さあ優佳、今夜は旅館に泊まれるぞ」
驚いた優佳の顔を尻目に俺ははっはっはっと高笑いした。