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第六章。夕暮れになびく黒髪と澄んだ瞳の見つめる先に。

 桂氏と別れ二時間半ほど列車に揺られると姫路に着く予定だ。しかしやはり急に一人いなくなるというのは寂しいものだ。古泉との会話も一時間ほど経つととぎれとぎれになってくる。沈黙が少し辛かったので古泉に聞いてみた。

「なあ、古泉。俺らは何でまた広島と岩手に旅行してるんだ?」

先ほどまでぼんやりと黙っていた古泉は急に元気になり、がさごそと自分の荷物を漁り一冊の本を取り出して見せた。漫画本だ。表紙には鉄道員の格好をした女性キャラと「列車むすめ」というタイトルが書いてある。

「実は、この列車むすめという漫画の舞台が広島と岩手と銚子なんです。その舞台の地で夏の間スタンプラリーを行なっていまして、ぜひとも参加したいと思ったんです。銚子は日帰りで行けましたが、岩手、広島となるとそうも行かなくて。なのでこうやってあなたをお誘いしたと言うわけです」

嬉々としてしゃべる古泉。どこが可愛いだのここがいいだの色々語りだした。こんなに饒舌な古泉ははじめて見るかもしれない。しかしその反面、俺はがっくりと疲れてしまった。

「そ、そうか。漫画のスタンプのために俺と旅行してるわけか」

聞かなきゃよかった。そう思ったがすでに遅かった。


 18時過ぎに列車は姫路に到着した。ここで山陰本線に乗り換えだが、それまで50分ほど時間があった。少し早いが駅弁を買ってどこかのベンチで夕飯にするとしよう。せっかくだから姫路城を眺めながらでも食べたいところだが、列車に間に合わないと困る。浜松で二本ほど遅らせたのでぎりぎりの日程になったのだ。

 駅構内の少し大きめの弁当屋を見つけ立ち寄る。まだ時間が早いせいか客は女性一人だけであった。

肩までかかる艶のある黒髪をチェック柄の赤いカチューシャで止めた少女。透き通るような丸く大きい目は幼さを感じさせた。歳は十七、八程度だろうか。俺たちが弁当を選んでいる隣でのり弁当を凝視していたが、財布の中身を見て溜息をついている。ちらりと見えた財布の中には10円玉が二枚ほどしか入っていなかった。

 不意に少女の腹が小さく鳴り、それに気づいた俺がチラリと目をやると少女は顔を赤らめて店の外に飛び出していったのであった。

「おばちゃん。のり弁ふたつ。あとお茶も二本ちょうだい」

レジのおばちゃんに弁当をもらい古泉と店を出る。ふらふらと駅の中を歩いていると先ほどの少女がベンチに座って下を向いているのを見つけた。特徴的な赤いカチューシャのおかげですぐに分かった。

「お嬢さん。良かったらこれ、食ってくれないかな?」

近づいてのり弁とお茶が入ったビニール袋を一つ差し出した。

「えっ?」

少女は顔を上げこちらを見る。先ほどの弁当屋で会った時のことを思い出したのか頬を赤く染めた。

「腹減ってるけどそんなに金持ってないんだろ。余計なお節介だったら捨てちまっていいからよ。良かったら食いな」

驚いた顔をする少女。それもそうか、見知らぬ男に弁当差し出されりゃびっくりするな。

「あ、あの。いいんですか?」

返事の代わりに少女の膝に弁当の袋を置いてやった。驚きつつも「ありがとうございます。」とお礼を言い袋から弁当を取り出し始めた。よっぽどお腹が空いているのだろう。

「困ったときはお互い様よ。なあ古泉」

少女の隣に座り古泉を見るとなぜか古泉も驚いた表情をしていた。

「そののり弁、僕のために買ったのではなかったのですか」

どうやら俺が二つ買ったので一つ自分のものと勘違いしたらしい。

「すみません。ちょっとお弁当買いに行って来ます」

そう言い残し古泉は慌てて来た道を引き返していった。

「いいんですか、お連れさん。私が食べてしまって」

心配そうに聞いてくる。

「いいのよ。あいつが勘違いしただけだしな。気にしないで食いな」

そう言って俺も弁当の封を開け食べ始めた。


 古泉も戻ってきて三人で弁当を食べる。その後お茶を飲みながら談笑をした。

「私、八神優佳やがみゆかっていいます。広島の親戚の家に行く予定だったんですけど、うっかり電車賃だけで食費を忘れてしまって」

ずいぶんとそそっかしい娘である。聞けば東京の実家で朝食を食べ、静岡からは飲まず食わずでここまで来たらしい。大したものだ。

「俺は御崎千春ってんだ。こいつは古泉。俺らも広島まで旅行にいく途中なのよ」

俺も挨拶をする。古泉もペコリと頭を下げた。

「そうなんですか。それでは広島までご一緒いたしませんか。お弁当のお礼もしたいですし」

こんな可愛い子と旅ができるなら願ってもないことだ。俺も古泉も快く承諾した。

「お礼なんていいけどさ、可愛い子と旅行できるなら大歓迎だ」

そう言うと八神は照れて頬を染めていた。どうやら感情がすぐ顔に出るらしい。

「そろそろホームに向かいましょう。八神さんも同じ電車ですよね」

古泉が時計を見ながら立ち上がった。列車まで後十分程度である。

「八神ちゃん。弁当のゴミ捨てとくから貸しな」

そう言ってゴミを受け取り立ち上がった。

「あ、ありがとうです。あと、優佳って呼んでください」

恐縮そうに頭を下げている。

「俺のことも気軽に千春とか春とか呼んでくれな」

にっこり微笑むと古泉と優佳を引き連れ山陽本線のホームへと足を進めるのだった。

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